奴隷の時代は終わったと思っていた
……
さて、不運な自分の境遇を嘆くのも終わりにして、そろそろ現実と向き合う時間だ。
どれだけ叫ぼうと、反論しようと、以前の生活に戻りたいと願おうと、何も変わりはしない。
少なくとも、俺はそうやって自分に言い聞かせようとしていた……。
だが、この後、事態がさらに悪化することになるなんて、俺は知る由もなかった。
自分が何の役にも立たない人間だという事実を受け入れようとしている間にも、アサミとマサトは俺の処遇について話し合いを続けていた。
正直に言おう。
二人の考えは、まったくもって安心できるものではなかった。
マサトは俺の体を眺めると、首を横に振った。
「どうやら、こいつの言うことは本当らしいな。体に魔法の反応が見られない」
アサミも同意するように頷いた。
「それに、この痩せた体じゃ、まともな値段で売るのも難しそうだ」
そして、ぼそりと呟いた。
「ここまで使い物にならない人間がいるとは思わなかったな」
おい! 使い物にならないなんて言うな!
俺だって人間なんだぞ! 特別な能力がないからって、何だっていうんだ!
それだけじゃ駄目なのか!?
……
いや、そもそも、それって胸を張れるようなことなのか?
はあ……。
今にも泣きそうだ。
頼むから……。
そんなふうに俺をいじめるのはやめてくれ!
自分がこんなふうに侮辱されている姿を、もう見ていられないんだ!
……
アサミとマサトは俺を取り囲み、二人とも悲観的な表情を浮かべていた。
アサミが口を開いた。
「それで、この小僧をどうする? こいつのせいで、俺たちは大きな損失を被ったんだぞ」
マサトが答えた。
「同感だ。売ろうとしたところで、損失を補えるだけの金額にはならないだろう」
二人は互いに顔を見合わせた。
そして、アサミが声を潜めて言った。
「それなら……最初の案に戻るか?」
俺の思考が凍りついた。
まさか……。
まさか、そんな……。
マサトは真剣な顔でアサミを見た。
「臓器を売りさばくってことか?」
アサミは頷いた。
……
こうなることはわかっていたんだ!
いやいやいや!
お前ら、いったい何なんだよ!? もう少し落ち着いて、まともに考えられないのか!?
どうして真っ先に、考えられる限り最悪の解決策に飛びつくんだよ!?
この世界では、人間一人を処分することが、そんなに簡単なことなのか!?
一瞬、肺から空気がすべて抜けてしまったような気がした。
俺は死にたくなかった。
家族に二度と会えなくなるかもしれないなんて、そんなことを受け入れる覚悟だってできていなかった。
それなのに、俺には何もできなかった。
反対するために両手を動かすことさえできない。
ガイド……。
頼むから、こんな形で終わらせないでくれ。
「別の解決策を提案します」
いつもどおり、落ち着いたガイドの声が響いた。
二人は話すのをやめ、俺の体に視線を向けた。
マサトが尋ねた。
「それで、お前の提案は何だ、小僧?」
ガイドが答える前に、マサトは鋭い口調で付け加えた。
「もし逃がしてやれなんて提案をするつもりなら、ただで売り払うほうが、まだマシだな」
そうだろうな!
つい最近、俺が転生してきたこの素晴らしい世界では、慈悲や寛大さなんてものは、とっくの昔に絶滅してしまったらしい!
ガイドは落ち着いた声で答えた。
「私を奴隷として売却する方法では、十分な利益を得られない可能性があります。その代わりに、私が二人のもとで働き、負債を返済することを提案します」
……
はあ!?
今、何て言った!?
待て! 待て! 待て!
俺の聞き間違いじゃないよな!?
俺を別の誰かに売り払う代わりに、この二人のもとで働かせるってことか!?
……
ちょっと待て。
それって、本当にマシな選択肢なのか?
つまり、見知らぬ誰かに売られるか、それとも、この二人のジジイのもとで働くか……。
そう考えれば、二人のもとで働くほうが、まだマシなのかもしれない。
たぶん。
だが、俺はどちらにも同意していないぞ!
おい! ガイド!
俺の人生に関わる決断を、勝手に下すのはやめてくれないか!?
俺はまだここにいるんだぞ!
