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紅の赤  作者: 青階透
鬼殺し偏東京偏
31/61

11話 東京連続殺人事件簿その十 東京連続殺人事件

 

 二万文字の予定だったが、予想を大幅に超えて三万文字になってしまった。誤字多かったら報告してくれ。

 気が向いたら分割するかもしれない。ちなみにこれ、出題編です。そんなに難しくはないけど


 追記 最初の方のデッドレースのシーンがバイツァダストで5000文字も稼いでいました。その分削除したので、ご安心ください。足りない5000文字で補填しますね。



 普通の父が居る。普通の母が居る。そうして、帆群がここに居る。

 そう、俺の家庭は至って普通の家庭だった。

 

 しかし、普通なのは俺が俺が小学生の頃までだった。父が癌を患って入院する事になった。事態は深刻で医師の先生は直ぐにでも手術の必要があると言った。

 その先生は都内でも屈指の腕を持つ医者だと言われており、父はその医者を信用して手術を受けた。だが、その手術に参加した助手の一人が手術中にミスを犯し、

 

 その結果父は死亡した。先生は直ぐに対応したが出血量があまりに多く、助けられなかったと謝ってきた。その医者の名前はなんだっけか、そうだ青木継人(あおきつぐひと)っていう名前だった。その人の現在を調べてみたが、父の手術してから約十年後に同じような手術ミスで亡くなっていた。

 父は生前に生命保険を掛けていた事もあり。我が家にはそこそこの金が入ったが生活が安定するほどでも無かった。母は専業主婦だったが、俺を養っていく為に必死に仕事を探した。しかし、十年近く仕事をしていない『女性』が働ける場所など限られてくる。当然、収入も少ない。

 そんな中、俺は少しでも母を楽にする為に、就職率の高い高校に進学した。

 

 古白風高等学校。

 進学校であるその高等学校は、偏差値も高く更に制服の人気がとても高く倍率もとても高い。


 今の俺の人生を語るならここから話したほうが適切だろう。

 この『殺人鬼』 木伐帆群の人生を。



 ##############


 

 高等学校から始まる新生活。本来の学生ならばこれほど胸が弾む言葉はないだろう。

 俺の場合は違う、入学式が終わって新しいクラスメイトはクラスの親睦を深める為に色々するようだが、俺は学校が終わると同時に、家に直帰した。

 

 住んでいる家は一軒家だ。ここは土地が安かったのか、父が一括で購入したらしい。土地が安いって事はその分色々不便でもある。最寄りの駅までは徒歩で徒歩で30分ぐらい掛かるし、俺が通っている学校まで行くのですら自転車で片道一時間近く。電車代などは節約の為に払っていない。以前は自動車もあったが、少しでも家計の足しにする為に、売りに出しており、我が家の主な交通手段は自転車である。


 玄関の鍵を開けるとリビングに母が居た。というよりも俺の事を待っていた様子だ。


「おかえり、帆群」


「ただいま母さん」


 普段ならここで会話は終わる。だが、今日は違う。母の前には沢山の求人広告のチラシが置いてある。

 それは普段、母の見ている物ではなく、高校生向けの求人だ。母は待っていたのだ、俺が高校に上がり、アルバイトが始められる年齢になるのを。

 

「お母さんね。色々探してきたの。好きなの、選んで良いのよ」


 母さんが選んできたのはどれも給料の良い物で、その代わりに長時間の拘束と重労働が課せられる物だった。

 せめてもの救いがこの中に法律を破る物がない事だった。


「これなんか良いんじゃない?帆群って体が大きいから、こう言う仕事が向いているんじゃないかしら」


 母さんはその中で最も時給の良い求人広告に指を置いており、最初から選ばせるつもりはないようだ。

 日給で一万円以上の給料が入る。それに夕方から働いてもコンビニエンスストアで五時間働くよりも稼げる。

 こんなバイトを自分の仕事の合間を縫って、探してくれた事には本当に感謝しかない。でも、だからこそ言い難いことがあるのだ。


「・・・・母さん」


「お母さんね。帆群が家にお金を入れてくれるって思うと、嬉しくなっちゃって、今日はご馳走にしようと思って奮発したの」


 俺が言葉を発しようとした直後、それを遮るように次の情報を投下してきた。

 家でご馳走を食べる機会なんて、父さんが死んで以来なかった。益々、俺は伝え難くなっていた。


「話があるんだ」


「・・・話?」


 俺が覚悟を決めて口を開くと、母さんはあからさまに声のトーンを落として聞き返した。さっきまでのテンションの高さがまるで嘘みたいに感じる。


「いや、やっぱり何でもない」


 その光を宿していない瞳に俺はヒヨってしましった。


「そう?これからお母さん、仕事に行くわね。帰ってきたらご馳走にしましょ。その時までにどのアルバイトにするか決めておいてね」


 母さんはそう言ってリビングから玄関に、そして玄関から外に出てしまった。

 結局言うことが出来なかった。俺がこれから通う高等学校がアルバイト禁止な事を。

 普通なら、学校側にバレなければ問題ないと考える学生もいると思うが、そんな単純な話ではない。ウチの高等学校は校則を破った生徒に対する処罰がとても重い、一度、それが発覚すると一発で特別指導行きになって推薦を貰えなくなる。それが例え学年一位の生徒であってもだ。そうなって来ると、将来稼げる金も一気に下がる。


「俺は何て伝えれば良いんだ」


 母さんはその事を知っているのか分からない。自分からは伝えていない、だって、アルバイトが校則で禁止されていると知っただけで、進路の変更を要求しかねないからだ。この高校に通いたかったし、将来の事を考えたら、絶対この高校が最適解であると思う。

 だから、後悔はないが、、、、。

 

 それから数時間後、母さんが帰宅した。

 母さんは仕事から帰るとすぐに着替えキッチンに向かい、晩御飯の支度を始めた。エプロンを見に纏い、冷蔵庫から何かを取り出したようだ。

 俺はその間も伝えることが出来ず、沈黙を続けていた。


「お待たせ、帆群」


 母さんが机に運んで来たのは、ステーキだった。

 

「。。。。。。これが、ステーキ?」


 皿に盛られているのは何の工夫もされていない肉だった。しかも少し焦げている。

 しかも、サイズがそこまで大きくない。


「さっ、食べましょ。お母さん、初めて焼いたから少し焦がしちゃったの」


 俺も促されるままに席に座り、ナイフとフォークを手に取った。

 硬い。肉は中心までしっかり火が通り過ぎていて、ナイフでは切りにくい。ギコギコと鋸のように切って何とか口に運ぶ。

 肉は硬くてパサパサで味はとても薄味、多分だが肉に一切の味付けをしていないのだろう。普段からあまりにステーキを食べ慣れていない自分でもこれが本来のステーキがこんな味ではない事は分かる。


「こんな美味しいお肉初めて食べたよ」


「ありがとうね。お母さん、奮発した甲斐があったわ」


 外では、珍しく強風が吹いておりそれが窓を叩く。部屋の中では、ナイフが皿を叩くような音だけが木霊する。とてもご馳走を味わっている雰囲気ではなかった。

 しばらく無言の食事が続き、いよいよ母さんが口を開いた。


「それで帆群。どのアルバイトにするか、決めたの?」


 その言葉が発せられると共に、俺の食事の手は止まった。

 

