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雨宿りは魔女の家で  作者: 森月 恵
第一章 魔女の家
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12/26

第12話 幼馴染

 休日が終わり、今日からまた仕事だ。


 リリーが朝起きて居間に降りると、もうシオンが台所にいた。


「おはようございます。なんでそんなに朝早いんですか……」


「起きたか。今日は寝坊しなかったな」


 シオンの朝が早過ぎる。リリーは驚きつつも身支度を整え、シオンの作った朝食を食べて玄関に向かう。


「仕事行ってきます」


「今日はいつ頃帰る予定だ?」


 玄関前でリリーは、一瞬だけ動きを止めた。


「資料室と買い物に寄ると思うので、少し遅いかも……」


「そうか、わかった」


 正直、こんな風に予定を確認されるのはまだ慣れない。

 仕事帰りの時間なんて意識したことはなかった。

 シオンが不思議そうにこちらを見ていた。


「何だ?」


「いえ。何でもありません」


『早く行かないと遅れるぞ』


 足元でルウが言った。


「分かってる」


 リリーは急いで扉を開けた。


「気をつけてな」


「はい、いってきます」


 シオンの声を背に外へ出る。

 春の朝の空気はまだ少し冷たかった。

 いつもの道を魔法管理局へ向かって歩き始めるリリーの足取りは、少し軽かった。


     *


 休日明けの魔法管理局は忙しかった。

 午前中は結界修繕の報告書を二件確認し、午後からは来月予定されている公共施設の大規模点検作業について、担当者と打ち合わせをした。その合間にアンナから追加の書類を渡される。


「コレット、これも今日中にお願い」


「分かりました」


「無理なら明日でいいわよ」


「いえ、大丈夫です」


「じゃあよろしくね」


 アンナはそれ以上何も言わず、次の机へ向かった。

 できるかできないかを確認し、できると言えば任せる。

 余計な励ましも心配もない。リリーはこの職場のこういう雰囲気が好きだった。


 仕事を一通り片付けた頃には、予定より少し遅くなっていた。

 帰る前に資料室へ寄る。


「また来たね」


 机の向こうで、ノアが眼鏡を押し上げた。


「また来ては……いけませんか」


「いや、この前七冊持っていった人が、もう次を探しに来たから」


「あれはだいたい読み終わりました」


「……全部?」


「はい」


 ノアは一度黙った。


「君、たまに怖いね」


「何がですか?」


「いや、何でもない。で、今日は何を探しにきたの」


 最近、こういう反応をされることが増えた気がする。


「今日は古い結界の中で、建物の地下に術式が及ぶものについて調べたいです」


 ノアが訝しげな顔をして繰り返す。


「地下?」


「地表を境に終わるのではなくて、地下深くまで伸びて、反対側の術式と繋がっているような結界です」


「……またずいぶんと具体的な仮定だね。まるでそんな結界を知っているような」


「いや、色々考察中でして……」


「へぇ」


 ノアは眼鏡の奥からじっとリリーを見る。

 リリーも黙って見返した。

 やがてノアが先にため息をついた。


「ちょっと待ってて」


 立ち上がり、資料室の奥へ消える。

 しばらくして戻ってきた腕には、二冊の本が抱えられていた。


「この辺りかな。一冊は古い結界術式の分類。もう一冊は、今はほとんど使われていない術式の記録」


「ありがとうございます」


「ただ、地下まで完全に囲うような結界は、かなり珍しいと思う」


「やっぱりそうですか」


「普通の防御結界なら、そんなことをする必要がないからね」


 リリーは二冊を受け取った。

 普通の防御結界なら必要がない、つまりあの結界は普通ではないのだ。


「あと、特定の情報だけを話せなくする魔術って、知ってますか?」


「それって、この間の話?」


ノアが顔を上げた。


「話そうとすると魔力が減る現象を調べたいって、呪術関係の本を借りていっただろう。あのときは仮定の話じゃなかった?」


 ノアの灰色の瞳が、眼鏡の奥から探るように向けられている。


「ええ、先日の本ではまだ不十分だったので」


「へぇ」


 ノアは小さく息を吐いた。


「もし本当にそんな魔術があるなら、禁術か、少なくとも準禁術に相当するだろうね。本気で調べるなら、王立魔法研究所の図書館レベルじゃないと無理だよ」


「……ですよね」


「ねえ、君。何か妙なことに首を突っ込んでない?」


「大丈夫です。ありがとうございました」


 リリーはぺこりと頭を下げてから、慌てて本を抱えて資料室を出た。


 —禁術扱いか……


 シオンにかけられた魔術について調べるのは難しそうだ。

 ただ結界については、また本を借りることができた。


 地下を通る魔導路と地下まで延びる家の結界、そして図面にだけ存在する地下室。結界の外へ出ると魔力を失うシオン。何かしら関係があるように見えるが、まだ何一つ証明できていない。

