第15話 軍曹、獣人連邦を防衛する
獣人連邦の国境砦は、すでに戦場になっていた。
砦の外には、王国軍の陣地が広がっている。
赤い旗を掲げた歩兵部隊。
魔石銃を装備した射撃兵。
巨大な魔導投石機。
そして、その中央には黒い装甲で覆われた大型兵器があった。
王都地下で見た古代兵器とは異なる。
だが、砲身の形状と魔力の流れには、鬼平のガトリング砲と同じ古代魔導文明の技術が使われていた。
敵の数は、千を超えている。
砦の城壁上には、獣人連邦の兵士が並んでいた。
犬獣人、猫獣人、狼獣人、熊獣人。
弓を持つ者、槍を持つ者、魔法を使う者。
彼らは勇敢だったが、装備は王国軍より明らかに劣っていた。
「正面の王国軍が、まもなく攻撃を開始します」
セレナが報告した。
彼女は国境門で鬼平たちを迎えた狼獣人の女兵士だ。
「左右の森にも伏兵。教会の魔導兵は、北側の丘に展開しています」
「敵の指揮官は」
「中央の黒い兵器の後方に、王国軍の将軍がいます」
「魔導兵器は何だ」
セレナは遠眼鏡を鬼平へ渡した。
鬼平は使わず、肉眼で敵陣を見た。
距離は約八百メートル。
敵の砲台は三基。
中央の大型兵器は一基。
正面歩兵は三列。
後方に魔導師が集まっている。
大型兵器の周囲には、黒い装束の兵士がいる。
竜の紋章。
教会の異端審問局と同じだ。
「最初に撃つのは、あの黒い兵器だ」
鬼平が言った。
「砲台ではなく?」
「砲台は、撃つ前に壊せる。あれは撃たれたら城壁が消える」
グラウ将軍が頷いた。
「王国軍の《城砕き》だ。古代兵器の技術を転用した攻城砲で、城壁を一撃で破壊できる」
「射程は」
「この距離なら届く」
「発射までの時間」
「魔力充填に五分」
鬼平は左手の魔石ガトリング砲を見た。
現在、撃てるのはこれ一挺だけだ。
右手のガトリング砲は、砲身が曲がり、魔石接続部も破損している。
だが、ノアが応急修理したことで、盾や鈍器としては使える。
「五分あれば足りる」
セレナが驚いた。
「一挺で、あの兵器を破壊するのですか?」
「一挺で撃つ」
鬼平は右手の壊れたガトリング砲を持ち上げた。
「もう一挺で近づく」
セレナはその意味を理解し、耳を伏せた。
「撃てない武器で、敵陣へ?」
「撃てないから、弾薬を気にせず使える」
「それは、武器の使い方として正しいのでしょうか」
「正しいかどうかは、敵を止めた後で考える」
砦の上で、角笛が鳴った。
王国軍が動き始めた。
正面の歩兵部隊が盾を構え、ゆっくりと前進してくる。
後方では、魔導師たちが大規模な術式を展開していた。
「敵の魔法攻撃が来ます!」
リーゼが叫ぶ。
空に無数の火球が浮かんだ。
その数は百を超えている。
砦の城壁へ向かって、一斉に降り注ぐ。
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
魔石が赤く輝く。
砲身が回転を始める。
まだハイテンションスキルは発動していない。
弾薬も魔石も消費する通常射撃だ。
「全員、伏せろ」
鬼平は引き金を引いた。
魔力弾が空へ向かって飛び、火球を一つずつ撃ち抜いていく。
一発。
二発。
三発。
火球が空中で爆発し、炎の雨となって砦の外へ落ちる。
鬼平は銃口を振り、味方へ落ちる火球だけを狙って撃った。
すべてを消す必要はない。
危険なものだけを撃ち落とす。
撃ち漏らした火球は、リーゼと獣人魔導師が結界で受け止めた。
炎が城壁の外で弾ける。
「敵の魔法を、射撃で潰している……」
セレナが呟いた。
「弾の数は大丈夫ですか?」
「今のところはな」
鬼平は敵陣の中央へ視線を戻した。
黒い攻城砲の魔力充填が進んでいる。
砲身の周囲に、赤い魔法陣が三重に展開していた。
「グラウ」
「何だ」
「城壁の弱い場所は」
「北東の門。あそこを破られれば、王都まで一気に侵入される」
「なら、敵はそこを狙う」
