第36話 軍曹、雷鳴の高原で砲を直す
雷鳴の高原へ近づくにつれて、空が低くなっていった。
雲が山肌に触れ、青白い雷が絶え間なく落ちている。
雷は自然に落ちているのではない。
高原の中央にそびえる巨大な塔が、空の雷を吸い上げていた。
塔の周囲には、王国軍の魔導砲と雷撃兵が配置されている。
さらに塔の奥には、第三の門があった。
門の縁には雷竜の角が埋め込まれ、門の中心へ青白い魔力が流れている。
鬼平たちは高原の手前で魔導車を止めた。
右のガトリング砲は、まだ仮組みの状態だった。
海竜の青い鱗を組み込んだ砲身には亀裂が残り、魔力膜は破れている。
ノアが工具箱を開いた。
「ここで直す」
「戦闘中にか」
「戦闘前に直せる場所がない」
ノアは砲身を外し、古代金属の固定具を並べた。
獣人の鍛冶師が炉を起こし、リーゼが雷竜の鱗へ新しい術式を刻み始める。
「高原の雷を、砲身の冷却に使います」
リーゼが言った。
「雷を冷却に?」
「雷は熱いですが、魔力の流れを整える力もあります。海竜の鱗なら、雷撃を受け流しながら砲身へ伝えられます」
ノアが固定具を締めた。
「雷の力を受けすぎれば、砲身そのものが発射装置になる。失敗すれば、引き金を引かなくても撃つぞ」
「撃てるならいい」
「勝手に撃つのは困る」
鬼平は高原の中央を見た。
王国軍の雷撃塔から、青白い電流が空へ伸びている。
塔の周囲には、巨大な雷竜が拘束されていた。
救出した雷竜よりも一回り大きい。
銀色の鱗。
額に一本の長い角。
四肢には、雷撃塔へ繋がる鎖が巻きついている。
王国軍は、門の制御に雷竜の魔力を利用していた。
『あれが、門の守護竜だ』
救出された雷竜が言った。
『名はザルディオン。高原を守っていた古い竜だ』
「敵か」
『縛られている』
「なら、切る」
ヴァルグリムが空を見上げた。
『高原の雷は、ザルディオンの怒りだ』
『王国軍は竜を使い、竜の怒りで門を開いている』
鬼平は右の砲を見た。
「直す」
ノアが振り返る。
「あと五分」
高原の向こうから、王国軍の騎兵部隊が進んできた。
黒い鎧。
雷をまとった槍。
先頭には、雷撃塔を守る魔導将軍がいる。
「異界の軍曹!」
将軍が叫んだ。
「海上で我が艦隊を破壊した罪を償え!」
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
「雷竜を返せ」
「竜は王国の兵器だ!」
「違う」
鬼平は引き金を引いた。
白い弾幕が騎兵部隊の魔導槍を撃ち落とす。
王国軍の騎兵が散開し、雷撃を放った。
高原の地面を、青白い電流が走る。
グラウ将軍が獣人兵へ命令した。
「絶縁盾を前へ! 兵士たちは岩陰へ入れ!」
元の世界の兵士たちが、雷を逃がす金属杭を地面へ打ち込む。
雷が杭へ集まり、兵士たちのいる場所を避けていく。
鬼平は左の砲で騎兵の槍を狙った。
槍の先端が砕け、雷撃が止まる。
右の砲は、まだ砲身の修理中だ。
「五分経った」
ノアが叫んだ。
「仮組みは終わりだ。完全修理ではないが、撃てる」
鬼平は右の砲を受け取った。
青い鱗が砲身全体を覆い、表面に細い雷光が走っている。
砲身の亀裂は消えていた。
魔力流量計には、雷の記号が追加されている。
「正式な名前は?」
高瀬が尋ねた。
「右の砲だ」
「名前をつける気はないんですか」
ノアが工具をしまった。
「名称は《雷鱗砲身》だ。雷撃を受け流し、砲身へ冷却魔力を循環させる」
「撃てるか」
