第8話 軍曹、撃てないなら殴る
王都の門は、簡単には開かなかった。
門番たちは鬼平の両手にある魔石ガトリング砲を見て、槍を構えたまま動かない。
「魔導兵器の持ち込みは禁止されている!」
「王国騎士団の輸送隊だ」
ラウルが馬車から身分証を掲げる。
「この男は、鉱山で教会の異端審問局を撃退した。拘束の必要はない」
「異端審問局を撃退したからこそ、危険なのだ!」
門番の背後で、王都兵が集まり始めた。
街道を塞ぐように盾を並べ、魔導師が城壁の上へ展開する。
鬼平は城壁の高さと門の構造を確認した。
正面に盾兵が三列。
城壁上に魔導師が六人。
門の内側には予備兵力がいる。
この人数なら、撃ち合えば勝てる。
だが、撃てば王都の門前で戦闘になる。
王都に入る前から、王国全体を敵に回すことになる。
「ラウル」
「何だ」
「お前が話せ」
「貴様も少しは礼儀を覚えろ」
「無駄話をしている間に、敵が増えている」
ラウルは苦い顔をしながら、門番へ向き直った。
「国王直属の輸送任務だ。道を開けろ!」
「王城からの正式な通行命令はあるのか!」
「ない。だが、緊急事態だ!」
「規則に従え!」
鬼平は王都の門を見た。
巨大な鉄と木材で作られた門だ。
その横には、人が一人通れる小さな通用口がある。
門を開ける気はないらしい。
「なら、通用口を使う」
「そこも封鎖されています!」
リーゼが指差した。
通用口の前には、重装備の兵士が十人並んでいる。
鬼平は右手のガトリング砲を見た。
魔石の明滅は弱い。
鉱山での戦闘と黒竜との交戦で、残量はほとんど残っていない。
しかも、砲身は完全に冷えていない。
片方は魔石接続部にひびが入っている。
もう片方も、あと数回の連射で停止するだろう。
「撃てるか」
リーゼが小声で尋ねる。
「短時間なら」
「戦えますか?」
「撃ち合いはな」
鬼平はガトリング砲を握り直した。
「だが、撃てなくなったら別の使い方をする」
リーゼは嫌な予感を覚えた。
「別の使い方とは?」
「殴る」
「やっぱりですか!」
その時、門の上から声が飛んできた。
「武器を置け! 王都の許可なく入ることは認めない!」
鬼平は門番を見上げた。
「中に部下がいる」
「何の話だ?」
「王都の地下に、オレの部下がいる」
「そのような情報はない!」
「なら、調べる」
「お前を通す理由がない!」
門番が手を上げた。
城壁上の魔導師たちが、杖を構える。
ラウルが剣を抜いた。
「待て! こちらは王国騎士団だぞ!」
「騎士団であろうと、命令違反は拘束する!」
空気が張り詰めた。
鬼平は敵の魔導師を数えた。
六人。
魔法陣の規模から見て、拘束魔法か、広域攻撃魔法。
門前には民間人もいる。
撃つなら、敵の武器ではなく魔法陣を狙う必要がある。
その瞬間、城壁の上で一人の魔導師が倒れた。
背後から黒い矢が突き刺さっている。
続けて、別の魔導師も崩れた。
門の内側から悲鳴が上がる。
「敵襲だ!」
「城壁の内側に侵入者!」
王都の兵士たちが、一斉に後ろを振り向いた。
混乱が広がる。
鬼平は即座に判断した。
「教会だ」
「どうして分かるのですか?」
リーゼが尋ねる。
「王都の兵士を正面に集めて、内側を空けさせた」
通用口の向こうから、黒い外套の兵士たちが現れた。
異端審問局だ。
王都の内部へ先に侵入し、門の守備を崩している。
銀仮面の女は、街道で拘束されたはずだ。
だが、異端審問局は一つではなかった。
黒い仮面をつけた男が、通用口の前に立った。
「鬼平玄蔵。王都地下の封印区画へ向かうことは許可されていない」
「誰の許可がいる」
「教会の許可だ」
「断る」
「貴様の部下は、地下区画の奥で待っている」
鬼平の目が細くなる。
「知っているのか」