 時が来たのだ。言わなければならない。それを意識するだけで、脚が震える。自然と拳を膝の上に置き震えを抑えようとしている。

 風の強さが益々上がっていく。外の木の葉っぱも揺られて大きな音を立てている。


「ごめんなさい母さん。俺の高等学校はアルバイトが禁止されているんだ。だから、アルバイトは出来ない」


 言った。言ったぞ。

 俺は恐怖を乗り越えて、遂に言ったんだ。後は母さんの様子を見るだけだ。気付けば、外の風も止んでいてまるで不安という森の中を抜けたようだ。


「今まで黙っていてごめんな、ッ!?」


 母さんの顔をしっかり見て謝ろうと顔を上に上げた、瞬間。目の前にナイフが止まっていた。

 母さんは身体を机の上に乗り上げ、手でナイフを力強く握り締め、俺の前に突き立てていたのだ。


「・・・・・・」


 その目には一切として光が灯っておらず。どこを見つめているのかも分からない虚なひとみをしていた。


「母、さん?」


 自分は先端恐怖症ではないが、明確な狂気が目の前にある。それも握っているのが肉親であるという事に、自然と目から涙が溢れていた。


「ねぇ?帆群。私は後どれぐらい一人で頑張れば良いの?ねぇ?」


「・・・・・」


「ねぇ、後どのくらい?3年?お願い答えて」


 ナイフを握ったまま、その姿勢を変えない。俺の答えが気に食わなかったからそのまま、振り下ろすつもりなのだろう。


「この高校を卒業したら、たくさん稼げるところに就職するから。お願い、あと3年だけ」


「嘘よ。嘘。お母さん分かるの、それが嘘って。どうせ3年経ったら今度は、大学を出た方がいい仕事にありつけるとか言うんでしょ?そして、家を出て。一人暮らしを始めて、そこで稼いだお金は『自分の為』だけに使う」


 母さんは言いながら体を引っ込めて、椅子に座った。ナイフはステーキのお皿の上に置かれ、段々と声が小さくなってくる。


「そんな事は無いよ。約束する」


 これは俺の本心からの言葉だった。はっきりと口に出すことで二言はないとアピールするのだ。


「この家、、売る?」


 それはあまりにも静かな言葉だった。

 あまりにも静かだったので、一瞬何を言ったのか理解できなかった。だって、今までこの家を手放さなかったのは、これが父さんとの思い出が残った最後のものだったからだ。言わば、最後の見栄。


「母さん。今なんて、言ったの?」


 思わず聞き返す。


 だが、すぐにその事を後悔した。今まで何の感情も無かったその瞳に、急激な怒りが篭り母さんはナイフを再び握り、俺の眼に振りかざしてきた。突然の事過ぎて、反応できなかった。


 はっ。気が付けば、俺の拳はまだ膝の上にあった。


「どうしたの帆群?顔色悪いわよ」


 反対側にいる母さんは、さっきまでと様子が全然違った。


「やっぱりお肉あまり美味しく無かった?」


「いいや、うん、そんな事はないよ」


 今のは俺の妄想なのか?額から汗が垂れてくる。吐き気もある、胃に溜まった不味い肉もそれを助長している。


「そう。なら良いわ。じゃあ、話を戻すけど、どのアルバイトにするか、もう決まった?」


 その言葉を聞いた途端に体の震えと吐き気はピークに達して、俺は口から大量の嘔吐を出した。

 

「・・・・・ごめん母さん」


 俺はそう言ってリビングから飛び出して、トイレに駆け込んだ。

 そこで更に追加の嘔吐を出した。涙も止まらなかった。俺は自分の母親に心の底から恐怖を感じてしまった。

 妄想とは言えど、母親をまるで、、、殺人犯にしたてしまった。

 

 それから30分近く篭り続け、胃の中身を全てを吐き出した後、トイレから出て再度母さんに謝った。そして、俺は大人しくアルバイトをする事を決めたのだった。



 ##############



 現在


 首都高速道路を2台の車が爆走していた。

 前方を行くのが『フェラーリ』。こっちには俺や琉助、そして吉田さんが乗っている。

 後方から追跡して来るのは、『ランボルギーニ』である。そっちの方には青鬼と荼鬼(兄)が乗車していると考えられる。


「吉田さんッこれ何キロ、何キロ出てるんですかァーーーーーーッ!?」


 俺はあまりのスピードでシートから背中を離せない状況が続いている。それと、さっきから掛かっている『走れメロス』の朗読音声がとてもウザい。


「知るか、今はハンドル操作に集中してるから見ている余裕はないッ!」


 これアレだ、翌日の早朝のニュースに乗るやつだ。警察官が夜の首都高を暴走運転って感じで。

 

「健ゥーーッ。何でお前の身直にいる大人ってのはどいつのこいつもイカれてんだァッ。これじゃあ、助けじゃなくて集団自殺だぞーーォ!?」


『類は友を呼ぶって奴だろ。お前もだいぶイカれてるしな』


 うるせぇーッ!おっさんとかと比べたら、全然イカれてないわッ!まだマトモだっつうの。


『つまり自分がイカれてる事は認めてんだな。やっぱり類友だろ』


 てか、何でお前はまともに喋れんだよ、こっちはほぼ全員が叫びながら言葉出してんだぞ。


『俺は今体の感覚がないからな。気分的にジェットコースターに乗ってる人視点を見てるって感じだ』


『クッソがァーーーーーッ!』


 もうこんな奴は知らん。後でとびきり恐ろしいホラームーヴィーを見せてくれるわ。


「てか、なんでアイツらこんなにしつこいんだよォーーッ!?お前ら何したァーッマジで!」

 

 あまりの追跡のしつこさにとうとう吉田さんがブチギレた。

 確かにここまで執念深く追って来る理由がイマイチ見えてこない。奴らからすれば、俺たちをん狙う機会は幾らでもある。事故死の危険があるのに、あんなスピードを出す理由はなんだ?


「あああ。それなら、俺が青鬼の免許証をとったからだろうよォーーッ!それがアイツの殺人の証明になる」


「何ィーーーーッ!?出来したぞ琉助ェーーッそれで奴の偽名は何なんだァーーッ?」


 これで法的に奴を拘束出来るし、警察が動ける。確かにそれはデカイし、追う理由になるだろう。


「落ち着けェーーッ俺もそれが免許証である事しか確認できていないッ!確認は撒いたらだァ!」


「撒くってェーーッ!?そんな簡単な話じゃあないんだぞォーーッ。アイツら、俺たちにいつに間にやら発信器を付けてやがるゥ」


「そんなことはとっくにーーーーーィッ理解してるってェェェーーーーーーーーッ」


 問題がどのタイミングで、それを付けられたかだ。

 俺たちが2人揃っていたタイミングは少ない。そもそも同じタイミングかも分からないのが問題だ。


「それについては俺にも考えがあるゥーーッ影村のおっさんが俺たちの中に裏切り者が居るって言ってただろ?その件が関わっている気がする。てか、それしかあり得ないだろォーーーッ」


