第27話 軍曹、右の砲を完全修理する
黒城塞を制圧した翌朝、城塞の空には二つの旗が並んでいた。
元の世界の軍旗。
そして、獣人連邦の旗。
教会の黒い旗と、王国軍の赤い旗は、城壁から引き下ろされている。
城塞の外では、元の世界の兵士と獣人兵が、捕虜となった教会兵や王国兵を武装解除していた。
竜騎士たちは別区画へ移され、負傷した異形竜は獣人の治癒師とリーゼが治療している。
黒城塞の中枢では、鬼平が修理台の前に立っていた。
右のガトリング砲が、台の上で完全に分解されている。
砲身は焼け、竜鱗の大半が剥がれていた。
銃架には亀裂が走り、発射機構は対竜弾を撃った反動で歪んでいる。
それでも、核となる魔石は無事だった。
黒竜ヴァルグリムの血を封じた魔石が、低い音を立てて輝いている。
「砲身を作り直す」
ノアが言った。
「今度は、竜鱗だけに頼らない。この世界の合金、竜域の古代金属、牙喰らいの黒銀素材を三層に重ねる」
技術将校が資料を広げた。
「元の世界の合金は、強度と加工性に優れています。古代金属は魔力伝導性が高い。竜鱗は熱と竜脈魔力への耐性がある」
「三つを混ぜるのか」
「混ぜるのではなく、役割を分ける。外側を合金、中間層を古代金属、内側を竜鱗と黒銀素材で作る」
鬼平は砲身の設計図を見た。
「撃てるか」
「以前より安定する可能性がある。ただし、魔石回路の調整が必要だ」
ノアが黒竜の血の魔石を持ち上げる。
「問題は、この魔石をどこへ組み込むかだ」
「砲身の根元」
鬼平が答えた。
「発射時の魔力を、砲身全体へ流す」
「それでは、魔石が熱を持ちすぎる」
「冷却する」
「どうやって」
鬼平は左のガトリング砲を見た。
「左の砲と繋ぐ」
ノアが顔を上げた。
「二挺を同時に使うつもりか?」
「ああ」
「片方の魔力を、もう片方の冷却へ回すのか」
「撃つ時に、左から右へ流す」
「それでは、左の出力が落ちる」
「両方撃てればいい」
ノアはしばらく黙っていた。
「理論上は可能だ。しかし、二挺の回路を連動させれば、片方の暴走がもう片方へ伝わる」
「暴走したら」
「二挺とも壊れる」
「直せるか」
「また作り直しだ」
「なら、暴走しないようにする」
ノアは深いため息をついた。
「貴様は、いつも最後に簡単な結論を出すな」
修理作業が始まった。
元の世界の整備兵が合金を加工する。
獣人の鍛冶師が古代金属を叩き、魔力の流れを整える。
リーゼが竜鱗と黒銀素材へ術式を刻む。
ノアが二つのガトリング砲の回路を確認し、技術将校が発射機構を調整する。
異なる世界の技術が、一本の砲身へ集められていく。
鬼平は修理台の横で、竜脈統括官の尋問を見ていた。
黒城塞の地下監房に、統括官は拘束されている。
両手には魔力封じの枷。
胸部魔石を失った身体は、普通の人間へ戻っていた。
元の世界の指揮官とグラウ将軍が、統括官を取り囲んでいる。
「教会は、なぜ転移門を作った」
指揮官が尋ねた。
「資源の確保だ」
統括官は答えた。
「貴様らの世界には、魔力がない。その代わり、燃料、金属、火薬、食料がある。王国はそれを欲しがっている」
「教会は?」
「教会は、王国よりも先に異世界を支配したい」
グラウ将軍が低く唸った。
「竜域の力も、我々の国も、すべて利用するつもりだったのか」
「力を持つ者が使う。それが世界の仕組みだ」
鬼平が監房へ入った。
統括官は鬼平を見ると、薄く笑った。
「砲を直しているそうだな」
「聞いたのか」
「城塞の兵士たちは、貴様を恐れている。両手に重砲を持ち、竜を撃ち、魔導兵を殴り、門を閉じた異界の軍曹」
「それがどうした」
