第17話 軍曹、灰の峡谷を突破する
竜域遠征隊は、獣人連邦の北門を出発した。
魔導車は三台。
先頭に偵察用の小型車両。
中央に鬼平たちと修理用資材を積んだ輸送車。
最後尾には、獣人兵の護衛車両。
遠征隊の人数は、獣人兵二十名、鬼平の部下十二名、リーゼ、ノア、グラウ将軍、セレナを含めて四十名ほどだった。
鬼平は中央車両の荷台に座り、二挺の魔石ガトリング砲を確認していた。
左の砲は通常射撃が可能。
ハイテンションスキルの影響で、魔石の回路は以前よりも強くなっている。
ただし、スキルを使えば身体への負荷が大きい。
右の砲には、古代金属製の仮砲身が取り付けられていた。
ノアが一日半で組み上げた応急修理品だ。
「発射できるのか」
鬼平が尋ねる。
「一発なら」
ノアが答えた。
「二発目は、砲身が竜脈貫通砲の部品ごと吹き飛ぶ」
「一発撃てるなら十分だ」
「本当に一発で十分かは、使う状況による」
鬼平は右の砲身を見た。
銀色の筋が走る古代金属。
通常の砲身よりも短く、砲口には細かな刻印が刻まれている。
これは敵を倒すための砲身ではない。
竜域の結界を破るための砲身だ。
だが、鬼平は戦場で使うつもりだった。
遠征隊は北へ進んだ。
獣人連邦の街並みが消え、草原が広がる。
さらに進むと、地面は次第に荒れ、巨大な岩が増えていった。
空の色も変わっていく。
青空の奥に、薄い赤色の光が混じっていた。
竜脈が地表近くを流れている証拠だった。
「ここから先は、竜域の影響下です」
セレナが魔導車の窓から外を見た。
「魔力濃度が高くなっています。魔法が強くなる一方、制御を失いやすくなります」
「銃は」
「魔力弾の威力が上がる可能性があります。しかし、暴発の危険もあります」
鬼平は左のガトリング砲を確認した。
「撃つ前に分かるか」
「魔石の光が変化します。赤なら通常。白なら、ハイテンションスキルに近い状態です」
「白くなったら?」
「撃たないでください」
「必要なら撃つ」
リーゼが深いため息をついた。
「その返事をすると思っていました」
昼過ぎ、偵察車両から通信が入った。
「前方に巨大な峡谷を確認! 地図にある灰の峡谷と思われます!」
遠征隊が進む先に、大地が割れていた。
谷底は見えない。
両側の岩壁は灰色で、表面から赤い光が滲んでいる。
谷の入口には、黒い石柱が立っていた。
石柱の間に、巨大な門がある。
門は岩で作られているように見えたが、表面には竜の鱗に似た模様が刻まれていた。
第一門《灰の峡谷》。
竜域へ入る最初の門だった。
魔導車が門から五十メートルほど離れた場所で停止する。
グラウ将軍が車両から降りた。
「全員、武器を下ろせ」
護衛の獣人兵が驚く。
「敵がいるのですか?」
「門の番人がいる」
グラウの声が響く。
「竜域へ入る者は、必ず試される」
鬼平は荷台から降り、二挺のガトリング砲を持った。
左は撃てる。
右は、一発だけ撃てる。
セレナが弓を構える。
「番人が見えません」
「見えなくても、いる」
鬼平は門を見た。
石柱の影。
門の上。
峡谷の岩壁。
視線を感じる。
その時、門の前の地面が盛り上がった。
灰色の岩が崩れ、巨大な獣が姿を現す。
四本の脚。
岩のような外皮。
頭部には二本の角。
翼はないが、背中には竜の紋章が刻まれている。
体長は十メートルを超えている。
「竜ではありません」
リーゼが言った。
「竜の血を引く番獣です」
番獣は低く唸り、地面を踏み鳴らした。
その一歩で、周囲の岩が崩れる。
グラウ将軍が前へ出た。
「我々は、竜域の守護者ヴァルグリムに呼ばれて来た。通行を求める」