「雷の中なら、普段より安定する」
鬼平は左右のガトリング砲を構えた。
左は白い光。
右は青い光と、細い雷。
「撃つ」
左の砲が騎兵を押し返す。
右の砲が、騎兵を守る雷障壁の接続を断つ。
雷障壁が崩れ、グラウ将軍の部隊が敵陣へ突入した。
王国軍の騎兵が後退する。
だが、雷撃塔の上から巨大な雷の槍が降ってきた。
鬼平は右の砲を空へ向けた。
雷鱗砲身が雷を吸い、青い魔力弾へ変換する。
右の砲が一発撃った。
雷の槍が空中で逸れ、高原の外へ落ちた。
ノアが驚いた。
「雷を弾に変えた!」
「撃てる」
「それだけではない。右の砲の出力が、雷撃塔の魔力を逆に吸い上げている」
鬼平の右の砲へ、塔から細い魔力線が伸びている。
雷竜の魔力を吸い上げる塔から、一部の力が流れ込んでいた。
鬼平は照準を変えた。
雷撃塔と雷竜の鎖を繋ぐ接続部が、赤い線で表示される。
「門の制御線です」
リーゼが言った。
「雷竜の鎖を切るには、塔の上にある四つの避雷環を破壊する必要があります」
「上へ行く」
鬼平は雷撃塔へ向かって走った。
王国軍の魔導兵が行く手を塞ぐ。
左の砲で装備を削り、右の砲で魔力接続を切る。
雷撃塔へ近づくほど、雷が強くなった。
地面が震え、空気が焦げる。
鬼平の右の砲は、雷を受けるたびに青い魔力を蓄えていく。
「右の出力が上がっています!」
リーゼが叫んだ。
「上がりすぎれば、砲身が暴走する!」
ノアが警告する。
「どうする」
「撃って逃がせ!」
鬼平は右の砲を雷撃塔へ向け、空へ一発撃った。
砲身へ溜まった雷が、弾丸とともに放出される。
高原の雲が裂け、赤い雷が消えた。
砲身の出力が安定する。
「なるほど」
鬼平はもう一度、雷撃塔の足元へ撃った。
塔の下部にある魔力管が切断される。
王国軍の雷撃兵が一斉に杖を向けた。
鬼平は左のガトリング砲で杖を撃つ。
右の砲で地面の接続杭を切る。
雷撃兵の周囲にあった障壁が消えた。
グラウ将軍が兵士たちを率いて前へ出る。
「塔の内部へ入る道を確保した!」
鬼平は階段を駆け上がった。
雷撃塔の外壁には、竜の骨と金属が組み合わされている。
塔の内部から、雷竜ザルディオンの苦しげな咆哮が響く。
鬼平は右の砲架を外壁へ叩きつけた。
一撃で金属がへこむ。
二撃目で竜骨が割れる。
左の砲で亀裂へ弾丸を撃ち込む。
外壁が崩れ、内部の制御階段が見えた。
「撃てなくても、殴る」
ノアが後ろから叫んだ。
「今回は壁を殴っているだけだ!」
「敵に近い」
塔の内部には、王国軍の雷撃兵が待ち構えていた。
鬼平は左右のガトリング砲を交互に撃ち、狭い階段を上る。
左の砲で前方の盾を削る。
右の砲で盾の接続を切る。
兵士が階段から落ちる。
日野と高瀬が後方を守り、セレナが階上の魔導師を狙撃する。
鬼平は塔の最上階へ到達した。
そこには、四つの巨大な避雷環が浮かんでいた。
環は雷竜の鎖と門の制御装置へ接続されている。
環の中央には、雷竜から吸い上げた雷が渦巻いていた。
鬼平は右の砲を構えた。
雷鱗砲身が避雷環の魔力構造を読み取る。
一つ目の環の支柱が赤く表示された。
鬼平は引き金を引いた。
雷をまとった弾丸が支柱へ命中し、避雷環の接続を切る。
雷の流れが一つ止まった。
雷竜の鎖が一本、緩んだ。
二つ目へ照準を移す。
魔導将軍が最上階へ現れた。
全身に雷撃装甲をまとい、両手に大剣を持っている。
「ここから先へは行かせん!」
将軍が斬りかかった。
鬼平は右の砲で剣を受け止めた。