「それについては俺も同感だァーーーッ!」


 それが真実となれば、俺たちに発信機を付けれるタイミングは村でしかない。

 あの村に居たのは、影村寿雄と笹原文和の二名のみ。その中で、俺たちにつけるタイミングがあったのは、、、。

 それを以て、俺たちが共通して持っている物は、、、、、


 「「ッ!?」」


 どうやら、俺と琉助で同時に一つの答えに辿り着いた。


「琉助、今アレ持ってるか?俺はあるぞォーーッ!」


「ああ、持っているゥーーーッ」


「お前ら、さっきから何の話をしている?持ってるとか持っていないとか?」


 吉田さんは俺たちの会話に全く理解できていない模様。でも、今の琉助とのやり取りのおかげで、疑惑が確信に変わった。


「発信機はキューブだァーーーッ」


「俺もそう思うぜッ」


 俺は服のポケットに入っているし、琉助もどこかしらに持っている可能性が高い。

 つまり、笹原文和が裏切り者の最有力候補になった。


「さっきから何の話をしてるんだァッ!私にも説明しろォーーーーッ」


 吉田さん、叫ぶのは良いんですが、決して運転ミスらないでください。

 せっかくの閃きがパァーッになってしまうから。首都高速道路を2台の車が爆走していた。

 前方首都高速道路を2台の車が爆走していた。

 前方を行くのが『フェラーリ』。こっちには俺や琉助、そして吉田さんが乗っている。

 後方から追跡して来るのは、『ランボルギーニ』である。そっちの方には青鬼と荼鬼(兄)が乗車していると考えられる。



 ##############



 入学してから数ヶ月経過した。

 世間では、女児の連続殺人事件が連日報道されていて、都内の小中学校では児童の集団下校と放課後の外出禁止を支持している。一向に解決の兆しの見えないこの事件で警察の信頼は落ち始めている。


 だが、俺にはそんな事は関係ない

 学校の放課後、俺がいつもの様に急いで帰る支度をしていると、クラスメイトの一人が近付いてきた。


「よう、木伐。今回こそはみんなでカラオケに行こうぜッ」


 連日の事件は確かに怖いが、そんな事は高校生には関係ないらしい。狙われているのはあくまでも小学生。そう考える奴が多い。コイツもその一人だ。工板九坂。コイツとは出席番号的にに最初の席が近く、妙に馴れ馴れしい奴で俺の友達を自称している。俺自身コイツとの友人関係は悪くないと思っているので、気にしていない。


「すまん、俺は今日も予定が入っている。また今度な」


 俺は今日も文字通り秘密のアルバイトに向かう予定だ。

 この事は誰にも話していない。いつ誰が密告するか分からないのだ、信用できる人間なんぞどこにも居ない。


「そうか、お前クラスの親睦会にも参加していなかったから、皆んなお前がどんな人間か見たいんだってさ」


「カラオケで歌だけでその人間性が分かるってのか?皆んな『眼』が良いんだな」


「違う違う、本質はそこじゃない。プライベートなお前が見たいんだよ。話し方や細かな仕草、どんな飲み物が好みでどんなタイプの女が好き、或いは男が好きか。そういう教室では見れない姿を求めてる。学年一の優等生さん」


 一回目の定期テストも終わりしばらく経った。

 俺はアルバイトをしながらも勉学に励み学年順位一位を取っていた。でも、俺自身が九坂としか交流が無いためか、謎の学年一位的な存在になっている。


「それでも、不可能な事は不可能だ。そのうち埋め合わせする」


「皆んな言っているぜ。お前が放課後に誰とも連まないのは、家がビンボーで学校に隠れてアルバイトをしているからだって。お前に嫉妬している奴も多いから、教諭側に密告されて調査されるかもってな」


「ッ!?」


 ウチの学校は校則を破る事はいかなる理由があっても許さない。

 まさに現実の社会と同じなのだ。


「まぁ、俺はお前がそんなんじゃあ無いって信じてるぜ」


「ありがとう」


 ここまで良い奴なのだ、卒業後にはこの事を笑い話にして一緒に笑いたい。


 「えっ!どうして先輩が」「あの人がッ!」「おっ、何んだこのイケメン」「せ、せ、先輩、一体何のようですか」

 何だ、教室の外が急に騒がしくなってきた。誰か来たのか?

 ガラガラガラッと教室の扉が開かれて、背が高い人物が入ってきた。その制服についているクラス証の色から二学年である事が分かる。

 そのまま真っ直ぐに俺たちの方に向かって来る。


「君が、木伐帆群くんだね?」


 そして、俺の前に止まって話しかけてきた。

 「どうして、木伐なんかに?」的な声もチラホラ教室中から聞こえてくる。

 彼が来た事で俺は一瞬でクラスの中心になった。何者なんだこの男は?


「そうですが、どちら様ですか?」


「馬鹿ッ!知らないのかよッこの人はァ、、、」


「君は黙っていてくれないか?僕が教える」


 この人が誰かを教えてくれようとした九坂を、この人は冷たい言葉でそれを制した。その瞬間の目は、あの時の母さんの物と同じで深い闇が感じられた。


「あっ、すいません」


 その圧を受けて九坂は一瞬で黙ってしまった。


「それで良いんだ。ところで木伐君、二人きりで話そうか」


「すいません。これから用事があるので、急がなくちゃいけないんです」


「帰りながらでも良いよ。何、そんな長い話はしないからね。短く出来る話をわざわざ長引かせるのは、『優秀』じゃあ無いからね」


「でも、俺は自転車だから、、、」


「同じ事を何度も言わせる事は『優秀』じゃあないぞ。この僕が話を短く終わらせるって言ったんだ。駐輪場までに終わらせるに決まっているじゃあないか」


 明らかに怒りのこもった声に周囲の人間がざわめき出す。

 明らかにさっきよりも悪い方に注目を集めてしまっている。このままでは不味い。


「すいません」


「いや、そこですぐに謝罪出来るだけで君は優秀だよ」


 優しい言葉だ。でも、何か俺に向けていた言葉とは何かが違う気がする。


「じゃあ初めに自己紹介からだ。僕の名前は青木渡志(あおきわたし)。渡された志で渡志。変わった名前だろ?」


「そんなことは無いですよ。良い名前だと思いますよ」


「ありがとう。君の名前も中々良いと思うよ。僕の父とは違って君のご両親はいいセンスを持っていると思うよ」


「ほむらという名前は母が、漢字にしたのは父です。だから気に入っているんです」


「それは良い。感動的な話だ。だが、ここでずっと話していたら、もっと人を集めそうだ。君も急いでるんだろ?それじゃあ行こっか」


 どこか怖い。まるで自分と俺以外の人間には関心がないかの様な瞳だ。

 それなのに、他者からの注目を一方通行で集めている。何者なんだ?だが、今はこの母さんと同じ眼をした人物の言葉に逆らえない。

 

「はいっ」


 青木先輩が教室を出るのに続き俺も教室を出た。先輩のすぐ後ろに続く俺の事を見て周囲の生徒たちは驚いている。こうして先輩と歩くと、やはり威圧感を感じる。自分と比べて一回り身長が高いのもあるかもしれない。おそらく身長は180cmはある。これは注目を集めるわけだ。

 さっきから分かっていたが、この先輩随分と人気があるらしい。俺がこの人の存在を認知していなかったのは単に、俺があまり人と交流を持っていなかったからだろう。或いは、シンプルに興味がなくて耳から耳へと聞き流していたのかもしれない。


「人気者ですね。先輩」


「そうでもないよ。単に僕の父が有名な医者でね。皆んな『父』にお近づきになりたいだけさ」


「謙遜はやめて下さいよ。皆んな先輩自信を見つめている。何者なんです?」


「それは僕が君の様に二学年で一番『優秀』な生徒だからね。有名なだけだよ」


「そうですか」


「ああ。それ以外に理由はない。生徒会役員でもないし、どこの部活動にも加入していないのだからね」


 きっとこの先輩は他の人間と接する際にもこの笑顔を崩さないのだろう。俺とは違って人との付き合い方が上手い。


「話がズレたね。本題に入ろう。この写真を見てくれないか」


 そういうと先輩は持っているバッグの中なら封筒を取り出して渡してきた。

 どうやらこの中に写真が入っているらしい。中身を取り出してみると、、、。


「ッ!?」


 それは俺がアルバイトをしている写真だった。この学校の生徒にバレないように夕方から早朝まで勤務している。しかも、この学校からも遠く離れているし若者が遊びに行く場所でもない。


