第50話 軍曹、人造竜兵器と撃ち合う
地下研究施設の奥で、巨大な人型兵器が立ち上がった。
白い骨格。
赤い装甲。
竜の脈動を宿した黒い魔石。
両腕には、二挺の魔石砲が取り付けられている。
その形は、鬼平の魔石ガトリング砲によく似ていた。
ただし、人造竜兵器の砲身は鬼平のものより太く、砲口の周囲には竜の牙のような刃が並んでいる。
背中には、骨の翼と六本の魔力管。
頭部には角が二本。
人間と竜と兵器を、無理やり一つにした姿だった。
『兵器は、人間を超える』
人造竜兵器が、地下研究施設の天井を見上げた。
赤い眼が二つ、暗闇の中で光る。
『兵器は、命令を必要としない』
『兵器は、迷わない』
『兵器は、壊れない』
鬼平は二挺の魔石ガトリング砲を構えた。
「撃てるか」
ノアが鬼平の砲を確認する。
「右の砲はまだ使える。左は出力が不安定だ」
「撃てるなら問題ない」
「問題しかない」
リーゼが人造竜兵器の周囲を観測した。
「内部に複数の魔力核があります。中央の黒い魔石が主核ですが、四つの補助核が身体中へ魔力を送っています」
「壊せば止まるか」
「おそらく。ただし、核を破壊すると竜脈の魔力が暴走します」
高瀬が周囲を見回した。
「この施設全体が崩れるんじゃないですか?」
ノアが答えた。
「このままでも崩れる。あの兵器が動いた時点で、地下の魔石炉が再起動している」
グラウ将軍が斧を構えた。
「ならば、敵を倒し、崩れる前に出るだけだ」
人造竜兵器が、ゆっくりと腕を上げた。
両腕の魔石砲が回転を始める。
砲身の回転音が、鬼平のガトリング砲と同じ響きを持っていた。
鬼平の目が細くなる。
「真似している」
『学習した』
『お前の砲撃を記録した』
『お前の戦術を再現する』
人造竜兵器が両腕を開いた。
赤黒い魔石弾が、地下施設全体へ放たれる。
鬼平は左のガトリング砲を撃った。
白い弾幕が赤黒い弾丸を迎え撃つ。
空中で魔石弾が次々にぶつかり、光の爆発が起きた。
右の《雷鱗砲》で、飛び散った魔力を切断する。
爆発が仲間へ届く前に、青い雷の線が残った魔力を消し去った。
人造竜兵器が一歩前へ出る。
床が沈んだ。
両腕の砲が、鬼平へ向く。
鬼平も二挺の砲を構える。
白い魔石と赤い魔石が、同時に輝いた。
四つの砲口が、同時に火を噴く。
地下研究施設の中央で、二つの弾幕が激突した。
白い光と赤黒い光が押し合う。
鬼平の足元が後ろへ滑った。
人造竜兵器の砲撃は、鬼平の弾幕を少しずつ押し返している。
「出力が高い!」
ノアが叫んだ。
「魔石炉から直接魔力を引いている!」
鬼平は右の砲の照準をわずかに下げた。
人造竜兵器の砲撃ではない。
床の下から伸びる魔力管へ向ける。
右の《雷鱗砲》が青白く輝いた。
弾丸が床を貫き、魔力管との接続を切断する。
人造竜兵器の右腕が一瞬止まった。
鬼平は左の砲で、左腕の砲口を撃つ。
赤い砲弾の弾幕が崩れた。
人造竜兵器が腕を振り上げる。
砲身の周囲にある竜の牙が、刃のように伸びた。
鬼平へ向かって腕を叩きつける。
鬼平は右の砲架で受け止めた。
金属と竜骨がぶつかり、地下施設の壁が震えた。
人造竜兵器が、もう一方の腕を振り抜く。
グラウ将軍が斧で受け止めた。
「重い!」
グラウ将軍の足元が、床へ深く沈む。
高瀬が銃撃し、人造竜兵器の関節へ弾丸を集中させる。
ヴァルグリムが黒い炎を吐き、背中の骨翼を焼く。
ザルディオンの雷が、六本の魔力管へ流れ込んだ。
人造竜兵器の動きが乱れる。
鬼平は砲架を押し返し、左のガトリング砲を密着させた。