雷が砲身へ流れ込む。
雷鱗が光り、魔力へ変換する。
鬼平は左の砲で将軍の肩を撃った。
装甲が砕ける。
将軍は剣を振り、砲身へ叩きつける。
右の砲が床へ押し込まれる。
鬼平は左の砲で将軍の足元を撃ち、体勢を崩させた。
右の砲架を持ち上げる。
「撃てなくても、殴る!」
砲架が将軍の胸部へ直撃した。
雷撃装甲がへこむ。
しかし、将軍は倒れない。
「この装甲は、雷竜の角から作られている!」
鬼平は将軍の背中を見た。
装甲へ雷竜の魔力を流す接続管がある。
右の砲の照準線が、その管を示した。
鬼平は左の砲で将軍の剣を撃ち落とす。
右の砲で背中の接続管を切断する。
雷撃装甲が消え、将軍が膝をついた。
鬼平は避雷環へ向き直った。
二つ目の環を撃つ。
三つ目を撃つ。
四つ目へ照準を合わせた瞬間、雷撃塔全体が大きく揺れた。
雷竜ザルディオンが、鎖を引きちぎろうとしている。
塔の下部から、巨大な雷が噴き上がった。
「避雷環が過負荷です!」
リーゼが叫ぶ。
「四つ目を切れば、雷竜の魔力が一気に流れます!」
「どうなる」
「塔が爆発する可能性があります!」
鬼平は四つ目の環を見た。
雷竜の鎖を外すには、避雷環を止める必要がある。
しかし、ただ撃てば塔が崩れる。
右の砲が、赤い照準線を増やした。
避雷環の外側に、雷を逃がす副管がある。
鬼平は左の砲で副管を削った。
右の砲で接続部を切断する。
雷の流れが副管へ移った。
避雷環の出力が落ちる。
鬼平は四つ目の支柱へ、右の砲を向けた。
一発。
避雷環が停止した。
四本の鎖が同時に緩む。
雷竜ザルディオンが翼を広げた。
雷撃塔の頂部が吹き飛び、巨大な身体が空へ上がる。
しかし、塔の中心で、第三の門が開き始めた。
雷竜の力を失った門が、暴走している。
門の向こうから、黒い雷雲が流れ込んでくる。
その中に、無数の魔導艦の影が見えた。
王国軍は第三の門を使い、別の世界から艦隊を呼び込もうとしていたのだ。
「門を閉じる!」
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
門の縁には、雷竜の角を利用した制御核が三つ。
しかし、門の周囲には暴走した雷が渦巻いている。
左の砲では、雷に弾丸が弾かれる。
右の砲なら、雷の流れを読み取れる。
鬼平は右の砲を門へ向けた。
雷鱗砲身が輝く。
青い弾丸が、雷の隙間を通り抜けた。
一つ目の制御核へ命中する。
核が停止した。
二つ目へ向けて撃つ。
その瞬間、門の向こうから巨大な雷の竜が現れた。
身体は雷そのもの。
目だけが白く輝いている。
雷竜ザルディオンが、鬼平の前へ飛び出した。
『あれは、門の外から来る災厄だ』
「撃つ」
『竜ではない』
「敵か」
『門を喰らう者だ』
雷の竜が、ザルディオンへ向かって突進する。
二体の雷が衝突し、高原全体が揺れた。
鬼平は二つ目の制御核を撃つ。
門が縮み始める。
しかし、雷の災厄が門の縁へ爪をかけた。
門が再び広がる。
「右の砲で切れますか!」
リーゼが叫ぶ。
「接続線は見えています!」
鬼平は雷の竜と門を繋ぐ魔力線へ照準を合わせた。
だが、災厄の身体は雷の塊だ。
接続線を切るには、至近距離まで近づく必要がある。
鬼平は高原の縁へ走った。
雷竜ザルディオンが鬼平の前を通り過ぎる。
鬼平はその背へ飛び乗った。
『乗るか、人間!』
「門へ近づけ」
『貴様の砲で、あれを切るのか』
「敵なら撃つ」
『落ちるなよ』
ザルディオンが雷の竜へ突進する。