 考えながら廊下を歩いていると、前からエマがやってきた。


「あ、リリー。ちょうどよかった」


「え?」


 リリーは軽く瞬きをした。


「今夜、みんなで飲みに行くんだけど来ない?」


「えっと……今日はやめときます」


「いつも即答よね……本当、いつになったら来てくれるのかしら。何か予定でもあるの?」


「家で本を読みたくて」


「また本?」


 エマがリリーの腕の中を見る。


「なんか最近調べ物してるみたいだけど、読書はいつでもできるじゃない。たまには飲みに行きましょうよ」


 エマには悪いが、職場の同僚と飲むより、家でシオンとワインを飲む方が落ち着くのだ。その後借りてきた本を読み、魔法談義する時間はどうしても譲れない。


「うーん、ごめんエマ。お疲れさま」


「待ってよ、リリー!」


 リリーは聞こえなかったことにして、逃げるように歩き出した。


     *


 管理局を出ると、空はまだ明るかった。

 食材を少し買って帰ろう、卵と牛乳は減っていたし、パンもあった方がいい。


 そんなことを考えながら門を出たところで、不意に名前を呼ばれた。


「リリー?」


 聞き覚えのある声だった。

 足を止めて振り返ると、通りの向こうに赤茶色の髪の青年が立っていた。


「……ロイ?」


「やっぱりリリーか」


 ロイ・ウォーカー。


 騎士団の制服姿の彼を見るのは久しぶりだった。

 以前より少し日に焼けたように見える。

 腰には剣、肩には小さな荷物を提げている。


「久しぶり」


「久しぶり、じゃないだろ」


 駆け寄ってきたロイが不満気に応える。


「何?」


「王都に戻ってきた幼馴染に、もう少し何かないのか」


「おかえり?」


「……まあ、そんなところか」


 ロイが笑った。


「いつ戻ったの?」


「昨日。任務でしばらく西の方に出てた」


「そうだったんだ。騎士団の任務って大変?」


「おお、今回の任務は色々あったな。聞きたいか?」


 ロイは灰青色の瞳を輝かせて、前のめりで聞いてくる。


「その話、長い?」


「少しな」


「じゃあ、今度でいいわ」


「お前な」


 呆れながらもロイは、昔から変わらない笑い方をする。


 昔、ロイの祖母のマーサに連れられてリリーの家に来ていたときからそうだった。マーサはリリーが幼い頃に母を亡くしてから、長い間家でリリーの面倒を見てくれた。ロイも時々ついてきては、庭で遊んだり、リリーの読書を邪魔したりしていた。