装甲の隙間へ白い弾丸を撃ち込む。
赤い装甲が砕け、内部の補助核が一つ露出した。
右の《雷鱗砲》で補助核を撃つ。
青白い弾丸が核を貫き、魔力管を切断した。
補助核が消える。
人造竜兵器の左脚が止まった。
『損傷を確認』
『補助核を切り替える』
残った三つの補助核が、一斉に赤く輝く。
止まった左脚が無理やり動き始めた。
装甲の隙間から黒い霧が流れ、壊れた部分を塞いでいく。
「再生した!」
高瀬が叫ぶ。
リーゼが人造竜兵器を観測する。
「違います。再生ではありません。補助核が壊れた核の機能を代わりに使っています」
「全部の核を同時に止めないといけないのか」
「主核を含めて、五つです」
ノアが鬼平の砲を見た。
「二挺で五つは無理だ」
鬼平は人造竜兵器を見た。
人造竜兵器の砲身が、再び回転を始めている。
砲口の周囲から、赤い光が漏れる。
「五つを撃つ」
「どうやって?」
「撃つ」
「だから方法を――」
人造竜兵器が砲撃を再開した。
鬼平は左のガトリング砲を撃ち、迫る弾丸を相殺する。
右の《雷鱗砲》で、床の魔力管をさらに切断する。
人造竜兵器の砲撃が弱まった。
その隙に、グラウ将軍が突撃する。
「道を開けろ!」
斧が人造竜兵器の右脚へ叩き込まれた。
竜骨の装甲が割れる。
高瀬と兵士たちが、露出した補助核を撃つ。
ザルディオンが雷を落とし、補助核の魔力を乱す。
ヴァルグリムの黒い炎が、人造竜兵器の背中を包む。
鬼平はその瞬間を逃さなかった。
左の砲で胸部装甲を撃つ。
白い弾幕が装甲を削る。
右の砲で、露出した主核へ照準を合わせた。
青い弾丸が飛ぶ。
人造竜兵器が腕を交差させ、主核を守った。
弾丸が腕の装甲へ当たり、青い火花が散る。
主核は無傷だった。
『防御を学習した』
『同じ攻撃は通じない』
人造竜兵器が、鬼平と同じ構えを取った。
左腕をわずかに下げ、右腕を斜めに構える。
鬼平がこれまで何度も使ってきた、弾幕と接続切断の姿勢だった。
ノアが息を呑む。
「完全に戦い方をコピーしている」
鬼平は人造竜兵器の構えを見た。
「なら、変える」
鬼平は左の砲を下ろした。
右の《雷鱗砲》だけを構える。
人造竜兵器も、左腕を下ろした。
同じ動き。
鬼平が右の砲を撃つ。
人造竜兵器も右腕を撃つ。
二つの青い弾丸が空中で衝突する。
鬼平は次の瞬間、右の砲架を振り上げた。
人造竜兵器も砲架を振り上げる。
砲架同士が衝突した。
鬼平は一歩踏み込んだ。
人造竜兵器も一歩踏み込む。
鬼平は肘で装甲の継ぎ目を打った。
人造竜兵器も同じ場所を狙ってくる。
互いの攻撃が、同時に相手の装甲へ入った。
鬼平の肩に赤い弾丸がかすめる。
人造竜兵器の胸部に、青い火花が散る。
高瀬が叫んだ。
「軍曹、同じ動きをすると読まれます!」
「分かっている」
鬼平は、人造竜兵器の砲を見た。
砲身は、鬼平の動きを完全に再現している。
しかし、再現できないものが一つある。
鬼平は左の砲を持つ手を、ゆっくりと下げた。
砲口を人造竜兵器ではなく、床へ向ける。
人造竜兵器の赤い眼が動いた。
『照準を変更』
鬼平は床の魔力管を撃った。
白い弾丸が床を削り、地下研究施設の魔力炉へ届く。
施設全体の魔力が、一瞬だけ乱れた。
人造竜兵器の五つの核が、同時に明滅する。
鬼平は右の《雷鱗砲》を撃った。
青い弾丸が、五つの核を繋ぐ魔力線を貫いた。
主核と補助核の流れが乱れる。
人造竜兵器の動きが止まった。
「同じ動きを真似しても、地形までは真似できない」
鬼平は左のガトリング砲を構え直した。