番獣の口から、地鳴りのような声が響いた。
『刻印を持つ者を示せ』
鬼平は一歩前へ出た。
手の甲の《竜殺しの刻印》が赤く輝く。
番獣は鬼平を見た。
『竜を殺す者よ。なぜ竜域へ来た』
「武器の修理」
『竜を殺すためか』
「部下を帰すためだ」
『そのために竜域の鱗と血を奪うのか』
「必要なら」
『竜の力を利用する者と同じだ』
鬼平は右手のガトリング砲を見た。
古代金属製の仮砲身。
竜域の結界を破るための兵器。
「違う」
『何が違う』
「オレは、奪った力で他人を支配しない」
『兵器を持つ者は、必ず力を使う』
「使う」
『竜を殺すためにか』
「敵を止めるために」
『竜と人間は敵だ』
「なら、話をつける」
番獣が大きく口を開いた。
口内に赤い光が集まる。
獣人兵たちが武器を構えた。
グラウ将軍が手を上げる。
「攻撃するな」
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
セレナが叫ぶ。
「鬼平殿、まだ攻撃命令は出ていません!」
「撃たれたら撃つ」
番獣の口から、赤い炎が吐き出された。
鬼平は左のガトリング砲を撃った。
魔力弾が炎へ突っ込み、空中で連続爆発を起こす。
炎の奔流が左右へ分かれ、遠征隊の頭上を通り過ぎた。
地面が焼け、岩壁が赤く染まる。
「攻撃したのは、そっちだ」
鬼平は銃口を番獣へ向けた。
番獣が再び炎を集める。
鬼平は先に撃った。
魔力弾が番獣の脚を狙う。
しかし、岩の外皮に弾かれた。
弾丸が地面へ跳ね返り、周囲の岩を砕く。
「硬い」
鬼平は左のガトリング砲を連射した。
番獣の外皮に魔力弾が次々と当たる。
しかし、傷は浅い。
番獣が突進してきた。
巨体が近づくたび、地面が揺れる。
鬼平は右のガトリング砲を構えた。
撃てるのは一発だけ。
この砲身なら、竜の外皮を貫ける可能性がある。
だが、一発しかない。
外せば、仮砲身が壊れる。
鬼平は照準を合わせた。
番獣の胸部には、赤い魔力の核がある。
そこを撃てば倒せる。
しかし、番獣の身体が大きすぎる。
核の周囲には、厚い岩の装甲。
左のガトリング砲で装甲を削る。
右の砲で核を撃つ。
鬼平はまず左を撃った。
弾幕が番獣の胸部へ集中する。
岩の外皮が少しずつ削れていく。
番獣が咆哮し、鬼平へ前脚を振り下ろした。
鬼平は右のガトリング砲を盾にして受けた。
衝撃で地面へ押しつぶされる。
腕が痺れ、膝が沈む。
番獣の重量は、砲身の比ではない。
鬼平は左の銃口を番獣の顔へ向け、至近距離で撃った。
番獣が顔を逸らす。
その隙に鬼平は右の砲を押し返し、横へ転がった。
番獣の爪が、先ほどまで鬼平のいた場所をえぐった。
「軍曹!」
日野が叫んだ。
「右の砲を使ってください!」
「まだだ」
「今しかありません!」
「核が見えるまで待つ」
鬼平は立ち上がり、左のガトリング砲を撃ち続けた。
魔力弾が岩の装甲を削る。
番獣は炎を吐き、角から雷撃を放った。
リーゼとセレナが結界を張る。
獣人兵が盾を並べる。
遠征隊は、番獣の猛攻を受けながらも持ちこたえた。
しかし、番獣の外皮は硬い。
左のガトリング砲の弾薬も減っていく。
魔石の光が、赤から白へ近づいていた。
リーゼが叫ぶ。
「鬼平さん、魔石が変化しています!」
「分かっている」
「ハイテンションスキルに入れば、身体が保ちません!」
「まだ使わない」
番獣が再び突進した。
鬼平は右へ走る。
番獣の角が岩壁へ突き刺さり、巨体が一瞬だけ止まった。
胸部の装甲が大きく開く。
赤い核が見えた。
鬼平は右のガトリング砲を構えた。
魔石接続部へ、竜域の魔力が流れ込む。
古代金属の砲身が輝いた。
右の砲が、初めて発射準備の音を立てる。
「右、発射します」
鬼平は呟いた。
番獣が振り返る。
赤い核が、鬼平を捉えた。
鬼平は引き金を引いた。
轟音が峡谷へ響いた。
右のガトリング砲から、一本の黒銀の魔力弾が放たれる。
弾は番獣の胸部へ直進し、岩の装甲を貫いた。
赤い核に命中する。
番獣の身体が止まった。
胸部から、黒い亀裂が広がる。
やがて、番獣はゆっくりと膝をついた。
倒れた巨体が地面を揺らす。
右のガトリング砲の仮砲身には、細かな亀裂が走っていた。
ノアが遠くから叫ぶ。
「二発目を撃つな! 次は砲身が壊れる!」
「分かっている」
鬼平は右の砲を下ろした。
番獣の身体から、黒い煙が上がる。
しかし、完全には死んでいなかった。
赤い核が小さく明滅している。
鬼平は左のガトリング砲を向けた。
番獣の声が峡谷に響く。
『なぜ、とどめを刺さない』
「話をするためだ」
『我を殺せば、門は開く』
「殺さなくても開けられるか」
『刻印を持つ者ならば、門を通れる』
鬼平は銃口を下げた。
「なら、開けろ」
『竜域へ入る資格を示せ』
「今、示した」
『竜の力を撃ち抜きながら、殺さずに止めたか』
「殺す必要がなかった」
『武器を持つ者としては、珍しい判断だ』
「部下が見ている」
番獣の目が、鬼平の背後にいる部下たちへ向いた。
『部下のために、竜を殺すのか』
「部下のために、帰る」
『帰るために、竜域を傷つけるのか』
「傷つけない方法を探す」
『探すだけで、見つかると思うか』
「見つからなければ、作る」
番獣はしばらく黙った。
やがて、胸部の核が強く輝いた。
灰の峡谷の奥で、巨大な門が動き始める。
岩壁に刻まれていた竜の模様が光り、門の中央に赤い亀裂が開く。
『第一門を通ることを許す』
鬼平は右のガトリング砲を見た。
仮砲身に入った亀裂は、もう隠せない。
「鱗は取れるか」
『我の外皮を剥ぐというのか』
「修理に必要だ」
『竜の鱗は、竜の許しなく奪えない』
「なら、許可を取る」
『竜域の奥で、ヴァルグリムに求めよ』
「分かった」
『だが、竜域の竜は、人間を歓迎しない』
「敵なら撃つ」
『貴様の弾は、竜の心臓へ届くか』
鬼平は左のガトリング砲を見た。
ハイテンションスキルが発動すれば、無限の弾幕を撃てる。
右の砲身を修理すれば、竜の鱗を貫く対竜弾も使える。
「届くまで直す」
番獣は低く笑った。
『その答えを、竜たちがどう受け取るか。自分の目で確かめるがいい』
番獣の身体が、灰色の光に包まれた。
岩のようだった外皮が崩れ、その中から小さな黒い鱗が一枚落ちる。
鬼平が拾い上げた。
竜の鱗だった。
銀色の筋が走り、微かな熱を持っている。
「一枚か」
『通行の証だ』
「修理にも使える」
『欲深い兵士よ』
「必要な物は取る」
『竜域の奥で、それが通じるといいな』
番獣は再び岩へ戻り、門の脇へ移動した。
遠征隊は、ゆっくりと第一門へ進んだ。
鬼平は右のガトリング砲を見た。
仮砲身に入った亀裂。
魔力弾一発で、竜の血を引く番獣を倒せる威力。
だが、二発目は撃てない。
左の砲は通常射撃ができる。
ハイテンションスキルを使えば、弾は尽きず、壊れない。
しかし、その代償は鬼平自身の身体だ。
「軍曹」
高瀬が隣に来た。
「右の砲、すごい威力でしたね」
「ああ」
「でも、壊れかけています」
「直す」
「竜の鱗を集めるために、竜域へ入るんですよね」
「そうだ」
「その竜域には、俺たちを帰す方法もある」
「聞いた」
「黒竜が、軍曹をこの世界へ呼んだ理由も」
鬼平は足を止めた。
「どう思う」
「分かりません。ただ、軍曹が自分で決めたなら、俺たちはついていきます」
日野が後ろから言った。
「帰るために、竜と戦う必要があるなら戦います」
佐久間も続いた。
「竜域で俺たちが足手まといになるなら、少しでも役に立ちます」
鬼平は部下たちを見た。
彼らは、鬼平が元の世界へ帰るためではなく、自分たち全員が帰るためにここまで来ている。
「無理はするな」
「それ、軍曹が言いますか?」
「命令だ」
部下たちは笑った。
第一門の向こうには、灰色の峡谷が続いている。
峡谷の壁には、巨大な竜の爪痕が残っていた。
遠くから、複数の咆哮が聞こえる。
竜域に入ったのだ。
門を越えた瞬間、鬼平の手の甲の刻印が燃えるように輝いた。
左のガトリング砲が震え、魔石が赤から白へ変わりかける。
鬼平はすぐに銃口を下げた。
「まだ撃つな」
リーゼが驚いた顔をする。
「自分で抑えたのですか?」
「必要じゃない」
「ハイテンションスキルを、少しずつ制御できている?」
「撃つかどうかは、オレが決める」
ノアが右のガトリング砲の仮砲身を確認した。
「その制御ができるなら、左の砲はまだ使える」
「右は」
「竜の鱗があと十四枚必要だ」
「集める」
鬼平は峡谷の奥を見た。
そこには巨大な岩の橋が架かっている。
橋の向こうに、黒い森が広がっていた。
第二門《牙の森》へ続く道だ。
しかし、橋の上には、無数の小さな影が並んでいる。
翼のある竜の子供たち。
その後ろには、巨大な翼を持つ雌竜が一頭いた。
雌竜は鬼平を見つめ、低く唸った。
竜域の空気が震える。
鬼平は二挺のガトリング砲を構えた。
左は撃てる。
右は一発だけ。
竜の子供たちが橋を塞いでいる。
「敵か」
セレナが尋ねた。
鬼平は竜たちの姿を見た。
子供たちは、まだ牙も爪も小さい。
雌竜は敵意を見せているが、攻撃はしていない。
「まだだ」
鬼平は答えた。
「話をする」
その時、峡谷の奥から、別の声が響いた。
『人間よ。子供たちを守る竜の前で、武器を下ろせるか』
鬼平は声の主を探した。
岩壁の上に、黒い鱗を持つ竜が立っている。
黒竜ヴァルグリムではない。
だが、その目は鬼平の刻印を知っていた。
『それとも、撃って道を開けるか』
鬼平は左のガトリング砲をゆっくりと下ろした。
右の砲も地面へ置く。
「撃たない」
『なぜだ』
「子供を撃つ理由がない」
『ならば、武器を捨てろ』
「それは断る」
『武器を持ったまま、竜域を歩くのか』
「必要だからな」
『竜を殺すためか』
「部下を守るためだ」
黒い竜は、しばらく鬼平を見ていた。
やがて、翼を広げる。
『ならば、牙の森で証明しろ。武器を持つ者が、守るために戦えるのかを』
竜が飛び立つ。
その翼が起こした風で、峡谷全体に灰が舞った。
鬼平は二挺のガトリング砲を拾い上げる。
「第二門へ進む」
遠征隊が橋へ向かう。
竜の子供たちは道を開けた。
その先には、牙のように尖った木々が立ち並ぶ黒い森が待っている。
森の奥から、獣の咆哮と竜の羽音が重なって聞こえる。
鬼平は左のガトリング砲の魔石を確認した。
赤い光。
まだ、通常状態だ。
右の仮砲身には、一枚目の竜の鱗が必要だった。
鬼平は手の中の鱗を握りしめた。
「竜の鱗を十四枚」
部下たちが頷く。
「竜の血を集める」
セレナが弓を構える。
「第二門を抜ける」
リーゼが魔導書を開く。
「黒竜と話す」
ノアが修理道具を確認する。
「帰還門を作る」
鬼平は牙の森の入口へ立った。
「必要なら、撃つ」
竜域の森が、遠征隊を飲み込んだ。
その奥で、無数の赤い目が開く。
鬼平軍曹の竜域遠征は、まだ始まったばかりだった。




