第5話 軍曹、竜殺しの砲と撃ち合う
封印区画の扉が開いた瞬間、坑道の空気が変わった。
冷たい。
鉱山の奥に溜まっていた魔力が、濃い霧のように流れ出してくる。
リーゼは一歩後退した。
「この魔力……普通ではありません」
「普通じゃねえものを見に来た」
鬼平は二挺の魔石ガトリング砲を構えた。
砲身の先には、さきほどから赤い光線を放っている巨大な兵器がある。
それは砲台だった。
全長は十メートルを超え、黒鉄色の装甲に覆われている。円形の台座から伸びた砲身は、まるで巨大な竜の首のように天井へ向かっていた。
表面には、古代文字と竜の紋章が刻まれている。
砲身の根元には、巨大な黒魔石が埋め込まれていた。
「竜殺しの砲……」
リーゼが呟いた。
「名前の通りなら、ドラゴンを殺すための兵器です」
「見りゃ分かる」
「何をするつもりですか?」
「先に撃つ」
「待ってください! 相手は古代兵器ですよ!」
「だからだ」
鬼平の指が引き金にかかった。
竜殺しの砲の砲身が、ゆっくりとこちらを向く。
黒魔石が脈打った。
敵も、鬼平を認識している。
鬼平は周囲を見回した。
封印区画は広いが、遮蔽物は少ない。正面から撃ち合えば、坑道全体が崩落する可能性がある。
右手側に太い石柱が三本。左手側には古代兵器の残骸。天井は高いが、数か所に大きな亀裂が走っている。
「リーゼ、入口まで戻れ」
「あなたは?」
「砲を止める」
「一人でですか?」
「二挺ある」
「その答えはもう聞きました!」
リーゼは鬼平の腕を掴んだ。
「私も残ります!」
「足手まといになる」
「私は魔導士です! この兵器の仕組みを読めるかもしれません!」
鬼平はリーゼの顔を見た。
恐怖で震えている。
それでも、逃げるつもりはないらしい。
「砲の弱点を探せ」
「分かりました」
「見つけたら叫べ」
「あなたは?」
「撃つ」
竜殺しの砲が動いた。
砲口に赤い光が集まる。
「伏せろ!」
鬼平が叫ぶと同時に、光線が放たれた。
熱ではなかった。
光線が通過した場所の石が、音もなく崩れていく。
ただ破壊するのではない。
存在そのものを削り取っている。
鬼平は右へ飛び、石柱の陰へ滑り込んだ。
光線が背後を通過し、巨大な柱を半分消し飛ばす。
坑道全体が揺れた。
「厄介だな」
「今の攻撃は、物質分解系の古代魔法です!」
「弱点は?」
「まだ分かりません!」
「なら、分かるまで撃つ」
鬼平は右手のガトリング砲を石柱の脇から突き出した。
短い連射。
赤い魔力弾が砲台の装甲へ叩き込まれる。
だが、弾丸は表面で弾かれた。
装甲に傷すら残らない。
鬼平はすぐに撃つのをやめた。
無駄弾だ。
「通常弾は効きません!」
リーゼが叫ぶ。
「分かってる」
「でしたら、別の属性を――」
「属性弾はあるのか」
「火、雷、氷があります。ただ、あの装甲がどの属性に弱いかは――」
「全部試す」
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
砲身の周囲に青い魔法陣が展開される。
リーゼが目を見開いた。
「その魔法陣は、属性切り替えの術式です! 使えるのですか?」
「さっきから使ってる」
「なぜ説明書もなしに……」
「色が変わる」
鬼平が引き金を引いた。
今度の弾丸は青白かった。
氷属性の魔力弾が竜殺しの砲へ飛び、装甲表面を凍らせる。
砲身の動きが鈍った。
「氷が効いています!」
「本体か、動力部か」
鬼平は撃ち続けず、砲台の動きを観察した。
凍りついたのは砲身ではない。
台座の周囲にある回転機構だ。
「回転軸を狙う」
鬼平は右手のガトリング砲を持ち上げた。
氷弾で動きを止め、通常の魔力弾で破壊する。
単純だが、効率のいい手順だった。
「リーゼ、あの台座の周囲にある魔法陣を読め」
「はい!」
「敵が動いたら知らせろ」