 騎士団に入ってからは会う機会も減ったが、それでもロイが王都にいるときには時々顔を合わせていた。


「これから帰るのか?」


「うん。買い物してから」


「じゃあ俺も行く」


 ロイが決定事項のように言った。


「何で?」


「久しぶりに会ったしな」


「方向違うでしょ」


「別にいいよ」


「遠回りになるよ」


「もう仕事も終わった」


 昔からこういうところも変わらない。

 リリーはそれ以上言うのをやめた。


     *


 買い物を済ませ、二人はリリーの家に向かった。

 どんよりとした雲が空を覆い、日暮れ前にしては空が暗い。


「荷物、多くないか?よこせよ」


「大丈夫」


「いいから貸せ」


 ロイはそう言いながら、リリーの持っていた買い物袋と本の入った鞄を奪った。子供の頃から、ロイは人の世話を焼く。祖母に似たのかもしれない。


「そういえば、マーサさん元気?」


「ああ、相変わらず毎日小言ばかりだ。リリーのことも気にしてたぞ」


 ロイは買い物袋を軽々と持って、リリーと並んで歩いている。


「今度会いに行くね」


「そう言って一年くらい経ってるけどな」


「そんなに経った?」


「ちゃんと来いよ」


「分かったって」


 ポツポツと雨が降ってきた。

 家はもうすぐそこだ。

 足を早めるが雨足が強くなってきて小走りで家に向かう。

 家の前でロイが少し目を細める。


「久しぶりに来たな」


「何にも変わってないよ?」


 リリーはクスリと笑って言った。


「本当、何も変わってないな」


 何か眩しいものでも見るようにロイがリリーを見て言った。


「荷物ありがとう。ここでいいよ」


「せっかくここまで来たし寄ってく」


「え?寄るの?」


「ルウの顔も見たいし」


「ルウならいるけど」


 そんなにルウの事好きだったかしらとリリーが思ってると、すかさずロイは続けた。


「ばあちゃんにも様子見てこいって言われてる」


「それ、今考えたでしょ」


 ふっと呆れるように笑うリリー。


「確かにちょっと降ってきちゃったしね。はいって」


 お世話になったおばあさんの話が出てくるとリリーは弱い。それをロイはよく知っているし、以前からロイがこの家に上がること自体珍しくなかったのだ。しかも雨はしばらく降りそうだ。


