第2話 軍曹、弾薬の値段に驚く
遺跡を出るまでに、三時間かかった。
理由は単純だった。
鬼平が魔石ガトリング砲を持っていたからである。
「そこを右です!」
「右は崖だ」
「では左です!」
「左は壁だ」
「……すみません。遺跡の地図が古いもので」
リーゼと名乗った少女は、古びた羊皮紙を両手で抱えながら、何度目か分からない謝罪を口にした。
鬼平は返事をせず、両手の武器を見下ろした。
右手に一挺。
左手に一挺。
片方だけで二百キロを超える魔石ガトリング砲は、持っているだけで肩と腰に負担をかける。
とはいえ、鬼平は武器を地面に置いて歩くこともできなかった。
地面に置くたび、石床が割れる。
さらに、床に置いたガトリング砲は、なぜか数分もしないうちに魔力を吸い始めるのだ。
リーゼの説明によれば、武器が「自律的に再充填」しているらしい。
「つまり、置いておけば勝手に弾が増えるのか」
「正確には、弾丸ではなく魔力弾の生成に必要な魔力が蓄えられます」
「同じことだ」
「違います。魔力が尽きれば撃てませんし、魔石が破損すれば――」
「同じことだ」
鬼平は話を切り上げた。
細かい仕組みは後でいい。
今必要なのは、出口と食料と情報だ。
そして、弾薬。
遺跡の出口へ近づくにつれ、外の光が強くなってきた。
最後の瓦礫を押しのけると、鬼平たちは森の中へ出た。
頭上には、見たことのない青い空が広がっている。
太陽は二つなかった。少なくとも、その点では鬼平のいた世界と大きく変わらない。
だが、遠くの山脈には巨大な浮遊岩が浮かび、森の上空には翼の生えた蛇のような生物が飛んでいた。
鬼平は周囲を見回した。
「……異世界か」
「はい」
「本当に?」
「本当にです」
「地球のどこかじゃねえのか」
「チキュウという地名は聞いたことがありません」
「そうか」
鬼平は空を見上げた。
自分は黒竜の炎に吹き飛ばされた。そして、見知らぬ遺跡で目を覚ました。
ならば、ここが異世界だというリーゼの説明にも筋は通る。
問題は、筋が通ったところで何の役にも立たないことだった。
「帰る方法はあるのか」
「王都へ行けば、聖光教会の大司祭に会えるかもしれません」
「王都までどれくらいだ」
「徒歩で十日ほどです」
「車両は?」
「ありません」
「馬は?」
「この森にはいますが、あの武器を運べる馬はいません」
「荷車は?」
「普通の荷車ならあります」
「それでいい」
鬼平は歩き始めた。
一歩進むたび、足元の土が沈む。
両手のガトリング砲を持ち上げたまま歩くのは、戦闘よりもきつかった。
射撃中は反動を利用できる。しかし、歩行中はただひたすら重量を支えるだけだ。
肩が軋む。手首が痺れる。左の銃架が脇腹に食い込み、戦闘服の布が裂けた。
それでも鬼平は止まらない。
森の奥から枝を踏み折る音が聞こえた。
鬼平は足を止めた。
「敵か?」
リーゼが杖を構える。
「分かりません。気配が三つ……いえ、五つ」
茂みから、武装した男たちが現れた。
革鎧を着て、短剣や弓を持っている。先頭に立つ男が、リーゼへ剣を向けた。
「魔導士の嬢ちゃん、その荷物を置いていけ」
鬼平は、男たちの装備を観察した。
軽装。遮蔽物の多い森。弓兵が二人。正面の男が三人。距離は約二十メートル。
「敵か?」
「盗賊です」
「交渉は?」
「彼らは話を聞くようには見えません」
鬼平は右手のガトリング砲を持ち直した。
魔石が赤く点滅する。
盗賊たちの顔から、余裕が消えた。
「な、何だ、それは……」
「警告する」
鬼平は低い声で言った。
「武器を捨てて、地面に伏せろ」
盗賊の一人が笑った。
「たった一人で何を――」
鬼平が引き金を引いた。
銃声は一発だけだった。
弾丸は盗賊の足元に着弾し、地面を吹き飛ばした。土と石が跳ね上がり、盗賊たちは悲鳴を上げて倒れ込む。
鬼平は銃口を動かさず、再び言った。
「次は足元じゃねえ」