「分かりました!」
鬼平は二挺を交互に撃ち始めた。
左で氷弾を撃ち、回転機構を凍結させる。
右で魔力弾を撃ち、露出した接合部へ集中させる。
砲台が旋回しようとする。
氷弾。
動きが止まる。
魔力弾。
装甲が割れる。
竜殺しの砲が、初めて苦しむような音を上げた。
だが、敵は砲台だけではなかった。
封印区画の壁が開き、黒い鎧をまとった魔導兵が次々と現れた。
聖光教会の異端審問局。
白仮面の男が、後方から姿を現した。
「貴様は、まだ生きていたのか」
鬼平は射撃を続けたまま、視線だけを向けた。
「しぶといな」
「この兵器は教会のものだ。貴様が触れてよいものではない」
「なら、取りに来い」
白仮面の男が手を上げた。
魔導兵たちが一斉に前進する。
狭い区画の中で、鬼平は砲台と兵士の両方を相手にしなければならない。
しかし、鬼平は慌てなかった。
「リーゼ」
「はい!」
「砲台の制御は止められるか」
「魔法陣が複雑すぎます! あと少し時間が必要です!」
「何秒だ」
「三十秒!」
「長い」
「無理を言わないでください!」
鬼平は一度、射撃を止めた。
敵兵たちが距離を詰める。
魔導兵の先頭が長剣を振り上げた。
鬼平はガトリング砲の銃架で剣を受け止めた。
凄まじい衝撃が腕を貫く。
右肩が軋んだ。
鬼平は銃身を押し返し、敵兵の胸へ砲架を叩き込んだ。
重量二百キロ超の鉄塊が、魔導兵を壁へ吹き飛ばす。
「銃を振り回すなんて、使い方が違います!」
リーゼが叫ぶ。
「撃てない時は殴る」
次の兵士が突っ込んでくる。
鬼平は左のガトリング砲を横へ薙ぎ払った。
二人まとめて吹き飛ぶ。
しかし、敵の数が多い。
後方から魔法弾が飛び、鬼平の脇腹をかすめた。
戦闘服が裂け、血が滲む。
鬼平は敵の魔法使いを見た。
優先目標が変わる。
砲台ではなく、敵の指揮と射撃を止める必要がある。
「リーゼ、まだか!」
「あと二十秒です!」
「聞いたな。二十秒、耐えろ」
「誰に言っているのですか!」
鬼平は二挺を同時に構えた。
砲身が回転する。
「この《ピー》が! 人の仕事を邪魔してんじゃねえ!」
右の砲口から雷属性の弾丸が飛び出した。
青白い閃光が、敵魔導兵の武器を伝う。
魔石銃が次々と爆発し、射撃部隊が崩れた。
左の砲口からは火属性の弾丸が放たれ、前衛の足元を焼き払う。
敵兵たちは距離を取った。
その隙に、鬼平は再び砲台へ照準を戻す。
氷弾。
通常弾。
氷弾。
通常弾。
回転機構に亀裂が広がる。
だが、竜殺しの砲は最後の抵抗を見せた。
砲身が天井へ向いた。
赤い光が、これまでとは比べものにならないほど膨れ上がる。
リーゼの顔が青ざめた。
「まずいです! あれは最大出力です!」
「どこへ撃つ」
「この鉱山ごと吹き飛ばすつもりです!」
坑道の壁が震える。
魔石鉱山全体が崩れれば、宿場町まで被害が及ぶ可能性がある。
鬼平は砲台を見た。
破壊するだけでは遅い。
発射前に止めなければならない。
「リーゼ、制御は?」
「あと十秒!」
「長い」
「だから無理です!」
鬼平はガトリング砲を持ったまま、砲台へ走った。
片手二百キロ超の武器を二挺。
足元が崩れる。
反動で痺れた脚がもつれる。
それでも走る。
砲台の正面へ到達した時、赤い光が臨界点へ達した。
鬼平は二挺のガトリング砲を、砲口へ向けた。
「まさか……正面から撃ち合うつもりですか!」
リーゼが叫んだ。
「他に方法があるか!」
「ありません!」
鬼平は足を踏ん張った。
石床が割れ、足首まで沈む。
肩、背中、腰、脚。全身の筋肉を使い、二挺の兵器を固定する。
砲台の赤い光が、鬼平の顔を照らした。
彼は口元を吊り上げる。
「来い」
竜殺しの砲が撃つ。
鬼平も同時に引き金を引いた。
「オレの弾幕で、ぶち抜いてやる!」
巨大な赤い光線と、数千発の魔力弾が正面から衝突した。