「これは君だろ?」


「・・・・・・これをどこで?」


 写真という確実な証拠がある以上否定しても意味がない。


「なるほど否定はしないのか。潔い、実に『優秀』じゃあないか。ここで否定したらそのままこの写真を職員室に持って行くところだったよ」


「それで俺をどうしたいんですか?『優秀』な先輩は?」


「いや、別にどうもする気はないんだ。君の家庭の状況を調べさせてもらった。責任は『僕たち』にある。だから責もしない」


「責任?」


「君の父の手術を担当したのは、僕の父である『青木継人』だからね」


「そうですか」


「思ったよりも反応が薄いね。驚かないのかい?」


「青木って苗字、そして父が医者ってワードで気づいてましたよ。俺もそこまで馬鹿じゃあないんでね」


「話が早くて助かる。だから、そんな境遇にしてしまった事の詫びとして君を助けようと思っているんだ」


「俺からすれば、『同情するなら、金をくれ』って奴ですよ」


「そんな事はしない。そのやり方は『優秀』じゃあない。君が何か困った事があればいつでも相談に乗るし、それを解決する手伝いもする」


「それだけですか?まぁ、写真の件を黙ってくれるなら良いいですけど。俺から相談する事は多分ないですよ」


「いや、君は絶対に僕に相談しに来る『優秀』だかね」


「『優秀』ならそんな状況にならないんじゃあないんですか?」


「それなら良いんだ。でも、良い事を教えてあげよう。いくら『優秀』であっても、問題は起こる。いや、『優秀』だからこその問題も確実に起こるのだよ。そこで自分だけでは解決出来ない物もあるという事を知る」


「そうですか。なら、その時には頼らせて貰いますよ先輩」


 話が終わる頃には学校の下駄箱のとこまで到着していた。


「要件はこれだけだよ。じゃあ、僕はここで失礼させてもらうよ」


「最後に一つ良いですか?先輩にとっての『優秀』って何ですか?」


「強いて言うなら社会から与えられた役割だけを果たせているかどうかだね」


「役割?」


「ああ、役割だ。僕から見れば君がこの一学年で一番それが出来ている。少なくとも僕はそう思っているよ。今日話した感じだとね」


「自分で言うのは何だが、俺はこの学校のルールを破っている。それでも、、」


「君は『優秀』だ。『優秀』な者は『優秀』である為にルール、そして倫理を捨てる事が出来る」


「・・・・。なら俺はアンタとは『同じ』になれない」


「いや同じになる。なんせ君は僕が認めた『優秀』な人間なんだから」


「・・・・・・・」


「相談はいつでも良いよ。それじゃあね」


 こうして俺と青木先輩との奇妙な会話は終わった。

 先輩は自分の学年の下駄箱へは向かわずに、そのまま廊下の奥へと消えていった。本当に俺に話に来ただけの様だ。

 先輩は俺から写真を回収せずに去った。これには何か理由があるのだろう。その写真を裏返すと、そこには先輩の連絡先がボールペンで書かれている。


「これでしろってことか。無駄のない人だよ。まったく」


 俺はもらった写真を封筒に戻してからバッグにしまった。自分からは連絡するつもりはない。それからする事もないのだろう。俺は『優秀』じゃないのだから。


「おーい木伐ッ!」


 俺が下駄箱から外履き用の靴を取り出そうとしていると、九坂が後ろから追ってきた。

 どうやら、俺と先輩の会話が終わったのを待っていたかの様なタイミングだ。


「・・・・・・」


 面倒臭いと思って無視する事にした。自分の下駄箱を開けて中から自分の靴を取り出す。そのまま靴を履き替えてその場からりだつ仕掛けるが、それを九坂が逃すわけもなく、肩を掴まれて止められた。


「無視は酷くないかッ」


「俺は急いでいるんだ。なんだよ、ささっと用件を言え」


「いやー、要件ってほどじゃあないんだけど、先輩と何話してたのかなーって感じ?」


「ただ連絡先貰っただけだ。それ以上のことは特にしていない」


「スゲェーな。渡志先輩が誰かに連絡先教えるのって初めてだぜ。連絡網にすら乗っていないぐらいだし。先輩は人気者だから、それを高値を出してでも欲しいって人いんじゃあねぇの」


「売るかよ。・・・・ばーか」


 そもそも個人情報だし、俺のアルバイトの証拠でもある。そんなもの、いくら積まれても売ることは決してあり得ない。


「冗談、冗談、冗談だよ、Its joke.」


「そうか。・・・・・・じゃあな、また明日」


 もう色々面倒くさくなって来たので適当にあしらって昇降口から出て行って、そのまま帰宅した。

 さぁ、これからアルバイトの時間だ。


 その夜、連続女児誘拐殺人事件の新たな被害者が出て、その被害者は明後日の早朝に彼女の通う小学校の正門の置かれていたのであった。

 まだ解決する気配がない。



 ##############



 二台の車が夜の東京を駆ける。それも猛スピードで。

 

 前方の車を運転するのは吉田倉佐。職業、警察官それも刑事。そんな彼女が法定速度を打ち抜く速度を出しているのは、後方から迫るランボルギーニから逃亡する為である。

 その後方から迫る車を運転するのは、抱山先生(だきやませんせい)。彼が運転するのは彼自身に遠距離の存在を攻撃する能力がないからである。しかし、隣に座る青鬼にはここからの攻撃が可能である。

 

