第13話 軍曹、ハイテンションスキルを獲得する
赤い狼煙が、森の向こうで燃えていた。
王国軍の追跡部隊が近づいている。
鬼平たちの荷馬車は、獣人連邦へ続く林道を進んでいた。
荷台には負傷した部下たち。
幌の下には、修理途中の魔石ガトリング砲。
車体の横には、捕虜にしたグレン大佐と王国兵たち。
そして街道の後方から、追跡者の足音が迫っている。
「前方にも気配があります」
ラウルが馬車の先から戻ってきた。
「後方だけじゃない。森の中にも伏兵がいる」
鬼平は周囲を見回した。
林道は狭い。
左右は深い森。
前方には崩れた橋。
後方からは王国軍。
逃げ道はない。
「馬車を止めろ」
鬼平が命じた。
御者が手綱を引き、馬車が止まる。
荷台の兵士たちが身構えた。
「軍曹、戦うのですか?」
日野が尋ねた。
「戦う」
「武器はまだ直っていません」
「左は一発撃てる」
「一発だけです」
「右は?」
「完全に射撃不能です」
高瀬が答えた。
右手のガトリング砲は、砲身が曲がり、魔石接続部も破損している。
左のガトリング砲は、佐久間の制御部品を組み込んだことで、かろうじて一発だけ撃てる状態だった。
「なら、撃った後は殴る」
鬼平は荷台から降りた。
右手に壊れたガトリング砲。
左手に一発だけ撃てるガトリング砲。
どちらも本来の武器としては不完全だ。
それでも、鬼平は両手に持った。
森の奥から、王国軍が姿を現した。
先頭には、重装騎士。
後方には魔導師と弓兵。
さらに、街道の反対側からも兵士が現れる。
数は五十以上。
ラウルが剣を抜いた。
「王国軍南部方面隊です。グレン大佐を引き渡せ。異世界人と魔導兵器も王都へ戻す」
鬼平は壊れた右のガトリング砲を地面へ置いた。
ドンッ、と林道が揺れた。
「断る」
「貴様は包囲されている」
「見れば分かる」
「ならば、武器を捨てろ」
鬼平は左のガトリング砲を持ち上げた。
魔石が一度だけ赤く輝く。
「一発だけ撃てる」
王国兵たちがざわめいた。
「一発で何ができる!」
鬼平は敵の配置を見た。
前方の重装騎士は密集している。
後方の魔導師は、橋の崩落箇所を挟んで安全な場所にいる。
左右の森には弓兵。
指揮官は中央後方。
だが、問題は撃った後だ。
一発で前方を崩しても、残り五十人がいる。
左の銃は沈黙する。
右の銃は最初から撃てない。
普通なら、勝ち目はない。
鬼平は右のガトリング砲を見た。
撃てなくても、重さはある。
左のガトリング砲を見た。
一発だけだが、撃てる。
敵の数を見た。
多い。
部下たちは負傷している。
馬車の中には、動けない兵士もいる。
逃げ道はない。
鬼平の中で、何かが切り替わった。
怒りではない。
恐怖でもない。
戦場で何度も感じてきた、あの感覚だった。
状況が一つにまとまり、やるべきことだけがはっきりする。
敵の数。
味方の位置。
地形。
武器の状態。
残された時間。
すべてが、一本の線につながった。
鬼平の手の甲にある《竜殺しの刻印》が、淡く赤く輝いた。
魔石ガトリング砲の内部で、佐久間の制御部品が震える。
左の砲身が、ゆっくりと回転を始めた。
鬼平は眉をひそめた。
「軍曹?」
高瀬が呼びかける。
鬼平は敵を見たまま、低く呟いた。
「……撃てる」
左のガトリング砲の魔石が、赤から白へ変わっていく。
砲身の周囲に、通常とは異なる魔法陣が浮かんだ。
リーゼが息を呑んだ。
「魔力の流れが変わっています!」
「何が起きている」
「魔石が、周囲の魔力を直接取り込んでいる……いえ、違います。砲の中にある魔力が減っていません!」
鬼平は引き金へ指を掛けた。
魔石が、さらに強く輝く。
壊れていたはずの冷却管が、青白い光を帯びた。
曲がった砲身が、魔力によってわずかに補正される。
左のガトリング砲が、異様な回転音を上げ始めた。
ギュルルルルルル――ッ!