その頃、マサトは顎をさすりながら言った。
「ふむ……借金を返すまで、俺たちのもとで働くということか?」
「はい」
ガイドは即答した。
マサトはすぐには賛成せず、アサミのほうを向いた。
「よく考える必要があるな。確かに、こいつは奴隷市場で大した価値があるようには見えない。だが、働かせたところで、そこから損失を回収できなければ意味がない」
アサミはゆっくりと頷いた。
「そのとおりだ。食費や住居費まで負担した挙げ句、こいつの働きが損失を補うのに足りなかった、なんてことになったら困るからな」
ガイドが答えた。
「必要な作業量に応じて、労働時間を設定し、二人の間で振り分けることが可能です。また、私に支払われる賃金の一部を返済に充て、差し引いた金額を記録しておけば、残りの負債額も把握できます」
二人は顔を見合わせた。
マサトが言った。
「実のところ、荷物の運搬や積み下ろしを手伝ってくれる人手が欲しかったんだ。そういう仕事があるときは、その都度、労働者を雇っている。だが、いつでも使える人手がいれば、いくらか出費を抑えられる」
そして、少し考えてから続けた。
「荷物が届いたときや、別の場所へ運ぶ必要があるときは、こいつに働いてもらえばいい。手伝いが必要ない日は、アサミのところで働かせればいいだろう」
アサミはマサトのほうを向いた。
「俺も宿屋の仕事を手伝ってくれる人間が欲しかったところだ。特に宿泊客が増える時期はな。部屋の掃除や荷物の整理、それほど経験を必要としない簡単な仕事なら、こいつにも任せられる」
マサトは眉をひそめた。
「だが、こいつが引き起こした損害はどうする? 働かせても、荷車と馬の代金を回収できなかった、なんてことにはしたくないぞ」
アサミが答えた。
「俺だって、部屋の修繕費を自腹で負担するつもりはない」
二人はしばらく黙り込み、計算を始めた。
やがて、マサトが口を開いた。
「実際に働いた時間に応じて賃金を決め、その一部を借金の返済に回せばいい。そうすれば、損失も少しずつ回収できる。残りの賃金は、こいつの最低限の生活費に充てることにしよう」
アサミも頷いた。
「俺も同じようにする。まず部屋の修繕費を計算して、それを負債に加える。そうすれば、後になって借金がいくら残っているかで揉めずに済む」
ガイドが答えた。
「適切な方法です。労働時間を二人の間で振り分けることで、私の時間を有効に活用でき、ほかの労働者を雇う必要も減らせます」
……
おおおおおおおおい!
待て! 待て! 待て!
俺はまだここにいるんだぞ!
お前ら、本当にそれが最善の判断だと思っているのか!?
ガイド!
どうして俺の許可も取らずに、何でもかんでも勝手に決めてしまうんだ!?
ちょっと座って、別の解決策を考えてみたらどうなんだ!?
まだほかにも選択肢はあるだろ!
……まあ、実際には、それほど選択肢が残っていないのかもしれないが……。
だからといって、俺の人生について、そんな簡単に決めていいわけがないだろ!
二人はそのまま、細かな条件について話し合いを続けた。
マサトが言った。
「この方法なら、すぐに新しい荷車と馬を買わずに済む。こいつを働かせれば、損失の一部も回収できるからな」
そして、こう付け加えた。
「完璧な解決策とは言えないが、少なくとも、こいつが働いている間は、新しい荷車と馬を買うために金を使わずに済む」
アサミも頷いた。
「俺も宿屋の仕事を手伝わせられるし、部屋の修繕費も少しずつ回収できる」
マサトはアサミを見た。
「それじゃあ、これで決まりだな?」
アサミはもう一度だけ考え、それから手を差し出した。
「ああ、決まりだ」
マサトはその手を握った。
「よし。必要に応じて労働時間を振り分け、合意した金額を賃金から差し引いていく。それで借金を返済させる」
……
待て!
こんなにあっさり終わるのか!?
俺が心の中で叫び続けている間に、二人は俺の処遇を決めてしまったのか!?
おい、どっちか一人くらい、俺の声を聞いてくれなかったのか!?
すると、マサトは俺の体に向き直り、笑みを浮かべた。
「こんな提案をしてくるとは思わなかったぞ、小僧。どうやら、お前も思ったよりは役に立つらしいな」
アサミも付け加えた。
「今日から、お前は必要に応じて俺たち二人のもとで働くことになる。きちんと仕事をしろ。怠けたり、借金の返済から逃れようとしたりするなよ」
……
……
ああ、神様……。
俺は結局、アサミとマサトのもとで働くことになってしまった!
自分の問題を誰かに押しつければ、自分の望むとおりに解決してくれると思い込んだばかりに!
ガイド……。
本当にすごいな、お前は!
奴隷として売られることも、臓器を売り払われることも避ける方法を見つけてくれたうえに、借金を返済するための労働者にまでしてくれたんだからな!
……
待て。
これって、本当に問題を解決したと言えるのか!?
俺は仕事を見つけてくれなんて頼んでいないぞ!
俺が望んでいたのは、この厄介な状況から救い出してもらうことだ!
生活を重労働の連続に変えてくれなんて、一言も頼んでいない!
その違いがわからないのか!?
……
だが、どうやら今さら文句を言っても意味はなさそうだった。
すでに決定は下されてしまったのだ。
俺にできることは、その結果を受け入れることだけだった。
こうして、俺の人生における次の六十日間が始まった……。
休む間もない労働。
流れ続ける汗。
積み重なっていく疲労。
そして、すべては順調だと自分に言い聞かせようとする日々。
だが、俺はまったく順調なんかじゃなかった!
宿屋ではアサミのもとで働き、マサトのもとでは荷物の運搬や積み下ろしを手伝う。
その一方で、稼いだ賃金の一部は、絶えず借金の返済に回されていた。
ようやく終わりが見えてきたと思うたびに、俺は新たな出費が計算に加えられていることを知るのだった。
部屋の修繕費……。
荷車と馬の損害を補うための費用……。
そして、詳しく聞くことすら嫌になるような、その他もろもろの費用!
もちろん、俺だって反論はした。
交渉だって試みた。
この状況から抜け出す方法があるはずだと、自分に言い聞かせてもみた。
だが、どんなことを試しても、結果は同じだった。
働く。
さらに疲れる。
そして、借金はまだ残っていると知る。
……
あはははははは!
本当に素晴らしい人生だな!
俺は言っただろう!
俺は計算なんて、まったくできないんだ!
俺は計算に関しては、まったくの役立たずなんだよおおおおおお!!