「一人は我々が保護している。もう一人は王国が拘束している。残りは、間もなく処分される」
鬼平の口元が動いた。
いつもの暴言が出かかったが、声にはならなかった。
代わりに、極端に低い声が漏れる。
「……全員、伏せろ」
ラウルが即座に部下へ命じた。
「伏せろ!」
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
魔石の残量は少ない。
しかし、敵は王都の門と民間人を挟んでいる。
無闇に撃てば味方にも被害が出る。
鬼平は銃口を上げ、城壁の上へ向けた。
魔導師が放とうとしていた攻撃魔法を、短い連射で破壊する。
魔法陣が崩れ、光が消える。
次に、通用口の前にいる敵の足元へ連射する。
地面が爆ぜ、黒い兵士たちの隊列が崩れた。
「ラウル、通用口を押さえろ」
「分かった!」
騎士団が突撃する。
鬼平は右のガトリング砲を撃ち続けた。
敵の魔石銃を破壊し、魔法陣を潰し、剣を持った前衛を後退させる。
だが、砲身の回転が不規則になった。
ギギ、ギギギ……。
魔石の光が明滅する。
「鬼平さん、右の砲身が危険です!」
「分かってる」
「もう撃たないでください!」
鬼平は最後の連射を叩き込んだ。
敵の魔石銃を三丁まとめて撃ち落とす。
その直後、右のガトリング砲が停止した。
砲身は熱を持ち、魔石接続部から煙が上がっている。
「右、射撃不能です!」
リーゼが叫ぶ。
鬼平は迷わなかった。
「なら、殴る」
「本当にやるのですか!」
黒仮面の男が杖を掲げた。
鬼平へ向けて、拘束魔法が放たれる。
青い鎖が腕と脚へ絡みついた。
鬼平の動きが止まる。
「超重量兵器を持ったままでは、魔法から逃れられない」
黒仮面の男が言った。
「貴様は、武器がなければただの人間だ」
鬼平は右手の停止したガトリング砲を持ち上げた。
魔石は沈黙している。
砲身も回らない。
弾丸も出ない。
だが、重量は残っている。
「武器が撃てねえなら」
鬼平は鎖を引きちぎろうと、全身に力を込めた。
「重いだけの鉄塊になる」
拘束魔法の鎖が軋む。
「そして、重い鉄塊はな」
鬼平の足が地面を踏み抜いた。
「殴るのに使える」
鬼平は停止したガトリング砲の銃架を、両手で握り込んだ。
片手二百キロ超の兵器を、振り下ろす。
鎖ごと身体を回転させ、砲身の側面を黒仮面の男へ叩きつけた。
ドゴンッ!
黒仮面の男が吹き飛び、通用口の石壁へ激突する。
拘束魔法が消えた。
「撃てなくても、武器は武器だ」
鬼平は停止したガトリング砲を肩へ担いだ。
砲身の根元が鈍器のように光を反射している。
敵兵の一人が斬りかかってきた。
鬼平はガトリング砲を横薙ぎに振った。
剣と砲架がぶつかり、剣が折れる。
そのまま砲架が兵士の胸へめり込んだ。
別の兵士が背後から迫る。
鬼平は振り返らず、砲身を後ろへ突き出した。
重い金属の塊が敵の腹へ食い込み、兵士が崩れ落ちる。
リーゼは唖然としていた。
「それは、砲撃兵器ですよね?」
「撃てる時はな」
「今は?」
「殴る兵器だ」
左手のガトリング砲が、再び魔力弾を吐き出した。
鬼平は右手の停止した砲を鈍器として使い、左手だけで敵の後衛を制圧する。
撃てる武器と、撃てない武器。
その二つを使い分け、敵の隊列を崩していく。
通用口の戦場は、わずか数十秒で決着した。
異端審問局の兵士たちは、王国騎士団に押さえ込まれた。
黒仮面の男だけが、壁際で立ち上がろうとしていた。
鬼平は停止したガトリング砲を引きずりながら、その前に立った。
「部下の場所を言え」
「貴様は、教会に勝てない」
「質問に答えろ」
「地下区画へ行けば分かる。貴様の部下は、すでに兵器の起動実験に使われている」
鬼平の指が、砲架を握り締める。
右手のガトリング砲は撃てない。
それでも、十分だった。
鬼平は砲架を男の横の石壁へ叩きつけた。
