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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之漆 草萌の国
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そして、踏み出す

「なるほど。それしかないか」

 私が頷くと、春覇は微妙な顔で私を見た。

「簡単に言うが、わかっているのか」

 溜息を吐かんばかりの表情で、春覇は告げる。

「大将軍は最高三人……即ち、この国の武官の中で三指に入る功を挙げなければならないんだぞ」

 おもわず顔をひきつらせた私に、春覇は今度こそ溜息を吐いた。

「並の人間じゃ一生かかっても無理だね」

 どこか楽しげに言う中津を、恨めしげに見やる。

 けれども、このくらいの困難は予想できていたはずだ。この国の武官を押さえられなくて、五国の統一などできるものか。

「やってみせるさ」

 自分に言い聞かせるように、私は言い切った。

「何十年後になるかな」

 揶揄するように中津が言う。

 それを睨んだ私の口から、自分でも信じられない言葉が滑り出した。


「一年だ」


 三人が、驚いたように私を見る。私も自分で驚いた。

 しかし、その期限は不思議と胸に沁みこむ。

「一年だ。それは俺の目標じゃない、通過点なんだ。何年もかけられない」

「言ったな」

 面白そうに、小さく蒼凌が呟くのが聞こえた。

「一年かぁ。うん、頑張ってね」

 中津がへらりと笑う。


 ……は?

 いやいや。


「『頑張ってね』じゃないだろう。お前まさか丸投げする気か」

「だって俺鴻宵ほどバイタリティ無いし」

 他人事!?

「なっ……じゃあお前はどうする気なんだ、これから」

「そうだね……俺はまだ碧しか見てないし、他の国を回って来ようかな」

 のんびりとした調子で、答えが返される。

 ああ……何か目眩がしてきた。

 中津は大仕事を私に丸投げしておいて、全く悪びれた様子も無い。

 春覇の同情的な視線が痛い。蒼凌は……堪えてるみたいだけど、また笑ってますね?

 思わず一瞬中津を殴り倒したくなった私は、ふと思いついて気を静め、中津に向き直った。

「だったらお前、橙へ行け」

「橙へ?」

 中津が首を傾げる。

「橙に庵氏という商人がいて、次男の庵覚が荷の護衛を担当している」

 庵覚には総華の件で大きな借りがある。私は昏軍の前で派手な行動をしてしまい、面が割れているから下手に動けないし、どうやって返そうか思案していたところだ。丁度いい。

「お前そこで一月くらいただ働きして来い」

「ただ働き?」

 さすがの楽天家中津も面食らう。

 私は簡単に事情を説明した。総華を助け出した時の借りが、まだそのまま残っているのだ。

「……無茶するねぇ」

 おおまかにだが私のした事を聞き、中津がぼそりと呟く。蒼凌と春覇も呆れ顔でこちらを見ていた。

「仕方ないだろう、他に手が無かったんだ」

 苦みを含みながら私が言うと、蒼凌がふっと息を吐く。

「まぁいい……という事は、総華は無事にこの国へ来られたのだな?」

 その問いに、私はしっかりと頷いた。

「ちゃんと連れてきた。……あの子、章軌の妹らしいぞ」

「ほぅ……」

 蒼凌が僅かに目を見開いて感嘆の声を上げる。

 ああ、そういえば、石氏に無事を報せる手紙を書かなければ。総華の兄がいた事も教えないと。

「では章軌と暮らすのか」

 そう訊いた蒼凌の問いには、春覇が答えた。

「暫くは。しかし、本人は居住区での生活を希望しております」

 他の狐狼と対等でありたいと、そう総華は言ったのだ。

「感心だな」

 蒼凌は目を細めた。

「つきましては、いずれ太子のご許可を頂きに参るかと」

 軽い礼をしながらそう述べた春覇に、蒼凌が苦笑を向ける。

「相変わらず他人行儀だな」

 その言葉を受けた春覇は、僅かに眉を寄せた。

「弁えていると言って頂きたい」

 時と場合を厳密に弁別しようとする辺り、春覇らしい。

 しかし、蒼凌の認識は春覇のそれと違ったようだ。

「今は公の場ではない。畏まる必要は無いよ」

 笑みを含んで言われた言葉に、春覇は深く息を吐くと同時に肩の力を抜いた。

「貴方も相変わらずですね、兄上」

「当然だろう。春覇にまで四六時中太子として扱われていては肩が凝る」

 その反動があの性格なのか?

 というか、今春覇が聞き捨てならない事を……

「……兄上?」

 疑問は同じだったのか、中津がぼそりと口にする。

「正確には従兄だ」

 気にした風もなく、さらりと春覇が説明した。春覇が碧の王族だという話は聞いていたが、国王の姪だったんだな。

 ……それにしても、似ていない従兄妹だ。

 いや、顔立ちはよくよく見ると似通った所があるのだが、何て言うかいろんな意味で似ていない。性格が。

「とにかく、これで今後の方針は決まったな」

 場を締めくくった蒼凌が、三人を見渡す。

「一年と言ったな、鴻宵。一年後、またここで会い見えることを楽しみにしているよ」

 私は頷く。

 ようやく、スタートラインに立ったわけだ。

「じゃあ俺は橙に行って来るよ」

 中津がそう言って目を細める。


「一年後」


 何かを誓うようにそう言って、私達は東宮を辞去した。


 王歴一二八〇年、十月己酉の日。

 千里の道への第一歩が、静かに踏み出された。


ここまで閲覧してくださりありがとうございます。

これにて第一部は完結です。続きの第二部や外伝の類はシリーズからどうぞ。


感想等いただけると嬉しいです。

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