第47話 軍曹、通信塔の頂上で撃つ
西の地下鉄跡地を離れた鬼平たちは、中央部の高層通信施設へ向かった。
通信施設は、街の中心にそびえる巨大な塔だった。
地上から見上げると、塔の頂上は雲の中へ消えている。
かつてはテレビ、無線、携帯通信、軍用回線のすべてを中継していた場所だ。
今は、塔の周囲に赤い亀裂が浮かび、無数の黒い光が空へ伸びている。
第五の接続点が、通信網そのものを使って起動していた。
鬼平は二挺のガトリング砲を両手に持った。
左の砲は白い魔石を輝かせている。
右の《雷鱗砲》は、電波と雷を拾い、青い光を砲身へ集めていた。
ノアが通信施設の正門を見上げる。
「ここは、電力だけじゃない。通信信号そのものが敵の魔力になっている」
「切る」
「何を?」
「敵との接続」
「簡単に言うな。通信網を切れば、街全体の連絡が止まる」
リーゼが塔の周囲を観測した。
「黒い霧は、通信を遮断するのではなく、信号へ入り込んでいます。人々の端末、基地の無線、交通管制……すべてを門の部品に変えようとしている」
基地の指揮官が無線機を手にした。
「市街地にも異常が出ています。信号を受けた車両や警備機械が、勝手に動き始めている」
高瀬が通信機を確認する。
「こちらの無線にも、知らない声が混ざっています」
無線機から、低い声が流れた。
『門を開け』
『声を繋げ』
『世界を一つにしろ』
鬼平は無線機を見た。
「敵だ」
通信施設の正門が開いた。
内部から、黒い霧をまとった警備機械が現れる。
元は施設を守るための自動巡回車両だった。
現在は六本の脚を持ち、脚の先に魔石銃を装備している。
上部には通信アンテナが伸び、赤い電波を放っていた。
警備機械が一斉に射撃する。
赤い弾丸が道路へ降り注ぐ。
鬼平は左のガトリング砲を撃った。
白い弾幕が弾丸を空中で砕く。
右の《雷鱗砲》で、警備機械と通信塔を繋ぐ接続を切断する。
機械の脚が止まった。
獣人兵が左右から突入し、警備機械を押し倒していく。
しかし、倒れた機械からアンテナだけが浮かび上がった。
アンテナが黒い霧を吸い上げ、別の警備機械へ流し込む。
「アンテナを止めろ!」
グラウ将軍が叫ぶ。
鬼平は左の砲でアンテナを撃ち、右の砲で霧の流れを切った。
アンテナが地面へ落ちる。
正門周辺の敵が、すべて沈黙した。
「最初から塔と繋がっている」
リーゼが言った。
「施設内のすべての機械が、黒い霧の端末です」
「上へ行く」
鬼平は正面玄関へ向かった。
自動扉には、黒い文字が浮かび上がっていた。
『音声認証を開始します』
『所属を入力してください』
鬼平が扉を見た。
「軍曹」
高瀬が言った。
「ここは普通に認証を通した方がいいのでは?」
鬼平は右の砲架を構えた。
「敵がいる」
「だからといって、毎回壊す必要は――」
鬼平は扉を殴った。
金属の扉が大きくへこむ。
二撃目でロックが外れる。
三撃目で扉が内側へ倒れた。
警備員たちが絶句する。
ノアが頭を抱えた。
「それは認証ではない」
「開いた」
「結果だけを見ればな」
施設内部は、暗い。
しかし、壁一面のモニターが一斉に点灯した。
画面には、街の各地が映っている。
駅、道路、病院、基地、住宅地。
すべての映像に黒い線が走っていた。
モニターの中で、人々の端末が赤く明滅する。
黒い霧は、通信を通じて人々の声を拾っていた。
『声を集める』
『命令を繋げる』
『世界を一つにする』
突然、施設内のスピーカーから鬼平の声が流れた。
『撃つ』
次に、ノアの声。
『普通はそうしない』
リーゼの声。
『この先に大きな竜脈があります』
黒い霧は、これまでの会話をすべて記録していた。
スピーカーから複数の声が重なり、鬼平たちを包む。
高瀬が無線機を落としかけた。
「俺たちの声を使っている!」
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
スピーカーへ向かって撃つ。
白い弾丸が壁の装置を破壊し、施設内の声が途切れた。
右の雷鱗砲で、スピーカーと通信網の接続を切断する。
しかし、別の階のスピーカーが起動した。