人造竜兵器が、無理やり腕を動かす。
『戦術を再計算』
背中の骨翼が開いた。
翼の先端から、赤い魔石弾が一斉に放たれる。
地下施設の壁、天井、床へ反射しながら、無数の弾丸が鬼平たちへ迫る。
鬼平は左の砲を撃った。
白い弾幕が正面の弾丸を破壊する。
しかし、横と背後からも赤い弾丸が飛んでくる。
グラウ将軍が斧を振り回し、仲間を守る。
ヴァルグリムが黒い炎を吐き、弾丸を焼き払う。
ザルディオンが雷の壁を作る。
高瀬が負傷した兵士を引きずって安全な場所へ移動させる。
鬼平は人造竜兵器の背中を見た。
六本の魔力管が、翼と核を繋いでいる。
右の砲で一本を切る。
左の砲で、翼の骨を削る。
もう一本を切る。
翼の動きが乱れ、弾幕の軌道が崩れた。
リーゼが叫ぶ。
「背中の魔力管は、核ではなく翼を動かしています! あれを全部切れば、飛行能力を失います!」
鬼平は左の砲を連射した。
白い弾丸が魔力管を削る。
右の《雷鱗砲》が、残った管を一本ずつ切断する。
六本目の管が切れた。
人造竜兵器の翼が閉じた。
骨の翼が重く落ちる。
人造竜兵器は飛行能力を失った。
しかし、その背中から巨大な竜の尾が伸びてくる。
尾の先端が槍のように尖り、鬼平へ突き出された。
鬼平は砲架で受け止めた。
尾の力で、鬼平の身体が後ろへ押される。
床にブーツの跡が刻まれた。
人造竜兵器は尾を振り抜き、鬼平を壁へ叩きつけようとする。
鬼平は左の砲を壁へ撃った。
反動で身体を横へ飛ばす。
尾が壁へ突き刺さる。
鬼平は空中で身体を回転させ、右の砲架を尾へ叩き込んだ。
竜骨の尾が折れる。
人造竜兵器が初めて、大きな咆哮を上げた。
『損傷が許容値を超えた』
『兵器は壊れない』
鬼平は折れた尾を見た。
「壊れる」
人造竜兵器の胸部装甲が開いた。
内部の五つの核が、すべて赤く輝く。
地下研究施設の魔力炉が、限界まで魔力を供給し始めた。
壁の古い記録装置が勝手に起動する。
『最終実験を開始する』
『人間の意識を竜脈へ接続』
『戦闘能力を最大化』
『失敗時は、施設ごと封印する』
人造竜兵器の胸部から、無数の赤い糸が伸びる。
糸は地下研究施設の壁、床、天井へ入り込んだ。
人造竜兵器が、施設そのものと繋がった。
『兵器は、施設である』
『施設は、兵器である』
地下研究施設の壁から、巨大な砲口が開く。
床からは魔石の槍が伸びる。
天井からは機械の腕が降りてくる。
人造竜兵器と地下施設が、一つの巨大兵器へ変わっていく。
ノアが叫んだ。
「こいつ、研究施設全体を身体にするつもりだ!」
リーゼが顔を上げた。
「魔力炉と主核が一体化しています。主核を倒しても、施設の魔力があれば再生します」
「なら、炉を止める」
鬼平は地下の奥を見た。
研究施設の最深部に、赤い光が集まっている。
魔力炉の中心だった。
「鬼平、そこまで行くには敵を倒さないと無理だ」
ノアが言った。
「道を作る」
鬼平は二挺の砲を構えた。
左のガトリング砲が回転する。
右の《雷鱗砲》が雷を集める。
グラウ将軍が斧を握り直した。
「ならば、前は俺が開ける」
ヴァルグリムが翼を広げた。
『我は上を焼く』
ザルディオンが角へ雷を集める。
『我は炉への道を照らす』
高瀬が兵士たちへ指示を出した。
「負傷者は後方へ! 動ける者はグラウ将軍を援護!」
ノアが鬼平の砲へ工具を接続する。
「砲の出力を一時的に分岐させる。撃つたびに魔力炉の位置が見えるはずだ」
「壊れないか」
「壊れるかもしれない」
鬼平はノアを見た。
「直せるか」
「直す!」
