第6話「公開板の列」
公開板の前には、朝から列ができた。
支払いを受けるための列ではない。
昨日貼られた数字を見に来る列だ。
配給所の女将が板を指さす。
「炉代ってこんなに掛かるんだね」
工房見習いが横で答える。
「止めるともっと掛かるよ」
数字は言い争いを減らす。
それでも減らない争いもある。
*
午前、兵站長が会計庫へ怒鳴り込んできた。
「公開板のせいで、うちの保留票が全部“遅配原因”扱いだ」
私は板の写しを机へ置く。
「遅配原因ではなく、保留理由です。理由欄はあなたの部署が記入しています」
「現場圧が強いんだ。逐一書いてる暇はない」
「なら、保留を減らしてください」
兵站長は歯を噛み、低く言う。
「君は敵を増やすのが上手い」
「敵かどうかは、数字が決めます」
言い返した瞬間、喉の奥がひりついた。
王都で解任通知を受けた朝も、私は同じ言葉を使った。
正しい順番で記録しろ。
正しい順番で説明しろ。
その結果、私だけが机から外された。
彼は舌打ちして去った。
扉が閉まる音だけが重い。
*
昼、オルドから短い命令が届く。
『公開板運用を三日から七日に延長。効果測定を提出』
私は眉を上げる。
短期戦のつもりだった。
七日戦になる。
ミレナが問う。
「持ちますか」
「持たせます。測定指標を増やす」
即答した声が、わずかに硬かった。
持つかどうかを問われると、私はいつも先に数字を出す。
弱さを見せる暇があれば表を作る。
その癖だけが、王都から持ってきた私財みたいに残っている。
私は板の下に新しい欄を貼る。
支払い遅延率、欠配件数、臨時便停止件数。
感想でなく、変化量で話すための欄だ。
*
午後、北門で騒ぎが起きた。
停止された慈恵支援便の御者が、別名義で再入門を試みた。
札は「寒冷慰問便」。
中身は同じ炭袋。
私は札を回収し、前回票と照合する。
紙端の切れ癖が一致。
同じ束から切り出された札だ。
「名義だけ替えてます」
門番ベルンが苦い顔をする。
「ここまで露骨か」
「露骨な方が、証拠化は楽です」
私は停止記録へ二件目を追記した。
*
夕方、配給所で実地確認。
豆粥の濃さは昨日より戻っている。
工房炉は三基稼働。
数字だけでなく匂いと音も戻った。
帰路、カイが馬を並べる。
「公開板、嫌われてるな」
「はい」
「それでも続けるか」
「嫌われる施策でなければ、今回の穴は塞がりません」
言ってから、私は自分の手綱を見た。
指が白くなるほど握っている。
嫌われることに慣れたつもりで、まだ慣れていない。
彼は一度だけ笑い、手綱を引いた。
「私も嫌われ役は慣れてる」
短い言葉が、意外に温かい。
私は前を向いたまま返す。
「なら、もう少し嫌われてもらいます」
「遠慮ないな」
笑い声が短く続く。
その短さがありがたかった。
同情ではなく、並んで歩く音として届く。
*
夜、会計庫で偽通知の起点を逆算する。
通知紙の在庫減、墨の調達時刻、配布経路。
線は旧会計室の文書庫へ収束する。
私は夜警立会で文書庫の棚を確認。
第三段の奥に、半端な通知紙束があった。
会計庫正規紙と同ロット。
持出簿に記載なし。
ミレナが呟く。
「これで誰が触ったか分かれば」
「分かります。紙束の折り癖を見て」
私は紙端を揃える。
束の中に、角が斜めに潰れた紙が三枚。
同じ潰れ方が、偽通知三枚にもある。
私は押収袋へ入れ、封をした。
第六の赤印。
*
深夜、公開板の最終更新を書く。
遅延率、前日比マイナス三。
欠配件数、前日比マイナス一。
停止件数、プラス一。
改善と反発が同時に進む。
悪い兆しではない。
抵抗が見えるうちは、相手が隠れ切れていない。
私は黒板へ次の目標を書く。
旧会計室文書庫、使用者照合。
慈恵支援便資金源、追跡開始。
数字はまだ細い。
だが細い線でも、切るべき網の形は見え始めていた。




