第3話 軍曹、弾幕で街を守る
魔物の群れは、宿場町の門まで百メートルに迫っていた。
松明の明かりに照らされ、ゴブリンやオークの姿が浮かび上がる。その後方には、ひときわ大きな影があった。
オーガだ。
鬼平は門の前に立ち、二挺の魔石ガトリング砲を構えていた。
片手二百キロを超える鉄塊を両手に持ち、足を広げ、腰を落とす。
足元の石畳が、彼の重量と武器の重さに耐えきれず沈んでいく。
「鬼平さん、敵の数は百を超えています!」
隣でリーゼが叫んだ。
「多いな」
「逃げたほうがいいのでは?」
「街の中に人がいる」
「ですが、正面からでは……!」
鬼平は魔物の群れを見据えた。
ゴブリンは密集している。オークは重装備。後方には魔法を使う個体が数体。中央には、他の魔物を指揮しているオーガがいる。
敵の数は多い。
しかし、群れは一つの意思で動いているわけではない。指揮官を潰せば、動きは崩れる。
「狙いは中央のオーガだ」
「オーガを先に?」
「あれが命令を出している」
「でも、ゴブリンが多すぎます。射線が通りません」
「なら、通す」
鬼平は右のガトリング砲だけを持ち上げた。
砲身が回転を始める。
ギギギギギギ――。
「全員、門の内側へ下がれ。射線に入るな」
門番たちが慌てて後退する。
「伏せろ!」
鬼平が引き金を引いた。
赤い魔力弾が、地面すれすれを走った。
ゴブリンの足元で土が爆ぜる。密集していた群れが驚いて左右へ割れた。
開いた射線の奥に、オーガの姿が見える。
鬼平は銃口をわずかに上げた。
「見えた」
連射。
オーガが巨大な盾を掲げる。魔力の障壁が展開され、弾丸を弾き飛ばした。
鬼平は舌打ちした。
「魔法盾か」
リーゼが杖を掲げる。
「私が弱めます!」
「三秒でやれ」
「無茶です!」
「二秒」
「できません!」
「なら、撃つ」
鬼平は左のガトリング砲も構えた。
二挺の魔石が同時に輝く。
リーゼは歯を食いしばり、両手で杖を握り込んだ。
「――《解呪・反転》!」
青白い魔法陣が、オーガの盾の前に展開される。
魔力障壁が一瞬だけ揺らいだ。
「今です!」
鬼平の顔から笑みが消えた。
砲身が回転する。
「消えろ」
両手の引き金を同時に引く。
轟音が夜を引き裂いた。
二挺の弾幕が一点へ集中し、魔法盾を正面から打ち砕く。
オーガの胸当てが砕け、巨体が後方へ吹き飛んだ。
群れの動きが止まる。
指揮官を失った魔物たちは、互いに顔を見合わせた。
鬼平はその隙を逃さなかった。
「撃て!」
門の上から、宿場の兵士たちが弓を放つ。
リーゼの風魔法が矢を加速させる。
魔物たちは一斉に崩れた。
しかし、後方から別の咆哮が響く。
オーガは倒れていなかった。
砕けた胸当ての下から、赤黒い魔力が噴き出している。身体の傷が、異常な速度で塞がっていく。
「再生能力……」
リーゼが息を呑む。
鬼平はガトリング砲の砲身を見た。
連射の熱で、赤い魔石が激しく明滅している。
「冷却が足りません!」
「あと何発だ」
「両方を撃ち続けたら、あと一分も持ちません!」
「一分あれば十分だ」
鬼平はオーガへ歩き出した。
撃ちながらではない。
武器を持ったまま、敵へ近づいていく。
オーガは咆哮し、大剣を振り上げた。
鬼平の右腕が痺れていた。左肩は熱を持ち、腰には鋭い痛みが走っている。
それでも止まらない。
敵との距離が三十メートルを切る。
「近づきすぎです!」
リーゼが叫ぶ。
「近いほうが当たる」
「それはそうですが!」
オーガの大剣が振り下ろされた。
鬼平は右のガトリング砲を盾のように立て、全身で受けた。
轟音とともに砲架が大剣を受け止める。
衝撃で鬼平の足が地面へめり込んだ。
片膝が落ちる。
だが、倒れない。