「貴様は、この世界でも竜を武器にする」
「竜を使うのは、お前らだ」
「貴様も竜の血を使っている」
鬼平は黒竜の血を封じた魔石を思い出した。
「許可を得た」
「竜が人間を許すと思うか」
「ヴァルグリムは渡した」
統括官の表情が変わった。
「黒竜が……貴様に血を?」
「ああ」
「あり得ない。あの竜は人間を憎んでいる」
「オレは部下を守った」
「竜を殺しただろう」
「敵だけだ」
「それでも、武器を持つ限り、貴様は竜の敵だ」
鬼平は監房の扉へ向き直った。
「敵になったら撃つ」
統括官が笑った。
「その判断が、いつまで続くかな」
「続ける」
鬼平は監房を出た。
外では、黒城塞へ捕らえられていた兵士たちが、元の世界へ帰る準備をしていた。
彼らは教会によって召喚され、魔導装具へ組み込まれていた者たちだ。
魔力を失った身体には、まだ後遺症が残っている。
リーゼと元の世界の医療班が治療を続けていた。
「鬼平さん」
一人の兵士が呼び止めた。
「俺たちは、帰れるんですか?」
「ああ」
「門は閉じたと聞きました」
「新しく作る」
「また戦うんですか?」
鬼平は修理中の右の砲を見た。
「帰るために必要なら」
兵士は黙って頷いた。
「俺も手伝わせてください」
「身体を治せ」
「でも……」
「帰る時に歩けなければ、門を越えられない」
兵士は自分の足を見た。
そして、医療班のもとへ戻っていった。
夕方、城塞の外で異形竜の治療が終わった。
三体のうち、二体はまだ飛べない。
一体は、鬼平の対竜弾で騎士との接続を断たれた竜だ。
竜は鬼平を見ると、低く唸った。
セレナが弓へ手を伸ばす。
「近づかない方がいいでしょう」
「敵か」
「今は、敵意があります」
鬼平は右の壊れた砲を持って、竜の前へ歩いた。
「撃たない」
竜が翼を広げようとする。
傷が痛み、翼が震えた。
「飛べない」
鬼平が言った。
竜は牙を剥く。
「騎士に使われていた」
リーゼが通訳した。
「自由を奪われ、竜脈を吸われていました」
「竜域へ帰るか」
竜は鬼平を見つめた。
「門が必要だ」
竜の目に、わずかな警戒が残る。
「帰りたいなら、砲を直す」
鬼平は右のガトリング砲を示した。
「その後、門を作る」
竜はしばらく動かなかった。
やがて、長い首を下げ、鬼平の壊れた砲身へ鼻先を近づけた。
砲身に残った竜鱗が、かすかに光る。
リーゼが目を見開いた。
「この竜の魔力が、砲身へ反応しています」
「血をくれるか」
鬼平が尋ねた。
セレナが驚いた。
「また竜の血を?」
「対竜弾を作る」
竜は低く唸った。
それから、自分の翼の付け根を爪で浅く傷つけた。
青白い血が一滴、地面へ落ちる。
鬼平は魔石の小瓶を差し出した。
血が小瓶へ収まる。
竜は鬼平を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
「受け入れたのでしょうか」
リーゼが言った。
「敵ではないと判断したのかもしれません」
「敵になったら」
鬼平は竜を見た。
「撃つ」
竜が鼻を鳴らした。
怒ったのか、認めたのかは分からない。
しかし、攻撃はしてこなかった。
工房では、右のガトリング砲の新しい砲身が完成しつつあった。
外側は元の世界の合金。
中間層は古代金属。
内側には竜鱗と黒銀素材。
砲身の根元には、二つの魔石回路を繋ぐ連動機構が組み込まれている。
ノアが最後の固定具を締めた。
「これで、二挺の出力を連動できる」
「同時に撃てるか」
「撃てる。ただし、完全な同時射撃ではない」
「どういう意味だ」
