第13話「指標の朝」
公照施行の初朝、会計庫の黒板は文字で埋まった。
欠配率、遅延率、停止便、再配送回数。
私は最後に、新しい欄を一つ足す。
「住民待機時間」。
ミレナが首を傾げる。
「それ、必要ですか」
「必要です。配れた量だけでは生活は測れません」
言いながら、私は王都三課の待合室を思い出す。
あの日、解任通知を待つ時間だけが異様に長かった。
待たせる側は、待つ側の体温を勘定に入れない。
辺境では、その勘定を落としたくなかった。
*
午前、兵站長が新指標に難色を示す。
「項目を増やせば、現場が回らん」
私は受領票束を開き、前週との差を示した。
「記載追加は平均三十六秒。待機時間削減は一人当たり七分です」
「七分で何が変わる」
「配給列が一巡早くなる。工房交代の遅刻が減る。北村診療所の薬受け取りが間に合う」
兵站長は腕を組んだまま、しばらく黙る。
「数字の因果は分かった。だが人は分かるか?」
「分からせます。公開板に“改善前後”を並べます」
彼は溜息を吐き、押印欄へ印を置いた。
*
昼、旧街区から書類便が一度に九束届く。
分類は同じ、記載は細かく、どれも「要即時確認」。
書類妨害の洪水だ。
ミレナが票束を抱えたまま言う。
「これ、全部見ますか」
「全部見ると沈みます。三つに割ります」
私は机上に札を立てる。
緊急、当日、後日。
さらに緊急の中を、命に関わる便と資材便へ分けた。
「分割基準は」
「人命、寒冷、機械停止。この順」
かつての私は、平等に処理することを正義だと思っていた。
今は違う。
不平等な現実には、優先順位でしか対抗できない。
*
午後、配給所で列整理を確認する。
公開板に「待機時間平均」が加わったことで、受取窓口が二本に分かれた。
女将が笑う。
「数字を貼ったら、皆“早い列”を探すようになったよ」
「早い列を作るのが目的です」
女将は鍋をかき混ぜ、声を低くした。
「でもね、数字が悪い日は、誰かが悪者になる」
その言葉が胸に刺さる。
制度は責任を見える化する。
同時に、誰かの肩へ重さを集める。
「悪者を作らないために、原因欄を先に出します」
「できるかい」
「やります」
答えた声は、思ったより細かった。
*
夕刻、カイが会計庫へ来る。
私は書類洪水の分割表を見せた。
「旧街区からの妨害です。即時確認を装って処理を詰まらせています」
「対策は」
「運用分割を本則化します。公照に補則を追加」
カイは一読し、短く言う。
「今夜中に施行する」
「速すぎると反発が」
「反発は明日の仕事だ。凍死は今夜の仕事だ」
彼は近衛隊長へ命じた。
「旧街区便は入門時に三色札を付けろ。分類未了は門で止める」
領主の一撃は、時々乱暴だ。
だが今夜は、その乱暴さに救われる。
*
夜、補則案を綴じる。
題名は「公照補則一号 運用分割基準」。
最後の署名欄へ手を置くと、指先がわずかに震えた。
この震えは疲労だけではない。
制度を増やすほど、私の名前も増える。
失敗した時、切られる札も増える。
それでも署名する。
切られる怖さより、鍋が空になる怖さの方が、いまは重い。
窓外で北門の灯が動く。
分類札の色は、今夜から変わる。
結果は次の朝に出る。