『撃つ』
『切る』
『進む』
『撃てなくても、殴る』
鬼平の声を真似た黒い霧が、施設中へ広がった。
その声に反応し、警備機械が一斉に起動する。
壁、天井、床から、通信アンテナを備えた機械兵が現れた。
機械兵の動きは、鬼平の過去の戦闘記録を真似ている。
左腕に白い魔石砲。
右腕に青い魔導砲。
鬼平と同じ二挺の砲を持っている。
ノアが叫んだ。
「鬼平の戦闘データを使っている!」
「偽物か」
「武器の構造まで再現している!」
機械兵が一斉に砲を撃った。
白と青の弾幕が、鬼平たちへ迫る。
鬼平は左の砲で敵の左砲を撃ち、右の砲で敵の右砲を狙った。
しかし、敵は鬼平の動きを先読みしている。
弾幕が相殺され、施設内部が光で埋まった。
機械兵の一体が鬼平へ突進する。
鬼平は砲架で受け止めた。
機械兵も砲架を構え、互いの武器がぶつかる。
金属音が施設内に響いた。
機械兵が低い声で言う。
『撃てなくても、殴る』
鬼平の目が細くなった。
「真似するな」
鬼平は機械兵の砲架を押し返し、左の砲を密着させた。
短い連射で機械兵の胸部装甲を削る。
右の砲で、機械兵と通信塔を繋ぐ接続を切った。
機械兵が停止する。
別の二体が背後から襲いかかる。
高瀬が銃撃で一体の照準を逸らし、グラウが斧で足を破壊した。
リーゼが接続線を指示する。
「首のアンテナと背中の通信管が弱点です!」
鬼平は左の砲で首のアンテナを撃ち、右の砲で背中の通信管を切断した。
機械兵が次々と倒れていく。
しかし、施設の最上階から、さらに大きな音が響いた。
通信塔の内部から、巨大な機械竜が降りてくる。
身体は中継装置、アンテナ、鉄骨を組み合わせた姿。
翼の代わりに巨大な電波板が広がり、頭部には赤い通信レンズがある。
口から音波と黒い電撃を放つ。
『声を奪う』
『命令を与える』
『すべてを動かす』
機械竜が咆哮した。
音波が施設内を走り、兵士たちの無線機を一斉に爆発させる。
高瀬が耳を押さえた。
「通信が使えません!」
鬼平は左のガトリング砲を撃った。
白い弾丸が音波の波面を削る。
右の《雷鱗砲》で、機械竜の電波板と通信塔の接続を切断する。
電波板の一枚が消えた。
しかし、機械竜は施設内のモニターを使って、新しい電波板を作り出した。
「情報を材料にして再生しています!」
リーゼが叫ぶ。
「通信施設に記録された情報が、すべて敵の魔力になっています!」
鬼平はモニターを見た。
そこには、兵士たちの配置、基地の地図、武器の種類、過去の戦闘記録が映っている。
黒い霧は、元の世界の戦い方そのものを学習していた。
機械竜が巨大な電波板を振り下ろす。
鬼平は右の砲架で受け止めた。
電波板から大量の声が流れ込む。
『軍曹、危険です』
『軍曹、撃ってください』
『軍曹、逃げてください』
『軍曹、仲間を見捨ててください』
鬼平の動きが一瞬止まった。
声の中に、過去の部下たちの声が混ざっている。
ドラゴンブレスで吹き飛ばされる前の戦場。
砲撃音。
仲間の叫び。
自分だけが生き残った記憶。
機械竜が、その記憶を利用していた。
「軍曹!」
高瀬の声が聞こえた。
「その声は偽物です!」
鬼平は目を上げた。
高瀬は通信機を失っている。
それでも、肉声で叫んでいた。
「俺たちはここにいます! あの声じゃない!」
グラウ将軍が斧を構えた。
「聞くべき声を間違えるな、砲の男!」
ヴァルグリムの咆哮が、施設の壁を震わせた。
『過去は敵ではない』
『過去を使うものが敵だ』
鬼平は機械竜の電波板を押し返した。
左の砲が回転する。
「この(ピー)が……」
機械竜の通信レンズが赤く輝く。
「人の声を勝手に使ってんじゃねえ!」
鬼平は左のガトリング砲を撃った。
白い弾幕が電波板を次々に破壊する。
右の雷鱗砲で、通信レンズと塔の接続を切断する。
機械竜の頭部が揺らぐ。
しかし、塔の頂上から黒い霧が流れ込み、機械竜を再生させる。
第五の接続点は、最上階にある。
鬼平は階段へ向かって走った。
機械竜が追ってくる。
施設内のエレベーターが開き、無数の機械兵が現れた。