「正面から黒い攻城砲を破壊するのか?」
「正面じゃねえ」
鬼平は砦の外側を見た。
城壁の下には、古い排水路がある。
敵陣から見れば、岩陰に隠れた細い溝だ。
鬼平はそこを指差した。
「あそこから行く」
「排水路は敵陣の前まで続いている。しかし、狭すぎる」
「オレ一人なら通れる」
リーゼが慌てた。
「ガトリング砲を持ったままでは無理です!」
「持っていく」
「片方だけでも二百キロ超ですよ!」
「二挺ある」
「そういう問題ではありません!」
鬼平は右手の壊れたガトリング砲を見た。
「撃てない砲は、引きずる」
「引きずるのですか?」
「敵陣の中で殴る」
グラウ将軍が腕を組んだ。
「本当に一人で行くつもりか」
「敵の指揮系統を崩すには、少人数がいい」
「貴様の部下は?」
「城壁を守る」
日野が前へ出た。
「俺たちも行きます」
「負傷者だ」
「銃を持つくらいならできます」
高瀬が続く。
「佐久間の魔導装具も、短時間なら動かせます」
佐久間は黒い装具の残骸をまとい、拳を握った。
「俺は、敵の魔力通信を妨害できます」
鬼平は三人を見た。
「三人だけだ」
「了解」
「無理はするな」
「軍曹に言われたくありません」
鬼平は返事をしなかった。
排水路へ向かう前に、ノアが鬼平を呼び止めた。
「左の砲を持っていくなら、弾薬を確認しろ」
「満タンだ」
「そんなはずはない。通常射撃を続けている」
「補給した」
「いつ?」
鬼平は左のガトリング砲を見た。
魔石が、先ほどより強く輝いている。
ハイテンションスキルは発動していない。
だが、魔石は自力で魔力を吸収しているようだった。
ノアが目を細める。
「また変化している」
「何が」
「左の砲が、お前の戦意を感知している」
「なら、使える」
「使えるが、暴走する可能性がある」
「暴走したら止める」
「お前自身が止まらなくなる可能性だ」
鬼平は左のガトリング砲を握った。
「必要なら、止まる」
ノアはそれ以上、何も言わなかった。
鬼平たちは排水路へ入った。
右のガトリング砲は、背中に背負うのではなく、鎖で引きずっている。
砲架が石に当たるたび、低い金属音が響いた。
「これで奇襲になるのですか?」
高瀬が尋ねる。
「音で気づかれる前に、敵を撃つ」
「奇襲の意味がないのでは?」
「撃てば同じだ」
排水路の出口から、敵陣が見えた。
黒い攻城砲は、魔力充填を続けている。
周囲に護衛が三十人。
魔導師が五人。
指揮官は攻城砲の後方にいる。
鬼平は出口の壁へ背をつけた。
「佐久間、通信を切れ」
「はい」
佐久間の装具から、黒い魔力が広がった。
敵陣の周囲に張り巡らされていた通信術式が乱れる。
魔導師たちが混乱した。
「今だ」
鬼平が左のガトリング砲を構えた。
砲身が回転する。
敵陣へ向かって、一斉射撃。
最初の弾幕が、攻城砲の周囲にいた護衛兵を吹き飛ばした。
盾が砕け、魔法陣が崩れ、砲台の周囲に空間が生まれる。
敵がこちらへ振り向く。
だが、鬼平はすでに右の壊れたガトリング砲を引きずりながら走っていた。
「敵襲だ!」
「排水路からだ!」
「魔導砲を守れ!」
兵士たちが集まってくる。
鬼平は左手で撃ち、右手で砲を振るった。
左の弾幕が遠くの敵を倒し、右の砲架が近づいた敵を薙ぎ払う。
砲身が敵の盾へ当たり、盾ごと兵士を後方へ押し飛ばす。
次の兵士が剣を振る。
鬼平は右の砲を斜めに立てて受け、左の銃口を敵の足元へ向けた。
短い連射。
敵の足場が崩れ、兵士が倒れる。
鬼平はそのまま砲架を振り下ろした。
「撃てない武器で戦うなど、愚かな!」
敵の指揮官が叫んだ。
「撃てなくても、重い」
鬼平は答えた。
砲架を横薙ぎに振る。
「重けりゃ、殴れる」
敵陣の中央に、赤い弾幕と鉄塊の打撃が交互に走った。
王国軍の隊列が崩れる。
教会の魔導師が結界を展開した。
鬼平は左のガトリング砲を向けた。
通常射撃で結界を削る。
一発。