「鬼平さん、撃ってください!」
リーゼが叫ぶ。
鬼平は引き金を引いた。
轟音が森を揺らした。
通常なら一発で終わるはずの魔力弾が、連続して吐き出される。
赤い弾幕が林道を走り、前方の重装騎士をまとめて吹き飛ばした。
盾が砕け、鎧が弾け、街道の土が大きく削れる。
しかし、射撃は止まらなかった。
魔石の明滅が弱まらない。
砲身も過熱しない。
鬼平は一瞬だけ目を見開いた。
だが、すぐに敵の次の動きを読む。
右の森から弓兵が姿を現した。
鬼平は銃口を振った。
弾幕が木々をなぎ倒し、弓兵たちを後退させる。
左の森から魔導師が魔法陣を展開する。
鬼平は左へ照準を移した。
魔導師たちが放つ前に、魔力弾が魔法陣を貫く。
術式が崩壊し、魔力の爆発が森の中で起きた。
王国兵が恐怖に叫ぶ。
「弾が尽きていない!」
「砲身が赤くならないぞ!」
「何だ、あの兵器は!」
鬼平の口元に、凶暴な笑みが浮かんだ。
「この《ピー》がァッ!」
第一声と同時に、弾幕がさらに激しくなった。
前方の盾兵が吹き飛び、後方の騎兵が馬ごと倒れる。
「一発だけだと言ったのに、嘘つきではありませんか!」
リーゼが叫んだ。
「撃ち始めた時は一発だった!」
鬼平は敵の中央へ銃口を向けた。
「今は、撃ち続けられる!」
第二の暴言が飛ぶ。
「まとめて《ピー》してやる! 逃げるなら森ごと《ピー》だ!」
弾幕が森の入り口を埋め尽くす。
敵の指揮官が後退した。
鬼平は逃がさない。
銃口が指揮官の進路を先回りする。
魔力弾が地面をえぐり、指揮官の足元を吹き飛ばした。
男が転倒する。
「大佐を連れて逃げろ!」
王国兵の一人が叫んだ。
鬼平はその声の方向へ照準を向けた。
「逃がすか、この《ピー》どもが!」
第三の暴言。
弾幕が兵士たちの間を走り、武器だけを正確に破壊していく。
剣が折れる。
盾が吹き飛ぶ。
魔石銃が砕ける。
人間そのものを狙わず、戦闘能力だけを奪っていく。
それでも、敵の数は多い。
左右から一斉に距離を詰めてくる。
鬼平は射撃しながら、後退した。
背後には馬車。
これ以上下がれば、負傷者を巻き込む。
敵の一部が弾幕を抜けた。
重装騎士が、鬼平へ迫る。
左手のガトリング砲は撃ち続けている。
だが、右手のガトリング砲は撃てない。
鬼平は右の砲を持ち上げた。
撃てなくても、殴れる。
重装騎士の剣を砲身で受け止める。
そのまま砲架を振り抜き、騎士の盾ごと吹き飛ばす。
弾幕と重量打撃。
鬼平は、二つの武器を別々の用途で使い始めた。
左で撃つ。
右で殴る。
敵が近づけば右で砕き、離れれば左で撃ち抜く。
「撃ちながら殴るなんて、どうなっているんですか!」
リーゼが叫ぶ。
「敵が多いからだ!」
「理由になっていません!」
鬼平は第四の暴言を吐いた。
「オレの部下に近づくんじゃねえ、この《ピー》が!」
弾幕がさらに増した。
左のガトリング砲から吐き出される魔力弾は、もはや通常の射撃速度ではなかった。
数千発どころではない。
砲身が光の輪に見えるほど高速回転し、森の中へ絶え間なく弾を送り込んでいる。
撃っても、魔石が減らない。
撃っても、砲身が壊れない。
撃っても、魔力の流れが途切れない。
鬼平の周囲に、赤い弾幕の壁ができた。
王国兵は前へ進めない。
魔導師は術式を完成させられない。
弓兵は弓を構える前に武器を失う。
戦場全体が、鬼平の射撃範囲になった。
グレン大佐は、荷馬車の脇でその光景を見ていた。
「これは……軍曹の本来の力なのか?」
ラウルが答える。
「違う。今までより、明らかに強い」
「なら、何だ」
佐久間が、鬼平の左のガトリング砲を見ながら呟いた。
「戦闘状態が、変わったんです」
「どういう意味だ」
「俺の装具にも、似たような安全解除機構がありました。限界を超えた時だけ、出力制限を外す」
佐久間は鬼平を見た。
「軍曹は今、自分自身の限界を外している」
鬼平の射撃は止まらない。
五番目の暴言が、銃声の中へ混ざった。
「まだ足りねえ! もっと《ピー》してやる!」
その瞬間、左のガトリング砲から放たれた弾幕が一段と激しくなった。
林道の先にいた王国兵たちが、武器を捨てて逃走する。
森の中の弓兵も、魔導師も、戦意を失った。
残った指揮官が叫ぶ。
「全員、退け! この男は人間ではない!」
鬼平は指揮官へ照準を向けた。
だが、引き金を引く前に、グレン大佐が声を上げた。
「待て!」
鬼平が振り返る。
「そいつを撃つ必要はない。撤退命令を出した」
鬼平は指揮官を見た。
敵は武器を捨て、後退している。
追撃すれば、まだ倒せる。
だが、荷馬車には負傷者がいる。
