第2話「逆順の番号」
北門の灯が規程外に動いた時刻を、私は三度見直した。
第八刻二十三分。
交代表では交代も搬入もない時間帯だ。
夜明け前、会計庫でミレナが目を擦りながら票束を運んでくる。
「顧問、北門当直の補助簿です」
私は補助簿と通行許可簿を並べ、逆順の番号列へ線を引く。
四一七四、四一七二、四一七一。
普通なら昇順で進むはずの欄が、途中だけ逆に折れている。
「この行、誰が書きました」
「署名は北門書記ハリスですが……筆圧が違います」
ミレナはそう言って、別紙を差し出した。
ハリスの平常筆跡見本。
確かに違う。ハリスは右払いが短い。
逆順列の筆跡は、右払いが長い。
私は昨日の脅し文を思い出す。
同じく右払いが長かった。
*
朝、北門へ行く。
霜の残る石畳に、荷車の車輪痕が浅く重なっていた。
門番交代長ベルンは不機嫌な顔で帳票を渡す。
「会計庫の新運用で列が伸びてる。商会から苦情が来てるぞ」
「苦情票の受付時刻を教えてください」
「……今それが必要か?」
「必要です。運用評価に入れます」
ベルンは舌打ちしながら時刻を答えた。
第七刻三十分。
私はその時刻を控え、補助簿の規程外移動時刻と重ねる。
差は五十三分。
苦情が出た直後に、規程外の移動が起きている。
誰かが列の混乱を作り、その混乱を隠れ蓑にしている。
*
昼、会計庫へ戻るとグレゴルが待っていた。
今日は椅子に腰を下ろし、要約帳を膝に置いている。
「北門の混乱、見ましたか。現場は数字より速さを求めています」
「速さは必要です」
「なら、許可簿の照合は後回しにすべきだ。今は冬前の物資回しが先です」
彼は要約帳を開いた。
「この領は王都融通枠の審査待ちです。ここで遅延率が悪化すれば、枠そのものが細る。正しさより、通す量を守る局面でしょう」
王都融通枠。
第一幕の核心に近い言葉が、ここで初めて正面に出た。
私は否定せずに返す。
「量を守るためにも、抜き取りを止めます」
私は通行許可簿の逆順列と受領票を並べる。
「同じ番号で品目が二つある。量は通っているように見えて、行先が抜かれている。これを放置すると、冬本番で欠配が跳ねます」
グレゴルは笑みを崩さない。
だが要約帳の端を押さえる指が少し強くなる。
「証拠は」
「今夜、取ります」
私は言い切った。
証拠はまだ足りない。
だが取り方は決まっていた。
*
夕刻、領主執務室。
私はカイへ夜間監視案を出す。
「北門規程外移動の再発確認をしたい。許可簿番号四一七四帯の便だけを追跡します」
カイは地図へ目を落とし、短く問う。
「必要人員は」
「近衛二、会計庫一、門番立会一」
「時間は」
「第七刻から第九刻」
彼は印章を押した。
「やれ。追跡便が門を出たら、行先を最後まで見ろ」
私は頷き、退室しかけたところで呼び止められる。
「ルチア」
「はい」
「証拠が取れなかった場合の手も用意しておけ」
「代替線を組んであります。交代表と受領票の同時刻突合です」
カイは一度だけ笑う。
「そういう返事が早いのは助かる」
*
夜、第八刻二十分。
北門の陰で、私は息を浅くした。
霜が息を白くする。
規程外の灯が動く。
昨日とほぼ同時刻。
荷車一台、札番号四一七四。
品目欄は「防寒布」。
私は票へ時刻を書き込む。
その荷車は北へ向かわず、南外れ路へ曲がった。
防寒布なら本来は北方砦行き。
行先が違う。
近衛が後を追う。
私は門番立会へ確認を取る。
「いま出た便の受領先はどこで記載しますか」
「通常は翌朝まとめて……」
「まとめ記載は禁止です。今、ここで仮記載を」
私は仮記載票を押し出し、門番に書かせた。
筆が震える。
その震えも証拠になる。
*
会計庫へ戻ったのは第九刻過ぎ。
近衛から速報が届く。
四一七四便は南外れ兵站庫へ入った。
北方砦へは行っていない。
私は逆順列の横へ赤印を打つ。
第三の赤印。
そして脅し文と同じ右払い筆跡が、仮記載票の補注欄にも現れていた。
門番の筆ではない。
誰かが後から補記する前提の票だ。
私は封緘箱へ票を入れる。
次は行先の倉庫を開ける。
事件はまだ始まったばかりだった。




