第51話 軍曹、壊れた砲を修理する
七つの門が閉じてから、三日が過ぎた。
街は、少しずつ日常を取り戻していた。
暴走していた警備機械は停止し、地下鉄の線路は封鎖された。
北東の旧軍事基地では、黒い霧に操られていた飛行兵器の回収が始まっている。
通信施設も復旧作業の真っ最中だった。
竜たちは街の上空を飛び、残った魔力の乱れを確認している。
表面上は、戦いが終わったように見えた。
だが、臨時工房の中では、戦争の痕跡が鉄と油の匂いを放っていた。
工房の中央に、鬼平の左の魔石ガトリング砲が置かれている。
砲身には大きなひび。
回転軸は焼け、魔石室は黒く変色していた。
ノアは工具を片手に、砲を何度も調べている。
「砲身、回転軸、魔石室、内部の冷却管。全部交換だ」
「直るか」
「直すと言っただろう」
「いつだ」
「今すぐ直ると思うな。これは片手で二百キロを超える兵器だぞ」
鬼平は、壊れた砲架を持ち上げた。
砲架が軋む。
「撃てなくても、殴れる」
「修理中は殴るな!」
工房の隅で、リーゼが白い魔石を調べていた。
人造竜兵器が残した、小さな核。
透明に近い白色の内部で、細い光がゆっくりと回っている。
黒い霧の残滓はない。
赤い眼も浮かばない。
それでも、魔石は時々、かすかに脈打った。
ドクン。
リーゼが顔を上げる。
「この魔石は、ただの残骸ではありません」
高瀬が近づいた。
「人造竜兵器の意識が残っているんですか?」
「意識というより、記録に近いです。あの兵器が見たもの、聞いたもの、戦った場所が保存されています」
鬼平は白い魔石を見た。
「使えるか」
「何にですか?」
「砲に」
ノアが工具を落としかけた。
「その魔石を、壊れた左砲の修理に使うつもりか?」
「使えるなら」
「危険だ。人造竜兵器の核だったんだぞ」
リーゼが魔石を見つめた。
「危険なのは確かです。でも、この魔石には竜脈とも黒い霧とも違う力があります」
「何の力だ」
「学習した力……と言えばいいでしょうか」
ノアは眉をひそめた。
「学習した力?」
「触れた魔力や攻撃の性質を記録し、次に使える形へ変換する力です」
鬼平は壊れた左砲を見た。
人造竜兵器は、鬼平の戦い方を真似した。
だが、最後には自分で選んだ。
「使う」
「待て。まだ危険性の確認が――」
「使う」
ノアは深いため息をついた。
「分かった。ただし、俺の指示に従え。勝手に撃つな。勝手に殴るな。勝手に魔石を入れるな」
鬼平は白い魔石を受け取った。
「分かった」
ノアが驚いた。
「本当に分かったのか?」
「撃つ時は撃つ」
「分かっていない!」
修理は朝から始まった。
まず、壊れた砲身を外す。
片側だけでも重量は二百キロを超える。
ノアと高瀬が吊り具を使い、グラウ将軍が支える。
鬼平は一人で砲身を持ち上げた。
「軍曹、それは持ち上げるものじゃない!」
「持てる」
「そういう問題じゃない!」
古い砲身が外れ、床へ置かれた。
砲身の内部には、ひび割れた魔石の粉が溜まっている。
リーゼが粉を調べた。
「魔石弾の残留エネルギーが、通常より多いです」
「ハイテンションスキルの影響だな」
ノアが記録を確認する。
「ハイテンションスキル中、弾薬は尽きなかった。砲身も壊れなかった。だが、終了した瞬間に負荷が一気に戻ったんだ」
「だから壊れた」
「そういうことだ」
「なら、負荷を逃がす」
鬼平は砲の内部を覗いた。
「この砲に、逃がす場所はあるか」
ノアが黙った。
「今まではなかった」
「作る」
「簡単に言うな」
リーゼが白い魔石を持ち上げた。
「この魔石なら、負荷を記録して分散できるかもしれません」
「本当に?」
「成功すれば、ハイテンションスキルの後も砲への負荷を抑えられます。ただし……」
「ただし?」
「魔石が、鬼平軍曹の戦い方を学習する可能性があります」
ノアが顔をしかめる。
「また砲が勝手に動くのか?」
「その危険はあります」
鬼平は白い魔石を見た。
「勝手に動くなら、止める」
リーゼは、鬼平をじっと見た。
「人造竜兵器も、最初は同じことを言いました」
「オレは違う」
「なぜですか?」
「決めるのはオレだ」
リーゼは少しだけ笑った。
「なら、あなたの意志を魔石へ覚えさせる必要があります」
修理の第二段階が始まった。
砲身を新しい魔石合金へ交換する。
回転軸には、雷竜ザルディオンの鱗から作った薄い板を組み込む。
