第5話「凍結票の夜」
オルドの再評価が通った翌朝、会計庫の扉前に人だかりができた。
兵站書記、工房使い、配給所の受取人。
皆、同じ紙を握っている。
「凍結通知?」
ミレナが一枚を読み上げる。
『第七刻以降の臨時支払いを当面停止する』
発行者欄は会計顧問補佐。
私の印ではない。
だが似せてある。
私は通知を集め、机へ並べた。
紙質、墨色、余白幅。
どれも会計庫様式に寄せているが、決定的に違う点が一つ。
脚注番号の付け方だ。
会計庫は丸数字。
偽通知は半角括弧。
「偽造です」
騒ぎが広がる前に、私は声を上げた。
「本日中に正規通知を再発行します。支払い停止はしません」
人だかりの熱が少し下がる。
ここで遅れると、凍結そのものが既成事実になる。
*
昼前、工房街で炉が一つ落ちた。
凍結通知を信じた仕入れ商が、炭の搬入を止めたためだ。
私は現場で受領票を書き直す。
緊急支払い枠、十六銀貨。
立会二名。
印を押し、商へ渡す。
工房主が頭を下げる。
「助かるが、これ続くと持たない」
「続けさせません」
言いながら、私は炉壁の熱を手の甲で測る。
半分冷えている。
数字は遅れて効くが、現場の冷えはすぐ見える。
*
午後、カイと緊急協議。
「偽通知は誰が得をする」
「凍結で遅配を作れば、次に“救済便”を出せる者が得ます」
「救済便?」
「正規票を使わない便です。恩を売り、帳簿を外す」
カイは頷き、近衛隊長へ命じた。
「本日第七刻以降、非正規便を止めろ」
私は補足する。
「止めるだけでなく、便名と差出人を記録してください」
止めるだけでは、次の夜に同じことが起きる。
記録があって初めて、翌日反撃できる。
*
夕刻、会計庫で偽通知の紙面分析を進める。
ミレナが墨瓶を持ってきた。
「匂いが違います」
会計庫の墨は松脂が強い。
偽通知は甘い香り。
私はすぐ思い当たる。
グレゴルの袖の香油と同系統だ。
ただし匂いだけでは弱い。
私は筆跡差分表を作る。
右払い、止め、払い終点。
三点比較で一致率を算出。
七割八分。
法廷級ではないが、実務の警戒指標としては十分。
*
第七刻二十分、北門から連絡。
非正規便一台を停止。
便名は「慈恵支援便」。
差出人欄は空白。
私はすぐ門へ向かう。
荷車の中身は炭袋。
受領先は工房街と記された札。
「差出人は」
御者は肩をすくめる。
「旧会計室から“困ってる所に回せ”とだけ」
旧会計室。
グレゴルの領分だ。
証拠としてはまだ迂遠だが、線は濃くなる。
*
夜、会計庫で臨時会議を開く。
兵站長、工房代表、配給所代表。
私は偽通知と停止便記録を示し、運用変更を提案した。
「本日から三日間、緊急支払いは“公開板”で即時掲示します」
「公開板?」
「誰にいくら払ったか、時刻と理由をその場で貼る。裏で“救済”を名乗る余地を潰します」
兵站長が腕を組む。
「面倒だな」
「面倒は費用です。今日の凍結騒ぎの損失より安い」
工房代表が先に賛成した。
配給所代表も続く。
兵站長は最後に頷く。
「三日だぞ」
「三日で十分です」
*
会議後、扉際でグレゴルが待っていた。
「公開板。ずいぶん芝居がかった施策ですね」
「芝居でも、客席に帳簿を見せれば誤魔化しは減ります」
「帳簿は素人に見せるものじゃない」
「見せない帳簿ほど、抜かれます」
彼は笑ったまま、声だけ低くする。
「あなたは辺境の作法を知らない」
「だから作法を変えに来ました」
私は公開板の初掲示を打つ。
緊急支払い、炭袋代、十六銀貨。
理由、炉停止回避。
時刻、第九刻一分。
赤鉛筆で欄外へ印を一つ。
第五の赤印。
凍結票の夜は、こちらの掲示で閉じる。
明日、誰が困るかはもう決まっていた。




