第42話 軍曹、元の世界で砲を修理する
最初に聞こえたのは、砲撃音だった。
次に、怒号。
そして、焼けた土と油の匂い。
鬼平は、元の世界へ戻ってきた。
しかし、帰還した場所は、鬼平がドラゴンブレスに吹き飛ばされた戦場ではなかった。
軍の臨時基地。
格納庫と野戦病院が並び、崩れた防壁の向こうでは、兵士たちが魔導兵器と戦っている。
空には、赤い亀裂がいくつも浮かんでいた。
異世界の空と元の世界の空が、完全には分離していない。
その亀裂から、黒い霧が漏れていた。
鬼平は二挺のガトリング砲を担いだまま、基地の中央へ歩いた。
左の砲身には大きなひびがある。
魔石の内部にも、赤い光が残っていた。
右の《雷鱗砲》は健在だった。
雷、砂、氷の魔力が安定して循環している。
ノアが基地の整備班へ向かって叫んだ。
「修理台を空けろ! 左の砲を直す!」
基地の兵士たちが一斉に鬼平を見た。
誰もが、鬼平がドラゴンブレスに吹き飛ばされた後、戦場から消えたと思っていた。
古参の兵士が鬼平へ駆け寄った。
「軍曹……生きていたのか!」
「ああ」
「どこへ行っていた!」
「異世界」
兵士は言葉を失った。
鬼平は左のガトリング砲を修理台へ置いた。
「砲を直す」
整備班が駆け寄り、砲身と魔石の状態を確認する。
しかし、通常の工具では魔石のひびを直せない。
ノアが右の《雷鱗砲》から、少量の雷鱗魔力を取り出した。
「この魔力を左の砲へ流す。ひびを固定できる可能性がある」
「可能性が多い」
「異世界の砲を元の世界の工具で直そうとしているんだ。確実な方法などない」
リーゼが、古竜の心臓から受け取った白い光の欠片を取り出した。
光の欠片は小さな魔石のような形をしている。
「これを補修材として使えます」
「古竜の心臓の一部か」
『心臓の力を分けたものです』
白い竜影の声が、光の欠片から響いた。
『その砲は、異世界を渡るたびに傷ついている』
『今度は、砲の意思を繋ぐ』
鬼平は光の欠片を左の砲身へ置いた。
白い光がひびへ入り、魔石の内部へ広がる。
赤い光が押し出され、砲身のひびが少しずつ閉じていった。
その時、基地の警報が鳴った。
「北側防壁、突破されました!」
「黒い霧をまとった魔導兵が侵入!」
「数は三十、いや五十以上です!」
鬼平は修理途中の左の砲を持ち上げた。
ノアが叫ぶ。
「まだ撃つな! 魔石の固定が終わっていない!」
「敵が来る」
鬼平は基地の外へ向かった。
右の《雷鱗砲》を構える。
北側防壁の向こうから、黒い霧をまとった兵士が押し寄せていた。
姿は元の世界の兵士に似ている。
しかし、装甲の隙間から黒い霧が漏れている。
胸部には、異世界の魔石が埋め込まれていた。
黒い霧の兵士が魔導銃を撃つ。
赤黒い弾丸が基地へ飛んでくる。
鬼平は右の雷鱗砲で弾丸と兵士の魔力接続を切断した。
弾丸が空中で消える。
一体目の兵士が倒れた。
二体目。
三体目。
敵は倒れても、黒い霧から新たな兵士が立ち上がる。
「霧が兵士を再構成しています!」
リーゼが叫んだ。
「本体は兵士ではなく、背後の霧です!」
鬼平は黒い霧の流れを見た。
防壁の外に、赤い亀裂がある。
黒い霧はそこから兵士へ流れ込んでいた。
右の雷鱗砲で亀裂と兵士を繋ぐ線を切る。
霧の兵士が一斉に動きを止めた。
「亀裂を閉じる」
鬼平は防壁へ走った。
元の世界の兵士が援護射撃を行う。
しかし、亀裂の周囲には黒い触手が伸びていた。
触手が鬼平の足へ絡みつく。
鬼平は右の砲架で触手を殴り、左手に持った修理途中のガトリング砲で触手を叩き潰した。
「撃てなくても、殴る!」
ノアが後ろから叫ぶ。
「修理途中の左の砲で殴るな!」
