表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤字領地に飛ばされた会計官、公開照合で汚職網を断ったら契約の婚約が再定義されました  作者: 夜摩 高嶺
第一章「乾いた解任通知」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/14

第4話「監査官の初手」

 オルド・セインは、予定より一刻早く到着した。

 朝霧が薄く残る廊下を、灰色の外套でまっすぐ歩いてくる。

 挨拶より先に、封緘箱の封蝋を見た。


「会計顧問ルチア・ヴァレリ」


「はい」


「まず確認する。あなたは王都監査局を解任された身分だ」


 最初の刃は予想どおりだった。

 私は頷く。


「解任と同時に転任しています」


「つまり、監査権限はない」


 会議室の空気が冷える。

 グレゴルの口角だけが、わずかに上がる。



 オルドは封緘命令書を要求し、次に押収記録簿を開いた。

 彼の指が止まる。


「搬送担当欄が空白だ。保管手順に穴がある」


 ミレナが息を止める。

 私は記録簿を受け取り、空欄を見た。

 確かに空いている。

 夜間押収の混乱で飛んだ欄だ。


「私の不備です」


 言い切ると、グレゴルがすぐ畳みかけた。


「監査官殿、つまり証拠は無効。現場をこれ以上混乱させる理由はありません」


 オルドは視線を上げずに言う。


「証拠は全部無効か全部有効か、ではない。項目ごとに評価する」


 そして私へ向く。


「日没までに補完証言を揃えろ。搬送経路、時刻、立会者。三点一致で再評価する」


 期限は日没。

 不可能に近い速度だ。

 だが完全な敗北ではない。

 評価卓に乗せる道は残った。



 会議後、廊下でグレゴルが囁く。


「残念でしたね。王都は甘くない」


「甘さは要りません。手順が要ります」


「手順は人が書く。人は誤る」


「誤りは訂正できます。記録が残っていれば」


 彼は笑い、壁へ肩を預ける。


「日没までに証言は揃いませんよ」


「揃えるか、揃えられない理由を証拠化します」


 私は足を止めずに返した。



 会計庫へ戻り、証言票を十枚並べる。

 搬送班、鍵番班、門番班。

 私はまず票の欄を作り替えた。


 時刻。

 場所。

 立会者。


 説明文は後回し。

 争点へ直結する三項目だけ先に埋める。


 ミレナが問う。


「足りなかったら?」


「二層目を使います。交代表と受領票」


「それでも足りなかったら」


 私は机端の封筒を見た。

 王都商会封筒、未開封。


「三層目に入ります。封筒の中身で押し返す」


 彼女は小さく頷いた。

 頷きの速さが、今は武器だった。



 午後、証言取りが始まる。

 荷車係トマは素直に喋る。

 時刻は第四刻半。

 受け渡しは第二倉庫裏。


 鍵番ラドは口を閉ざした。

 私は責めず、鍵貸出票を示す。


「あなたの返却印がここにあります。必要なのは、印の理由だけです」


 ラドは黙って票を見た後、低く言った。


「第四刻四十分。立会はベルン」


 時刻が繋がる。

 私は息をつかず、次へ走る。



 夕刻直前、会計庫へ戻る。

 七枚、埋まった。

 だが一枚足りない。

 搬送補助の証言が取れていない。


 その時、ミレナが封筒を差し出した。


「開けますか」


 私は一拍迷い、頷いた。

 封緘糸を切る。

 中は請求書一枚。


 品目、倉庫補修材。

 金額、二百四十銀貨。

 請求日、第一倉庫半焼の二週間前。


 未来日付。

 それだけでも強い。

 さらに発行時刻が第八刻二十分。

 会計庫の締め後だ。


 私は原簿を引く。

 伝票番号は既使用。

 重複。


 三点揃った。

 補完証言が足りない穴を、逆側から塞げる。



 再評価会議。

 日没の光が窓端へ残る。


 私は七枚の証言票を置き、三点一致を示す。

 次に請求書を提示。

 未来日付、締後時刻、重複番号。


 グレゴルが反論する。


「書き間違いだ」


「三箇所同時に?」


 私は原簿写しを並べた。

 オルドが票を読み、短棒で机を軽く打つ。


「封緘系列の有効性を一段回復。押収票は継続採用」


 胸の奥で、硬い糸が一本ほどける。

 勝ったわけではない。

 ただ、落ちなかった。


「次段階へ進む。王都封筒の発行元照会を本局へ送る」


 オルドは最後に言った。


「ヴァレリ顧問。速い。だが粗い。次は粗さを消せ」


「はい」



 会議後、カイが会計庫扉を押さえたまま言う。


「助かった」


「まだ一段目です」


「一段目で落ちる戦いは多い」


 彼は机の票束へ視線を落とす。


「今夜は休め」


「休むと数字が逃げます」


「逃げた数字は明日捕まえろ」


 私は少し笑った。

 会計官向きの理屈ではない。

 だが今日は嫌いじゃない。


 彼が去った後、私は請求書をもう一度見た。

 発行印は葡萄紋。

 王都補佐院に近い私印。


 私は黒板へ追記する。

 王都照会先、葡萄紋系列。

 封緘評価進捗、一。


 事件は一歩だけ進んだ。

 結果はまだ遠い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