第8話「融通枠の針」
王都からの急使は、雪混じりの朝に来た。
封書は二通。
一通はオルド宛、もう一通は領主カイ宛。
カイが開封し、机へ置く。
「王都融通枠、暫定保留」
室内の空気が一気に痩せた。
冬前に融通枠が止まれば、辺境は呼吸を詰める。
私は文面を読む。
理由は「会計運用の不安定化」。
つまり凍結票騒ぎが王都へ届いている。
届かせた者がいる。
紙を持つ指先が、ほんの少し冷えた。
王都の文面はいつも乾いている。
乾いた文面は、人を切る時に音を立てない。
*
緊急会議が開かれる。
兵站長は机を叩いた。
「だから言ったんだ、公開板なんて火種になると」
私は返す。
「火種は元からありました。今は煙が見えているだけです」
オルドが文面を読み上げる。
「王都審査官団が三日後に来る。改善計画と実績を示せ」
三日。
短い。
だが数値は既に動いている。
見せ方を誤らなければ、針は戻せる。
戻せなければ、また切られる。
今度は私だけで済まない。
北村の鍋と工房の炉が、私の失点表に並ぶ。
*
私は会計庫で「三日計画」を組む。
一日目、停止便源の特定。
二日目、欠配改善実績の公開。
三日目、融通枠審査向け提出資料作成。
ミレナが板へ書き写しながら言う。
「これ、相手も同じ三日で動いてきます」
「はい。だから先に公開する」
隠す時間を与えないのが、今回の主眼だ。
*
午後、葡萄庫押収票の資金線を追う。
炭袋代の支払元に「北街互助会」の名がある。
帳簿を引くと、互助会は半年前に休眠登録。
なのに今月だけ高額支払いが続く。
私は出金元口座を照会する。
口座開設者は名義貸しの老人。
入金元は王都商会の仮勘定。
仮勘定番号の末尾が、葡萄紋私印の請求書と一致した。
線が一本になる。
王都仮勘定から休眠互助会へ、そこから救済便へ。
*
夕方、カイと執務室で資料を詰める。
彼は地図上に配給所の印を置く。
「融通枠が止まれば、どこから落ちる」
「北村、南工房、西砦の順です」
「守る優先順位は」
「北村の食、次に工房燃料、最後に砦補修」
彼は短く頷く。
「審査官団には私が話す。数字は君が出せ」
「はい。感情を挟まず、変化率で押します」
「必要なら感情も使え。生きるための枠だ」
私は少し驚く。
彼はいつも冷静だ。
だが今は、冷静の奥に熱がある。
その熱を見た途端、胸の奥が少しだけ痛む。
契約で繋がる相手を、私はまだ帳簿上の協力者としてしか扱っていない。
それでいいはずなのに、彼の言葉は勘定科目の外側へ落ちてくる。
*
夜、公開板に新しい欄を足す。
融通枠保留対応。
欠配率、遅延率、停止便発見数。
人が集まり、板を読む。
不安でざわつく声が上がる。
「枠が止まるのか」
「冬は越せるのか」
私は板の前に立ち、答える。
「止めないために、数字を出しています。今日の欠配率は昨日より下がっています」
声を張り上げると、王都三課の講堂を思い出した。
あの時は、数字を読んでも誰も守れなかった。
今回は違う、と自分に言い聞かせる。
女将が前に出る。
「昨日より鍋は濃かった。そこは本当だ」
現場の一言は、紙の十行より効く。
ざわめきが少しだけ整う。
*
深夜、会計庫。
オルドが資料を見て、赤線を引く。
「この表、審査官向けに直せ。原因列を先頭に」
「結果列ではなく?」
「審査官は“なぜ悪化したか”を先に探す」
私は表を組み替える。
原因、対策、変化量、再発防止。
四列で一枚に収める。
机の端でミレナが眠りかけ、はっと起きる。
私は温い湯を渡した。
「もう少しです」
「はい。もう少しで、針を戻せます」
赤鉛筆で資料端に印を打つ。
第八の赤印。
融通枠の針は、まだ保留側を指している。
だが止まった針ではない。
動かせる針だ。