鬼平は前へ出た。
地下施設の壁から、巨大な砲撃が放たれる。
鬼平は左の砲を撃ち、砲撃の中心を破壊する。
右の砲で、壁の砲口と魔力炉の接続を切断する。
グラウ将軍が魔石の槍を斧で薙ぎ払う。
高瀬たちが機械の腕を撃ち落とす。
ヴァルグリムの黒い炎が、天井の魔力管を焼く。
ザルディオンの雷が、床の接続線を止める。
鬼平たちは、少しずつ最深部へ進んでいった。
人造竜兵器が追いかけてくる。
背中の翼は壊れているが、壁と床を使って巨体を動かしている。
腕の魔石砲から、赤黒い弾幕を撃ち続ける。
鬼平は撃ち返す。
地下通路の中で、二つのガトリング砲が激突する。
弾幕が壁を削り、床を砕く。
鬼平の左の砲身に、細いひびが入った。
ノアが叫ぶ。
「左の砲、あと数秒しか持たない!」
鬼平は砲身を見た。
左の砲は何度も限界を超えてきた。
片手二百キロを超える重量。
異世界の魔石。
竜脈の力。
そして、これまでのすべての戦い。
それでも砲は回転している。
「まだ撃てる」
「撃てるけど、壊れる!」
「撃つ」
鬼平は左の砲を構えた。
人造竜兵器が両腕を開く。
赤い弾幕が通路を埋め尽くした。
鬼平は左のガトリング砲を撃った。
白い弾幕が赤い弾幕を押し返す。
砲身のひびが広がる。
魔石の周囲に火花が散る。
しかし、鬼平は引き金を離さなかった。
白い弾幕が敵の胸部を削る。
主核の位置が見えた。
右の《雷鱗砲》で、胸部の接続線を切断する。
人造竜兵器が腕を上げ、砲架で反撃する。
鬼平は左の砲架で受け止めた。
ひびの入った砲身が軋む。
人造竜兵器の砲架が、鬼平の左肩へ食い込む。
鬼平は右の砲架を振り上げた。
人造竜兵器の腕を下から打ち上げる。
砲口が天井へ向いた。
赤い弾丸が天井を撃ち抜き、崩れた瓦礫が人造竜兵器の腕を押さえ込む。
鬼平はさらに奥へ走った。
最深部の扉が見えた。
その向こうに、魔力炉がある。
扉には、古い文字が刻まれている。
『人類を超える兵器を起動する』
鬼平は右の砲架を構えた。
扉を殴る。
一撃で扉が歪む。
二撃目でロックが壊れる。
三撃目で扉が開いた。
ノアが後ろから叫ぶ。
「だから普通に開けろ!」
魔力炉の部屋は、巨大な円形空間だった。
中央に、赤い魔石炉が浮いている。
魔力炉から伸びた管が、人造竜兵器と地下施設全体へ繋がっていた。
鬼平は炉を見た。
炉の内部に、人間の影が浮かんでいる。
白衣の研究者。
人造竜兵器の意識の核になった人物だった。
『兵器は、私の意志を継ぐ』
『人間は弱い』
『迷い、恐れ、裏切る』
『だから、迷わない兵器を作る』
鬼平は魔力炉へ歩いた。
「迷わない兵器は、命令された方向へ行くだけだ」
『命令は、必要ない』
「帰る場所もない」
『兵器に帰る場所は必要ない』
「なら、お前は何だ」
魔力炉の内部で、研究者の影が揺らいだ。
『兵器だ』
「違う」
鬼平は二挺の砲を構えた。
「捨てられた人間だ」
魔力炉が激しく明滅した。
人造竜兵器の咆哮が、地下全体へ響く。
『否定する』
「否定しても、人間の声がする」
『黙れ』
「怖いんだろ」
『黙れ!』
人造竜兵器が魔力炉の部屋へ突入した。
壁、床、天井がすべて砲口へ変わる。
赤黒い魔石弾が、鬼平へ集中した。
鬼平は左の砲を撃った。
白い弾幕が正面の砲口を破壊する。
右の《雷鱗砲》で、魔力炉と人造竜兵器を繋ぐ管を切断する。
一度に三本が切れた。
人造竜兵器の動きが止まる。
残りの管から、黒い魔力が逆流していく。
魔力炉の赤い光が黒く変わった。
『兵器は、壊れない』
