第4話 軍曹、魔石鉱山へ突入する
魔石鉱山は、街から南へ半日ほど進んだ山中にあった。
かつては王国でも有数の採掘場だったらしい。
しかし三日前、鉱山へ入った採掘隊が戻らなかった。
調査に向かった兵士たちも消息を絶ち、今では魔物の巣になっているという。
鬼平は鉱山の入口を見上げた。
山肌に大きな穴が開いている。
その周囲には、崩れた木製の足場と、放置された荷車が残っていた。
荷車の車輪には深い爪痕が走っている。
「中に何体いる」
鬼平が尋ねた。
リーゼは入口へ杖を向け、目を閉じた。
「正確には分かりません。内部の魔力が濃すぎます」
「分かる範囲で言え」
「小型の魔物が多数。中型が十数体。奥に、かなり大きな魔力反応が一つあります」
「指揮官か」
「恐らく、オーガロードよりも強い何かです」
鬼平は二挺の魔石ガトリング砲を見た。
昨日の防衛戦で、砲身には熱による変色が残っている。
魔石の明滅も、以前よりわずかに弱い。
「撃てる時間は?」
「片方なら四分。二挺同時なら二分半です」
「十分だ」
「さっきも同じことを言っていました」
「実際、足りた」
「毎回それで済むとは限りません!」
リーゼの声が鉱山の入口に響いた。
鬼平は少しだけ振り返った。
「だから、撃ち方を変える」
「どう変えるのですか?」
「無駄撃ちしねえ」
鬼平は周囲を見回した。
鉱山の入口は狭い。内部はさらに細く、ところどころに分岐がある。
敵が密集しているなら、二挺同時射撃は必要ない。
片方で進路を開き、もう片方は温存する。
必要なら、銃身そのものを盾や槌として使う。
鬼平は入口の脇に積まれていた木材を指差した。
「これを燃やせ」
「火を?」
「ああ。煙を中へ送る」
「魔物を燻し出すつもりですか?」
「違う。風の流れを見る」
リーゼが火魔法を使うと、木材が燃え始めた。
鬼平は煙の動きを観察した。
煙は入口からまっすぐ進み、途中で右へ流れている。
左側は行き止まりか、別の空洞だ。
「右が主坑道。左に空間がある」
「どうして分かるのですか?」
「煙が吸われてる」
鬼平は左側の壁へ近づいた。
耳を当てる。
かすかに、水の流れる音がする。
さらに、低い唸り声も聞こえた。
「敵は左にいる」
「煙は右へ流れているのに?」
「だからだ。左に別の通路がある」
鬼平は左手のガトリング砲を下ろし、右手の銃架を壁へ向けた。
「撃つのですか? 壁を?」
「入口から入るより早い」
「待ってください! 坑道が崩れます!」
「崩れない場所を撃つ」
「そんな判断ができるのですか?」
「できる」
鬼平は岩盤の継ぎ目を見ていた。
木材で補強された場所。亀裂の走り方。湿った土の色。
すべてを見て、崩落の危険が少ない場所へ銃口を向ける。
魔石が赤く輝いた。
砲身が回転する。
「耳を塞げ」
「またですか!」
「今度は近い」
リーゼが慌てて耳を塞いだ。
鬼平は一発だけ撃った。
魔力弾が岩壁を穿つ。
続けて二発、三発。
岩盤に円形の穴が開き、内部の空洞が露出した。
中から、濁った黄色い眼がいくつも覗いた。
鬼平は銃口を下げた。
「見つけた」
穴の向こうから、ゴブリンたちが押し寄せてくる。
通常の個体より身体が大きく、皮膚には黒い鉱石が埋め込まれていた。
魔石を食らって変異した鉱山ゴブリンだ。
「撃ってください!」
リーゼが叫ぶ。
「まだだ」
鬼平は撃たずに待った。
ゴブリンたちは狭い穴を通るため、一列になっている。
数は多いが、射線は一つしかない。
「今だ」
右手のガトリング砲が咆哮した。
轟音が坑道を反響する。
弾幕は一列に並んだゴブリンを次々と吹き飛ばし、壁へ叩きつけた。
撃ち続ける必要はない。
敵が倒れ、後続の動きが止まったところで、鬼平は引き金を離した。
静寂が戻る。
砲身から白い蒸気が噴き出した。
「今の射撃で、どれくらい消費しましたか?」
リーゼが尋ねる。
「魔力は三パーセントほどです」
「三パーセント?」
「多いのか」
「片方だけなら、かなり少ないです。あなたは一体、どれほど正確に撃っているのですか?」
「撃つ前に数えた」
「何を?」
「敵の数と、必要な弾の数だ」
鬼平は倒れたゴブリンの装備を調べた。
