第18話 軍曹、牙の森で竜の子供を守る
灰の峡谷を越えた遠征隊は、第二門《牙の森》へ入った。
森の木々は、普通の木とは違っていた。
幹は黒く、枝は白い。
地面から伸びた根は、まるで巨大な獣の牙のように尖っている。
風が吹くたび、枝と枝が擦れ、金属を引っかくような音を立てた。
「この森では、大声を出さないでください」
セレナが先頭から振り返った。
「牙の森の木々は、音と魔力に反応します。大きな音を立てると、根が地面から飛び出してきます」
鬼平は左手の魔石ガトリング砲を見た。
撃てば大きな音が出る。
右手のガトリング砲も、撃てなくても地面へ叩きつければ相当な音になる。
「面倒な森だ」
「だから竜域の第二門なのです」
リーゼが周囲の魔力を探る。
「森全体が巨大な防衛装置になっています。木々の根が竜脈と繋がっている」
「敵が来たら、森が攻撃するのか」
「正確には、森が敵と判断したものを攻撃します」
「判断するのは誰だ」
リーゼは森の奥を見た。
「番人です」
先を歩いていた竜の子供たちが、急に立ち止まった。
小さな翼を震わせ、森の奥を見ている。
雌竜が低く唸った。
「先へ進めないようです」
セレナが言った。
「何かいる」
鬼平は足を止めた。
森の中に、無数の赤い目が浮かんでいる。
獣の目ではない。
木々の幹に、赤い光がいくつも灯っていた。
根が地面の下で動いている。
音を立てるなと言われた直後に、鬼平の足元で小枝が折れた。
乾いた音が、森の奥まで響く。
地面が盛り上がった。
黒い根が槍のように突き出し、鬼平へ向かって飛んでくる。
鬼平は右のガトリング砲を横に構えた。
根が砲身へ衝突し、金属音を響かせる。
砲身がわずかに押し込まれた。
「音を立てるなと言ったでしょう!」
セレナが叫んだ。
「攻撃された」
「攻撃される前から、足音を立てています!」
鬼平は根を押し返し、右の砲架を地面へ叩きつけた。
根が砕ける。
その音に反応し、森中の幹が赤く光った。
「まずいです!」
リーゼが叫ぶ。
「森全体が起動しました!」
地面から、黒い根が一斉に突き出した。
遠征隊の周囲が、根の槍で埋め尽くされる。
獣人兵が盾を構え、根を受け止める。
だが、根の力が強すぎる。
盾が次々と弾き飛ばされ、兵士たちが後退した。
竜の子供たちが悲鳴を上げる。
根の一部が、子供たちへ向かって伸びていた。
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
「撃てば、森がさらに反応します!」
セレナが止める。
「撃たなければ、子供が巻き込まれる」
「ですが、魔力弾が木々を刺激します!」
「根だけ撃つ」
鬼平は引き金を引いた。
弾幕が竜の子供たちへ伸びた根を正確に撃ち抜く。
黒い根が砕け、子供たちの前へ落ちた。
森の奥から、低い唸りが響いた。
赤い光がさらに増える。
鬼平は銃口を下げなかった。
「敵と判断された」
「最初から敵です」
リーゼが答えた。
「竜域の門を通った者は、すべて排除対象になっています」
巨大な根が、鬼平たちの頭上から落ちてきた。
鬼平は右のガトリング砲を両手で持ち上げ、根を受け止めた。
衝撃で地面が沈む。
肩へ痛みが走る。
ハイテンションスキルの反動が、まだ身体に残っていた。
それでも、鬼平は根を押し返した。
「子供たちを下げろ」
日野が竜の子供たちを森の外側へ誘導する。
雌竜が鬼平の隣に立ち、牙を剥いた。
「その竜も戦うようです」
セレナが言った。
「なら、右を守らせる」
「言葉が通じると思いますか?」
