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赤字領地に飛ばされた会計官、公開照合で汚職網を断ったら契約の婚約が再定義されました  作者: 夜摩 高嶺
第一章「乾いた解任通知」

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第3話「南外れの倉庫」

 南外れ兵站庫の鍵は、朝には必ず重くなる。

 夜に誰かが触った鍵は、冷え方が違う。


 私は鍵番の手から鍵束を受け取り、金属の温度を確かめた。

 第三鍵だけが、わずかに温い。


「夜間の開閉記録は」


 鍵番は視線を逸らす。


「昨日は、なしです」


 私は記録簿を開く。

 なし、と書かれた行の上に、薄い削り跡。

 誰かが一度書いて消している。


 私は赤鉛筆で欄外へ小さく印を打った。

 第四の赤印。



 庫内は暗く、乾いた埃と油の匂いが混ざっていた。

 棚札には軍需布、塩袋、補修材。

 並びは整っている。

 整いすぎている。


 私は第三棚の布束を一つ外す。

 下から別の票束が出た。

 表紙は「臨時調達控」。

 だが番号帯は北門通行許可簿の四一七四周辺と一致する。


 票束の末尾に、見慣れない印。

 葡萄紋に王冠。

 王都補佐院系の私印だ。


 隣でミレナが息を呑む。


「これ、兵站庫にあるべき票じゃない」


「はい。ここは保管庫ではなく、退避庫として使われています」


 私は票を封緘袋へ入れ、封をした。



 昼、会計庫。

 押収票の一次照合を始める。

 北門許可簿、兵站庫票、受領票。

 三列を並べ、時刻と行先を重ねる。


 同じ番号で、行先が二種類。

 北方砦と南外れ庫。

 しかも南外れ庫側の票だけ、まとめ記載されている。


 まとめ記載は便利だ。

 便利すぎる時は、大抵誰かが得をしている。


 私は差分票を作る。

 抜き取り量の暫定推計、一六%。

 冬前に抜くには危険な数字だ。



 午後、臨時会議。

 私は差分票を卓へ置き、押収票を開示した。


「北門四一七四帯で行先二重化。兵站庫へ退避した票束を押収」


 兵站長が票を見て眉を寄せる。


「これは……誰の承認だ」


 グレゴルが先に口を開く。


「現場の臨時運用でしょう。雪前は票を一時退避させることがある」


 私は頷いた。

 完全否定はしない。


「臨時運用はあります。ただし退避なら“退避票”の記載が必要です」


 私は規程集を開く。

 退避票必須、退避理由、返却時刻、立会署名。

 押収票にはどれもない。


「これは退避ではなく、照合回避です」


 グレゴルは笑みを薄くした。


「言い切るには早い」


「はい。だから次に監査官立会で封緘評価を行います」


 私はオルドの派遣要請書を示した。

 すでに送達済み。

 返答は明朝到着予定。



 会議後、廊下でグレゴルが並ぶ。


「急ぎすぎではありませんか、ルチア様。辺境の運用は王都ほど整然としません」


「整っていないことと、抜いていいことは別です」


「抜かなければ回らない時もある」


 その言葉は、初めて少しだけ本音に近かった。

 私は歩みを止めない。


「回すために抜くなら、抜いた事実を記録するべきです」


 彼は返事をしない。

 香油の匂いだけが残る。



 夕刻、北村配給所へ寄る。

 女将が鍋をかき回しながら言う。


「今日は豆が薄いね。昨日より水を足したよ」


 私は受領票を確認する。

 到着は第七刻四十分。

 昨日より遅い。


 工房使いも同時に到着した。


「夜便が一台来なかった。炉を一つ落とした」


 私は二枚の票へ時刻を書き、差分欄へ丸をつける。

 推計一六%は、もう現場に出ている。



 夜、会計庫。

 王都監査局から返書が届く。


『特別監査官オルド・セインを派遣する。明朝到着予定』


 私は封書を閉じ、押収票束の上へ置く。

 明日からは、封緘評価の場になる。

 事件はやっと公式の卓に乗る。


 私は黒板へ新しい欄を足した。

 封緘評価進捗。

 初期値はゼロ。


 窓外で北門の灯が揺れる。

 次に揺れるのは、誰の立場か。

 その答えを決める朝が、もう近かった。

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