第32話 軍曹、失われた竜の都へ向かう
竜域の地図に浮かんだ赤い光は、北東の山脈を示していた。
そこには、かつて竜たちが暮らしていた都がある。
今は崩壊し、地上から姿を消した失われた都。
その地下に、七つの門の一つが眠っている。
鬼平たちは、古竜の心臓から戻った門を越え、北東の山脈へ向かっていた。
先頭を飛ぶのは黒竜ヴァルグリム。
その後ろを、鬼平とノアが魔導車に乗って進む。
左右にはグラウ将軍率いる獣人兵と、元の世界の兵士たちが続いていた。
セレナとリーゼは前方を偵察し、日野と高瀬は後方を警戒している。
鬼平は二挺の魔石ガトリング砲を両手に持っていた。
左の砲は白い魔石。
右の砲は青黒い魔石。
砲身に刻まれた赤い輪が、一定の間隔で明滅している。
《竜脈断ち》の力が、失われた都の方向へ反応していた。
「近いのか」
鬼平が尋ねた。
ノアは右の砲に取り付けた魔力計を見た。
「反応は強くなっている。門の核が地中にあるのは間違いない」
「敵は」
「それは、まだ分からない」
ヴァルグリムが上空から声を届けた。
『失われた竜の都には、かつて我らの同胞が暮らしていた』
『だが、王国軍が都を襲い、竜たちは殺された』
『生き残った者も、門の核を守るために魂を縛られた』
リーゼが振り返った。
「魂を縛られた竜が、門の守護者になっているのですか?」
『そうだ』
「敵として出てくる可能性は」
『高い』
鬼平は右の砲身を見た。
「撃つ」
『守護者をか』
「敵なら」
『竜であってもか』
「敵なら撃つ」
ヴァルグリムはしばらく黙っていた。
『ならば、撃った後に見極めよ』
山脈の麓に入ると、空の色が変わった。
赤い竜脈の光が薄れ、灰色の雲が低く垂れ込めている。
山肌には、巨大な爪跡が残っていた。
斜面の岩には、古い竜の紋章が刻まれている。
しかし、その上から王国軍の紋章が重ねて刻まれていた。
「王国軍が、ここまで来ていたようです」
セレナが言った。
「新しい足跡もあります。黒城塞から逃げた兵士たちが、先に入っています」
鬼平は魔導車を止めた。
道の先に、破壊された装甲車が横倒しになっている。
車体には、巨大な爪で引き裂かれた跡があった。
周囲に王国兵の武器が散らばっている。
血の跡はある。
だが、遺体はなかった。
「食われたのか」
高瀬が呟いた。
「引きずられています」
リーゼが地面を調べた。
「地面の下へ続いています」
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
「地下へ行く」
「全員で入るのか?」
グラウ将軍が尋ねる。
「魔導車はここで守る。中へ入るのは少数」
鬼平、ノア、リーゼ、セレナ、日野、高瀬、そしてヴァルグリムが地下道へ進む。
グラウ将軍は地上に残り、獣人兵と元の世界の兵士を配置した。
地下道の壁には、竜の絵が描かれていた。
竜たちが空を飛び、泉の周囲で眠り、子供を育てている。
その絵の上から、王国軍の兵士が槍で傷をつけている。
王国軍の紋章が、竜の目に刻まれていた。
鬼平は足を止めた。
左のガトリング砲の魔石が、わずかに震える。
「怒っているのか」
ノアが聞いた。
「砲が反応している」
「竜脈断ちが、過去の魔力残滓を拾っているのかもしれない」
地下道の奥から、金属を引きずる音が聞こえた。
日野が銃を構える。
「何か来ます」
暗闇から、王国兵が一人現れた。
鎧は泥と血にまみれ、片腕を失っている。
「助けてくれ……」
兵士は倒れ込んだ。
リーゼが駆け寄り、傷を確認する。
「生きています。竜に襲われたようですが、傷が不自然です」