 リリーは何も考えずに扉を開けた。


「ただいま」


「おかえり」


 家の奥から声が返ってきた。

 隣でロイの足が止まった。


「今の誰?」


「え、シオン…」


と言いかけて、リリーはしまったと思った。


「誰だよ」


 そう言えばシオンの説明をするのをすっかり忘れてたと今頃気づいたリリーは、気まずそうに答えた。


「ああ、名前はシオンと言ってね……」


「そういう事聞いてるんじゃない」


 ロイの声が大きくなる。

 居間の奥から、その本人が姿を現した。

 袖を肘までまくっている。どうやら夕食の支度をしていたらしい。


「遅かったな」


「資料室と買い物に寄ってました」


「本、あったのか」


「はい、今日は二冊だけですが」


「だけ、な」


 シオンが呆れたように笑い、それからロイを見る。


「客?」


「あ、シオン。こちらは私の幼馴染のロイ」


 リリーはロイを振り返った。


「ロイ、こちらはシオン」


 ロイがしばらくシオンを見る。シオンも黙って見返した。

 先に口を開いたのはロイだった。


「ロイ・ウォーカー。騎士団にいる」


「……シオンだ」


 ほんの少し間があった。ロイが眉を寄せる。


「家名は?」


「ロイ……それは聞かないで」


 リリーが口を挟んだ。


「何で?」


「色々事情があるから」


「姓を聞くのに?」


「うん」


 ロイがリリーを見る。それからシオンを見る。


「……言えない事情ってことか?意味分からないし怪し過ぎるんだけど」


「私も最初はそうだった」


「最初?」


 ロイの眉間の皺が深くなった。シオンが小さく息を吐く。


「悪い。今はそれ以上説明できない」


 ロイはしばらく何も言わずじっとシオンを見ている。騎士として人を見定める時の顔だ、とリリーは思った。さっきまで笑っていた目が、すっかり鋭くなっている。


「……で」


 ロイが言った。


「何でその説明できない男が、リリーの家の中から出てくるんだ?」


「住んでるから」


 リリーが答える。


「住んでる?」


 ロイの声が大きくなった。


「一時的にね」


「いつから?」


「数日前」


「数日前!?」


『うるさいぞ』


 居間の奥からルウが歩いてきた。


「あ、ルウ」


 ロイがルウに視線を向けた。


『久しぶりだな、小僧』


「元気だったか?」


 ロイがしゃがんで手を差し出すと、ルウは当然のようにその手へ頭を擦りつけた。 

 シオンが少し驚いたようにそれを見る。


「ずいぶん懐いてるな」


「子供の頃から知ってるからな」


 ロイはシオンを警戒したまま答えた。


「いや、ルウのことはどうでもいいんだ」


『失礼な奴だな』


 ロイが立ち上がる。


「リリー、ちょっとこっちに来い」


「何?」


「いいから」


 ロイに腕を引かれ、玄関の端まで連れていかれる。


「ロイ、何なの」


「お前、大丈夫なのか?」


「何が?」


「あいつの事に決まってるだろ」


 ロイが声を落とす。


「姓も名乗れない男を家に置いてるのか?」


「名乗れないんじゃなくて——」


「素性がわからないんだから一緒だ。むしろもっと悪い」


「事情があるの」


「その事情をお前は知ってるのか?」


「全部ではないけど」


「……全部ではない?」


 ロイが頭を抱えた。


「お前、本当に昔からそういうところあるよな」


「どういうところ?」


「妙なところで慎重なくせに、変なところで無防備なところだよ!」


「ちゃんと警戒したよ」


 心外なその一言にリリーは言い返した。


「何したんだよ」


「最初に武器を持ってないか確認して、魔力も確認して安全と判断したし、初日は部屋に結界もかけたもの」


「最初?初日?……待て。最初って何だ」


 説明が長くなりそうだ。

 一つ小さなため息をついてリリーが言った。


「ロイ、夕飯食べていく?」


「話を逸らすな」


「長くなりそうだし、食べながら話そう」


「……おう、食ってくわ」


 即答だった。


     *


 食卓には鶏肉と野菜の煮込み、パン、それに豆のスープが並んだ。

 手際よくテーブルに皿を並べるシオンに、ロイが怪訝そうな視線を向ける。


「……これ、お前が作ったのか?」


「ああ」


「毎日?」


「だいたいそうだな」


 ロイがリリーを見る。


「何?」


「いや」


 今度は目を逸らすロイ。


「ワインも冷やしてあるぞ」


 シオンが白ワインとグラスを持ってきた。


「あ、冷やしてくれたんですね」


 その会話を聞いていたロイが慌てて口を挟む。


「は?家で一緒に飲んでる訳?」


 リリーの腕を軽く掴んで耳打ちする。


「はい」


「はい、じゃないだろ」


 ロイは赤茶色の前髪を押さえつけて盛大にため息をつく。


「お前、どんな警戒心してるの?」


 リリーは黙って話を逸らした。


「さ、冷めてしまうし食べましょう」


 冷えた白ワインが入ったグラスを軽く持ち上げる。


「えっと……ロイ、遠征お疲れ様。シオン、いつもご飯ありがとう」


「……おう」


 ロイも軽くグラスを持ち上げた。


「あぁ」


 シオンは早くもグラスを口に運んでいる。

 リリーが鶏肉の煮込みを口に入れると、よく煮込んで味の染みた鶏肉は口の中ですぐほぐれた。


「ほふっ」


 意外な美味しさにリリーの口から変な声が漏れてしまった。

 そんなリリーをじっと見ていたロイも一口鶏肉を食べると少し目を見開いた。


「……うま」


「口にあったか」


「料理は……、まあな」


 ロイは意外そうに、料理とシオンを見比べていた。


「これはリリーより……」


「ちょっとロイ」


 すかさずリリーが不満顔で遮る。


「冗談、冗談」


 ロイが笑顔をリリーに向けた。


「私も作れるから」


「知ってる。昔食わせてもらったしな」


 ロイが少し懐かしそうに目を細める。


「へえ、何を?」


 シオンが聞く。


「焦げたパン」


 リリーがゴホゴホとむせた。


