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赤字領地に飛ばされた会計官、公開照合で汚職網を断ったら契約の婚約が再定義されました  作者: 夜摩 高嶺
第一章「乾いた解任通知」

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第6話「公開板の列」

 公開板の前には、朝から列ができた。

 支払いを受けるための列ではない。

 昨日貼られた数字を見に来る列だ。


 配給所の女将が板を指さす。


「炉代ってこんなに掛かるんだね」


 工房見習いが横で答える。


「止めるともっと掛かるよ」


 数字は言い争いを減らす。

 それでも減らない争いもある。



 午前、兵站長が会計庫へ怒鳴り込んできた。


「公開板のせいで、うちの保留票が全部“遅配原因”扱いだ」


 私は板の写しを机へ置く。


「遅配原因ではなく、保留理由です。理由欄はあなたの部署が記入しています」


「現場圧が強いんだ。逐一書いてる暇はない」


「なら、保留を減らしてください」


 兵站長は歯を噛み、低く言う。


「君は敵を増やすのが上手い」


「敵かどうかは、数字が決めます」


 言い返した瞬間、喉の奥がひりついた。

 王都で解任通知を受けた朝も、私は同じ言葉を使った。

 正しい順番で記録しろ。

 正しい順番で説明しろ。

 その結果、私だけが机から外された。


 彼は舌打ちして去った。

 扉が閉まる音だけが重い。



 昼、オルドから短い命令が届く。


『公開板運用を三日から七日に延長。効果測定を提出』


 私は眉を上げる。

 短期戦のつもりだった。

 七日戦になる。


 ミレナが問う。


「持ちますか」


「持たせます。測定指標を増やす」


 即答した声が、わずかに硬かった。

 持つかどうかを問われると、私はいつも先に数字を出す。

 弱さを見せる暇があれば表を作る。

 その癖だけが、王都から持ってきた私財みたいに残っている。


 私は板の下に新しい欄を貼る。

 支払い遅延率、欠配件数、臨時便停止件数。

 感想でなく、変化量で話すための欄だ。



 午後、北門で騒ぎが起きた。

 停止された慈恵支援便の御者が、別名義で再入門を試みた。

 札は「寒冷慰問便」。

 中身は同じ炭袋。


 私は札を回収し、前回票と照合する。

 紙端の切れ癖が一致。

 同じ束から切り出された札だ。


「名義だけ替えてます」


 門番ベルンが苦い顔をする。


「ここまで露骨か」


「露骨な方が、証拠化は楽です」


 私は停止記録へ二件目を追記した。



 夕方、配給所で実地確認。

 豆粥の濃さは昨日より戻っている。

 工房炉は三基稼働。

 数字だけでなく匂いと音も戻った。


 帰路、カイが馬を並べる。


「公開板、嫌われてるな」


「はい」


「それでも続けるか」


「嫌われる施策でなければ、今回の穴は塞がりません」


 言ってから、私は自分の手綱を見た。

 指が白くなるほど握っている。

 嫌われることに慣れたつもりで、まだ慣れていない。


 彼は一度だけ笑い、手綱を引いた。


「私も嫌われ役は慣れてる」


 短い言葉が、意外に温かい。

 私は前を向いたまま返す。


「なら、もう少し嫌われてもらいます」


「遠慮ないな」


 笑い声が短く続く。

 その短さがありがたかった。

 同情ではなく、並んで歩く音として届く。



 夜、会計庫で偽通知の起点を逆算する。

 通知紙の在庫減、墨の調達時刻、配布経路。

 線は旧会計室の文書庫へ収束する。


 私は夜警立会で文書庫の棚を確認。

 第三段の奥に、半端な通知紙束があった。

 会計庫正規紙と同ロット。

 持出簿に記載なし。


 ミレナが呟く。


「これで誰が触ったか分かれば」


「分かります。紙束の折り癖を見て」


 私は紙端を揃える。

 束の中に、角が斜めに潰れた紙が三枚。

 同じ潰れ方が、偽通知三枚にもある。


 私は押収袋へ入れ、封をした。

 第六の赤印。



 深夜、公開板の最終更新を書く。

 遅延率、前日比マイナス三。

 欠配件数、前日比マイナス一。

 停止件数、プラス一。


 改善と反発が同時に進む。

 悪い兆しではない。

 抵抗が見えるうちは、相手が隠れ切れていない。


 私は黒板へ次の目標を書く。

 旧会計室文書庫、使用者照合。

 慈恵支援便資金源、追跡開始。


 数字はまだ細い。

 だが細い線でも、切るべき網の形は見え始めていた。

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