「どういう意味だ」
「爪で切られたのではありません。魔力を抜かれています」
王国兵が目を開いた。
「都の……亡霊が……」
「何があった」
鬼平が尋ねる。
「門を探していた。地下の広間に入ったら、竜の影が現れた」
「何体だ」
「数えられない。骨だけの竜。煙の竜。目だけの竜……」
兵士は震えた。
「奴らは、俺たちの魔力を吸い取った。殺すこともせず、ただ鎧の中身だけを……」
鬼平は地下道の奥を見た。
「門はどこだ」
「都の中心。竜王宮の跡地だ」
「案内できるか」
「戻りたくない」
「道を教えろ」
兵士は震える手で、地下道の分岐を指した。
「左へ行く。大きな階段がある。その先に、竜王宮の地下が……」
言葉の途中で、兵士の胸部から黒い煙が噴き出した。
煙が竜の形へ変わり、鬼平たちへ襲いかかる。
鬼平は左のガトリング砲を撃った。
白い弾丸が煙の竜を散らす。
だが、煙は消えず、壁の隙間へ逃げ込んだ。
「魔力だけの存在か」
リーゼが言った。
「竜脈断ちが必要です」
鬼平は右のガトリング砲を構えた。
赤い照準線が、壁の中を走る。
煙の竜と、地下の竜脈を繋ぐ細い線が見えた。
鬼平は引き金を引いた。
青黒い弾丸が壁を貫き、接続線だけを断ち切る。
煙の竜は一瞬、咆哮した。
その後、黒い粒子となって消えた。
王国兵は息を失った。
「今のは……殺したのか」
「縛られていた」
鬼平は答えた。
「切った」
兵士は鬼平を見つめた。
「竜を救ったのか?」
「知らない」
鬼平は先へ進んだ。
地下道を抜けると、巨大な階段が現れた。
階段は地中深くへ続いている。
段の両側には、竜の石像が並んでいた。
しかし、石像の目には黒い魔石が埋め込まれている。
階段を下りるたび、石像の頭部が動いた。
最下段へ到着した時、すべての石像が一斉に口を開いた。
赤い光弾が、四方から飛んでくる。
鬼平は二挺のガトリング砲を交互に撃った。
左、右、左、右。
弾幕が光弾を迎撃する。
だが、石像は一体ではない。
二十、三十、五十。
無数の石像が、地下広間を埋めていた。
「多すぎます!」
高瀬が叫ぶ。
「本体を探せ!」
鬼平は右の砲を撃ちながら、周囲を見回した。
光弾の出所は、石像ではない。
石像の下に埋められた魔力杭だ。
杭から魔力が石像へ流れ、攻撃を作っている。
鬼平は左のガトリング砲を一体の石像へ向けた。
弾丸ではなく、石像の足元を撃つ。
石像が崩れ、地下の杭が露出した。
右の砲で杭の接続部を撃つ。
一本目の杭が沈黙した。
「魔力杭を切る!」
リーゼが周囲の位置を示す。
「東に三本、北に五本、西に二本です!」
「撃つ」
鬼平の弾幕が、広間を横切った。
左で石像の足元を削り、右で魔力杭を断つ。
グラウ将軍の部隊は地上に残っているため、ここでは少人数で戦うしかない。
日野と高瀬が魔力杭へ走り、セレナが石像の頭部を狙撃する。
ノアは即席の爆薬を杭の根元へ仕掛けた。
リーゼが魔力の流れを乱し、鬼平が砲で接続を切る。
一つ。
二つ。
三つ。
石像の光弾が次第に減っていく。
最後の杭を、鬼平は右のガトリング砲で撃ち抜いた。
すべての石像が動きを止めた。
地下広間に、竜の低い唸り声が響く。
正面の壁が開き、巨大な骨の竜が現れた。
骨だけの身体に、赤い竜脈が絡みついている。
頭蓋の奥には、王国軍の紋章が刻まれた魔石が埋め込まれていた。
『侵入者よ』
骨の竜が言った。
『都を荒らす者よ』
「門を閉じに来た」
『人間はいつもそう言う』
「王国軍とは違う」
『違いは、どこにある』
「撃つ場所だ」
『愚かな答えだ』
骨の竜が翼を広げる。