黒い鉱石が、胸当てや棍棒に埋め込まれている。
「魔石を武器にしている」
「この鉱山の魔石を食べて、身体が変異したのでしょう」
「誰かが使わせている可能性は?」
リーゼは黙った。
鬼平は彼女を見る。
「自然にこうなったのか」
「……分かりません」
「分からないなら、調べる」
鬼平たちは坑道へ入った。
進むほど、魔石の光が強くなる。
壁面に埋まった鉱石が、脈打つように明滅していた。
鬼平は歩きながら、何度も足元を確認した。
魔石の粉末が道に撒かれている。
足跡も残っていた。
魔物だけではない。
靴底の跡がある。
「人間もいる」
リーゼが息を呑む。
「採掘隊の生き残りでしょうか?」
「足跡が新しい。しかも、魔物より奥へ進んでいる」
「では、救助を優先しましょう」
「そうする」
坑道の奥から、かすかな声が聞こえた。
「……誰か……いるのか……」
鬼平は銃口を下げずに進んだ。
崩れた支柱の下に、三人の採掘作業員が閉じ込められていた。
一人は足を挟まれ、もう一人は腕から血を流している。
残る一人が鬼平を見て、怯えた。
「ま、魔族か……?」
「人間だ」
「その武器は……」
「後で説明する。動けるか」
「足が……」
鬼平は支柱を見た。
巨大な木材が、採掘員の脚を押さえている。
「リーゼ、治療できるか」
「はい。ただ、木材をどかさなければ」
鬼平はガトリング砲を地面へ置いた。
右手で支柱を掴む。
片手二百キロ超の武器を支える鬼平の腕が、今度は木材を持ち上げるために使われる。
「全員、引け」
「無理です! 重すぎます!」
「引けと言った」
鬼平が背中と腰に力を込めた。
支柱がわずかに浮く。
採掘員たちが負傷者を引きずり出した。
次の瞬間、支柱が折れ、天井から小石が降ってくる。
鬼平は負傷者を抱えたまま、空いた手でガトリング砲を拾い上げた。
「急げ」
「あなたも一緒に逃げないと!」
「まだ敵がいる」
鬼平は坑道の奥を見た。
暗闇の向こうで、何かが動いている。
複数の足音。
だが、魔物の足音だけではない。
金属の擦れる音が混じっていた。
「人間です」
リーゼが小声で言った。
「武装しています」
鬼平は負傷者をリーゼへ預けた。
「採掘員を連れて入口へ戻れ」
「あなたは?」
「奥を確認する」
「一人で行くのですか?」
「二挺ある」
「武器の数で答えないでください!」
鬼平は返事をしなかった。
砲身を一挺だけ回転させ、音を抑えたまま暗闇へ進む。
坑道の角を曲がった先に、武装した男たちがいた。
黒い外套。顔を隠す仮面。手には魔石銃と長剣。
その中央に、白い仮面を着けた男が立っている。
「止まれ」
白仮面の男が言った。
「その兵器を置いていけ」
鬼平は男たちを観察した。
人数は八人。
前衛が三人。後衛に魔石銃が四人。中央の白仮面は魔力反応が強い。
指揮官だ。
「お前らは何者だ」
「質問しているのはこちらだ」
「答えろ」
「我々は聖光教会の回収部隊だ。その兵器は教会の管理下に置かれる」
鬼平はガトリング砲の銃口をわずかに上げた。
「誰が決めた」
「教会だ」
「オレは教会に所属していない」
「異世界人である貴様に、拒否権はない」
鬼平の目が細くなる。
「異世界人だと、知っているのか」
白仮面の男は、初めてわずかに動揺した。
「その兵器の起動記録を調べた。遺跡に現れた異物は、貴様一人だ」
「そうか」
鬼平は坑道の壁を見た。
左右の幅は狭い。敵の隊列は縦に伸びている。後方の魔石銃は、前衛が邪魔で撃ちにくい。
先に指揮官を狙える。
「最後に一つ聞く」
鬼平が言った。
「この鉱山の魔物を操っているのは、お前らか」
白仮面の男は答えなかった。
沈黙が、答えだった。
鬼平は引き金へ指を掛ける。
「なら、敵だ」
「撃て!」
白仮面の男が叫んだ。
同時に、魔石銃が火を噴いた。
青白い光弾が坑道を埋め尽くす。
鬼平はガトリング砲を盾のように構え、壁へ身体を寄せた。
光弾が砲身と岩壁に当たり、火花を散らす。
反撃の角度は一つ。
鬼平は足元に落ちた鉱石を蹴り飛ばした。
鉱石が敵の視界を横切る。
一瞬、射撃が止まった。
「今だ」
砲身が回転する。
狭い坑道の中で、魔石ガトリング砲が咆哮した。