二発。
三発。
結界が耐えている。
敵の魔導師が笑った。
「その程度の弾では、我らの結界は破れない!」
「なら、もっと撃つ」
鬼平が引き金を引き続けた。
魔石が強く輝いた。
弾丸の発射速度が上がる。
砲身の回転が、通常よりも速くなる。
魔導師の笑みが消えた。
「魔石残量が……減っていない?」
リーゼの声が、砦の通信魔法を通じて届いた。
「鬼平さん、魔力の消費が通常より少なすぎます!」
「使えるなら撃つ」
鬼平の目が、敵の指揮官を捉えた。
指揮官は攻城砲の後方へ逃げようとしている。
鬼平は銃口を振った。
弾幕が指揮官の進路を塞ぐ。
地面が爆ぜ、指揮官が倒れる。
「この《ピー》が! 部下を撃つなら、最後まで前に出ろ!」
第一の暴言。
その瞬間、左の魔石が白く輝いた。
砲身から吐き出される弾丸が、さらに増えた。
鬼平は自分でも気づいていなかった。
ハイテンションスキルが、再び発動し始めている。
だが、前回とは違う。
今回は完全な無限射撃ではない。
通常射撃から、徐々に限界が外れていく。
鬼平は攻城砲へ向かって進んだ。
「オレの前に立つんじゃねえ、この《ピー》どもが!」
第二の暴言。
弾幕が敵兵を押し返す。
鬼平は右の壊れたガトリング砲を、魔導師の結界へ叩きつけた。
物理的な打撃と魔力弾が同時に加わり、結界に亀裂が走る。
リーゼが砦の上から叫んだ。
「今です! 結界の中心が見えました!」
鬼平は左の銃口を結界の中心へ向ける。
連射。
結界が砕けた。
鬼平は攻城砲の砲身へ近づいた。
砲はすでに発射準備を完了している。
内部に赤い光が集まっている。
残り数秒で、砦の北東門へ向けて発射される。
鬼平は壊れた右のガトリング砲を両手で握った。
砲架を、攻城砲の接続部へ叩きつける。
一撃。
二撃。
古代金属の装甲がへこむ。
「離れろ!」
敵兵が叫ぶ。
鬼平は構わず殴り続けた。
「撃てなくても、壊せる!」
三撃目で、攻城砲の魔力管が露出した。
左のガトリング砲を向ける。
弾幕が接続部へ集中する。
魔力管が破裂し、攻城砲の赤い光が消えた。
砲身が沈黙する。
しかし、内部に残った魔力が暴走し始めた。
「まずい!」
リーゼが叫ぶ。
「砲が爆発します!」
鬼平は攻城砲を見た。
破壊するだけでは駄目だ。
爆発すれば、周囲の敵兵と砦まで巻き込む。
魔力を逃がす必要がある。
攻城砲の側面に、排出用の魔法陣がある。
だが、そこへ続く通路には敵兵が密集していた。
鬼平は左のガトリング砲を構えた。
ハイテンションスキルが、さらに強く反応する。
魔石が白く輝き、砲身が光の輪になる。
「この《ピー》がァッ!」
第三の暴言。
弾幕が敵兵の隊列を押し流す。
鬼平は排出用の魔法陣へ到達した。
しかし、制御レバーが固着している。
魔力の圧力で動かない。
鬼平は左のガトリング砲を片手で撃ち続けながら、右の壊れた砲をレバーへ引っかけた。
砲架をてこのように使う。
右のガトリング砲の重量が、固着したレバーへかかる。
「動け!」
レバーが軋む。
「動け、この《ピー》がァッ!」
第四の暴言。
鬼平は全身の力を込めた。
右肩の傷が開く。
腰が悲鳴を上げる。
だが、レバーが動いた。
排出用の魔法陣が開き、攻城砲に残っていた魔力が空へ放出される。
赤い光が砦の上空へ噴き出し、巨大な光柱になった。
攻城砲は完全に沈黙した。
鬼平は右のガトリング砲を支えにして、膝をついた。
左の砲身は、まだ回っている。
魔石が減っていない。
砲身も壊れていない。
しかし、鬼平の呼吸は乱れていた。
ハイテンションスキルは、前回より早く発動している。
身体への負荷も大きい。
それでも、敵はまだ残っている。
王国軍の将軍が、兵士たちを再編していた。
「攻城砲が破壊された! 全軍、獣人砦へ突入しろ!」
王国軍が再び前進を始める。
砦の城壁では、獣人兵たちが必死に応戦していた。
鬼平は敵の将軍へ銃口を向けた。
距離は四百メートル。
通常なら、指揮官を撃つには十分な距離だ。
だが、将軍の周囲には兵士が多い。
味方を巻き込む可能性がある。
鬼平は一度、照準を下げた。
「グラウ!」
砦の上へ通信魔法を飛ばす。
「敵の将軍を拘束しろ」
「弾幕で撃ち抜かないのか?」
「味方が近い」
「どうする」
「道を開けろ」
グラウ将軍が獣人部隊へ命令を出した。
城壁上から弓矢と魔法が飛ぶ。
王国軍の側面へ集中し、敵の隊列を分断する。
鬼平はその隙を待った。
将軍の周囲から兵士が離れる。
一瞬だけ、射線が通った。
鬼平が引き金を引く。
弾丸が将軍の剣を撃ち砕き、足元へ着弾する。
将軍が倒れた。
王国軍の指揮が途切れる。
前進していた兵士たちが、動きを止めた。
鬼平は第五の暴言を吐いた。
「まだやるなら、次は当てるぞ! この《ピー》が!」
王国軍は、武器を捨て始めた。
教会の黒装束だけが、撤退せずに残っている。
その中央に、竜の紋章を持つ男が立っていた。
男は手を掲げ、空へ黒い光を放った。
遠くの雲が割れる。
巨大な翼の影が、空を横切った。
鬼平の手の甲の刻印が、熱を持つ。
「竜か」
リーゼが震える声で言った。
「黒竜ではありません。ですが、竜の魔力を感じます」
黒装束の男が笑う。
「異界の兵士よ。貴様の弾幕が、竜に通じると思うか」
鬼平は空を見上げた。
竜の姿はまだ見えない。
だが、敵が竜の力を利用していることは明らかだった。
左のガトリング砲が、さらに強く輝く。
ハイテンションスキルが、限界を超えようとしている。
鬼平の肩が震えた。
リーゼが叫ぶ。
「鬼平さん、もう止めてください! これ以上は危険です!」
鬼平は引き金から指を離さなかった。
敵の黒装束が、竜の魔力を集めている。
このままでは、砦と街が攻撃される。
部下たちが城壁上にいる。
獣人連邦の住民が、街の中にいる。
鬼平の視線が鋭くなった。
「必要だ」
佐久間が叫ぶ。
「軍曹、俺たちが止めます!」
「まだだ」
「ハイテンションスキルが、前回より強くなっています!」
「まだ、撃てる」
鬼平は黒装束の男へ銃口を向けた。
その周囲に、竜の魔力で作られた黒い盾が展開する。
鬼平は左のガトリング砲を構え直した。
「この《ピー》が……」
暴言が、いつもより低い。
銃声が止まる。
鬼平は一瞬だけ、完全に静かになった。
リーゼが息を呑む。
鬼平が本気で怒った時の合図だった。
鬼平は黒装束の男の周囲を観察した。
盾は竜の魔力でできている。
正面は厚い。
左右には薄い。
背後には、魔力を供給する術者が四人。
鬼平は撃つ順番を決めた。
まず右。
次に左。
最後に中央。
弾幕が一斉に走った。
右の術者が倒れる。
左の術者が倒れる。
魔力供給が乱れ、黒い盾に亀裂が入った。
鬼平は中央へ集中射撃する。
黒い盾が砕けた。
黒装束の男が後退する。
しかし、彼の背後に巨大な魔法陣が開いた。
空から、赤黒い炎が降りてくる。
鬼平は左のガトリング砲を上へ向けた。
炎を撃ち抜く。
魔力弾と竜の炎が空中で衝突し、砦の外へ散った。
それでも、完全には止められない。
炎の一部が城壁へ落ちる。
セレナが兵士たちを避難させる。
グラウ将軍が魔法障壁を張る。
リーゼも結界を重ねる。
鬼平は空へ撃ち続けた。
弾が尽きない。
砲身が壊れない。
だが、鬼平の身体が限界へ近づいている。
「まだ足りねえ!」
第六の言葉が、暴言として飛び出した。
「もっと《ピー》してやる!」
左のガトリング砲が、過去最大の弾幕を吐き出した。
炎の奔流が空中で崩れ、赤黒い魔力が霧散する。
魔法陣も破壊され、竜の気配が遠ざかった。
黒装束の男が驚愕する。
「竜の炎を、銃で……」
鬼平は男へ銃口を向けた。
男は転移魔法を展開する。
鬼平は地面へ一発撃ち、転移魔法陣を破壊した。
「逃がすか」
男は腰の短剣を抜き、鬼平へ突進する。
鬼平は左のガトリング砲を片手で撃ちながら、右の壊れた砲を振り上げた。
黒装束の男が剣で受ける。
剣が折れた。
砲架が男の肩へ直撃する。
男が地面へ倒れた。
鬼平は足で男の杖を踏み砕いた。
「竜の力を借りて、街を撃つ」
砲架を男の横へ突き立てる。
「次は、竜本人に聞く」
男は血を吐きながら笑った。
「黒竜は、貴様を待っている」
「知っている」
「竜域へ来い。貴様の世界の兵士を、すべて返す方法を知っている」
鬼平の指が止まった。
「何だと」
「貴様が持つ刻印は、竜域の門を開く鍵だ。黒竜を倒せば、元の世界への道も失われる」
リーゼが駆け寄った。
「鬼平さん、罠です!」
「分かってる」
鬼平は男を見下ろした。
「だが、行く理由にはなる」
男は笑みを浮かべた。
その瞬間、胸元の黒い紋章が光る。
鬼平は右のガトリング砲を振り下ろし、紋章を地面ごと叩き潰した。
黒い魔力が霧散する。
男は気絶した。
戦場には、王国軍の武器を捨てる音が広がっていた。
攻城砲は破壊された。
指揮官は倒れ、教会の魔導師も戦闘不能。
獣人連邦の砦は守られた。
だが、鬼平は立ったまま動かなかった。
左のガトリング砲が、まだ微かに回転している。
魔石は減っていない。
砲身も壊れていない。
ハイテンションスキルは、終わっていなかった。
「鬼平さん!」
リーゼが呼びかける。
「もう敵はいません!」
鬼平の指が、引き金を握ったまま動かない。
目は敵陣を見ている。
まだ何かがいると判断しているようだった。
日野が鬼平の前へ回り込んだ。
「軍曹、戦闘終了です」
鬼平は日野を見た。
「部下は」
「全員無事です」
「砦は」
「守りました」
「敵は」
「降伏しました」
鬼平の指から、ようやく力が抜けた。
左のガトリング砲の回転が止まる。
白く輝いていた魔石が、通常の赤へ戻っていく。
鬼平の身体が前へ傾いた。
高瀬と佐久間が左右から支える。
「軍曹、今度は何日寝るつもりですか?」
「三日も寝ていない」
「寝てください」
「敵の確認を」
「俺たちがします」
「……分かった」
鬼平は素直に答えた。
ハイテンションスキルの反動は、前回より重かった。
全身の筋肉が震え、肩は上がらず、指先の感覚も薄い。
それでも、左のガトリング砲は壊れていない。
弾も尽きていない。
鬼平はそれを確認してから、ようやく目を閉じた。
グラウ将軍が獣人兵たちへ命令を出す。
「敵の負傷者を収容しろ。武器を回収し、教会の兵士は別に拘束する」
セレナが空を見上げた。
竜の炎が消えた夜空に、黒い雲が残っている。
「竜域へ行くのですか」
リーゼが鬼平へ尋ねた。
鬼平は目を閉じたまま答えた。
「行く」
「今度は、黒竜と戦うために?」
「鱗を取る」
「修理のために?」
「弾を作る」
鬼平はゆっくりと目を開けた。
「それから、部下を全員帰す」
獣人連邦の国境砦に、朝の光が差し始めていた。
戦場には、砕けた盾、折れた剣、焼けた魔導具が散らばっている。
その中央で、鬼平の二挺の魔石ガトリング砲が並んでいた。
一挺は撃てる。
一挺は撃てない。
だが、どちらもまだ戦場に立っている。
ノアは遠くの工房から、右のガトリング砲へ接続する新しい砲身を運び始めていた。
グラウ将軍は、教会と王国軍の捕虜を見下ろしている。
リーゼは、黒装束の男が残した竜の紋章を調べている。
そして鬼平の部下たちは、壊れた武器の周りに集まっていた。
「軍曹」
日野が言った。
「次は、竜域ですね」
「ああ」
「敵はドラゴンです」
「知っている」
「武器は、まだ一挺しか撃てません」
「直す」
「右は殴るしかありません」
「直す」
鬼平は、朝焼けの空を見た。
その先に、黒竜ヴァルグリムがいる。
竜の鱗。
竜の血。
対竜弾。
帰還門。
そして、必ず返すべき借り。
鬼平軍曹は、獣人連邦を守り抜いた。
次に向かう戦場は、竜の領域だった。