鬼平は左手のガトリング砲を、オーガの腹へ押しつけた。
「この《ピー》が……」
砲身が回転する。
「近えんだよ!」
ゼロ距離射撃。
魔力弾がオーガの鎧を内側から吹き飛ばした。
オーガの巨体が崩れ落ちる。
鬼平は大剣を押しのけ、ゆっくりと立ち上がった。
魔物たちは、もはや戦意を失っていた。
残ったゴブリンが逃げ始める。
「追撃しますか?」
門番の一人が尋ねた。
鬼平は逃げる群れを見た。
「追うな」
「しかし、また戻ってくるかもしれません」
「戻ってきたら撃つ」
鬼平は砲身を下ろした。
「今は街を確認しろ。負傷者を優先する」
戦闘が終わった直後、鬼平は自分の手が震えていることに気づいた。
銃の重量だけではない。連続射撃による反動と熱が、全身を蝕んでいる。
リーゼが駆け寄ってきた。
「手を見せてください!」
「問題ない」
「皮膚が裂けています!」
「問題ない」
「問題あります!」
リーゼが治癒魔法をかける。淡い光が鬼平の手と腕を包み、裂けた皮膚が少しずつ塞がっていく。
鬼平は治療を受けながら、街の様子を確認していた。
門は半壊。兵士に負傷者が数名。家屋に軽い損傷。死者はゼロ。
鬼平は短く息を吐いた。
「よし」
「何がよしなんですか?」
「死者がいない」
リーゼは言葉を失った。
鬼平にとって、それが勝利の基準なのだ。
どれだけ敵を倒したかではない。どれだけ街を守れたか。
夜明け前、魔物たちが残した荷物から、魔石鉱山の地図が見つかった。
地図には、鉱山の奥に赤い印が付けられている。
「ここが魔物の拠点です」
リーゼが言った。
「見れば分かる」
「ですが、魔物が百体以上いたということは、鉱山の中にも相当数が残っています」
「なら、まとめて片づける」
「武器の冷却が終わっていません」
「冷えるまで待つ」
鬼平はガトリング砲の砲身を見た。
赤い魔石の明滅が、少しずつ弱まっていく。
「その後、鉱山へ行く」
「本当に休まないのですね」
「休む」
鬼平は宿屋の壁にもたれた。
「三十分だ」
「短すぎます!」
「敵は待ってくれねえ」
その時、街の外から低い地鳴りが響いた。
遠くの山の頂上が赤く染まる。
リーゼは顔を上げた。
「鉱山の方角です……魔力反応が急激に増えています」
鬼平は立ち上がった。
「敵が動いたか」
「恐らく。あれほどの魔力は、ただの魔物ではありません」
鬼平は二挺のガトリング砲を持ち上げた。
片手二百キロ超の重量が、再び両腕にのしかかる。
治癒魔法を受けたばかりの手が軋む。
それでも、彼は武器を離さなかった。
リーゼが不安そうに見上げる。
「鬼平さん。あなたは、何を考えているのですか?」
鬼平は赤く染まった山を見た。
「弾が足りねえ」
「そこですか?」
「ああ」
魔石ガトリング砲の砲身が、低い音を立てて回転した。
「なら、敵のいる場所から補給する」
鬼平軍曹は、魔石鉱山へ向かって歩き始めた。
その背中を、リーゼと宿場の兵士たちが追う。
誰もまだ知らなかった。
鉱山の奥に眠っているのが、ただの魔石鉱床ではないことを。
そして、鬼平のガトリング砲を狙う者が、魔物のほかにも存在していることを。
夜明けの空に、黒い翼の影が横切った。
鬼平は振り返らなかった。
だが、その影を見たリーゼだけが、震える声で呟いた。
「……竜?」
鬼平の歩みが、初めて止まった。
彼は空を見上げた。
黒竜の姿は、すでに雲の向こうへ消えていた。
「……あの野郎」
鬼平の指が、ガトリング砲の銃架を強く握り込む。
「この世界にも、いやがったか」
口元に、怒りに満ちた笑みが浮かんだ。
「今度は吹き飛ばされねえ」
魔石の赤い光が、朝の闇の中で鋭く輝いた。
鬼平軍曹の異世界戦記は、次の戦場へ進み始めた。