鬼平は左の砲を連射し、階段への道を作る。
右の砲で、機械兵の通信管を切断する。
ノア、リーゼ、高瀬、グラウ将軍が後ろから続いた。
階段を上るたびに、通信施設の壁面モニターが鬼平を映す。
黒い霧が、鬼平の姿を街中へ送信していた。
『異世界の軍曹が、街を攻撃している』
『危険人物を排除せよ』
街の警備機械が一斉に起動する。
道路上の車両が動き、通信施設へ向かい始めた。
基地の指揮官が、復旧した非常回線へ叫ぶ。
「市街地の警備機械がこちらへ向かっています! 一般市民も避難できていません!」
鬼平は足を止めた。
上には接続点。
下には、通信に操られた街。
ノアが言った。
「塔を壊せば、街の通信も止まる」
「壊さない」
鬼平は右の砲を構えた。
「切る」
リーゼが魔力線を読み取る。
「最上階の接続点から、街の通信網へ七本の線が伸びています。接続点を切るだけなら、通信網そのものは残せます」
「七つを切る」
鬼平は最上階へ走った。
機械竜が階段を崩しながら追ってくる。
鬼平は左の砲で階段の上部を撃ち、崩れた鉄骨を弾き飛ばす。
右の砲で、機械竜の腕と塔の骨組みの接続を切る。
機械竜の動きが止まる。
鬼平たちは最上階の通信室へ到達した。
部屋の中央に、黒い霧でできた巨大な球体が浮かんでいる。
球体の周囲には七本の光る通信線。
それぞれが街の別の区域へ伸びている。
球体の中心には、赤い眼があった。
『声を繋ぐ』
『命令を届ける』
『すべての兵器を動かす』
「敵だ」
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
球体が鬼平の声を真似る。
『撃つ』
『切る』
『進む』
鬼平は左の砲を撃った。
白い弾丸が球体の外側を削る。
右の砲で一本目の通信線を切断する。
街の一地区で、警備機械が停止した。
二本目。
別の地区で、暴走していた車両が止まる。
三本目。
病院の非常通信が復旧する。
黒い球体が赤い電撃を放った。
鬼平は左の砲架で受け止めた。
砲架に音声の波がまとわりつく。
『撃て』
『撃つな』
『仲間を見捨てろ』
鬼平の足元が揺れる。
高瀬が無線なしで叫ぶ。
「軍曹、俺たちの声を聞いてください!」
グラウ将軍が続く。
「敵の命令など、斧で叩き潰せ!」
リーゼが接続線を指した。
「四本目、右上です!」
鬼平は右の雷鱗砲を撃つ。
四本目の通信線が切れた。
機械竜が通信室へ突入する。
巨大な爪が鬼平たちへ振り下ろされた。
鬼平は左のガトリング砲を撃ち、爪の先端を削る。
ヴァルグリムが黒い炎を吐き、機械竜の翼を焼く。
ザルディオンの雷が通信塔へ落ち、右の砲へ電力を送る。
鬼平は残りの接続線を狙った。
五本目。
六本目。
黒い球体が機械竜へ命令を送る。
『軍曹を倒せ』
機械竜の胸部から、巨大な魔石砲が展開した。
鬼平へ向けて、黒い弾丸が連射される。
鬼平は左の砲で弾丸を撃ち落とす。
右の砲で、機械竜と球体を繋ぐ接続を切る。
機械竜の砲が停止した。
しかし、機械竜は砲架を持ち上げ、鬼平へ突進する。
鬼平も右の砲架を構えた。
二つの砲架が正面からぶつかる。
通信室の床が割れる。
鬼平は機械竜を押し返した。
「この(���ー)が!」
左の砲を機械竜の胸部へ密着させる。
「オレの声を真似して、仲間を傷つけてんじゃねえ!」
白い弾幕が胸部装甲を破壊する。
右の雷鱗砲で、内部の通信核を切断する。
「二度と勝手に喋るな!」
機械竜が停止した。
残った黒い球体が、最後の通信線を守るため巨大化する。
七本目の線が、塔の頂上から空へ伸びていた。
その先に、第五の門の中心がある。
鬼平は右の《雷鱗砲》を構えた。
雷、電波、火薬の熱、白い魔石の光が砲身へ流れ込む。
しかし、黒い球体は街中の通信信号を盾にしている。
「撃てば、市街地へ逆流します!」
リーゼが叫んだ。
鬼平は黒い球体を見た。
球体の内部には、街の無数の声が渦巻いている。
助けを求める声。
怒鳴る声。
泣く声。
笑う声。
それらを黒い霧が一つに束ねていた。
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