「それは料理じゃない」


 シオンが笑いながらリリーにコップの水を渡す。


「ちょっと、笑わないでください」


「悪い」


 絶対に悪いと思っていない。ロイがそのやり取りを黙って見ている。


「何?」


「……いや」


 今日のロイは考えている事がよくわからない。普段ならシオンとルウの声があって、それでも静かだと思える食卓なのに、今日は妙に空気が張っている。


「シオン、コショウ取ってくれますか」


「ああ」


 シオンがいつもの場所から瓶を取って渡してくれる。


「ありがとう」


 ふと顔を上げると、ロイがこちらを見ていた。


「……何?」


「いや、何でもない」


「さっきからそればっかり」


 シオンがスープを飲みながら、わずかに口元を緩めている。


「シオンまで何ですか」


「いや別に」


「……二人とも変ですよ」


 ロイとシオンが一瞬だけ顔を見合わせた。

 なぜそこで意見が一致するのだろう。


「それでだ」


 ロイがリリーに向き直って言った。


「最初はどういう経緯でこいつがここに住むことになったんだ?」


「ああ、それは……雨の日に家の前で倒れていたの」


 リリーはあっさり答えた。


「……倒れてた?」


「うん。だから、とりあえず家に入れたんだけど」


「お前なあ……」


 ロイは額に手を当てた。

 一つため息をついてから、ようやく口を開く。


「……まあ、その話はあとだ」


 ロイは額から手を離し、シオンへ視線を向けた。


「それで、お前はいつまでここにいるつもりだ?」


「分からない」


「分からないだと?」


 ロイの聞き方が妙に硬いので、リリーは焦って答えた。


「外に出られるようになるまでだから」


 ロイの表情が変わった。


「……外に出られないのか?」


 しまった。また余計なことを言った。


「どういう意味だ?」


「それは——」


 リリーはシオンを見る。

 シオンは少し考えてから口を開いた。


「事情があって、今はこの家から長く離れられない」


「怪我か?」


「まあ、似たようなものだ」


「怪我をしているようには見えない」


「ロイ」


 リリーが止めた。


「分かってる」


 ロイは息を吐いた。


「言えないことがあるんだろ」


「ああ」


 シオンが短く頷く。


「リリーはそれを調べてる?」


 今度はリリーが少し驚いた。


「どうしてわかるの?」


「さっき本の話してただろ。それに訳がわからないものをとことん調べたがるのは、昔からのお前の悪い癖だ」


「……そう?」


「そうだよ」


 シオンが少し笑った。


「何」


「いや。昔から知ってるんだなと思って」


「そりゃそうだ。お前よりずっとな」


 なぜか言い方が少し強い。

 シオンは気にした様子もなくパンをちぎった。


「そうか」


 それだけだった。

 それなのにロイの眉間にまた皺が寄った。


「とにかく」


 ロイが言った。


「詳しいことを話せないのは分かった」


「うん」


「でも、俺はこいつを信用したわけじゃないからな」


「別にロイに信用してもらう必要は——」


 リリーが言いかける。


「ある」


 ロイがはっきり言った。


「何で?」


「あるんだよ」


 リリーは首を傾げる。シオンが小さく笑った。


「警戒される理由は分かる」


 シオンはロイに視線を向けて言った。


「なら話が早い」


「でも」


 シオンは少しだけ口角を上げた。


「俺もお前に許可をもらうつもりはない」


 ロイの目が細くなった。


「……へえ」


「ちょっと」


 リリーは慌てた。何なのだ、この空気は。


『面白くなってきたな』


「ルウは黙ってて」


『俺は何もしてないぞ』


 していないから余計に腹が立つ。


     *


 夕食が終わる頃には雨も止んでいた。

 帰り際、リリーはロイを玄関まで送った。


「ごちそうになったな」


 ロイは家の奥を振り返った。

 居間ではシオンが夕食の片付けをしている。


「……あいつ、本当にここに住んでるんだな」


「まだ言ってるの?」


「言うだろ」


 ロイは非難するように言った。


「何がそんなに気になるの」


「お前なあ」


 ロイは深くため息をついた。


「俺だって、この家に泊まったことないんだけど」


「当たり前でしょ」


「何でだよ」


「家近いじゃない」


「そういう問題じゃない」


「じゃあどういう問題?」


「……もういい」


 ロイはしばらくリリーを見ていた。

 それから、もう一度家の奥を見る。


「……明日も来るから」


「え?何で?」


「心配だろ」


「明日は仕事じゃないの?」


「終わってから来る」


「毎日来なくても大丈夫だけど」


「俺が大丈夫じゃない」


「?」


「じゃあな」


 ロイは返事を待たず、扉を出ていった。

 外では雨があがり、湿った夜の空気が流れ込んでくる。

 扉を閉めたリリーは、首をかしげた。


「変なの」


「お前が言うのか?」


 背後から声がした。

 振り返ると、シオンが立っていた。


「聞いてたんですか?」


「聞こえた」


「昔からああなんです。世話焼きで」


「みたいだな」


「でも本当に明日来るのかな。明日になったら来ないって事もありそう」


「どうだろうな」


 シオンは妙に楽しそうだった。

 リリーは訳がわからないと言う顔をして居間へ戻る。

 机の上には、今日借りてきた二冊の本が置いてある。

 調べなければならないことは、まだたくさんあるのだ。


 とりあえず今夜は、この二冊。


 リリーは一冊目を手に取った。

 いつのまにかシオンが向かいの席に座り、もう一冊を手に取った。

 ルウはいつもの椅子の上で丸くなっている。

 

 いつもの夜、何も変わりはない。

 少なくともリリーは、そう思っていた。


 翌日の夕方、本当にロイがまたやって来るまでは。

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