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赤字領地に飛ばされた会計官、公開照合で汚職網を断ったら契約の婚約が再定義されました  作者: 夜摩 高嶺
第一章「乾いた解任通知」

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第8話「融通枠の針」

 王都からの急使は、雪混じりの朝に来た。

 封書は二通。

 一通はオルド宛、もう一通は領主カイ宛。


 カイが開封し、机へ置く。


「王都融通枠、暫定保留」


 室内の空気が一気に痩せた。

 冬前に融通枠が止まれば、辺境は呼吸を詰める。


 私は文面を読む。

 理由は「会計運用の不安定化」。

 つまり凍結票騒ぎが王都へ届いている。

 届かせた者がいる。


 紙を持つ指先が、ほんの少し冷えた。

 王都の文面はいつも乾いている。

 乾いた文面は、人を切る時に音を立てない。



 緊急会議が開かれる。

 兵站長は机を叩いた。


「だから言ったんだ、公開板なんて火種になると」


 私は返す。


「火種は元からありました。今は煙が見えているだけです」


 オルドが文面を読み上げる。


「王都審査官団が三日後に来る。改善計画と実績を示せ」


 三日。

 短い。

 だが数値は既に動いている。

 見せ方を誤らなければ、針は戻せる。


 戻せなければ、また切られる。

 今度は私だけで済まない。

 北村の鍋と工房の炉が、私の失点表に並ぶ。



 私は会計庫で「三日計画」を組む。

 一日目、停止便源の特定。

 二日目、欠配改善実績の公開。

 三日目、融通枠審査向け提出資料作成。


 ミレナが板へ書き写しながら言う。


「これ、相手も同じ三日で動いてきます」


「はい。だから先に公開する」


 隠す時間を与えないのが、今回の主眼だ。



 午後、葡萄庫押収票の資金線を追う。

 炭袋代の支払元に「北街互助会」の名がある。

 帳簿を引くと、互助会は半年前に休眠登録。

 なのに今月だけ高額支払いが続く。


 私は出金元口座を照会する。

 口座開設者は名義貸しの老人。

 入金元は王都商会の仮勘定。

 仮勘定番号の末尾が、葡萄紋私印の請求書と一致した。


 線が一本になる。

 王都仮勘定から休眠互助会へ、そこから救済便へ。



 夕方、カイと執務室で資料を詰める。

 彼は地図上に配給所の印を置く。


「融通枠が止まれば、どこから落ちる」


「北村、南工房、西砦の順です」


「守る優先順位は」


「北村の食、次に工房燃料、最後に砦補修」


 彼は短く頷く。


「審査官団には私が話す。数字は君が出せ」


「はい。感情を挟まず、変化率で押します」


「必要なら感情も使え。生きるための枠だ」


 私は少し驚く。

 彼はいつも冷静だ。

 だが今は、冷静の奥に熱がある。


 その熱を見た途端、胸の奥が少しだけ痛む。

 契約で繋がる相手を、私はまだ帳簿上の協力者としてしか扱っていない。

 それでいいはずなのに、彼の言葉は勘定科目の外側へ落ちてくる。



 夜、公開板に新しい欄を足す。

 融通枠保留対応。

 欠配率、遅延率、停止便発見数。


 人が集まり、板を読む。

 不安でざわつく声が上がる。


「枠が止まるのか」


「冬は越せるのか」


 私は板の前に立ち、答える。


「止めないために、数字を出しています。今日の欠配率は昨日より下がっています」


 声を張り上げると、王都三課の講堂を思い出した。

 あの時は、数字を読んでも誰も守れなかった。

 今回は違う、と自分に言い聞かせる。


 女将が前に出る。


「昨日より鍋は濃かった。そこは本当だ」


 現場の一言は、紙の十行より効く。

 ざわめきが少しだけ整う。



 深夜、会計庫。

 オルドが資料を見て、赤線を引く。


「この表、審査官向けに直せ。原因列を先頭に」


「結果列ではなく?」


「審査官は“なぜ悪化したか”を先に探す」


 私は表を組み替える。

 原因、対策、変化量、再発防止。

 四列で一枚に収める。


 机の端でミレナが眠りかけ、はっと起きる。

 私は温い湯を渡した。


「もう少しです」


「はい。もう少しで、針を戻せます」


 赤鉛筆で資料端に印を打つ。

 第八の赤印。


 融通枠の針は、まだ保留側を指している。

 だが止まった針ではない。

 動かせる針だ。

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