 青鬼は窓から手を出し、そこから道路に対して水を垂らしていく。水が道路に着くと同時に気化して空へと登っていく。

 これで能力の条件は整った。


「一瞬で良い、速度を限界まで上げろ。俺があのタイヤを破壊する。俺が攻撃を仕掛けると同時にブレーキを掛けて止まればこちらは無傷だ」


「派手にやり過ぎるなよ。既に注目を浴びすぎている」


「そんなことは承知だ」


 青鬼は再び腕を窓から突き出した。それ合わせるタイミングで抱山が速度を一気に上げる。

 二台の車の距離が今までで最も接近する。


「まずいぞめっちゃ近い。目が合う距離だ。刑事さん、もっと速度は出ないのかッ」


「無理言うなこれ異常速度を上げると、確実に事故る。全員まとめてあの世行きになる。お前らでなんとかしろ」


 吉田はミラーで容疑者の顔をよーく観察する。双方の男に人間ではあり得ない角が生えている事に、この騒動が自分の中の狭い世界での問題ではないと理解する。


「琉助ッ持っているキューブ全部よこせ。俺がなんとかする」


「何するつもりだ?健」


「これを相手に返却する。思いっきりぶん投げてやるよッ」


「なるほど、俺の手持ちの7個だ、これで全部。受け取れ」


「あんがと。じゃあ、いっちょ行ってくるわ」


 琉助が後ろから手を伸ばして健にキューブ7個を手渡す。健はそのままシートベルトを外して窓から体を出して、そのまま車の外に出る。


「おいおいおいおいおい。危ないだろ」


 その異常な行為に吉田はツッコミを入れるが、彼の耳にはそんな言葉は入らない。そのまま彼はフェラーリの上によじ登った。


「これでも喰らえッ」


 彼の狙いは相手側のタイヤをキューブに収納することで車を転ばすこと。それが成功さえすればこのカーチェイスは彼らの勝ちで終わるのだ。

 綺麗な投球フォームから投げられるキューブであったが、空中で氷の礫が衝突して破壊される。


「そうはさせないぞ」


 青鬼もたける同様に窓から体を出して上によじ登ってきた。


「先に横転すんのお前たちの方だ」


 青鬼は氷の礫を手の上で生成してフェラーリ側に放つ。それが持つ貫通力がタイヤの分厚いゴムを貫く威力であるということは、青鬼の言動から想像は容易い。


「させるかッ」


 それに対して、今度は健がキューブを投げて氷の礫を空中で収納する。

 これでキューブの無駄使いと車の防御の両方が出来る。しかし回数制限があるので何度も同じことは出来ない。


 青鬼は再び手の中に氷の礫を作る。健もそれに合わせる様に手の中にキューブを握る。先制したのは青鬼、しかし、健もほぼ同時に投げる。その攻防を何度か繰り返して、互いに譲らない状況が続く。


「弾切れか?」


 健の手には既にキューブはない。その証拠に青鬼が手に氷の礫を握ってもそれに反応していない。

 

「でもこれで追跡から逃れられる。違うか?」


「さあな。それは可能になっただけで、出来たわけじゃあないんだろ?出来ると出来たじゃあ違う」

 

「だったらもう一段階確率を上げさせてもらうぜ」


 そう言って健は青鬼に向かって走り出した。青鬼はそれに対して身を構える。健の最初の一撃を軽々と掴んで、カウンターのパンチを健に喰らわす。


深・水母愛(MOTHER)


 更に青鬼は掴んだ健の手に能力で水を硫酸に変化させる。

 ジューッという音がなり、健の手を溶かし始める。


「熱ッ!硫酸かッ」


 硫酸による攻撃、それに加えて青鬼は腹部を蹴り飛ばす。後ろに下がりそうになるのを手を強く握ることで防ぎ更に追撃を加える。健の顔面を三回のパンチで歯を二、三本へし折る。


「されたままでいられるかッ!ウオォォォッ赤破壊鬼(レッド・デーモン)ッ」


 健は捕まれた拳に妖気を送り硬質化させて、強く押し返した。掴んだ手を弾き、真っ直ぐに青鬼の腹に直撃させる。その威力はあの唐暮勿牙(からくれないが)すらダメージを与えたほどで、青鬼は後ろに大きく吹っ飛ばされる。


「グッ!」


 後ろに飛ばされた青鬼はそのまま道路へと投げ出される。これで撃退は成功したかと思えたが、


深・水母愛(MOTHER)ッ!」


 青鬼は即座に腕に着いた水を水蒸気に変化させて、車まで伸ばす。そして車に触れた瞬間に水蒸気を氷に変換して、水の密度を縮める勢いに任せて車に帰還する。


「マジかよ」


「これぐらいのことは造作もない」


 このまま青鬼は近距離戦に持ち込む、格闘技術は青鬼の方が完全に上。


 健がパンチをしてもそれを青鬼に簡単にかわされて、腹に膝蹴りを受ける。追加で顔面を殴られる。蹴りをしても身体を反らすように回避してその体勢からの回しを健に喰らわす。

 こればかりは戦闘経験の差が大きく、健の方はいくら赤破壊鬼(レッド・デーモン)の威力が高くとも、それが当たらないのなら意味はない。


「拳が重くて全然当たらないぞッ。それに攻撃に集中しすぎて防御と回避に余裕がないッ」


 健の攻撃を次々と去なしながら、的確な攻撃を健に叩き込む。


「最初の方は少し出来ると思ったが奇襲専門だった様だな。この程度の相手に負けるとは赤鬼の奴は実に不甲斐ない」


「くそぉー」


「攻撃か防御か回避かの選択、判断が遅い。それじゃあ敵は待ってくれない。そんな生優しい世界じゃあないんだよ」


 高速道路がカーブに差し掛かり、上に乗っている二人は飛ばされないように足に今以上の妖気を纏う。カーブが終わると遂に二台の車が横一列に並んだ。

 それに応じて二人は並行して動いて車の真ん中まで歩く。そこから戦闘を再開した。健も徐々に青鬼の動きに慣れてきて攻撃を回避できるようになったが、青鬼はその上を行く。能力なしの戦闘でこれほどの実力。

 これは純血種特有の身体能力の高さがある。純血種の鬼は古代より代々、高濃度の妖気を取り込んで変化した遺伝子を色濃く受け継いでおり、純血種以外の鬼と比べて戦闘能力が高い傾向がある。青鬼も例に漏れずに身体能力、特に反射速度がとても速い、1秒も満たない時間で最高でも三回の能力を連続で発動できる。


「舐めるなッ!」


「この程度」


 健も負けじと喰らいつくが、青鬼は更に速度を上げた。

 もはや、身体では反応できない速度で連続のパンチ、肘打ち、肩パンを受ける。


「ウオおお!」


「無駄だ。良い加減にしろ。妖気もまともに纏えてない。集中力が切れ始めているのが俺でも分かる」


「『お前』は今は黙ってろッ。俺はまだやれる、黙って見とけ」


「まるでゾンビだな。立ち上がるのは執念か、それとも本当にゾンビで脳が機能していないのどっちだ?」


「俺は山門健(やまとたける)だッ誰がなんと言おうと山門健(やまとたける)なんだッだから譲れない時があるッ」


「上を見ろ。あれは全て雨雲だ。あと二、三分で雨が降り出す。そういう風に生み出した。お前の全身が雨に浸かった瞬間、その身体を下にいる者どももろとも吹き飛ばしてくれる。それがタイムリミッドだ」


「それまでにテメェらをぶっ倒せば良いんだろ。簡単だ」


「俺は自分が最強だとは思っていないし、俺よりも強い奴が沢山いることは俺も認めている。だが、俺はそこらの雑魚とは違うって事は理解してもらう」


 青鬼の実力は中鬼の中で一番の実力を有しているが、その上で高鬼50人とも比べて25位以内の実力を持っている。それでも、彼が中鬼に居座り続けるのは、、、、、、。


「だからお前が俺に勝つ事は不可能だ」


「そんな説明は俺には関係ない良いから『お前』は黙ってろ」


 健は構えをとる。そして、車はトンネルに突入した。いきなり月の明るさから人工の灯りに切り替わったが、それにも臆する事なく二人は組手を続ける。やはり実力は青鬼のほうが上だが、奇跡的な一撃で健が青鬼の腹を捉えた。


「うわぁッ」


「これで二発目ッ」


 青鬼は後ろに飛ばされるが、足に体重を掛けてそれを防ぐ。その隙を健が逃す訳もなく追撃の攻撃を横顔に喰らわす。一度たけるの重い攻撃を受けてしまうと車から吹き飛ばされない事に集中する必要があり、青鬼とて大きな好きになってしまう。