「左の砲が撃った直後、右の砲へ魔力を送る。右の砲が撃った直後、左へ戻す。交互に撃てば、両方の砲身を冷却しながら連射できる」
「弾幕が途切れない」
「理論上はな」
ノアは注意深く鬼平を見た。
「だが、ハイテンションスキルと組み合わせるな」
「なぜだ」
「二挺分の魔力を無限に回すことになる。砲は耐えても、貴様の身体が耐えない」
「使い分ける」
「本当にそうしろ」
技術将校が新しい照準器を取り付けた。
「右の砲には、魔力流量を表示する計器を追加しました。赤の範囲を越えたら、発射を止めてください」
「見えるか」
「視界の端に出ます」
「邪魔だ」
「命に関わります」
「見る」
夜明け前、修理が終わった。
鬼平は二挺の魔石ガトリング砲を持ち上げた。
左は、これまでと同じ赤い魔石。
右は、黒竜の血と異形竜の血を組み込んだ青黒い魔石。
二つの魔石が、交互に明滅する。
砲身は以前より細く、長くなっていた。
表面には竜鱗と合金の層が見える。
右の銃架は、殴るための補強も施されている。
「試射する」
ノアが射撃場を用意した。
黒城塞の外に、古い魔導兵器の残骸が並べられている。
元の世界の兵士、獣人兵、竜騎士たちが遠巻きに見ていた。
「まず左」
鬼平が左のガトリング砲を構えた。
標的の魔導装甲へ、短い連射を浴びせる。
装甲が削れる。
「次に右」
鬼平は右のガトリング砲を構えた。
通常弾を五発撃つ。
五発の弾丸が、ほぼ同じ場所へ命中した。
魔導装甲が貫通する。
砲身は安定している。
「交互射撃」
ノアが叫んだ。
「左、右、左、右。発射間隔を守れ!」
鬼平は両手の引き金を交互に引いた。
左の砲が撃つ。
右の砲が撃つ。
左。
右。
魔石の光が交互に走り、二挺の砲身が切れ目のない弾幕を作り出す。
魔導装甲の標的が、少しずつ崩れていく。
左右の砲身は過熱していない。
魔力流量計も、赤の範囲に入っていない。
「成功だ」
ノアが呟いた。
鬼平は射撃を止めた。
魔石の光がゆっくり落ち着いていく。
「両手で撃てる」
「交互ならな」
「十分だ」
鬼平は標的の残骸を見た。
これまでの弾幕とは違う。
左と右の弾丸が交互に飛び、敵へ一瞬の隙も与えない。
しかも、ハイテンションスキルを使っていない。
通常の魔石と通常弾だけで、連続弾幕を作り出せる。
「名前をつけるか」
高瀬が尋ねた。
「必要か」
「新しい武器ですから」
日野が考え込む。
「連続魔石弾幕」
「普通すぎます」
「双砲交互射撃」
「説明そのものだな」
鬼平は二挺のガトリング砲を見た。
「撃てればいい」
ノアがため息をついた。
「なら、正式名称は《ツイン・ガトリング・リレー》にする」
「長い」
「技術名だ」
「ガトリングでいい」
試射場の空に、竜脈の光が現れた。
黒城塞の中枢で、帰還用の門が開き始めている。
完全な門ではない。
小さな光の輪だ。
しかし、その向こうには竜域の景色が見える。
灰の峡谷。
牙の森。
そして、遠くの空を飛ぶ黒竜。
ヴァルグリムが、こちらを見ている。
『刻印の兵士よ。準備はできたか』
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
「右が撃てる」
『それだけか』
「左も撃てる」
『ならば、来い』
門の向こうから、竜域の風が吹き込んできた。
同時に、黒城塞の外から警報が鳴った。
偵察兵が走ってくる。
「鬼平軍曹! 王国軍の本隊がこちらへ接近しています!」
「数は」
「一万以上。竜騎士と大型魔導兵器も確認されています!」
グラウ将軍が地図を広げた。
「王国軍の本隊が、黒城塞を奪還しに来る」
元の世界の指揮官が言った。