壁に大きな亀裂が走る。
「次は、お前に当てる」
黒仮面の男は、初めて恐怖を見せた。
「地下区画の入口は王城の北棟だ。だが、王国軍が守っている」
「王国軍なら話ができる」
「貴様が話を聞くと思うか?」
「聞く奴とは話す」
鬼平は男をラウルへ引き渡した。
ラウルは、停止したガトリング砲を見て目を丸くした。
「壊れたのか?」
「熱で止まった」
「修理できるのか?」
「ノアなら直せる」
「ノア?」
「鉱山の鍛冶師だ」
リーゼが右のガトリング砲を調べる。
「魔石接続部のひびが広がっています。すぐには撃てません」
「左は」
「残量がわずかです。あと数回撃てば、こちらも止まります」
「なら、撃たない」
鬼平は停止した右のガトリング砲を肩へ担いだ。
砲身が背中に当たり、重みで地面が軋む。
「修理まで殴る」
ラウルがため息をついた。
「王都へ着いたばかりなのに、すでに門を破壊しかけ、教会兵を倒し、兵器を鈍器にしている」
「門はまだ壊していない」
「壊していないだけだろう」
「なら問題ない」
王都の門が開いた。
先ほどまで鬼平を拒んでいた門番たちは、誰も声を上げなかった。
鬼平は停止したガトリング砲を引きずりながら、王都へ入っていく。
城壁の内側には、戦闘の跡が残っていた。
倒れた兵士。
砕けた魔導具。
逃げ惑う市民。
そして、王城の北棟へ向かう黒い煙。
「もう始まっている」
鬼平が言った。
「地下区画の起動実験ですか?」
リーゼが尋ねる。
「違う」
鬼平は煙の流れを見た。
「火事じゃねえ。魔力の排気だ」
北棟の地下で、大量の魔力が動いている。
古代兵器が起動しようとしているのだ。
その兵器の中に、鬼平の部下がいる。
「ラウル」
「分かっている。王城の北棟へ向かう」
「騎士団を連れていくのか」
「当然だ」
「邪魔になるなら置いていく」
「貴様は本当に口が悪いな」
「撃つ時はもっと悪い」
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
右は撃てない。
しかし、片手でも十分に威圧できる。
王都の兵士たちが道を塞ごうとしたが、鬼平が停止した右のガトリング砲を肩から下ろし、地面へ置いた。
ドンッ、と石畳が沈む。
「通る」
誰も止めなかった。
北棟へ近づくほど、魔力の振動が強くなる。
鬼平の手の甲に刻まれた《竜殺しの刻印》が熱を持ち始めた。
さらに、停止していた右のガトリング砲の魔石が、かすかに光った。
「撃てるようになるのでは?」
リーゼが言った。
「まだだ」
「では、どうしますか?」
鬼平は停止したガトリング砲を見た。
「撃てるまで、殴る」
北棟の扉が、内側から吹き飛んだ。
その向こうから、黒い魔力の奔流が噴き出す。
王国兵が吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられた。
鬼平は停止したガトリング砲を盾のように構え、魔力の奔流を正面から受け止めた。
砲身が震える。
鬼平の足が石床へ沈む。
それでも、一歩も退かなかった。
煙の向こうから、聞き覚えのある声が響く。
「……軍曹?」
鬼平の目が見開かれた。
その声は、元の世界で何度も聞いた声だった。
部下の一人。
生きている。
鬼平は停止したガトリング砲を握り直した。
「待ってろ」
魔力の奔流の先に、巨大な地下階段が現れる。
その奥で、何かが起動した。
まだ撃てない右手のガトリング砲が、鈍い金属音を立てる。
鬼平は左手の砲身を回転させた。
そして右手の砲架を、戦うための武器として構え直す。
「撃てなくても、オレは止まらねえ」
鬼平軍曹は、王都地下の封印区画へ突入した。
その先で待つのは、捕らえられた部下と、王都を支配する古代兵器だった。