『この都を襲った者たちも、竜脈を守ると言っていた』
『門を管理すると言っていた』
『そして、我らの子供を連れ去った』
骨の竜の周囲に、無数の亡霊竜が現れた。
煙の竜。
骨の竜。
赤い目だけの竜。
すべてが王国軍の魔力杭へ繋がれている。
「敵だ」
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
右の砲に赤い照準線が浮かぶ。
亡霊竜たちの身体には、無数の魔力接続がある。
切断すれば救える。
しかし、骨の竜の胸部には、巨大な門の核が埋め込まれていた。
核を壊せば、都全体が崩壊する可能性がある。
「本体は、胸の核じゃない」
リーゼが言った。
「骨の竜を操っている魔力は、頭蓋の魔石です!」
鬼平は頭蓋の奥にある魔石へ照準を合わせた。
だが、亡霊竜が一斉に前へ出た。
骨の竜が巨大な爪を振り下ろす。
鬼平は右のガトリング砲で受け止めた。
砲架が軋み、床へ亀裂が走る。
左の砲で爪の付け根を撃つ。
骨が砕け、爪が止まった。
亡霊竜の炎が、四方から鬼平へ迫る。
日野と高瀬が鬼平の前へ出た。
元の世界の兵士たちが盾を重ね、炎を受け止める。
セレナが頭蓋の周囲にある魔力線を狙った。
一つ切断する。
亡霊竜の一体が、苦しげに首を振った。
リーゼが叫ぶ。
「切れます! 接続を断てば、亡霊竜は攻撃を止めます!」
鬼平は左のガトリング砲を撃った。
白い弾丸が亡霊竜の周囲を走る。
身体を破壊せず、魔力線だけを削る。
右の砲が、仕上げに接続部を断つ。
一体目の亡霊竜が、光の粒になった。
その姿が、かつての竜の姿へ戻る。
『帰れる』
小さな声が響いた。
次の竜へ照準を移す。
骨の竜が咆哮し、広間全体へ衝撃波を放った。
鬼平たちが後方へ吹き飛ばされる。
鬼平は右の砲を地面へ突き立て、倒れずに踏みとどまった。
砲身の赤い輪が輝く。
古竜の心臓から得た力が、亡霊竜たちの接続を一斉に可視化した。
鬼平の視界に、無数の赤い線が現れる。
すべてを切るには、弾幕が必要だった。
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
ハイテンションスキルを発動する。
左の魔石が白く輝き、弾丸が尽きなくなる。
右の砲も連動し、青黒い弾幕を吐き出した。
「この《ピー》がァッ!」
鬼平は亡霊竜の接続線へ、二挺の弾幕を集中させた。
左で外側の線を削り、右で中心の接続を断つ。
亡霊竜が一体ずつ解放されていく。
『帰れる』
『もう、縛られない』
『子供たちは、どこだ』
最後に、骨の竜だけが残った。
その頭蓋の魔石は、王国軍の紋章を赤く輝かせている。
骨の竜が鬼平へ突進した。
鬼平は左のガトリング砲を撃ち、頭部の周囲を覆う骨を削る。
右の砲で、魔力接続を断とうとする。
しかし、頭蓋の魔石は骨の竜の魂と一体化していた。
接続を切れば、骨の竜自身も消滅する。
「殺すしかないのか」
リーゼが叫んだ。
「その魔石を壊せば、魂も消えてしまいます!」
鬼平は骨の竜を見た。
頭蓋の奥で、赤い目が揺れている。
『終わらせろ』
骨の竜が言った。
『我らは長く縛られた』
『門を守るために、魂を使われた』
『もう、帰る場所がない』
「竜域へ戻れる」
『肉体はない』
「魂はある」
『ならば、どうする』
鬼平は右のガトリング砲を下げた。
左の砲も撃つのを止める。
骨の竜が爪を振り下ろす。
鬼平は右の砲架で受け止めた。
砲身が軋む。
鬼平は一歩も退かない。
「門を閉じる」
『我を残してか』
「違う」
鬼平は右の砲身を、骨の竜の頭蓋へ触れさせた。