鬼平は左のガトリング砲で、飛んでくる雷の刃を撃ち落とした。
右の砲が、雷の竜と門の接続線を探す。
赤い照準線が三本浮かぶ。
鬼平は一つ目を撃った。
雷の竜の身体が崩れる。
二つ目を撃つ。
門の光が薄くなる。
三つ目へ照準を合わせた時、雷の竜が巨大な口を開いた。
白い雷の奔流が迫る。
鬼平は右の砲を盾にした。
雷鱗砲身が雷を吸収する。
魔石が限界まで輝いた。
ノアの声が通信魔石から響く。
「出力が危険だ! そのままでは砲身が焼ける!」
「撃つ」
「聞け!」
鬼平は右の砲を雷の奔流へ向けた。
吸収した雷を、一発の青白い弾丸へ変換する。
引き金を引いた。
弾丸が奔流を割り、雷の竜の第三の接続線へ命中した。
接続が切れる。
雷の竜が門から引き離される。
門の三つの制御核がすべて停止した。
第三の門が閉じていく。
雷の竜は空中で形を失い、雷雲へ戻っていった。
ザルディオンは鬼平を乗せたまま、高原へ降下する。
雷撃塔は崩れ、王国軍の兵士たちは武器を捨てていた。
門が完全に消える。
第三の門は閉鎖された。
鬼平はザルディオンの背から降りた。
右のガトリング砲から、白い煙が上がっている。
砲身の青い鱗は残っているが、内部の魔力回路が熱を持っていた。
ノアが駆け寄る。
「無茶をしたな」
「壊れたか」
「壊れてはいない。雷を受けすぎただけだ」
「撃てるか」
「冷やせば撃てる」
「なら、直す」
「もう完全修理だ」
ノアは右の砲身を確認した。
「雷鱗砲身は完成した。水中用の魔力膜よりも強い。雷を吸収して、冷却と弾丸の出力へ回せる」
「名前は」
高瀬が尋ねた。
「《雷鱗砲》だ」
ノアが答えた。
「正式名称が決まった」
鬼平は右の砲を持ち上げた。
青い鱗の間を、細い雷が走る。
「撃てる」
「ただし、雷を吸収しすぎるな」
「分かった」
「本当に分かったのか?」
「撃つ前に逃がす」
「それならいい」
ザルディオンが鬼平の前へ降りた。
『門は閉じた』
「ああ」
『我は、再び高原を守る』
「敵になったら撃つ」
『ならば、敵にならぬ』
ヴァルグリムが空から降りてきた。
『第三の門は沈黙した』
『残りは四つ』
鬼平は王国軍の地図を見た。
第四の門は、砂漠の地下墓所。
第五の門は、凍土の竜骨城。
第六の門は、王都の地下。
第七の門は、王国の王城。
しかし、王国軍の捕虜から新たな情報が届く。
「第四の門が、すでに起動を始めています」
リーゼが言った。
「砂漠の地下墓所へ、王国軍の本隊が集結しているそうです」
鬼平は雷鳴の高原の向こうを見た。
雲の切れ間から、砂漠の方角へ赤い光が伸びている。
「次は砂漠」
グラウ将軍が尋ねた。
「この高原の防衛は?」
「ザルディオンが守る」
『我が守る』
ザルディオンの角に雷が集まった。
解放された雷竜たちが、高原の空へ集まってくる。
王国軍の雷撃塔は破壊された。
第三の門は閉じた。
しかし、第四の門が起動を始めている。
鬼平は二挺のガトリング砲を担いだ。
左の砲は白い魔石。
右の砲は青い雷鱗砲。
「砂漠の地下墓所へ向かう」
ヴァルグリムが翼を広げる。
『砂の下には、死んだ竜の王墓がある』
『そこで、王国は古い竜骨兵器を掘り起こしている』
「撃つ」
鬼平たちは雷鳴の高原を後にした。
背後では、ザルディオンと解放された雷竜たちが空を旋回している。
前方の砂漠では、第四の門が赤く輝いていた。
鬼平軍曹の《雷鱗砲》が、初めて正式な戦場へ向かう。




