第9話「審査官団の靴音」
王都審査官団は、雪を踏む硬い靴音で到着した。
三名。
主任審査官エルン、補佐二名。
会議室へ入るなり、エルンは言う。
「融通枠保留の解除判断に来た。情状説明は不要。資料で示せ」
私は資料束を渡す。
原因、対策、変化量、再発防止。
昨夜組み直した四列表だ。
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最初の論点は、公開板運用だった。
「公開板は内部混乱を拡散したのでは」
エルンの問いに、私は数字で返す。
「導入初日、欠配率一六。三日目、一一。七日目予測、九以下」
「予測値は信用しない」
「実測値もあります」
私は配給所受領票の時刻差分を示す。
鍋の濃度記録も添えた。
補佐官の一人が眉を上げる。
「鍋の濃度まで取っているのか」
「欠配は机で起きません。鍋で起きます」
エルンは無表情のまま、次へ進めた。
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次の論点は、停止便の扱い。
「慈恵支援便、寒冷慰問便、監査協力便。名義変更の証明は」
私は札紙の切れ癖比較と補助印欠け位置を提出。
続けて葡萄庫押収票。
複製印三個。
補佐官が短く言う。
「偽装の意図は明確」
エルンは頷かず、紙をめくる。
「意図と実行者は別だ。実行者の特定は」
「未了です」
私は正面から答えた。
「ただし資金線は王都仮勘定へ接続しました」
この一言で、室内の空気が少し変わる。
王都側の影が入ると、審査官団は慎重になる。
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休憩中、廊下でグレゴルとすれ違う。
「王都を敵に回すつもりですか」
「敵に回すつもりはありません。線を出しているだけです」
「線は時に首縄になる」
「必要なら、私の首にもかかります」
彼は笑わない。
今日は香油の匂いも薄い。
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午後の再開で、エルンが新しい紙を出した。
「こちらにも情報が届いている。君の解任は“素行不良”が理由だと」
古い手だ。
人格攻撃で証拠の重さを薄める。
私は呼吸を整える。
「私の素行評価はこの領の欠配率を変えません」
私は会計庫日次表を出す。
「導入前七日平均欠配率、一四・八。導入後七日平均、一〇・九」
数字は私を擁護しない。
数字はただ、変化を示す。
それで十分だった。
オルドが横から補足する。
「人格評価は監査対象外。資料評価へ戻れ」
エルンは紙を伏せた。
攻め筋が一つ消える。
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夕刻、一次判断。
エルンは立ったまま言う。
「融通枠の全面解除は保留。だが緊急枠三割を暫定開放する」
完全勝利ではない。
けれど、呼吸は繋がる。
配給所と工房の優先順位を守るには十分な量だ。
「条件は二つ。実行者特定の進展、再発防止の制度化」
「承知しました」
私は答え、資料束を抱える。
次は制度に落とし込む段階だ。
*
夜、公開板に暫定開放の告知を貼る。
人々の顔に、張り詰めた色が少し戻る。
女将が呟く。
「三割でも、明日の鍋は薄くしないで済む」
私は掲示端に赤印を打つ。
第九の赤印。
審査官団の靴音は去っていない。
明日も同じ音で戻ってくる。
けれど今日は、扉を閉めないで済んだ。