盗賊たちは武器を捨てた。
リーゼが呆然と彼を見た。
「今のは威嚇射撃ですか?」
「ああ」
「でしたら、もう少し穏当な方法が……」
「効いたからいい」
「地面がえぐれています」
「人間よりマシだ」
盗賊たちから聞き出した話では、南へ二日ほど行けばアルト村という集落があるらしい。そこから街道に出れば、王都へ向かう馬車を捕まえられる。
鬼平は盗賊たちを縛り上げた。
「村に着いたら、衛兵へ引き渡す」
「俺たちは何もしていない!」
「武器を持って人を襲っていた」
「それは……」
「言い訳は村でしろ」
夕方、鬼平たちは街道沿いの小さな宿場へ到着した。
宿場の入口で、門番の男が魔石ガトリング砲を見て目を丸くする。
「そ、それは……古代兵器ではないか!」
「知っているのか」
「知っているも何も、伝説級の魔導兵器だ! そんなものを二つも、しかも両手で……」
門番の視線が、鬼平の足元へ落ちた。歩いてきた跡には、靴底の形に沿って深い穴が開いている。
「……お前、いったい何者だ?」
鬼平は答える前に、宿場の中を見回した。
商店。鍛冶場。宿屋。武器屋。そして、掲示板に貼られた依頼書。
「あそこへ行く」
鬼平が武器屋を指差した。
店内に入り、ガトリング砲を床へ置く。
ドンッ、と店全体が揺れた。棚の瓶が何本か倒れる。
「床が……」
「壊れたか」
「壊れたか、じゃねえ! 何を置いた!」
「武器だ」
「武器は普通、床を割らねえ!」
鬼平はガトリング砲の側面を指で叩いた。
「これに使える弾をくれ」
「弾?」
「魔力弾でも何でもいい。撃てるものだ」
店主が鑑定用の魔石をかざすと、顔が引きつった。
「これ一門を満タンにするだけで、上級魔石が二十個は必要だ」
「値段は」
店主は紙に数字を書いた。リーゼが覗き込み、顔を青ざめさせる。
「……これだけあれば、平民が一年は暮らせます」
「一挺で?」
「はい」
「二挺なら?」
「二年分です」
鬼平は黙った。
「買うのか?」
「いや」
「そうか。買わないのか」
「高すぎる」
鬼平は店内を見渡した。棚には赤、青、黒、紫の魔石が並んでいる。その中に、周囲の光を吸い込むような黒い魔石があった。
「それは何だ」
「黒魔石だ。高純度だが、扱いが難しい。暴走すれば店ごと吹き飛ぶ」
「こいつを使えば、弾は増えるのか」
「出力は上がる。だが、武器が耐えられるかは知らん」
「なら、試す」
リーゼが声を上げた。
「待ってください! そんな危険なことを、ここで行うつもりですか!」
「ここではやらねえ。試す場所を探す」
店主は慌てて黒魔石を取り戻した。
「それは売り物じゃねえ! 事故が起きたら、俺の店だけじゃ済まねえんだ!」
「なら、仕事を頼む」
「仕事?」
「こいつを安全に使えるように改造しろ。その代金は、魔石鉱山で払う」
店主は鬼平とガトリング砲を見比べた。
「お前、採掘をするのか?」
「武器を撃つには弾が要る」
その夜、宿屋の裏手に鬼平専用の武器置き場が作られた。
鬼平は砲身を一本ずつ確認し、魔石接続と冷却機構を調べた。リーゼが水魔法で砲身を冷やしていく。
「片方なら五分。両方なら三分です」
「短いな」
「十分に長いと思いますが……」
「三分あれば、敵の指揮官は殺せる」
その時、街の外から警鐘が鳴り響いた。
カン、カン、カン、カン――。
「魔物の群れだ! 街道から魔物が来たぞ!」
鬼平は掲示板から緊急依頼書を剥がした。
魔石鉱山を占拠した魔物を討伐せよ。報酬:上級魔石二十個。
「弾薬の補給に行く」
「明日ですか?」
「今夜だ」
鬼平は二挺のガトリング砲を持ち上げた。
「この《ピー》が! 夜中に人の街へ押しかけてんじゃねえ! まとめて《ピー》してやる!」
銃声が、夜の街道を覆い尽くした。
魔石ガトリング砲の弾幕が、暗闇を赤く染める。
そして鬼平軍曹は、異世界で初めての防衛戦へ突入した。




