第7話「封印印章」
七日運用の三日目、旧会計室文書庫の印章箱から欠品が出た。
欠けたのは封印補助印。
単体では決裁できないが、票に「公式らしさ」を足すには十分な印だ。
私は欠品簿を開く。
最終使用者欄、空白。
また空白だ。
空白は偶然ではなく、手口になる。
*
午前、私は印章管理手順を一時変更した。
出庫時に指紋粉を薄く塗る。
戻り時に布拭きを禁止。
雑でもいい、触った事実を残す。
兵站長は顔をしかめた。
「そこまでやるか」
「印章偽装は一度許すと止まりません」
オルドは短く言う。
「継続」
この一語で会議は終わった。
*
昼、北門で新しい便が止まる。
便名「監査協力便」。
笑ってしまうほど露骨だ。
札には封印補助印が押されていた。
欠品中の印章と同型。
私は札を回収し、角度と欠け位置を測る。
印の左下に、砂粒ほどの欠け。
印章箱の型帳に残る欠けと一致した。
門番ベルンが低く言う。
「これ、もう言い逃れ無理だろ」
「無理にしないと、また別の名で来ます」
私は停止記録へ三件目を追記した。
*
午後、グレゴルが会計庫に現れる。
今日は笑わない。
「印章の欠品を私のせいにするつもりですか」
「まだ“誰のせい”とも言っていません」
「では何だ」
「系統です。どの便に、どの印が、どの時刻で現れたか」
私は板へ線図を描く。
慈恵支援便、寒冷慰問便、監査協力便。
すべて第七刻以降。
すべて停止後に別名義再入門。
札に共通の補助印。
グレゴルは線図を見て、唇を引く。
「辺境運用を王都の理屈で断罪するな」
「断罪はしていません。記録しているだけです」
「記録は武器になる」
「はい。だからこそ公開しています」
彼は何も言わず去った。
扉際に香油だけ残る。
*
夕刻、印章箱の裏板を外すと、薄い紙片が挟まっていた。
数字三つ。
六二、七三、八四。
そして「葡萄庫」。
符丁だ。
私は倉庫台帳を引く。
葡萄庫は旧街区の民間蔵。
名義はワイン商会だが、最近は出荷実績がない。
「今夜見に行きます」
ミレナが即答した。
「私も」
「危険です」
「数字だけで追うなら、現場目が必要です」
私は一拍置き、頷いた。
彼女はもう補助書記ではない。
現場を読む目を持ち始めている。
*
第八刻、旧街区。
葡萄庫の扉は閉じ、灯りはない。
だが裏手に車輪痕が新しい。
近衛と立会で開扉する。
中には炭袋と布束、そして未使用の通知紙。
会計庫ロットと一致。
さらに木箱一つ。
中に補助印が三個。
欠品印章と同型の複製だ。
私は息を吐き、押収票へ記す。
物証名、補助印複製。
押収時刻、第八刻四十七分。
この時刻は、後で必ず効く。
*
夜更け、会計庫へ戻る。
オルドが押収票を読み、珍しく眉を上げた。
「ここまで出るとはな」
「次は資金線です」
「急ぐな。まず保全」
私は頷き、封緘箱へ複製印を収める。
赤鉛筆で欄外に印。
第七の赤印。
公開板へは、まだ書かない。
書くのは証拠の鎖が繋がってからだ。
見せる順序を誤ると、相手に逃げ道を与える。
窓外の風は強い。
それでも今夜は、追う側の足場が少しだけ固くなった。