「声を分ける」
「どうやって?」
「撃つ」
左の砲が回転する。
白い魔石弾が、黒い球体の外縁だけを削り始めた。
弾丸は声の束を傷つけず、黒い霧の膜だけを剥がしていく。
街の声が、一つずつ球体から離れた。
市街地の通信網が復旧し、警備機械が停止していく。
黒い球体の中心に、最後の接続線が露出した。
右の砲で切断する。
その瞬間、黒い球体が爆発的に膨張した。
通信室全体を黒い霧が覆う。
鬼平の周囲に、無数の赤い眼が浮かぶ。
『声を奪う』
『兵器を動かす』
『世界を門にする』
鬼平の砲身へ、黒い霧が絡みつく。
左の砲が止まった。
右の砲も、電力の流れを奪われる。
ノアが叫んだ。
「軍曹、砲が撃てません!」
鬼平は砲を見た。
黒い霧が二挺の砲を縛っている。
「……」
鬼平は右の砲架を握った。
「撃てなくても、殴る!」
右の砲架を黒い球体へ叩き込む。
一撃。
黒い霧の膜が裂ける。
二撃目。
赤い眼が一つ消える。
三撃目。
最後の接続線が露出した。
鬼平は左の砲架も持ち上げた。
両手の砲架を左右から叩きつけ、黒い球体を押し潰す。
「この(ピー)が!」
「通信網をてめえの(ピー)にするんじゃねえ!」
「まとめて(ピー)して、空の外へ帰りやがれ!」
《ハイテンションスキル》発動
白い魔石が再び輝いた。
青い雷が右の砲身へ戻る。
魔石弾が尽きず、砲身が壊れない。
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
左の砲で黒い球体を削る。
右の《雷鱗砲》で、最後の接続を切る。
第五の門が閉じ始めた。
しかし、門の向こうから黒い竜の頭部が現れる。
『声を失っても、意志は残る』
黒い竜が口を開いた。
巨大な音波砲が通信室へ向けられる。
鬼平は左のガトリング砲を連射した。
白い弾幕が音波の波面を押し返す。
右の砲で、黒い竜と門の接続を切断する。
「ここから出ていけ、この(ピー)!」
接続が切れた。
黒い竜の頭部が門の向こうへ引き戻される。
門が閉じた。
鬼平のハイテンションスキルが終了する。
通信室のモニターが一斉に消えた。
街の通信網が、正常な信号を取り戻す。
黒い霧の警備機械は停止し、暴走していた車両も止まった。
高瀬が窓の外を見た。
「街が戻っていきます」
リーゼが接続点の残骸を確認する。
「第五の接続点は閉じました」
ノアは鬼平の二挺の砲を見た。
「左も右も問題なし。今回は通信室の床の方が壊れた」
鬼平は床の大きなへこみを見た。
「撃てなくても、殴った」
「それは分かっている」
通信施設の上空で、赤い亀裂が消えていく。
しかし、完全に消える直前、赤い光が二つに分かれた。
一つは北東の山中へ。
もう一つは、位置を特定できない地下深くへ。
基地の指揮官が地図を確認する。
「残り二つ。北東の山中と、未知の接続点です」
鬼平は二挺のガトリング砲を担いだ。
ヴァルグリムが通信施設の上空を旋回する。
『声を使う敵は退いた』
『だが、黒きものはまだ近くにいる』
ザルディオンの雷が遠くの山脈へ落ちた。
『次は、地上ではなく空の上だ』
鬼平は北東の山を見た。
雲の向こうで、赤い光が明滅している。
「北東へ行く」
高瀬が尋ねた。
「今度は何があるんです?」
「敵」
「それは分かっています!」
ノアがため息をついた。
「たぶん、山中の旧軍事施設だ。通信塔から移った黒い霧が、何かを起動させている」
リーゼが地図へ光を浮かべた。
「第五の接続点を失ったことで、残り二つが同時に不安定化しています」
鬼平は砲身を確認した。
左の砲は白く輝いている。
右の《雷鱗砲》は青い雷をまとっている。
「行く」
通信施設を後にする。
街の人々は、何が起きたのかをまだ知らない。
ただ、夜空の赤い亀裂が消えたことだけを見上げていた。
その地下深く、誰にも届かない通信回線の中で、黒い霧が最後の声を残す。
『声は閉じた』
『ならば、空から落とす』
北東の山中で、巨大な格納庫の扉が開き始めた。
鬼平軍曹の次の戦場は、空を飛ぶ兵器の格納庫だった。