「このままッ」


深・水母愛(MOTHER)ーーーーーッ!」


「ッ!?」


 調子付いていた健に対して青鬼はトンネル内に響き渡る声で自身の能力名を叫んだ。

 カウンターを恐れた健はほんの一瞬、攻撃の手を緩めてしまった。そんな僅かな時間を青鬼は逃さない。一足で」距離を縮めて健の腹に渾身の一撃を叩き込む。


「アわぁーーーーッ」


 健はその一撃で車から大きく吹き飛ばされて車から落下しそうになるが咄嗟に窓ガラスをパンチで貫いて、血まみれになりながらも何とか吹き飛ばされないように掴まれた。

 この状態のままトンネルを抜けた。そして、再びカーブに突入した。それによって再び『フェラーリ』が前に出た。すると、後ろには青鬼が立っている『ランボルギーニ』。


「随分無様だな。このまま手を爆破したらお前は道路と高速でキスする羽目になるぜ。わざわざ雨雲を用意するまでもなかったな」


 青鬼は自身の腕に水を掛ける。この動作は中距離や遠距離の相手に能力を使う際に使う動作で能力を常に発動できる様に腰に幾つかの魔法瓶を装備している。

 

「マズいッ」


「トドメだッ喰らえッ深・水母愛(MOTHER)ッ!」


 青鬼側の『ランボルギーニ』が大きくスリップした。どうやら右側の車のタイヤが消滅したようだ。


「何ッ!」


 青鬼は予想外の出来事で驚くが、咄嗟に両手の水分を強力な瞬間接着剤に変化させて、空中にひっくり返った車に張り付き、車を持ち上げながら道路に着地する。

 健たちの方はそんなことは気にせずに前へと走り去って行った。車が無いのならもう彼らを追跡する手段はない。


「フゥゥゥゥゥッ!今のはッ琉助かッ!」


 『フェラーリ』の方では健が興奮気味に声を上げていた。彼自身も理解が追いついていなかったが、数秒後に大まかの状況を理解した。だから叫んだ。


「良いからささっと入って来い。振り落とされんぞ」


「はいはい」


 これにて二組のカーチェイスは終幕した。

 勝者は健、琉助、吉田の3人だ。


「クソがッ。おい!そっちは無事か?」


「なんとか。俺たちにしては出し抜かれたな」


「ああ、早めに馬飼琉助を始末すべきだった。それが一番の失敗だった」


「アイツは必要とあれば味方すら欺く人間だ。敵にいれば厄介すぎる」


 ここにきて空から雨が降ってきた。これは青鬼の能力である深・水母愛(MOTHER)の影響である。青鬼が言っていた様な活用もできる。だが、この雨の本来の効果は、、、、、。


「俺が早い段階で深々・幻夢ノ母(MOTHER2)を使っていれば」


「おい!危ないッ」


 抱山の声で青鬼は素早く後ろを振り向く。すると、青鬼たちに向かって

 

その車の運転手も勿論、ブレーキを掛けていたが車は急には止まれない。

 そのまま車がぶつかった事で大きな爆発が起こった。


 

  民間人 一名死亡

  荼鬼(兄)の肉体 死亡

  青鬼 生死不明



 ##############



 その日、母さんは首を吊った。

 その足元には椅子が倒れており、普通に考えればこれを使って自殺を行ったと思えるが、違うと断言できる。そう思うのは、今から約一時間前に起きたことのせいである。


 遡ること数時間前。


 その日の始まりは至って普通で、普段と何ら変わり映えのしない朝だった。変わった事といえば気温が涼しくなってきて衣替えをしたぐらいだろうか。ウチの高校の制服はブレザーな為、意外と目立つのだ。


「行ってきます」


 普段はその言葉を言わずに家を出ることが多い。

 それはこの時間の家に誰もいない事が多いからである。普段の母さんはこの時間はまだ仕事から帰ってきていない。自分は未成年で18歳未満だから水商売のことはよく分からないし、どんな仕事かも、自分の親のことである為、想像したくは無い。


「ーーーーーーーー」


 返事は返ってこない。まだ寝ているのだろう。今日は久しぶりに休日が取れたようで自分の部屋の中で寝ている。日時になるの事がある。あの守銭奴の母さんがなぜ今日という日は仕事を休んだのか?俺の誕生日だって家族の記念日だって休んだことのの無い母さんが、、。

 だが、そんなことは一々気にしてはいられない。この世におけるありとあらゆる事象なんて深読みしたって結局大した理由なんてないのだ。


 それから一時間近くの時間を掛けて俺は学校に到着した。今日は風がいつもより強く、そのせいかいつもよりもギリギリに到着した自転車を駐輪場に止めて急足で校舎へと向かう。辺りを見渡すと自分と同じ様に遅刻ギリギリで走っている生徒が多い。

 下駄箱につき自分の上履きを取り出そうとした時、中に手紙が入っていた。ハートマークのシールで封をされているそれは、いかにもなものだったが今は中を見ている時間はない。手紙を手に持ったまま教室へと向かった。


「おはよ、木伐くん」


 教室に入ると、扉のそばに席があるクラスメートの女子から挨拶された。それに続いていろんなクラスメートからも挨拶を掛けられる。これもこの間の夏休みに九坂の誘いでクラスメート達と遊びに何度か行った。もちろんアルバイトの休みの日を縫ってだ。


「ああ、おはよう」


 俺も普通に返す。これが普通。新学期から始まった新たな学校生活。この状況まで仕立ててくれた九坂にはとても感謝しているし、この学校においても一番の友達と言っても過言ではない。


「ヨォお、帆群!ささっと席につけよ、遅刻になるぜッ」


「分かっている。お前も早く座れよ、九坂」


 こうして朝のショートホームルーム前の一時が終わる。特に報告も無いようでその時間も直ぐに終わる。終わると同時に俺は今朝の手紙を開封する。


『今日の放課後、体育館裏で待っています♡』


 内容は至ってシンプル、俺に対する呼び出しだ。文字は女子特有の丸文字。しかし趣味の悪い悪戯の可能性もある。まぁ、今日はアルバイトが入っているから、行けないのだが。


「さて、どう断るか」


 何も言わずに呼び出しを断ると、流石に可哀想だ。


「何見てんだ?帆群」

 

 俺が手紙を見て悩んでいると、どこからか九坂が声をかけてきた。相談するには最適な相手だな。そんな九坂は俺の手紙を見て一瞬険しい顔をしていた気がする。


「ラヴレターだ。でも、今日は用事があって時間が惜しいんだよ。別の日にしたいんだが、如何せん差出人が分からない。九坂はこの文字見覚えないか?」


「う〜ん。いや俺もそんなに女の文字に注視してないしな。でも、これは行ったほうが良いんじゃあないか?そんなに時間食わないと思うし、、、お前の用事ってやつも事情を話せば理解してくれるんじゃあないか?」


「確かにな。少し遅れることを連絡入れるぐらいは問題ないか。今まで考えもしなかった」


 そのアイデアは良いな。でも、乱用すると信用を失いかねないな。

 後で店長に連絡入れてみるか。


「だろ〜。何なら途中まで俺も付き添ってやろうか?」


「それは良い。てか、お前は俺を揶揄いたいだけだろ?」


「まあな。でも、どっちを選択するにしても、相手を傷付けるなよ」


「当然だろ。こう見えても母さんのお陰で女性を傷付けない方法は熟知しているつもりだ」


「ふ〜ん、『女性』のねぇ〜。それなら良いけど」


 九坂は意味深な含みを言葉に入れていたが、この時の俺はその事に気付かなかった。その時の俺の頭の中には相手をどうあって振るかを考える事で一杯だった。俺は今回の件は行くにしろ、行かないにしろ最初から断るつもりでいた。理由はシンプル、俺にそんな余裕がないし、資格もないのだ。