「お前も連れて帰る」
古竜の心臓から受け取った赤い輪が、右の砲身から伸びた。
骨の竜の頭蓋を包み、王国軍の魔力を吸い取る。
鬼平は引き金を引いた。
一発の青黒い弾丸が、魔石ではなく、その周囲の王国軍の紋章へ命中する。
紋章が砕けた。
骨の竜を縛っていた命令の魔力が消える。
しかし、魔石は残った。
骨の竜の目から赤い光が消え、穏やかな白い光へ変わる。
『縛りが、消えた』
「門はどこだ」
『この都の中心にある。だが、門は我らの魂で閉じられている』
「なら、開ける」
骨の竜が頭を下げた。
『我らの魂を、門の鍵に使え』
鬼平は右の砲を、骨の竜の胸部にある門の核へ向けた。
左の砲で核の周囲を守る魔力杭を破壊する。
右の砲で、門の核へ《竜脈断ち》を撃ち込む。
門の核と骨の竜の魂が、切り離された。
古い都の地下全体が、赤い光に包まれる。
亡霊竜たちが、骨の竜の周囲へ集まってきた。
『帰ろう』
『古竜の心臓へ』
『竜域へ』
骨の竜の身体が、白い光の粒へ変わっていく。
頭蓋に埋め込まれていた魔石だけが、ゆっくりと地面へ落ちた。
鬼平が受け止める。
魔石の中から、かすかな声が聞こえた。
『都を、頼む』
「ああ」
鬼平は魔石を布で包んだ。
その瞬間、地下広間の中央に、七つの門の一つが姿を現した。
門の縁には、竜の都の紋章が刻まれている。
しかし、門の向こうには竜域ではなく、黒い平原が広がっていた。
王国軍の大規模な野営地。
兵士たち。
魔導兵器。
そして、黒城塞から逃げた教会の残党。
彼らは、失われた竜の都を越えて、竜域の中心へ侵攻しようとしていた。
王国軍の将校が門の向こうで叫ぶ。
「門が開いたぞ! 竜の都は制圧した!」
将校の視線が、鬼平たちへ向く。
「なぜ貴様らが、そこにいる!」
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
ハイテンションスキルは、まだ続いている。
左の砲は白い弾幕を吐き出せる。
右の砲は、門の向こうにある魔力接続を読み取っている。
王国軍の野営地には、竜域の地脈へ繋がる魔導杭が無数に打ち込まれていた。
鬼平は照準を合わせる。
「門の向こうも敵か」
リーゼが確認する。
「王国軍の本隊です。竜域へ侵攻する準備をしています」
グラウ将軍が地上から通信を入れた。
『鬼平、状況は?』
「門を確保した」
『敵の数は』
「多い」
『援軍を送る』
「いや」
鬼平は門の向こうを見た。
王国軍の野営地には、竜脈を吸い上げる巨大な魔導塔が立っている。
その中心には、七つの門を開くための主制御装置があった。
「こっちから行く」
日野が息を呑んだ。
「敵の本陣へ?」
「ああ」
鬼平は右のガトリング砲を一度だけ回転させた。
「門を閉じる前に、向こうの装置を壊す」
ヴァルグリムが上空から咆哮する。
『失われた都の門を越えよ』
『次の戦場は、王国軍の野営地だ』
鬼平は門の向こうへ、二挺のガトリング砲を向けた。
「この《ピー》がァッ!」
白と青黒の弾幕が、失われた竜の都から王国軍の野営地へ向かって走った。
魔導杭が一本、また一本と砕ける。
王国軍の野営地に警報が鳴り響く。
鬼平軍曹と仲間たちは、七つの門を閉じるための最初の反撃へ踏み出した。
失われた竜の都の地下で、解放された竜の魂が静かに消えていく。
その光は、竜域の空へ昇り、黒い雲を少しずつ晴らしていった。
しかし、門の向こうには、まだ数え切れないほどの王国軍がいる。
鬼平は右の砲の照準を、巨大な主制御装置へ合わせた。
「撃つ」
第一の門を巡る戦いが、始まった。