人造竜兵器が、鬼平へ突進する。
鬼平は右の砲架で受け止めた。
左の砲は、砲身のひびが広がっている。
人造竜兵器の頭部が、鬼平のすぐ前まで迫った。
『お前も兵器だ』
『撃つことしかできない』
『仲間を守るという命令に従っているだけだ』
鬼平の砲架が軋む。
人造竜兵器が力を増した。
「違う」
『何が違う』
「撃つかどうかは、オレが決める」
『同じだ』
「撃たないことも、オレが決める」
鬼平は左の砲の引き金から指を離した。
人造竜兵器の赤い眼が揺らぐ。
『なぜ撃たない』
「お前を壊すだけなら、撃つ必要がない」
鬼平は右の《雷鱗砲》を魔力炉へ向けた。
『炉を撃てば、私も消える』
「知っている」
『私は、何百年もここにいた』
「知っている」
『誰にも命令されず、誰にも認められず、ただ動くために作られた』
人造竜兵器の砲架から、力が抜けた。
『私は、何だ』
鬼平は魔力炉を見た。
「兵器じゃない」
『では、何だ』
「終われない兵士だ」
人造竜兵器の赤い眼が、鬼平を見た。
「だから、終わらせる」
鬼平は右の砲を構えた。
ノアが叫ぶ。
「鬼平、魔力炉を撃てば施設が崩れる!」
「分かっている」
「全員、逃げる時間がないぞ!」
リーゼが魔力炉を観測した。
「主核と炉の接続を切れば、暴走は止められます! でも、そのためには炉の中心を撃ち抜く必要があります!」
鬼平は右の砲を魔力炉へ向けた。
左の砲は砲身が限界だった。
右の砲だけで、炉の中心を貫く。
人造竜兵器が鬼平の前に立った。
『撃て』
「邪魔をするな」
『撃てば、私が終わる』
「終わらせる」
『怖い』
鬼平の指が、引き金へかかった。
人造竜兵器の声が、人間の声に戻っていた。
『怖い。私は、消えたくない』
鬼平は一瞬だけ目を閉じた。
そして、砲口を少しだけ下げた。
「消えるんじゃない」
『何が違う』
「終わる」
『同じだ』
「違う」
鬼平は魔力炉の中心ではなく、炉と人造竜兵器を繋ぐ最後の管へ狙いを変えた。
「お前は、兵器をやめる」
右の《雷鱗砲》が青白く輝いた。
雷と竜脈と魔石の光が、一本の弾丸へ集まる。
鬼平が引き金を引いた。
青白い弾丸が、最後の管を貫いた。
人造竜兵器と魔力炉の接続が切れた。
地下施設全体から、黒い魔力が抜けていく。
人造竜兵器の赤い装甲が崩れた。
骨の翼が消える。
両腕の魔石砲が停止する。
赤い眼の光が、少しずつ弱まっていく。
『私は、何になる』
「自分で決めろ」
『分からない』
「なら、考えろ」
『時間がない』
「作る」
鬼平は右の砲を下ろした。
しかし、魔力炉の中心が大きく膨らむ。
接続を失った魔力が暴走し始めた。
地下施設の壁が崩れる。
天井から岩と鉄骨が落ちてくる。
ノアが叫ぶ。
「鬼平、炉を止めないと全員生き埋めだ!」
リーゼが魔力炉の中心を指した。
「今なら、炉そのものを破壊できます!」
鬼平は右の《雷鱗砲》を構えた。
人造竜兵器は、崩れる魔力炉の前に立っている。
「どけ」
『私が、撃つ』
人造竜兵器は停止したはずの右腕を持ち上げた。
砲口の魔石が、一度だけ光る。
『私が、終わらせる』
鬼平は砲を下ろした。
人造竜兵器が、魔力炉へ向かって歩く。
一歩。
二歩。
赤い装甲が崩れ、白い骨格が露出する。
それでも歩く。
三歩目で、魔力炉の前へ到達した。
『兵器は、最後の命令を実行する』
「命令じゃない」
『選んだ』
人造竜兵器の両腕から、最後の魔石弾が放たれた。
二発の赤い弾丸が、魔力炉の中心へ突き刺さる。
魔力炉が内側から崩壊した。
赤い光が消える。
