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雨宿りは魔女の家で  作者: 森月 恵
第一章 魔女の家
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第10話 尋問ランチ

 「行ってきます」


 「ああ、よろしくな」


 調査を終えたあと、リリーは一人で買い物へ出た。


 シオンは庭までは問題なかったが、結界の外ではまた魔力が減る可能性が高い。試すには危険すぎる。


 リリーは市場で買い物リストを開いた。

 改めて見ると、やはり多い。

 頼まれたものを一つずつ籠へ入れていく。


 途中でパン屋の前を通り、昼食も買うことにした。

 燻製肉とチーズのサンドイッチ、卵と香草のサンドイッチ、少し迷って、焼き菓子も二つ買った。


 家に戻ると、玄関を開ける。


「ただいま」


「おかえり」


 当たり前のように奥から返事がした。

 昨日も聞いたその言葉がまだ少し慣れない。


「買ってきました」


「重かっただろ」


 シオンは出てくると、すぐにリリーの手から荷物を受け取り台所に運んだ。


「こんなにたくさん頼んだのは誰でした?」


「誰だろうな」


 シオンはクスッと笑いながら、買ってきたものを手際よく片づけていく。


「いや、悪かった。でも、まとめ買いした方が楽かと思ったんだ」


「わかってます。必要なものですから。あと、お昼も買ってきました」


「お」


 シオンがサンドイッチの入った袋を受け取り、中をのぞいた。


「うまそ」


『腹減ったぞ』


 どこからともなくルウが催促した。


「ルウ、どこ行ってたの」


 そういえば朝からルウを見かけなかった。


「まったく……ご飯の時間だけ帰ってくるのね」


『今日はお前が休みだから、あいつを見張ってなくていいだろ。寂しがり屋め』


 からかうようなルウの言葉はさておき、ここ二日はルウなりに見張りを優先してくれていたらしい。


 シオンはもうリリーとルウの会話を気にする様子もなく、食器棚から皿を取り出していた。


 昼食はテラスで食べることにした。

 暖かな陽射しが差し込み、風も穏やかだった。


「こんな風に外でゆっくりするのは久しぶりだ」


 シオンが少し感慨深げに言った。


 そよ風に銀灰の髪を揺らし、目を細めるシオンの横顔は、まるで一枚の絵画のようだった。


 ——今までシオンは、どんな生活をしてきたのだろう。


 聞いてみたい。けれど、彼にかけられた術が、どこまで話すことを許すのかわからない。


「少し試してみてもいいですか?」


 リリーは紅茶とサンドイッチを並べながら尋ねた。


「何を?」


「あなたにかけられた術についてです」


 シオンの眉がわずかに寄る。


「嫌な予感しかしないな」


「話せることと話せないことの境界を確認したいんです」


「境界?」


「はい。今までは、あなたがここに来る以前の事は全て話せないのだと思っていました。そういう術がかけられていると。でも、昨日ワインが好きだという話はできましたよね」


「それは別に隠すようなことじゃないだろ」


「その情報を隠すかどうかは、あなたの判断とは関係ないでしょう」


「……まあ、そうだな」 


「つまり、あなた自身について何も話せないわけではない」


 リリーは紅茶を一口飲んだ。


「何が話せて、何が話せないのか。条件を絞れば、何を目的とした術なのか分かるかもしれません」


 シオンはしばらくリリーを見た。


「……何を聞く気だ?」


「まあ色々です」


「かなり不穏なんだが」


「では始めます」


「聞いてないな、お前」


 リリーはサンドイッチを一口食べてから始めた。


「好きな食べ物は?」


「いきなりそれか?」


「まずは大丈夫そうなところから聞くものでしょう」


 シオンはため息をついた。


「……肉」


 シオンは燻製肉とチーズのサンドイッチを頬張りながら答えた。


「この肉もうまい」


「じゃあ甘いものは?」


「嫌いじゃない」


「料理は誰に教わったんですか?」


「師匠がやらないから、自分でやるしかなかったんだ」


「師匠がいるんですか? 名前は?」


「ギャディオン・アシュフォード」


 名前まであっさり答えられたことに、リリーは少し驚いた。


「ここまでは話せるんですね。魔法も師匠に教わったんですか?」


「ああ。本格的に魔法を教わったのは師匠だ」


「どんな人でした?」


「どんなって……」


 シオンが苦笑する。


「いい加減で、酒飲みで、女好き」