「そろそろ授業だ。席に戻れ九坂」


「はいはい。じゃあまた後で話に来るわ」


 それから数時間後、昼休みの時間になった。

 俺は普段からこの時間に昼飯を食う事はない。お金がもったいないからだ。義務教育時代は学校給食があったが、もうそれはない、母さんは弁当を作る時間がないしアルバイトで稼いだお金は携帯代以外は全て家に入れているから、購買で買うことも出来ない。

 だから俺の目の前で弁当を食う九坂の話を聞きながら過ごしている。九坂の方は勾配で購入したと思われる焼きそばパンを食べている。


 適当に過ごしていると、メールが届いた。

 店長からだ。何だか嫌な予感がする。


『木伐帆群君。申し訳ないんだけど、君は今日から仕事に来なくていいよ。理由なんだけど、ウチの会社も厳しいんだけど、このままじゃ正社員の給料も払えなくなってしまうんだ。本当にすまない、でも新しいアルバイトを探すのを手伝わせてもらうね』


「ッ!?」


「どうした帆群、急に顔色悪くなったけど」


 アルバイトをクビになった事自体はあまり問題じゃない。問題なのは、この事を母さんに報告するどう報告するのかだ。どんなに言葉を取り繕っても無事で済むはずがない

 マズい、未来の事を思うだけで胃の中から何かが込み上げてくる感じがする。


「ちょっとトイレ。急に腹痛が、、、授業までに戻れなかったら先生に説明しておいてくれ」


「ああ、分かった」


 俺は大急ぎで教室から飛び出して一年生のフロアの男子トイレに駆け込んだ。しかし、運が悪くこのフロアの個室は全て埋まっていた。このままでは仕方のないことだ、階段を降りれて二年生のフロアの男子トイレに駆け込む。


「はぁはぁ、ヤバい」


 誰にも聞こえない様な小さな声を漏らす。トイレに駆け込んだが、流石に学校の中では嘔吐は出来ない。それが人間としての最低限のモラルだ。だが、生理現象を抑えるには限界がある。


 こんッこんッこんッと突如として足音が聞こえてきた。その足音はドンドンと俺の入っている個室に近付いてくる。

 どこか不気味な足音、それもワザとらしいぐらいな様子だ。


「木伐君、大丈夫かい?」


「ッ!?先輩ッ!?」


 その声は青木渡志。ことあるごとに俺に会いにくる少し不気味な先輩だ。

 どうして俺がここに居ることが分かったんだ?


「君が上の階から慌てて降りてくる姿を見たんでね。心配できたんだよ」


「心配かけてすいません。でも大丈夫です」


「なら、良いんだ。『相談』ならいつでも乗るよ。それじゃあ、さようならだ」


 そのまま不気味な足音が遠くに去って行く。

 しばらくして昼休みの終わる時間になった。ゆっくりと心を落ち着かせる時間を得られたお陰で、吐き気は完全に去って行った。その後は普通に授業を受けられた。


 放課後になった。今日のアルバイトは無くなったので俺は迷うことなく体育館裏に行くことが出来た。でも行けたのは母さんと話すまでの時間稼ぎをしたかったもしれない。

 そこで俺を待っていたのは、、、、、、。痛みだった。

 俺が体育館裏に着くと同時に後頭部をおもいきし殴られてその場に手を着いてしまった。まだ顔を上げていないが、地面に伸びる影を見るだけで相当数の人数に囲まれている事が分かる。


「おい。有金全部寄越せよ、アルバイターの優等生くん」


「ッ!?」


 どうしてその事を知っているんだ。その事を知っているのは俺と母さんと青木先輩だけだ。いや、ブラフの可能性がある。そう簡単に、はい、そうですとは答えられない。


「何の事だッって顔してるな。俺たちはしっかりと証拠を掴んでから、動くんだよ。前からお前の事はマークしてた、お前のお友達が、怪しいって金で情報を売ってくれたからな」


 友達?

 ソイツは誰だ。そういう奴は俺のダチには居ない。可能性があるとすれば、きっと他のクラスメイトだ。


「来いよッ。工板九坂くん、顔見せてあげろッ」


「ッ!?」


 九坂だと、何を馬鹿な事言っているだ。

 アイツが俺を裏切る訳、、、、。


「すまん」


 聞き馴染みの深い声が聞こえた。それも先輩たちの中から、彼らがその場を退くとそこには、九坂が立っていた。


「売ったのかッ!?俺を、九坂ァッ!?」


「おいッ。誰が俺たちと口聞いて良いって許可出した?社会のカスの分際で」


 そう言うと先輩は上げた俺の顔面を思いっきり踏みつけてきた。その威力は凄まじく、鼻から大量の血を噴出するまでに至った。


「こんな状況でそんなに興奮すんなよ。たらたら鼻血垂らして。お前ァ変態か?」


 犯人の先輩が冗談を飛ばすと、周りの取り巻きたちも大笑いし始めた。こいつら全員狂ってやがる。


「テメェらッ!コイツボコして有金全部奪えッ。妥協したら次のターゲットはテメェだと思えよ」


「ふざっけ、、、」


「ダァ・カァ・ラァ、テメェは喋んなッカス!」


 先輩が倒れ伏す俺の顔を蹴り飛ばし、それを合図の様に周りの先輩たちがいっせいに攻撃を始めた。


「助けてくれッ!九坂ァ!」


 俺は絶叫の様に九坂に助けを求める声を出す。すると一人の先輩が俺の髪を掴み、そのまま強引に顔を上げさせた。その方向には未だ攻撃に加勢していない九坂が立っている。


「九坂、テメェもやれ。このカスの顔をグチャグチャに踏み潰せッ」


 先輩から九坂へと残酷な命令が下される。それを拒否出来るほどの勇気がアイツにない事は分かっていた。だが、俺は諦める事が出来なかった。


「頼む九坂、助けてくれ」


 最後の希望に縋る様に、俺は懇願した。九坂はとても動揺している。ここまでするとは思っていなかったようだ。九坂が先輩の方を見ると先輩は無言の圧を彼に掛ける。


「クッ、くたばれッ!このカス野郎ッ!」


 九坂は歯を食いしばりながら、俺の顔を顎から蹴り上げた。その瞬間軽い脳震盪が起きて、俺の意識が揺らいだ。


「全部お前が悪いんだッ!お前がッ!」


 九坂は涙声の様な叫びを上げながら何度も何度も俺の顔を掴んで殴った。一回一回に力を込めて。

 その光景を見る周りの先輩たちは大笑いしている。


 気が付けば、周りはもう夜だった。俺の身体は身軽だった。制服は着ていた。しかし、財布を含めた様々な物が無くなっていた。でも、これで解放されたと思えばマシだったかもしれない。急いで家に帰らなくては、母さんがさらに怒る。


 ボロボロの身体を引きずって駐輪場を目指す。幸いにも自転車の鍵は取られていなかったから、帰る事が出来る。

 駐輪場に着くと、自転車のタイヤがパンクしていた。鋭利な刃物で穴を開けられたのだ。


「・・・・・・・・」


 何となく分かっていた。

 こうなる事は奴らは妥協しない。最高級の絶望を与えてくる。校門はとっくに閉まっているが、なんとか外へ出た。そのまま本来なら自転車で帰る道を一人で歩いた。


 頭によぎったのは母さんにバイトをクビになった件をどう説明しようかと言う考えだけだった。

 時計の針が二周目の10を指した頃、ようやくこの長旅が終わった。


 家の鍵は掛かっていなかったので簡単に入る事ができた。と言っても母さんは普段から家にいる時はあまり鍵を掛けない。だが、今日はどこか妙だった。いつもよりもドアノブが軽い。

