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赤字領地に飛ばされた会計官、公開照合で汚職網を断ったら契約の婚約が再定義されました  作者: 夜摩 高嶺
第一章「乾いた解任通知」

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第5話「凍結票の夜」

 オルドの再評価が通った翌朝、会計庫の扉前に人だかりができた。

 兵站書記、工房使い、配給所の受取人。

 皆、同じ紙を握っている。


「凍結通知?」


 ミレナが一枚を読み上げる。


『第七刻以降の臨時支払いを当面停止する』


 発行者欄は会計顧問補佐。

 私の印ではない。

 だが似せてある。


 私は通知を集め、机へ並べた。

 紙質、墨色、余白幅。

 どれも会計庫様式に寄せているが、決定的に違う点が一つ。

 脚注番号の付け方だ。

 会計庫は丸数字。

 偽通知は半角括弧。


「偽造です」


 騒ぎが広がる前に、私は声を上げた。


「本日中に正規通知を再発行します。支払い停止はしません」


 人だかりの熱が少し下がる。

 ここで遅れると、凍結そのものが既成事実になる。



 昼前、工房街で炉が一つ落ちた。

 凍結通知を信じた仕入れ商が、炭の搬入を止めたためだ。


 私は現場で受領票を書き直す。

 緊急支払い枠、十六銀貨。

 立会二名。

 印を押し、商へ渡す。


 工房主が頭を下げる。


「助かるが、これ続くと持たない」


「続けさせません」


 言いながら、私は炉壁の熱を手の甲で測る。

 半分冷えている。

 数字は遅れて効くが、現場の冷えはすぐ見える。



 午後、カイと緊急協議。


「偽通知は誰が得をする」


「凍結で遅配を作れば、次に“救済便”を出せる者が得ます」


「救済便?」


「正規票を使わない便です。恩を売り、帳簿を外す」


 カイは頷き、近衛隊長へ命じた。


「本日第七刻以降、非正規便を止めろ」


 私は補足する。


「止めるだけでなく、便名と差出人を記録してください」


 止めるだけでは、次の夜に同じことが起きる。

 記録があって初めて、翌日反撃できる。



 夕刻、会計庫で偽通知の紙面分析を進める。

 ミレナが墨瓶を持ってきた。


「匂いが違います」


 会計庫の墨は松脂が強い。

 偽通知は甘い香り。

 私はすぐ思い当たる。

 グレゴルの袖の香油と同系統だ。


 ただし匂いだけでは弱い。

 私は筆跡差分表を作る。

 右払い、止め、払い終点。

 三点比較で一致率を算出。


 七割八分。

 法廷級ではないが、実務の警戒指標としては十分。



 第七刻二十分、北門から連絡。

 非正規便一台を停止。

 便名は「慈恵支援便」。

 差出人欄は空白。


 私はすぐ門へ向かう。

 荷車の中身は炭袋。

 受領先は工房街と記された札。


「差出人は」


 御者は肩をすくめる。


「旧会計室から“困ってる所に回せ”とだけ」


 旧会計室。

 グレゴルの領分だ。

 証拠としてはまだ迂遠だが、線は濃くなる。



 夜、会計庫で臨時会議を開く。

 兵站長、工房代表、配給所代表。


 私は偽通知と停止便記録を示し、運用変更を提案した。


「本日から三日間、緊急支払いは“公開板”で即時掲示します」


「公開板?」


「誰にいくら払ったか、時刻と理由をその場で貼る。裏で“救済”を名乗る余地を潰します」


 兵站長が腕を組む。


「面倒だな」


「面倒は費用です。今日の凍結騒ぎの損失より安い」


 工房代表が先に賛成した。

 配給所代表も続く。

 兵站長は最後に頷く。


「三日だぞ」


「三日で十分です」



 会議後、扉際でグレゴルが待っていた。


「公開板。ずいぶん芝居がかった施策ですね」


「芝居でも、客席に帳簿を見せれば誤魔化しは減ります」


「帳簿は素人に見せるものじゃない」


「見せない帳簿ほど、抜かれます」


 彼は笑ったまま、声だけ低くする。


「あなたは辺境の作法を知らない」


「だから作法を変えに来ました」


 私は公開板の初掲示を打つ。

 緊急支払い、炭袋代、十六銀貨。

 理由、炉停止回避。

 時刻、第九刻一分。


 赤鉛筆で欄外へ印を一つ。

 第五の赤印。


 凍結票の夜は、こちらの掲示で閉じる。

 明日、誰が困るかはもう決まっていた。

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