鬼平は雌竜へ目を向けた。
「右を頼む」
雌竜は一瞬だけ鬼平を見た。
次の瞬間、翼を広げて飛び上がり、巨大な根へ炎を吐いた。
炎が根を焼き、黒い煙が上がる。
鬼平は左のガトリング砲を森の奥へ向けた。
根の動きを制御している中心を探す。
木々は無数にある。
赤い目も、数え切れない。
だが、魔力の流れには中心がある。
森の奥、ひときわ太い白い木。
その幹に、竜の頭蓋骨のような模様が浮かんでいた。
「あれが番人だ」
鬼平が言った。
リーゼが魔力を探った。
「中心に強い魔力反応があります。あの木が森全体を制御している」
「撃つ」
「木を壊せば、森の防衛機能が止まるかもしれません。しかし、竜域の結界も不安定になる可能性があります」
「他の方法は」
「番人と交渉するしかありません」
鬼平は森の奥を見た。
根が遠征隊を襲い続けている。
子供たちが危険にさらされている。
交渉する時間はない。
「撃つ」
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
魔石が赤く輝く。
銃声が森全体に響いた。
弾幕が木々の間を進み、太い白い木へ向かう。
しかし、途中で無数の根が立ち上がり、弾丸を受け止めた。
根が盾のように重なっている。
鬼平は銃口を左右へ振り、根の壁を少しずつ削っていく。
弾丸を撃つたびに、森の赤い目が増えていく。
魔石の輝きが赤から白へ近づいた。
「軍曹、魔力が変化しています!」
リーゼが叫ぶ。
「まだだ」
鬼平は射撃を続けた。
根の壁が薄くなる。
その隙間から、白い木が見えた。
木の幹に、巨大な目が開く。
目から赤い光線が放たれた。
鬼平は右のガトリング砲を盾にした。
光線が古代金属の砲身へ当たり、表面を焼く。
仮砲身の亀裂が広がった。
「右の砲身が危険です!」
ノアが叫んだ。
「二発目を撃つなと言ったはずだ!」
「撃っていない」
「盾に使っても壊れる!」
「直す」
「竜の鱗がない!」
鬼平は砲身を握り直した。
壊れかけている。
撃てば一発で破損する。
盾として使っても、耐えられる時間は短い。
左のガトリング砲は、撃てる。
だが、森の防衛機能を刺激している。
ハイテンションスキルを使えば、弾は尽きない。
しかし、鬼平の身体はまた削られる。
「軍曹、ここは私たちが守ります!」
グラウ将軍が叫んだ。
「番人を止めろ!」
獣人兵が盾を並べ、根の攻撃を受け止める。
雌竜が空から炎を吐き、道を作る。
部下たちは負傷者を守りながら、森の子供たちを奥へ移動させていた。
鬼平は周囲を見た。
守るべきものがある。
敵の中心が見えている。
武器は一挺が撃てる。
もう一挺は撃てない。
それでも、道はある。
鬼平の手の甲の刻印が、赤く輝いた。
左のガトリング砲の魔石が白く変わる。
「鬼平さん!」
リーゼが叫んだ。
「ハイテンションスキルが発動します!」
「分かっている」
「止められません!」
「止めない」
鬼平は左のガトリング砲を白い木へ向けた。
「この《ピー》がァッ!」
第一の暴言とともに、弾幕が森を貫いた。
根の壁が一瞬で砕ける。
白い木の外皮が削れ、内部の魔力核が露出した。
「撃ち続けるぞ、森ごと《ピー》してやる!」
第二の暴言。
弾幕が木の周囲を包む。
根が伸びてくるが、すべて撃ち落とされる。
魔石は減らない。
砲身は過熱しない。
左のガトリング砲は、白い光の輪になっていた。
森の赤い目が、次々と閉じていく。
しかし、白い木は倒れない。
内部の核が、周囲の竜脈から魔力を吸い上げている。
鬼平は右のガトリング砲を見た。