衝撃が封印区画を満たす。
光線が魔力弾を消し飛ばす。
だが、弾幕は止まらない。
鬼平は撃ち続ける。
指が裂ける。
腕が痺れる。
砲身が赤熱する。
それでも引き金を離さない。
「この《ピー》がァァァッ!」
魔石ガトリング砲の内部で、黒魔石が激しく明滅した。
通常の出力を超え、武器が鬼平の魔力を吸い始める。
視界が白くなる。
膝が震える。
しかし、赤い光線の中心に亀裂が走った。
竜殺しの砲の砲口が砕ける。
光線が分散し、天井へ逃げた。
鉱山全体を破壊するはずだったエネルギーは、地上へ向かって放出される。
山頂が大爆発を起こした。
それでも、坑道は崩れなかった。
鬼平は引き金を離した。
二挺のガトリング砲から、白い蒸気が立ち上る。
竜殺しの砲は沈黙していた。
リーゼが駆け寄る。
「鬼平さん!」
「立てる」
「聞いていません!」
鬼平の身体が揺れた。
リーゼが肩を支える。
鬼平は初めて、彼女の支えを拒まなかった。
「魔力を吸われています。あなたの生命力まで使ったんです!」
「武器が勝手にやった」
「あなたが撃ち続けたからです!」
「撃たなきゃ、街が消えていた」
リーゼは言葉を失った。
鬼平は砲台の残骸へ近づいた。
砲口の奥に、ひび割れた黒魔石が残っている。
その中心に、淡い光が浮かんでいた。
鬼平が手を伸ばすと、光が彼の手の甲へ吸い込まれた。
瞬間、頭の中に声が響いた。
――竜を殺す者よ。
鬼平は眉をひそめた。
――汝は、どの世界から来た。
映像が脳裏を駆け抜ける。
巨大な竜。
燃える山。
異世界へ開く門。
そして、鬼平を吹き飛ばした黒竜の姿。
黒竜は、竜殺しの砲の前に立っていた。
その隣には、白い衣を着た人間たちがいる。
教会の紋章。
黒い竜の紋章。
異なる二つの勢力が、同じ転移門を囲んでいた。
鬼平は、はっと目を開いた。
手の甲に、赤い紋章が浮かんでいる。
リーゼが震える声を上げた。
「それは……竜殺しの刻印です」
「何だ、それは」
「古代兵器の使用者に選ばれた者へ刻まれる印です。ですが、記録では……」
「記録では?」
「竜族を滅ぼすための兵器を起動できるのは、竜に選ばれた勇者だけだと」
鬼平は、手の甲の紋章を見た。
「オレは勇者じゃねえ」
「ですが、兵器はあなたを認証しました」
「なら、兵器のほうが間違っている」
後方で、白仮面の男が笑い声を上げた。
「貴様はもう、教会にも竜にも追われる! 刻印を持つ者を、どちらも見逃しはしない!」
鬼平は白仮面の男を振り返った。
「竜にも?」
男は口を閉ざした。
しかし、もう遅い。
鬼平は確信した。
黒竜は、ただ偶然に自分を吹き飛ばしたのではない。
あのドラゴンブレスには、異世界へ通じる何かがあった。
黒竜は、鬼平を知っている。
そして、鬼平の中にある刻印のことも知っている。
鉱山の外から、巨大な咆哮が響いた。
坑道の入口から見える空を、黒い翼が覆う。
鬼平は顔を上げた。
雲の向こうから、あの黒竜が降りてくる。
遠く離れているにもかかわらず、その赤い眼は鬼平を正確に捉えていた。
黒竜の声が、山全体を震わせる。
「異界の兵士よ。まだ生きていたか」
鬼平は、熱で変形したガトリング砲を握り直した。
「よう、トカゲ野郎」
リーゼが息を呑む。
「鬼平さん、あれは……!」
「分かってる」
鬼平は黒竜を睨み上げた。
「今度は、こっちから会いに行く」
黒竜が翼を広げる。
山頂に、再び赤い光が集まり始めた。
鬼平は両手のガトリング砲を構えた。
砲身は限界まで熱せられている。
魔石の残量も少ない。
それでも、彼は退かなかった。
「次は吹き飛ばされねえ」
鬼平の口元に、凶悪な笑みが浮かぶ。
「この《ピー》が、オレの《ピー》で《ピー》してやる!」
黒竜の咆哮と、魔石ガトリング砲の回転音が重なった。
竜と軍曹。
二度目の戦いが、始まろうとしていた。