「この《ピー》どもがァッ! 鉱山を荒らして人まで撃ちやがって! まとめて《ピー》してやる!」
弾幕が前衛を吹き飛ばす。
敵の隊列が崩れた。
鬼平は銃口を中央へ向ける。
白仮面の男が杖を掲げ、防御結界を展開した。
鬼平は構わず撃ち続けた。
結界に亀裂が走る。
砲身が赤く熱せられる。
白仮面の男が叫んだ。
「この兵器は、我々が制御する! 貴様のような異物に扱えるものではない!」
「制御?」
鬼平は一歩前へ出た。
床が沈む。
「武器ってのはな」
弾幕が結界を砕く。
「撃つ奴が決めるんだよ!」
最後の一連射が、白仮面の男の杖を撃ち砕いた。
男は後方へ吹き飛び、壁に叩きつけられる。
残った兵士たちは武器を捨てた。
鬼平は銃口を下げたが、引き金から指は離さなかった。
「リーゼを呼べ」
「は、はい!」
やがてリーゼが採掘員たちとともに戻ってきた。
白仮面の男を見た瞬間、彼女の表情が険しくなる。
「聖光教会の紋章……やはり、教会がここで古代兵器を探していたのですね」
鬼平は倒れた男の外套をめくった。
胸元に、黒い竜を縛り付けたような紋章が刻まれている。
「教会の紋章じゃない」
リーゼが息を呑む。
「それは……異端審問局の印です」
「違いは?」
「教会の中でも、禁呪や古代兵器を専門に扱う秘密組織です」
鬼平は白仮面の男を見下ろした。
「こいつらは、ガトリング砲を知っていた」
「はい」
「なら、他にも狙っている奴がいる」
その時、鉱山の奥で巨大な音が響いた。
ドンッ、と大地が揺れる。
壁面の魔石が一斉に赤く輝いた。
採掘員の一人が叫ぶ。
「鉱山の奥には、古い封印区画がある! 誰も近づいてはいけない場所だ!」
鬼平は奥の暗闇を見た。
低い鼓動のような音が、岩盤の向こうから聞こえてくる。
魔石ガトリング砲の内部でも、魔石が勝手に震えていた。
まるで、奥にある何かへ反応しているようだった。
「リーゼ」
「はい」
「封印区画には何がある」
リーゼは答えなかった。
やがて、青ざめた顔で言う。
「古代魔導兵器の保管庫です」
「同じ武器か?」
「分かりません。ですが、記録にはこうあります」
リーゼは崩れた採掘記録を拾い上げた。
「――竜殺しの砲。大地を穿ち、空を落とす兵器」
鬼平は二挺の魔石ガトリング砲を見下ろした。
手にしている兵器だけでも、十分に規格外だ。
しかし、古代文明はこれ以上のものを作っていた。
そして、その保管庫を教会の異端審問局が狙っている。
鬼平は白仮面の男の襟を掴み上げた。
「封印区画へ行く道を教えろ」
男は笑った。
「貴様には止められない。あの兵器が目覚めれば、王国も魔族も、すべてがひれ伏す」
「質問に答えろ」
「異世界人ごときが――」
鬼平は男を地面へ落とした。
「リーゼ」
「はい」
「こいつを外へ運べ。生きたまま王都へ連れていく」
「あなたは封印区画へ?」
「ああ」
「危険すぎます!」
鬼平は熱を持ったガトリング砲を握り直した。
「危険だから、敵に取らせるわけにはいかねえ」
彼は坑道の奥へ向かって歩き出した。
その時、封印区画の方向から、巨大な金属音が響いた。
何かが目を覚ました。
赤い魔石の光が、鉱山全体を染めていく。
鬼平は立ち止まり、暗闇の奥へ銃口を向けた。
「出てこい」
低い声が、坑道に反響する。
「弾薬を取りに来た。手ぶらで帰るつもりはねえ」
封印区画の扉が、ゆっくりと開いた。
その向こうで、巨大な砲身が動いた。
次の瞬間、坑道の奥から赤い光線が走る。
鬼平は二挺のガトリング砲を交差させ、真正面から受け止めた。
衝撃で石床が砕ける。
リーゼの叫び声が響く。
「鬼平さん!」
鬼平は、歯を食いしばった。
両腕の筋肉が軋む。
ガトリング砲の魔石が、これまでにないほど強く輝いていた。
「……なるほど」
鬼平は笑った。
「こいつも、撃ち合いが好きらしい」
砲身が回転を始める。
鉱山の奥で、古代兵器が咆哮した。
鬼平軍曹は、未知の兵器を相手に銃口を構えた。
そして、戦場でいつもの言葉を吐き捨てる。
「この《ピー》が! オレの弾幕で、まとめて《ピー》してやる!」
魔石ガトリング砲の轟音が、封印区画の闇を撃ち抜いた。