 玄関に入ってまず確認できたのは靴箱が荒らされていた事だった。中にしまってあった靴が雑に玄関に放り投げられていた。


 とてつもなく嫌な予感がした。靴を雑に脱ぎ捨てて急いでリビングに向かう。リビングも玄関同様にとても荒らされておりまるで強盗が入った様な姿になっていた。

 それだけでない。そこでは、、、、、、、


「・・・・・・・・・母、さん?」


 母さんが首を吊って自殺していた。



 ##############



 あの日以来、俺は学校を中退した。母さんが死んで、更にはあれだけの事があったのだ、もう通える訳がない。

 警察の捜査によると、あれだけの惨状を見た上で、自殺と判断されてろくな調査れずに打ち切られた。


 母さんの葬式はろくに行われずに、父と同じ墓に入れられた。それが彼女にとって一番良い弔いだと思う。


「おい!木伐ッまた同じ事をッ」


 あれから数年、俺は都内の防犯関連の仕事に就いていた。主な仕事は防犯カメラの設置などの使いパシリばかりだった。俺はキチンと仕事をこなしている。『優秀』だから、だが最近入ってきた後輩が失敗を繰り返す。その度に俺は後輩のミスの責任を負わされた。


「はいっ、善処します。させます」


「これだから中卒はッ、使えない」


 その言葉を何度も聞いた。社長は他の言葉を知らないかの様に、それを繰り返す。飽き飽きした、でも許せない事があった。実際にミスを犯す後輩は何のお咎めが無いこと。きっと彼が大学を卒業しているからだろう。

 結局、どれだけ『優秀』でも学歴という薄っぺらい言葉の一つで信用が大きく変わるのだ。


「まったく何年この仕事やっているんだッよ」


 もうそんな年数は覚えてない。それに興味もない、本当にどうでも良い事だ。

 後輩もどこか俺のことを舐めている。その事がよく分かる。表には出さないが、内面では俺の事を中卒だと馬鹿にしている。


「これ、辞表です。辞めます」


 このクソみたいな人間関係に嫌気が差していた。だから、今度、俺以外のミスの叱責を受けたら提出しようと前々から準備していた。


「なっ、何を急に言い出すだ。き、貴様ッ、雇ってやった恩義を仇で返すつもりかッ!?」


 俺がこれを提出すると急に手の平を返したかの様に、慌てふためきだした。だが、これを取り下げるつもりは微塵も無い。


「今までありがとうございました」


「今辞められると困るんだ。頼む、考え直してくれ」


「・・・・・・すいません。それは出来ません、中卒の俺なんかはこの会社に必要ないかと」


「そんな事はないッ!この通りだッ、考え直してくれッ!」


 社長が地面に額を擦り付けて懇願されるが、そんな事はもう関係ない。

 その姿を見て流石に申し訳なく感じてきた。俺は社長の前にしゃがんで、肩に手を乗せた。


「止めてくださいよ社長、こんな中卒相手に頭下げるなんて。みっともないですよ」


「木伐くん、、、」


「でも、考え直すつもりはないです」


「ッ!?」


「さよならです」


 それを言って俺は背を向けてこの部屋のドアへと歩いて、出ていた。何か社長が叫んでいるようだが、全く耳に入れるつもりはない。


 電車で家に帰る。今住んでいるオンボロアパートはそれ程家賃が掛からない、それにミニマリストなので節約がすごく出来ている。新しい仕事が見つかるまではアルバイトで間をつなげば生活出来そうだ。


 その後は適当な居酒屋のアルバイトに応募して、働き始めた。ここでもあまり良く思われてはいなかったが、どうせ次の職場が見つかれば、辞めるつもりだから気にはならなかった。


 仕事を始めてから二ヶ月ほど経過した。未だに次の仕事は見つからない。やはり最低限高校を出ていないと雇うという決断が難しいのだろう。そう思いながら働いていたある日、いつもの様に働き終え店を出ると懐かしい顔と出会してしまった。



「お前、木伐じゃないかっ?!」


 酒で酔って同僚の肩を借りて俺を指差すその男は、我が高校時代の元友人、工板九坂(こういたくざか)だった。

 どうやら会社の同僚と飲み会に行ってその二軒目のようだ。


「・・・・・人違いだ」


 関わりたくもない。俺はささっとこの場を離れようと背を向けるが、即座に肩を掴まれて止められた。


「いいや、その声、その声はお前だ。忘れるかよ、、、お前のあの絶叫ォ」


「・・・・・」


 その九坂の発言を聞いたほぼ全ての人が絶句した。相当普段のものと言動が違うのだろう。


「お母さん、ヒック、元気か?」


「ッ!」


 それは明らかに他意を含む言い方だった。

 だが、俺の母さんが死んだ事は俺の親族以外は知らないはずだ。


「あっ、ゴメン。首吊って死んだんだっけ?」


「おい!酔っ払いすぎだぞ!」


 いつもと違うらしい様子に周りの同僚たちが彼を止めようとするが、彼は止まる事はない、まるで暴走機関だ。


「今度墓参りさせてくれよォ、しょんべん掛けてやるからよッ!ハハハァ」


 そして、俺も暴走機関になった。

 気付けば九坂の顔面を、鼻をへし折る威力でぶん殴っていた。


「ザッけんなよッ!」


「殺すッ!テメェだけはァッ絶対にこの世に居させてたまるか!このクソヤロォッ!」


 怒りで頭の中が一杯になっていた。人生で最も怒った瞬間かもしれない。そのせいか、


 周りの同僚が通報した事で、駆けつけたガタイの良い警察は俺の事を現行犯で取り押さえ、そのまま連行して行った。

 

 その後、色々な事情を書かれた上で、九坂側が訴えないとのことで釈放された。しかし、お陰様で、せっかく見つけたアルバイトはクビになってしまった。それに今回のことで就職活動がより困難になっただろう。本当にアイツは疫病神だ。


 こんな身分になったが、生活保護はもらう気にはならなかった。理由は単純に俺のプライドがそれを許さなかったからだ。『優秀』な俺がそれに頼ったら終わりだからだ。

 最低限の持ち物だけで人は日々を過ごす事ができる。何も問題はない。


 ドンドンドンドンッ!


 家の扉を勢いよく叩く音が部屋中に響いた。インターホンがないからドアをノックする必要があるのはよく分かる。けれど、そこまで大きな音でノックする理由が分からない。別に闇金からお金を借りた訳でもないし、誰かの保証人になった訳でもない。


「誰だ?近所迷惑だぞ」


「俺だッ!木伐ゥッ!さっさと出て来いッ!」


「九坂か、帰れ。俺はお前と『二度と』関わりたくないんだ。失せろ」


「クズがッ、調子に乗るなよッ!テメェのせいで俺は何もかもを失ったんだッ!賠償しろッ、俺の人生を破壊した罪を現金で支払えッ」


 ドアを一枚隔てた先で、怒鳴る九坂。顔こそ見えないが怒りで顔が真っ赤に染まっていることは分かる。


「生憎、俺がテメェに支払う義務も金もねぇ。これ以上騒ぐなら、警察を呼ばせてもらう」


「ちっ、面倒臭いな。7月19日、つまり明後日の夜の9時にここの住所に一人で来い。金を持ってな」


「だから、持ってないって言ってんだろ。何度も同じ事を言わせるのは『優秀』じゃあないぞ」


「うるさいