第11話「三割から六割へ」
決定日は雪が止んだ朝だった。
王都審査官団の最終会議で、エルンが文書を読み上げる。
「融通枠、暫定六割開放」
室内に小さな息が走る。
三割から六割。
全開ではないが、冬越えの計算は現実になる。
胸の奥で、遅れて震えが来た。
安堵は遅れてやってくる。
先に来るのは、次に落とした時の怖さだ。
条件は継続。
実行者特定の進展、公照運用の実績提出。
つまり戦いは続く。
*
会議後、配分調整が始まる。
私は優先順を再計算する。
北村配給、工房燃料、北砦補修、医療備蓄。
兵站長が覗き込み、珍しく低い声で言う。
「君の計算は冷たいが、今回は助かる」
「冷たい計算で温かい鍋を守るのが仕事です」
彼は鼻で笑い、票へ印を押した。
*
午後、公照運用の初日実績がまとまる。
停止便ゼロ。
欠配率、九・八。
遅延率、前週比マイナス四。
私は公開板へ数字を貼る。
集まった人々の顔が、はっきり緩む。
女将が鍋蓋を開けて見せた。
「今日は豆が沈むよ」
工房主も笑う。
「炉を落とさずに済んだ」
こういう報告は帳簿に載りにくい。
だが制度が生きている証明になる。
笑顔を数値化できないことが、今日は少し悔しい。
守れた実感はあるのに、証明欄にはまだ空白が残る。
*
夕方、問題が起きる。
北砦向け便の札に、再び補助印複製が混じった。
ただし今回は停止前に発見できた。
私は票を回収し、追跡命令を出す。
差出人は「北街互助会」名義。
休眠会の再使用だ。
近衛が追跡し、旧街区裏路地で受け渡し現場を押さえる。
受け取り側は、旧会計室下働き。
供述にグレゴルの名は出ない。
だが「グレゴル室の指示票を見た」と証言した。
間接証言。
強くはない。
けれど無視できない。
*
夜、カイと短い協議。
「直接証拠はまだか」
「まだです。間接線は太くなっています」
「急ぎすぎるな。誤って斬ると、次の協力者が口を閉ざす」
私は頷く。
確かに今の段階で名指し断罪すれば、逆に制度ごと潰される。
それでも喉元では、早く名前を言いたい衝動が暴れる。
解任された日の私なら、ここで突っ込んでいた。
今は踏みとどまる。
守る対象が、私の評価だけではなくなったからだ。
「明日、運用審議会で公照を正式条文化します」
「そこで足場を固めろ」
私は資料袋を抱え直した。
*
深夜、会計庫で条文案を整える。
第一条、票の即時記載。
第二条、便札色分け。
第三条、停止便公開。
第四条、例外運用の期限明記。
例外を禁止しない。
期限を付ける。
期限のない例外が腐敗を育てる。
期限を書くたび、契約書の条項が頭をよぎる。
私の婚約契約も、期限の読み替えで形を変えられた。
紙の上で人間関係は、いくらでも別物になる。
ミレナが眠い目で笑う。
「この条文、読めば分かる形になってます」
「読んで分からない条文は、抜け道の案内板です」
私は最後の行に時刻を書く。
第十一刻二分。
赤印を打つ。
第十一の赤印。
三割から六割へ。
次は制度を残す番だ。