竜脈貫通砲の仮砲身なら、核を直接撃ち抜ける。
だが、発射すれば砲身は完全に壊れる。
右の砲は、竜の鱗を集めるために必要だった。
修理のために、残しておきたい。
それでも、今は森を止める必要がある。
「軍曹!」
高瀬が叫ぶ。
「右の砲で撃つなら、今です!」
鬼平は白い木の核を見た。
根が再び集まり始めている。
左の弾幕だけでは、核を破壊できない。
ハイテンションスキルの弾幕を続けても、森全体の魔力が補充してしまう。
右の一発で核を貫く。
その後、砲身は使えなくなる。
「竜の鱗が必要だ」
ノアが叫んだ。
「その砲身が壊れたら、もう竜域の結界を撃てない!」
「結界を撃つ前に、森を抜ける」
鬼平は右のガトリング砲を構えた。
左手では無限の弾幕を撃ち続ける。
右手で、一発の照準を合わせる。
「オレの部下に触るんじゃねえ、この《ピー》が!」
第三の暴言。
弾幕が根の壁を押し返した。
鬼平は右の砲身を白い木の核へ向けた。
魔力が砲身へ流れ込む。
亀裂が赤く輝く。
ノアが叫んだ。
「撃つなら、核の中心を狙え! 外せば森が暴走する!」
鬼平は照準を微調整した。
核の中心に、赤い点がある。
その奥に、さらに別の魔力が見える。
森の番人の意識だ。
鬼平は一瞬、引き金から指を離した。
白い木の目が、鬼平を見ている。
『なぜ撃つ』
「子供を守る」
『森を壊せば、竜の子供も死ぬ』
「壊さずに止める」
『その砲でか』
「一発だけだ」
『竜殺しの刻印を持つ者よ。貴様は、竜域に入ってすぐ武器を振るう』
「先に攻撃された」
『森は、竜域を守った』
「子供まで攻撃した」
『侵入者を排除するためだ』
「なら、止める」
『森を壊さずに?』
「撃ってみる」
鬼平は右のガトリング砲の照準を、核の中心から少し外した。
白い木の内部。
魔力を送り出している根の接続部。
そこを撃つ。
核そのものではなく、魔力の流れを断つ。
ノアが目を見開いた。
「まさか、核を外すのか?」
「森を壊さない」
「そんな精度で撃てるのか!」
「撃つ」
鬼平は引き金を引いた。
一発の黒銀の魔力弾が、右の砲口から放たれた。
弾は根の壁を貫き、白い木の内部へ入る。
核の中心を避け、魔力を送り込んでいた接続部へ命中した。
白い木が大きく震えた。
森全体の赤い目が、一斉に消える。
根の動きが止まった。
右のガトリング砲から、金属が裂ける音が響く。
仮砲身に大きな亀裂が走り、砲口の一部が崩れ落ちた。
ノアが頭を抱えた。
「壊したな……」
「直す」
「鱗が足りない!」
「集める」
ハイテンションスキルの弾幕が、まだ続いている。
鬼平は左の砲を下ろした。
森の防衛機能は止まった。
魔石は白く輝いたままだ。
「オレの弾幕から逃げられると思うなよ、この《ピー》どもが!」
第四の暴言が、森に響いた。
鬼平は残った根を撃ち抜き、遠征隊の進路を確保した。
しかし、白い木の奥から、巨大な影が立ち上がった。
木の幹が割れ、中から人型の竜が現れる。
全身が白い樹皮で覆われ、頭部には鹿のような角がある。
その目は赤ではなく、深い緑色だった。
「番人の本体です」
リーゼが言った。
「竜ではありません。森と融合した精霊です」
精霊は鬼平たちを見た。
『魔力の流れを断ち、森を殺さずに止めたか』
「殺していない」
『ならば、なぜ弾幕を止めない』
鬼平は左のガトリング砲を見た。
ハイテンションスキルが、まだ続いている。
魔石の残量は減らない。
砲身も壊れない。
だが、鬼平の肩と腕が震えている。
身体の奥に、前回と同じ負荷が蓄積していた。
「敵が残っている」