鬼平は亀裂へ到達した。
亀裂の向こうに、竜域の黒い空間が見える。
その奥で、赤い眼が開いた。
『砲を持つ世界』
『次は、この世界を門にする』
黒い霧が、亀裂から基地へ流れ込む。
鬼平は右の雷鱗砲を構えた。
亀裂の縁には、異世界の魔力と元の世界の電波、熱、火薬の力が混ざっている。
右の砲の照準線が、亀裂の中心ではなく、周囲の七つの接続点を示した。
「七つか」
「門の仕組みをこちらの世界へ移そうとしている!」
リーゼが答えた。
鬼平は左の砲を修理台へ戻す余裕がないまま、右の砲を構えた。
一つ目の接続点を撃つ。
亀裂が揺れた。
二つ目。
黒い霧が触手となって襲いかかる。
右の砲架で触手を殴り、左の砲身で叩き落とす。
三つ目。
赤い亀裂が小さくなる。
しかし、亀裂の向こうから黒い竜の頭部が現れた。
竜域で見た黒い霧の力が、竜の形を取っている。
『心臓は眠った』
『だが、門は残る』
黒い竜が口を開く。
黒い炎が基地へ放たれた。
鬼平は右の雷鱗砲を盾にした。
雷鱗が炎を吸収し、砂の魔力が熱を逃がす。
氷の魔力が砲身を冷やす。
ノアが叫んだ。
「右の砲で吸収しすぎるな! この世界には砂の竜脈がない!」
「代わりに何を使う」
「火薬、電気、熱。元の世界の力を砲へ流せ!」
鬼平は基地の砲台と右の砲を繋ぐ魔力線を見た。
通常の電力が、細い白い線となって見える。
基地の発電機。
装甲車のバッテリー。
野戦砲の発射熱。
それらが、右の砲へ流れ込む。
《雷鱗砲》が青白く輝いた。
鬼平は黒い竜へ向かって撃った。
雷と火薬と熱を混ぜた弾丸が、黒い竜の翼へ命中する。
翼の接続が切れ、黒い竜が揺らいだ。
四つ目の接続点を撃つ。
五つ目。
黒い竜が防壁へ突進する。
鬼平は左の砲身を盾にして受け止めた。
修理途中の砲身に、黒い炎がまとわりつく。
白い光の欠片が輝き、炎を押し返した。
左の砲身のひびが、さらに閉じていく。
「補修が進んでいる!」
ノアが叫んだ。
「古竜の光が、砲を直している!」
鬼平は左の砲架を黒い竜の顎へ叩き込んだ。
黒い竜の頭部が横へ逸れる。
右の雷鱗砲で六つ目の接続点を切る。
亀裂は、あと一つ。
しかし、最後の接続点は基地中央の通信塔へ繋がっていた。
通信塔の内部には、基地の兵士たちが残っている。
接続を撃てば、通信塔が崩れる可能性がある。
鬼平は周囲を見回した。
「通信塔を空にする」
基地の指揮官へ通信を送る。
「全員、塔から離れろ」
「軍曹、あの塔には基地全体の通信設備が――」
「離れろ」
鬼平の声に、指揮官は迷わなかった。
「全員、通信塔から退避! 急げ!」
兵士たちが塔から走り出す。
黒い竜が再び炎を吐いた。
鬼平は左の砲で炎の流れを削り、右の砲で黒い竜の口と亀裂を繋ぐ接続を切断する。
炎が止まった。
最後の接続点が、通信塔の頂上に現れる。
鬼平は右の《雷鱗砲》を構えた。
元の世界の電力、火薬、熱が砲身へ集まる。
砲身の鱗が青白く輝く。
鬼平は引き金を引いた。
弾丸が最後の接続点を撃ち抜く。
通信塔は崩れず、赤い亀裂だけが縮んだ。
黒い竜の頭部が、亀裂の向こうへ引き戻される。
『次は、世界の兵器を門にする』
「させない」
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
砲身のひびは、白い光によってほとんど閉じている。
ノアが驚いた。
「左も撃てる!」
鬼平は左の砲で、亀裂の縁へ弾幕を浴びせた。
白い弾丸が空間の縁を削り、黒い霧を押し戻す。
右の雷鱗砲で、亀裂の残った魔力を切断する。
赤い亀裂が閉じた。
基地の空に、静けさが戻る。