地下施設の魔力管が次々と停止する。
人造竜兵器の身体も、光の粒へ変わっていく。
鬼平はその姿を見た。
『鬼平軍曹』
「何だ」
『撃つかどうかは、自分で決める』
「ああ」
『それは、強い』
「そうでもない」
『私は、少し分かった』
人造竜兵器の赤い眼が、最後に一度だけ光った。
『兵器をやめる』
その身体が、白い光へ変わった。
魔力炉の中心へ吸い込まれ、完全に消える。
鬼平は右の砲を下ろした。
左の砲身が、乾いた音を立てて止まった。
ノアが駆け寄る。
「左の砲は?」
鬼平が確認する。
左の魔石ガトリング砲は、砲身に大きなひびが入り、回転機構も停止していた。
「撃てない」
ノアは一瞬、黙った。
鬼平は左の砲を持ち上げた。
砲架を肩へ担ぐ。
「なら、殴る」
ノアが頭を抱えた。
「それは修理してからにしろ!」
地下施設が大きく揺れた。
天井が崩れ、出口までの通路が塞がる。
グラウ将軍が斧を振り上げた。
「脱出路を作る!」
鬼平は右の《雷鱗砲》を構えた。
崩れた瓦礫の奥へ、青い弾丸を撃つ。
岩と鉄骨を一つずつ切断する。
ヴァルグリムが黒い炎で崩落を止め、ザルディオンが雷で暗闇を照らす。
高瀬と兵士たちが負傷者を運ぶ。
リーゼが残った魔力の流れを読み、崩れない通路を指示した。
鬼平たちは、地下研究施設から地上へ脱出した。
旧市街の地下駐車場から出た瞬間、朝の光が差し込んだ。
長い夜が終わっていた。
空に赤い亀裂はない。
地下鉄跡地も、通信施設も、北東の格納庫も、門を示す光を失っている。
第七の接続点は閉じた。
黒い霧も消えた。
鬼平は二挺の砲を地面へ置いた。
右の《雷鱗砲》は、まだ使える。
左の砲は、完全に沈黙している。
ノアが左の砲を調べる。
「これまでの負荷が全部積み重なっている。砲身、回転軸、魔石室、全部交換が必要だ」
「直せるか」
「直す。だが、時間がかかる」
鬼平は旧市街の空を見た。
ヴァルグリムとザルディオンが、朝の雲の向こうを飛んでいる。
リーゼが地図を閉じた。
「七つの門は、すべて閉じました」
高瀬が鬼平へ敬礼した。
「軍曹、お疲れさまでした」
鬼平は敬礼を返した。
「まだ終わっていない」
高瀬が驚く。
「え?」
鬼平は壊れた左のガトリング砲を見た。
「砲を直す」
ノアがため息をついた。
「それは確かに、まだ終わっていないな」
その時、地面に白い光が浮かんだ。
人造竜兵器が消えた場所から、一本の光の線が伸びている。
線の先には、小さな白い魔石が落ちていた。
鬼平が拾い上げる。
魔石の中から、かすかな声が聞こえた。
『兵器ではない道を、探す』
鬼平は魔石をノアへ渡した。
「預ける」
ノアが両手で受け取る。
「これは?」
「仲間だ」
ノアは驚き、魔石を見つめた。
リーゼが微笑む。
「人造竜兵器の残した核ですね」
グラウ将軍が空を見上げた。
「新しい仲間か」
鬼平は答えなかった。
ただ、壊れた左の砲を肩へ担いだ。
右手には、まだ撃てる《雷鱗砲》。
左肩には、撃てなくなった魔石ガトリング砲。
鬼平は街の外れにある臨時工房へ歩き始めた。
背後で、朝の鐘が鳴る。
世界を繋ぐ門は閉じた。
黒い霧は消えた。
だが、異世界から来た竜たちも、元の世界から来た兵士たちも、もう元の関係には戻れない。
鬼平軍曹は、二つの世界を繋ぐ戦いを終えた。
そして今度は、壊れた砲を直すための戦いが始まる。
「撃てなくても、殴る」
鬼平がそう呟くと、ノアが振り返った。
「修理中は殴るな!」
朝の街に、久しぶりの笑い声が響いた。