「門を閉じて防衛線を築くべきです」
リーゼは竜域への門を見た。
「王国軍が城塞へ入れば、竜域への門も奪われます」
ノアが右のガトリング砲を見る。
「修理したばかりだ。いきなり一万相手に使うつもりか」
鬼平は王国軍の接近方向を見た。
黒城塞を守るか。
竜域へ行くか。
敵の本隊が到着する前に、どちらかを選ばなければならない。
しかし、黒城塞の外には、元の世界へ帰る兵士たちがいる。
獣人兵もいる。
負傷した竜もいる。
全員を置いて竜域へ向かうことはできない。
鬼平は門を見た。
ヴァルグリムが待っている。
だが、今はまだ行けない。
「門は維持できるか」
リーゼに尋ねた。
「三時間が限界です。それ以上は竜脈の負担が大きくなります」
「三時間」
鬼平は王国軍の接近方向を見た。
「三時間で本隊を止める」
「一万を相手に?」
「止める」
グラウ将軍が獣人兵へ命令を出した。
「城壁を守れ! 王国軍に中枢へ入らせるな!」
元の世界の指揮官も無線を取る。
「防衛部隊を配置。門の周辺を死守する」
セレナは城壁へ向かった。
「竜騎士は私が止めます」
鬼平は新しい右のガトリング砲を持ち上げた。
左の砲も構える。
交互射撃の準備が整っている。
ハイテンションスキルを使わなくても、二挺の弾幕を維持できる。
「三時間、撃つ」
ノアが叫んだ。
「通常弾だけで三時間は無理だ!」
「弾薬は」
「補給車が向かっているが、敵の本隊が来る前に間に合わない!」
鬼平は黒城塞の地下にある魔石鉱床を見た。
教会が竜脈から魔力を吸い上げるために掘った場所だ。
「魔石を弾にする」
技術将校が驚いた。
「加工が必要です!」
「撃てる形にする」
「即席では、砲身が壊れます!」
鬼平は右の砲を見た。
「壊れたら直す」
「またですか!」
ノアが工具を掴んだ。
「魔石弾を作る。三時間持たせるなら、通常弾だけでは足りない」
修理工房と弾薬工房が、同時に動き始めた。
元の世界の兵士たちが魔石を運び、獣人の鍛冶師が弾丸の形に加工する。
リーゼが魔力を安定させ、ノアが弾丸を右の砲へ合わせていく。
鬼平は城壁へ向かった。
遠くの平原に、王国軍の大軍が見える。
赤い旗が、地平線を埋め尽くしていた。
その上空には、竜騎士の群れ。
地上には、巨大な魔導兵器。
王国軍本隊が、黒城塞へ向かって進んでいる。
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
右の砲は完全に修理された。
左の砲は、ハイテンションスキルを使える。
新しい弾薬も、少しずつ運ばれてくる。
背後には、竜域へ繋がる門。
門の向こうで、ヴァルグリムが待っている。
「軍曹」
日野が隣に立った。
「三時間、守れますか?」
「ああ」
「その後は?」
「竜域へ行く」
高瀬が右の砲を見た。
「今度は、二挺とも撃てますね」
「交互なら」
「それでも十分です」
鬼平は迫り来る王国軍を見た。
城壁の下で、魔導砲が並び始める。
竜騎士が空へ上がる。
赤い旗が風にはためく。
鬼平の二挺のガトリング砲が、交互に回転を始めた。
左が赤く輝く。
右が青黒く輝く。
異なる世界の技術で作られた二つの砲が、同じ戦場へ照準を合わせる。
「来るぞ」
鬼平が言った。
王国軍の先頭から、魔導砲が一斉に火を噴いた。
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
右の砲も、続けて構える。
三時間の防衛戦が始まる。
そしてその先には、竜域への帰還と、王国軍本隊との決戦が待っていた。