「……ずいぶんですね」


「そのくせ魔法だけは異常に強かった」


 小さく笑ったシオンの表情を、リリーは見逃さなかった。


「怖い人?」


「怖いというより、手がかかるというか、規格外というか。まあ、とにかくすげえ人だったよ」


 その懐かしそうな表情に、リリーは一瞬だけ目を見張った。


「師匠とは、どこで出会ったんですか?」


「それは——」


 シオンの表情がこわばる。


「止めてください」


 リリーはそう言って素早くシオンの腕に手を当てる。

 魔力が一瞬減ったようだが、すぐに止まった。


「……なるほど」


「なるほどじゃない」


 眉を寄せてシオンが言った。


「師匠については話せる。でも、出会った場所は話せない」


「そのようだな」


 リリーはシオンの腕に手を当てながら続けた。


「一緒に住んでいたんですか?」


「ああ」


「その場所は?」


「それは——」


 また魔力が揺れた。


「はい、止めて」


 リリーは素早くシオンの口に手をかざした。


「お前、楽しんでないか?」


「いえ、必要な確認です」


 シオンの言葉を無視してリリーは考える。


「では、シオンの家名は?」


 シオンは口を開くが、声は出なかった。


「……駄目ですか」


「みたいだな」


「名前は言えるのに、姓は言えないんですね」


「そうらしい」


「シオンは本名ですか?」


「ああ」


「では、姓だけが問題になる」


「お前、何でそんなに生き生きしてるんだ?」


 シオンの言葉は耳に届いてなかった。


「出身地は?」


 また魔力が揺れた。


「では、家族については?」


 同じだった。


「おい、もういいか」


 シオンは何とかリリーの言葉を遮った。


「俺の魔力が減ってるんだが……」


 リリーは首を傾げてから、ハッとした。


「もしかして、かなりしんどかったですか?魔力の減り方はわずかだったので、つい」


 呆気に取られながら、シオンは小さく息を吐いた。


「……大丈夫だ」


「すみません。少し夢中になりすぎました」


 リリーは指先でシオンの腕を軽く叩いた。


「……過去が話せないわけじゃないし師匠の話もできる。でも、師匠と出会った場所は話せない。自分の家名も出身地も家族も駄目」


 話してはいけない情報が、明確に選ばれている。


「あなたの身元や、ここに来るまでの経緯に繋がる情報は話せない……?」


「かもしれないな」


 ——どんな魔法ならそんなことが可能なのだろう。

 考え続けるリリーに、シオンが声をかけた。


「リリー」


「はい」


「一回休まないか」


 そこで初めて、リリーはシオンの前に置かれたサンドイッチがほとんど減っていないことに気づいた。


「夢中になりすぎてつい……。そうですよね」


 リリーはようやく、シオンの腕に置かれ続けていた自分の手に気づき、慌てて離した。


「昼飯が尋問になるとは思わなかった」


 シオンはサンドイッチを手に取って苦笑した。


「尋問ではなく調査です」


「似たようなものだろ」


 リリーは自分のサンドイッチを手に取った。


「でも、一つ分かりました」


「何だ?」


「この魔術は、あなたの過去全てを話させないわけではありません」


 シオンを見る。


「何かを隠すために、必要なところだけ明確に塞いでいる」


 シオンは答えなかった。

 ただ、しばらくテーブルの上のサンドイッチを見つめていた。


「ま、今はサンドイッチ食べましょう」


 リリーは自分の分をパクッと食べた。


『おかわり』


「え、ルウ、自分だけもう食べ終わったの」


『モタモタしてるやつが悪い』


「私もそのくらいお気楽に暮らしたい」


『いただき!』


 ルウが勝手にリリーのサンドイッチから燻製肉を抜き取って口に咥えたまま庭へ逃げ去った。


「ちょっと!私の!」


 リリーがルウを怒鳴った時にはルウはもう庭の方へ逃げていた。シオンはようやく食べられたサンドイッチを美味しそうに頬張っている。爽やかな春の風が吹いて、二人の髪を静かに撫でていった。


 リリーはサンドイッチを頬張りながら考えていた。


 シオンは家名が言えない。出身地も家族も言えない。

 つまり、裏を返せばその辺りの情報を組み合わせれば、シオンが何者なのか特定できるかもしれないということだ。


 ——シオンは何者?


 そこまで考えて、リリーはやめた。

 今のところ、推測するための材料が足りない。

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