黒い霧の兵士たちは、すべて砂のように崩れた。
鬼平は左のガトリング砲を見た。
ひびは完全に消えていた。
魔石の内部には、白い光が一筋だけ残っている。
ノアが砲身を確認した。
「左の砲は、古竜の光で補修された」
「撃てるか」
「撃てる。以前より魔力の流れが安定している」
「なら、直った」
整備班の兵士が左の砲を見つめた。
「軍曹、その砲は一体何なんです?」
「ガトリング砲だ」
「異世界の魔石が入っていて、竜の力を使えて、電力や火薬まで吸収していましたが?」
「ガトリング砲だ」
基地の指揮官が、黒い霧の残骸を調べていた。
「北側防壁の外に、亀裂の跡が残っています。完全に閉じたように見えますが、魔力反応は消えていません」
リーゼが近づき、残った黒い粒子を確認する。
「門ではありません」
「では何だ」
「門を作る前段階の種です。黒い霧が、この世界の兵器や通信網を調べていました」
鬼平は基地の通信塔を見た。
黒い霧は通信網を通じて、世界中へ広がろうとしていた。
「他にもある」
右の《雷鱗砲》の照準線が、空の彼方へ伸びた。
北。
東。
海を越えた先。
複数の場所に、黒い接続が残っている。
「七つ」
リーゼが息を呑んだ。
「この世界にも、七つの接続点ができています」
ヴァルグリムの声が、帰還門の残光から響いた。
『古竜の心臓を狙った黒きものは、消えていない』
『門を作る場所を、竜域からこの世界へ移したのだ』
ザルディオンの雷が、遠い空で光る。
『砲を持つ世界が、次の戦場になる』
基地の兵士たちは、鬼平の周囲へ集まった。
彼らは、異世界で何が起きたのかを知らない。
しかし、黒い霧が再び来ることだけは理解していた。
鬼平は二挺のガトリング砲を両手に持った。
左の砲は完全修理された。
右の《雷鱗砲》は、元の世界の電力と火薬の熱を吸収できるようになった。
鬼平は北の空を見た。
雲の向こうで、赤い光が七回明滅した。
「七つの接続点を潰す」
基地の指揮官が尋ねる。
「どこから向かう」
「近い場所」
「北の山岳地帯に、反応があります。旧砲兵演習場です」
鬼平は修理を終えた左の砲を持ち上げた。
魔石が静かに回転する。
「そこへ行く」
ノアが新しい弾薬箱を用意した。
「元の世界の弾薬でいいのか?」
「撃てるか」
「左は通常弾。右は魔石弾と火薬弾の混合にする」
「十分だ」
基地の兵士たちが装甲車と野戦砲を準備する。
鬼平は魔導車へ乗り込んだ。
異世界で出会った仲間たちも、帰還門の残光を通じて一時的にこちらへ来られることが分かった。
ヴァルグリムの黒い影が基地上空を飛ぶ。
ザルディオンの雷が雲を割る。
リーゼは元の世界の地図へ、七つの赤い印を付けた。
「この七か所が、黒い接続点です」
「順番は」
「北の旧砲兵演習場、東の廃発電所、南の海上基地、西の地下鉄跡地。そして残り三つは、まだ場所が分かりません」
鬼平は左右の砲を確認した。
左は白い魔石。
右は雷、砂、氷、電力、火薬の力を帯びた《雷鱗砲》。
「敵が来る」
基地の指揮官が頷いた。
「ならば、迎え撃つ」
魔導車が動き出す。
その後ろを、装甲車と野戦砲が続く。
北の空で、黒い霧が再び集まり始めた。
その中心に、小さな赤い目が開く。
『砲を持つ世界』
『七つの門を作る』
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
「作らせない」
右の《雷鱗砲》が、北の山岳地帯を指し示す。
旧砲兵演習場の地下で、第一の接続点が起動した。
鬼平軍曹は、修理を終えた二挺のガトリング砲とともに、元の世界で始まる新たな戦場へ向かった。