冷却管には、竜域の凍土から採取した氷晶を使う。
魔石室の中心へ、人造竜兵器の白い魔石を置く。
ノアが慎重に接続を行った。
魔石が、鬼平の右の《雷鱗砲》へ反応する。
青い雷が工房内を走った。
照明が一斉に消える。
白い魔石の内部に、赤い光が一つ浮かんだ。
高瀬が銃を抜く。
「敵ですか?」
鬼平は砲を構えた。
赤い光はすぐに消えた。
代わりに、工房の壁へ文字のような光が浮かぶ。
『砲の修理を確認』
『構造を学習』
『再現を開始』
ノアが叫んだ。
「接続を切れ!」
鬼平は右の《雷鱗砲》を構えた。
しかし、リーゼが手を上げる。
「待ってください! これは攻撃ではありません。魔石が左砲の構造を理解しようとしているだけです」
「理解したらどうなる」
「分かりません」
白い魔石が脈打った。
壊れた左砲の回転軸が、ゆっくりと動き始める。
新しい砲身は、まだ取り付け途中だった。
「動かすな!」
ノアが工具を投げ出して砲へ駆け寄る。
砲架が突然、床から浮いた。
鬼平が左手で押さえる。
砲は鬼平の力に反応し、さらに強く光った。
『重量を確認』
『射撃姿勢を確認』
『使用者の筋力を確認』
鬼平は白い魔石を見た。
「勝手に調べるな」
『命令を受信』
砲の光が弱まった。
回転軸が止まる。
ノアは目を見開いた。
「今のは……命令に従ったのか?」
「そうだ」
「まだ一回だ。偶然かもしれない」
リーゼが魔石を観測する。
「命令に反応したのは確かです。ただし、鬼平軍曹の声だけに反応している可能性があります」
鬼平は砲を見た。
「撃て」
左砲の魔石が光る。
ノアが慌てて両手を広げた。
「待て! 弾薬が入っていない!」
砲身が回転し始める。
空の砲口から、白い魔力弾が一発だけ発射された。
弾丸は工房の壁を貫通し、山の斜面へ消えていった。
全員が沈黙する。
ノアが壁の穴を見た。
「弾がないのに撃った」
鬼平が左砲を見た。
「弾はあった」
「どこに?」
「魔石が作った」
リーゼが白い魔石を調べる。
「ハイテンションスキルに近い現象です。魔石が周囲の魔力を弾丸へ変換した」
ノアは頭を抱えた。
「無限弾薬の砲を修理しているのに、無限弾薬の機能を追加してどうする!」
鬼平は左砲の砲身を撫でた。
砲身のひびは、少しだけ閉じている。
「直っている」
「まだ途中だ!」
その時、工房の外から警報が鳴った。
高瀬が無線機を確認する。
「北の旧砲兵演習場から緊急通信です!」
「何が起きた」
「回収した黒い戦闘機の残骸が、勝手に起動しました」
リーゼが白い魔石を見た。
魔石の内部に、赤い光が再び浮かんでいる。
『同種の兵器を確認』
『通信を開始』
工房の壁に、黒い文字が浮かんだ。
『空へ行く』
『新しい器を得る』
ノアが叫ぶ。
「人造竜兵器の残骸が、まだ残っていたのか!」
ヴァルグリムが工房の屋根を揺らすほどの咆哮を上げた。
『黒きものではない』
『だが、同じ匂いがする』
ザルディオンの雷が遠くで鳴った。
『北の空に、赤い道が開く』
鬼平は修理途中の左砲を持ち上げた。
砲身は完全ではない。
回転軸も仮止めの状態だ。
しかし、砲は動く。
「行く」
ノアが立ち上がった。
「修理は終わっていない!」
「撃てる」
「だから、撃つな!」
鬼平は右の《雷鱗砲》を担ぎ、左の修理途中の砲を持った。
白い魔石が、鬼平の手の中で脈打つ。
『戦闘を学習する』
鬼平は魔石へ言った。
「学習するなら、勝手に動くな」
『命令を受信』
「撃つ時は、オレが決める」
『記録する』
工房の扉が開く。
北の空に、赤い亀裂が伸びている。
その下で、黒い戦闘機の残骸が一機、ゆっくりと浮上していた。
機体の表面には白い光が走っている。
人造竜兵器の白い魔石に反応しているのだ。
鬼平は空を見た。
「新しい敵だ」
高瀬が銃を構える。
「また戦いが始まるんですか?」
「砲が直っていない」
ノアが叫んだ。
「そこを心配しろ!」
鬼平は歩き出した。
左手には、修理途中の魔石ガトリング砲。
右手には、青い雷をまとう《雷鱗砲》。
背後では、白い魔石が静かに戦闘記録を蓄積していた。
第一部が終わった直後、修理工房から新しい戦場が始まる。
鬼平軍曹の左砲は、まだ完全には直っていない。
それでも、砲は回転を始めていた。
「撃てなくても、殴る」
北の空で、白い光をまとった戦闘機が吠えた。




