第3話「南外れの倉庫」
南外れ兵站庫の鍵は、朝には必ず重くなる。
夜に誰かが触った鍵は、冷え方が違う。
私は鍵番の手から鍵束を受け取り、金属の温度を確かめた。
第三鍵だけが、わずかに温い。
「夜間の開閉記録は」
鍵番は視線を逸らす。
「昨日は、なしです」
私は記録簿を開く。
なし、と書かれた行の上に、薄い削り跡。
誰かが一度書いて消している。
私は赤鉛筆で欄外へ小さく印を打った。
第四の赤印。
*
庫内は暗く、乾いた埃と油の匂いが混ざっていた。
棚札には軍需布、塩袋、補修材。
並びは整っている。
整いすぎている。
私は第三棚の布束を一つ外す。
下から別の票束が出た。
表紙は「臨時調達控」。
だが番号帯は北門通行許可簿の四一七四周辺と一致する。
票束の末尾に、見慣れない印。
葡萄紋に王冠。
王都補佐院系の私印だ。
隣でミレナが息を呑む。
「これ、兵站庫にあるべき票じゃない」
「はい。ここは保管庫ではなく、退避庫として使われています」
私は票を封緘袋へ入れ、封をした。
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昼、会計庫。
押収票の一次照合を始める。
北門許可簿、兵站庫票、受領票。
三列を並べ、時刻と行先を重ねる。
同じ番号で、行先が二種類。
北方砦と南外れ庫。
しかも南外れ庫側の票だけ、まとめ記載されている。
まとめ記載は便利だ。
便利すぎる時は、大抵誰かが得をしている。
私は差分票を作る。
抜き取り量の暫定推計、一六%。
冬前に抜くには危険な数字だ。
*
午後、臨時会議。
私は差分票を卓へ置き、押収票を開示した。
「北門四一七四帯で行先二重化。兵站庫へ退避した票束を押収」
兵站長が票を見て眉を寄せる。
「これは……誰の承認だ」
グレゴルが先に口を開く。
「現場の臨時運用でしょう。雪前は票を一時退避させることがある」
私は頷いた。
完全否定はしない。
「臨時運用はあります。ただし退避なら“退避票”の記載が必要です」
私は規程集を開く。
退避票必須、退避理由、返却時刻、立会署名。
押収票にはどれもない。
「これは退避ではなく、照合回避です」
グレゴルは笑みを薄くした。
「言い切るには早い」
「はい。だから次に監査官立会で封緘評価を行います」
私はオルドの派遣要請書を示した。
すでに送達済み。
返答は明朝到着予定。
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会議後、廊下でグレゴルが並ぶ。
「急ぎすぎではありませんか、ルチア様。辺境の運用は王都ほど整然としません」
「整っていないことと、抜いていいことは別です」
「抜かなければ回らない時もある」
その言葉は、初めて少しだけ本音に近かった。
私は歩みを止めない。
「回すために抜くなら、抜いた事実を記録するべきです」
彼は返事をしない。
香油の匂いだけが残る。
*
夕刻、北村配給所へ寄る。
女将が鍋をかき回しながら言う。
「今日は豆が薄いね。昨日より水を足したよ」
私は受領票を確認する。
到着は第七刻四十分。
昨日より遅い。
工房使いも同時に到着した。
「夜便が一台来なかった。炉を一つ落とした」
私は二枚の票へ時刻を書き、差分欄へ丸をつける。
推計一六%は、もう現場に出ている。
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夜、会計庫。
王都監査局から返書が届く。
『特別監査官オルド・セインを派遣する。明朝到着予定』
私は封書を閉じ、押収票束の上へ置く。
明日からは、封緘評価の場になる。
事件はやっと公式の卓に乗る。
私は黒板へ新しい欄を足した。
封緘評価進捗。
初期値はゼロ。
窓外で北門の灯が揺れる。
次に揺れるのは、誰の立場か。
その答えを決める朝が、もう近かった。