『敵はもういない』
「確認するまで撃つ」
『貴様自身が、止まれなくなっている』
鬼平の指が、引き金を握ったまま固まった。
周囲には、倒れた根。
遠征隊の仲間。
竜の子供たち。
森の奥には、もう敵の姿はない。
それでも、砲身は回り続けている。
ハイテンションスキルが、敵ではなく戦場そのものへ反応していた。
「鬼平さん!」
リーゼが駆け寄った。
「もう撃つ必要はありません!」
「敵の確認を」
「番人が止めました!」
「敵は」
「いません!」
「部下は」
「全員無事です!」
「子供は」
「無事です!」
鬼平の指が、ゆっくりと引き金から離れた。
左のガトリング砲の回転が止まる。
魔石の白い光が赤へ戻った。
鬼平の膝が崩れる。
日野と高瀬が左右から支えた。
「軍曹、また無茶をしましたね」
「必要だった」
「最後は必要なかったですよ」
鬼平は返事をしなかった。
全身から汗が流れ、呼吸が荒い。
左手の指は痙攣していた。
リーゼが治癒魔法をかける。
「前回よりも、スキルの持続時間が長くなっています」
「制御できた」
「最後は、仲間の声がなければ止まれなかったでしょう」
「止まった」
「止めてもらったのです」
鬼平は反論しなかった。
白い木の精霊が、鬼平の前へ歩いてきた。
『竜殺しの刻印を持つ者よ。貴様は、力を持ちながら、最後に止まった』
「敵じゃなかったからな」
『それを見極める力が、貴様にはある』
「最初から話せば、撃たなかった」
『最初に話しかけた』
「子供へ根を伸ばした」
『試練だ』
「部下を危険にさらす試練は、気に入らねえ」
精霊は、鬼平の壊れた右のガトリング砲を見た。
『竜脈貫通砲の砲身を壊したか』
「ああ」
『竜域へ入るための砲身を、竜域で壊すとはな』
「直すために鱗が要る」
『ならば、森の奥から一枚持っていけ』
白い木の根元から、銀色の鱗が浮かび上がった。
鱗は空中を進み、鬼平の手元へ落ちる。
第一門で得たものと同じ、竜の鱗だった。
「二枚目か」
『これは竜の鱗ではない。竜域の結界を守る樹竜の鱗だ』
ノアが駆け寄り、鱗を調べた。
「普通の竜鱗より魔力伝導率が高い。砲身の補修に使える」
「あと十三枚」
『牙の森を抜けるには、森の牙を一つ折る必要がある』
「どこだ」
『森の奥に、牙喰らいがいる』
精霊が森のさらに奥を指した。
『あれを倒せば、第二門は開く』
「敵か」
『森に棲む捕食者だ。竜の子供を狙う』
雌竜が低く唸った。
竜の子供たちは、母竜の翼の下へ集まる。
鬼平は左のガトリング砲を持ち上げた。
魔石は赤い。
通常射撃は可能だ。
右のガトリング砲は、砲口が崩れている。
発射はできない。
それでも、武器としては使える。
「牙喰らいを倒す」
セレナが尋ねた。
「森の番人から、竜の子供を守るために?」
「そうだ」
「竜域へ来た目的は、竜の鱗と血、帰還門では?」
「それもやる」
鬼平は森の奥を見た。
そこで何かが動いた。
木々の間から、巨大な白い牙が見える。
牙が二本。
四本。
六本。
森の闇の中に、巨大な獣が潜んでいる。
牙喰らい。
その名の通り、森の牙を食らう竜域の捕食者。
鬼平は両手のガトリング砲を構えた。
左は撃てる。
右は殴れる。
「次の敵を確認する」
鬼平は低く言った。
「子供を狙うなら、撃つ」
森の奥から、牙喰らいの咆哮が響いた。
黒い木々が震え、白い牙が一斉にこちらを向く。
竜の子供たちが悲鳴を上げる。
雌竜が翼を広げた。
鬼平の魔石ガトリング砲が、ゆっくりと回転を始める。
牙の森の第二の試練が、始まろうとしていた。




