第12話「第一幕の決裁」
運用審議会は、領主館の古い議場で開かれた。
石壁が冷え、声が少し遅れて返る。
議題は一つ。
公照運用の正式条文化。
私は条文案を配り、要点を読む。
即時記載、色分け札、停止便公開、例外期限。
手順は短く、監査線は太く。
指先は落ち着いていたが、掌だけが汗ばんでいる。
採決の直前だけは、いまだに慣れない。
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反対は予想どおり出た。
旧街区選出の評議員が手を挙げる。
「公開が過ぎる。商会情報が漏れる」
私は公開範囲表を示す。
品目の細目は伏せ、量と時刻のみ公開。
営業秘密は守りつつ、便の存在だけ見せる設計だ。
「漏れるのは秘密ではなく、無記録便の余地です」
評議員は顔をしかめたが、再反論は弱い。
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次に、兵站側から実務負担の懸念。
私は実測表を出す。
追加記載平均四十七秒、再配送平均二百十秒。
ベルンが立って言う。
「最初は面倒だった。今は列が短い」
現場の証言は強い。
議場の空気が少し傾く。
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中盤、グレゴルが発言席に立つ。
整った口調で言う。
「制度自体は理解します。だが現行案は“疑いの文化”を作る。現場同士が監視し合えば、協力は痩せる」
巧い論点だ。
制度の倫理へ話をずらしてくる。
私は一拍置いて答える。
「疑うための制度ではありません。説明するための制度です」
私は公開板の写しを示す。
同時に、改善後の欠配率推移を重ねる。
「説明が先にあれば、疑いは減ります。隠れた便がある時だけ、疑いが増える」
言いながら、私は自分にも言い聞かせていた。
王都で私は、説明の前に“問題職員”の札を貼られた。
だから辺境では、順番を逆にさせない。
議場の後列で、配給所の女将が小さく頷いた。
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採決前、王都審査官エルンが意見を述べる。
「本制度は融通枠評価の前提条件に適合する。少なくとも暫定運用として妥当」
この一言で、反対票の数が揺れた。
王都判断を無視してまで反対する理由は薄い。
採決。
賛成多数。
公照運用は正式に条文化された。
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会議後、カイが決裁印を押す。
重い紙音が議場に落ちた。
「第一段は終わりだ」
私は頷く。
「はい。ですが実行者特定は未了です」
「分かっている。第二段で斬る」
彼は私を見る。
「よく持ったな」
「持たせてもらいました」
ほんとうは、持ったと言い切るほど強くない。
夜ごとに解任通知の紙縁を思い出す。
それでも倒れなかったのは、隣で同じ紙を見てくれる人が増えたからだ。
領主の決裁は終点ではない。
ただ次の入口になる。
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夕刻、会計庫へ戻ると机に封書があった。
差出人なし。
中は短い紙片。
『公照は通した。次は婚約契約だ』
私は紙片を裏返す。
薄い葡萄香。
グレゴルと同じ系統。
そして文末に、王都契約局で使う古い略号。
会計不正だけではない。
契約の線が、ここで顔を出す。
胸のどこかが、数字では測れない速さで跳ねた。
婚約契約。
見ないふりをしてきた私情の名を、敵側が先に呼んだ。
*
私は紙片を証拠袋へ入れ、封をした。
赤鉛筆で欄外に印を打つ。
第十二の赤印。
公開板へ今日の結果を貼る。
公照運用、正式施行。
融通枠、六割維持。
欠配率、九・四。
夜風が紙端を鳴らす。
第一幕は閉じる。
だが次の幕は、もう始まっている。
契約は数字より厄介だ。
数字は嘘を暴く。
契約は嘘を合法にする。
そして契約は、感情の逃げ道を塞ぐ。
だから次の幕では、私も逃げない。
私は帳票袋を閉じ、灯を落とした。
明日からは、その合法を剥がしに行く。