ハイテンションスキルらしき状態が続いている間に、戦場を終わらせる必要がある。
鬼平は銃口を下げた。
「逃げろ」
指揮官が驚いた。
「何?」
「次に来るなら、今度は当てる」
王国軍は森の奥へ退いていった。
最後の兵士が姿を消した瞬間、左のガトリング砲の回転が止まった。
魔石の光が、急速に弱まる。
鬼平の身体が揺れた。
右手の壊れたガトリング砲を支えにしようとしたが、腕に力が入らない。
鬼平は片膝をついた。
「鬼平さん!」
リーゼが駆け寄る。
「触るな」
「ですが!」
「まだ敵が戻るかもしれねえ」
「もう撤退しました!」
「確認するまで、気を抜くな」
鬼平は周囲を見回した。
王国兵は撤退。
森の敵もいない。
味方の負傷者は無事。
馬車も動ける。
そこで初めて、鬼平の肩から力が抜けた。
左のガトリング砲を地面へ下ろす。
砲身は熱を持っていない。
魔石も、射撃前とほとんど変わらない。
だが、鬼平自身の呼吸は荒かった。
全身から汗が流れている。
指が震え、肩と腰に強い痛みが走る。
「これは……ハイテンションスキルです」
リーゼが、魔石と刻印を調べながら言った。
「何だ、それは」
「あなたの戦意と竜殺しの刻印、そして佐久間さんの制御部品が共鳴して、ガトリング砲の安全制限を一時的に解除したのです」
「安全制限?」
「弾薬消費、過熱、破損防止。すべての制限が、発動中だけ無効化されていました」
鬼平は左のガトリング砲を見た。
「弾は」
「減っていません」
「壊れたか」
「壊れていません」
「右は」
「右は普通に壊れたままです」
鬼平は少し考えた。
「便利だな」
「便利で済ませないでください!」
リーゼが怒鳴った。
「発動中のあなたは、魔石ガトリング砲を無限に撃てます。しかし、効果が切れた後の身体への負担が大きすぎます!」
「どれくらいだ」
「筋肉の損傷、神経の過負荷、魔力回路の焼け……放っておけば、立てなくなります」
「何時間だ」
「何時間ではありません! 数日安静にしなければ――」
「長い」
鬼平は立ち上がろうとした。
足に力が入らず、身体が傾く。
高瀬と日野が左右から支えた。
「軍曹、今は休んでください」
「敵を確認する」
「俺たちが行きます」
「負傷者だ」
「軍曹も負傷者です」
鬼平は反論しようとしたが、言葉が出なかった。
視界が少し暗い。
耳鳴りがひどい。
手の感覚も薄れている。
リーゼが鬼平の額へ手を当てた。
「熱があります」
「砲身は熱くない」
「あなたの話です!」
鬼平は荷馬車へ運ばれた。
壊れたガトリング砲は、部下たちが慎重に荷台へ載せる。
左の砲は、ハイテンションスキル発動前よりも状態が良くなっていた。
魔石は減っていない。
砲身も壊れていない。
ただし、鬼平の肉体には大きな負担が残った。
「軍曹、名前を言えますか?」
リーゼが尋ねる。
「鬼平玄蔵」
「所属は?」
「元、陸上部隊」
「今いる場所は?」
「敵のいない森」
「違います。獣人連邦へ向かう途中です」
「そうか」
鬼平は目を閉じた。
「左の砲は、無限に撃てる」
「ハイテンションスキル中だけです」
「右も直す」
「はい」
「竜の鱗が要る」
「はい」
「竜域へ行く」
「分かっています」
鬼平は眠りに落ちる直前、荷台の上のガトリング砲を見た。
赤い魔石は静かに輝いている。
その輝きの中に、先ほどの弾幕の残像が浮かんでいた。
弾が尽きない。
壊れない。
そして、三回から五回の暴言とともに戦場を制圧する。
ハイテンションスキル。
それは、鬼平軍曹が自らの戦闘経験と、異世界の魔石兵器を融合させた結果、自然に獲得した新たな力だった。
荷馬車が再び動き始める。
遠くの森では、追跡してきた王国軍が撤退していた。
彼らは鬼平を恐れている。
だが、それ以上に、教会が隠していた異世界兵士の存在を知り始めている。
鬼平の戦いは、敵を倒すだけでは終わらない。
教会と王国の関係を崩し、部下たちを守り、壊れた武器を修理し、黒竜へ借りを返す。
やるべきことは多い。
しかし今だけは、鬼平は眠っていた。
左手のガトリング砲が、荷台の揺れに合わせてわずかに振動する。
まるで次の射撃を待っているように。
やがて、森の先に獣人連邦の国境標が見えてきた。
鬼平軍曹は、ハイテンションスキルという新たな切り札を手に入れた。
だが、その力を見た者は、すでに別の場所で動き始めていた。
教会の残党。
王国軍の上層部。
そして、黒竜ヴァルグリム。
彼らは皆、同じ結論に達していた。
鬼平軍曹を、ハイテンションスキルが再び発動する前に止めなければならない。




