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赤字領地に飛ばされた会計官、公開照合で汚職網を断ったら契約の婚約が再定義されました  作者: 夜摩 高嶺
第一章「乾いた解任通知」

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12/15

第12話「第一幕の決裁」

 運用審議会は、領主館の古い議場で開かれた。

 石壁が冷え、声が少し遅れて返る。


 議題は一つ。

 公照運用の正式条文化。


 私は条文案を配り、要点を読む。

 即時記載、色分け札、停止便公開、例外期限。

 手順は短く、監査線は太く。

 指先は落ち着いていたが、掌だけが汗ばんでいる。

 採決の直前だけは、いまだに慣れない。



 反対は予想どおり出た。

 旧街区選出の評議員が手を挙げる。


「公開が過ぎる。商会情報が漏れる」


 私は公開範囲表を示す。

 品目の細目は伏せ、量と時刻のみ公開。

 営業秘密は守りつつ、便の存在だけ見せる設計だ。


「漏れるのは秘密ではなく、無記録便の余地です」


 評議員は顔をしかめたが、再反論は弱い。



 次に、兵站側から実務負担の懸念。

 私は実測表を出す。

 追加記載平均四十七秒、再配送平均二百十秒。


 ベルンが立って言う。


「最初は面倒だった。今は列が短い」


 現場の証言は強い。

 議場の空気が少し傾く。



 中盤、グレゴルが発言席に立つ。

 整った口調で言う。


「制度自体は理解します。だが現行案は“疑いの文化”を作る。現場同士が監視し合えば、協力は痩せる」


 巧い論点だ。

 制度の倫理へ話をずらしてくる。


 私は一拍置いて答える。


「疑うための制度ではありません。説明するための制度です」


 私は公開板の写しを示す。

 同時に、改善後の欠配率推移を重ねる。


「説明が先にあれば、疑いは減ります。隠れた便がある時だけ、疑いが増える」


 言いながら、私は自分にも言い聞かせていた。

 王都で私は、説明の前に“問題職員”の札を貼られた。

 だから辺境では、順番を逆にさせない。


 議場の後列で、配給所の女将が小さく頷いた。



 採決前、王都審査官エルンが意見を述べる。


「本制度は融通枠評価の前提条件に適合する。少なくとも暫定運用として妥当」


 この一言で、反対票の数が揺れた。

 王都判断を無視してまで反対する理由は薄い。


 採決。

 賛成多数。

 公照運用は正式に条文化された。



 会議後、カイが決裁印を押す。

 重い紙音が議場に落ちた。


「第一段は終わりだ」


 私は頷く。


「はい。ですが実行者特定は未了です」


「分かっている。第二段で斬る」


 彼は私を見る。


「よく持ったな」


「持たせてもらいました」


 ほんとうは、持ったと言い切るほど強くない。

 夜ごとに解任通知の紙縁を思い出す。

 それでも倒れなかったのは、隣で同じ紙を見てくれる人が増えたからだ。


 領主の決裁は終点ではない。

 ただ次の入口になる。



 夕刻、会計庫へ戻ると机に封書があった。

 差出人なし。

 中は短い紙片。


『公照は通した。次は婚約契約だ』


 私は紙片を裏返す。

 薄い葡萄香。

 グレゴルと同じ系統。

 そして文末に、王都契約局で使う古い略号。


 会計不正だけではない。

 契約の線が、ここで顔を出す。

 胸のどこかが、数字では測れない速さで跳ねた。

 婚約契約。

 見ないふりをしてきた私情の名を、敵側が先に呼んだ。



 私は紙片を証拠袋へ入れ、封をした。

 赤鉛筆で欄外に印を打つ。

 第十二の赤印。


 公開板へ今日の結果を貼る。

 公照運用、正式施行。

 融通枠、六割維持。

 欠配率、九・四。


 夜風が紙端を鳴らす。

 第一幕は閉じる。

 だが次の幕は、もう始まっている。


 契約は数字より厄介だ。

 数字は嘘を暴く。

 契約は嘘を合法にする。


 そして契約は、感情の逃げ道を塞ぐ。

 だから次の幕では、私も逃げない。


 私は帳票袋を閉じ、灯を落とした。

 明日からは、その合法を剥がしに行く。

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