勝ってない
意識が戻ったときには、既に試合が終わっていた。
「勝ったのか」
「そうだな」
俺は特に異常がないと判断されて控え室で寝かされていた。起きあがると笑顔の紫野が手を挙げていた。
「?」
「ハイタッチだ、せっかくだしやらないか?」
「いいぞ」
バシィッと手を弾き合う。紫野は楽しそうに笑う。五連勝だもんな。そりゃ楽しいし嬉しいよな。
大して俺は釈然としないものを感じながらも、取り敢えず紫野に察されないように振る舞う。
「まあ、取り敢えずここ出ようぜ」
「ん、ああ。まあ、そうだな?」
外に出ても、紫野は少し浮ついた感じで話しかけてくるので俺は合わせて適当に喋っていた。何を話したのかは覚えていない。
適当なところで紫野と別れて一人下校する。
「おや、暗い顔だね」
依田だった。
「識杏は?」
「……なんだい他の人の話かい?」
…………。
そう言うのはいらない。早く答えてくれ。
「識杏ならほら、先に?」
「そう」
ぼんやりと返答すると依田は先を歩き出す。
「で?」
「で? って………寧ろ俺が聞きたいよ? 依田、何の用だよ」
「そりゃ、まあ、いろいろだね? それで話は戻すけど、で?」
「で? ってなんだよ」
「それくらい、自分で分かるだろう? 馬鹿じゃあるまいに」
「はあ」
「…………自分から言ってくれないかな? 何で暗い顔してるのか」
「してない」
「してるさ。私が見たらね、君のその程度の変化、わからないこともない」
「…………さてね。わかんない」
「最後の試合、素人に負けたのが悔しい?」
依田のその問いには特には感情の色がなかった。見下すようなつもりではないのだ。
「そうじゃ………」
否定しようとした。秦野は果たして素人だっただろうか、それは間違いなく素人だ。多少かじっていたかもしれないが、端々に素人っぽさが滲み出ていた。
否定しようとした。負けた? 勝ったじゃないか。……いや、あれは負けだ。よく言って引き分けだ。実際にあの場面に出会して見ろ、恐らく実銃が混ぜられた攻撃をすれば死ぬ。
否定しようとした。悔しいか? 悔しい。
…………そうか。
「腑に落ちた?」
「うん」
依田が言うのだ、恐らく間違ってないのだ。彼女が間違う事なんてそうそうないのだろう。
「それで。たかがそんな事で何で落ち込んでいたんだい?」
きっと、依田は何が原因なのか全部。分かって聞いているんだ。だから、俺は嘘偽りがないと思える答えを。
「あれじゃ、結局識杏を護れない」
「……かもね」
「かもしれない、じゃない。護れないんだよ。この程度じゃ」
「そうだね」
「だから強くならなきゃ、強くならなきゃいけないんだ」
「そうだね…………はぁ。十分強いじゃないか。無能力者の中じゃトップクラスだ? そもそも条件が悪いの、分からない君じゃないだろう?」
「条件?」
「…………真っ正面から戦わざるを得ないのがそもそも悪条件だって事だね」
「…………そう言うことか。それは違うよ、真っ正面じゃない、不意打ちですら引き分けだったんだ、いや、実質あれじゃ負けだよ」
「……ま、拘りすぎないようにするといいさ。君は無能力者で本来ならそもそも能力者に勝てるはずがないんだってこと、覚えておきなよ?」
依田はそう言うが、気にしてしまうのを止めるだなんて到底出来ない。条件だ何だと、結局負けてしまうならどうしようもないのだから。
そもそも、相手は同じクラスの人間。能力がどうこうという問題ではないのだ。
「それじゃ、駄目なんだよ」
「…………はいはい。兎に角! 暗い顔するなって事だね、ほーら笑え笑顔だ」
頬の筋肉が引っ張られて強制的に笑顔にさせられる。自然に笑うような調整度合いに依田の技量を感じる。
最初は無理矢理だったが、無理矢理笑ったような笑顔を見せてくる依田に釣られて俺は笑っていた。
「そ。それでいいよ。あんまり暗い顔してると識杏に嫌われちゃうからね?」
「それは困る」
「そうだろう、ね?」
依田が俺の後ろに向かって笑いかけたように見えて、俺は振り返るが、誰もいなかった。
「意地張るつもりならその意地張れなくしてやろうじゃないか、識杏め」
依田が、小さな声でそう言ったのがどうも印象に残った。




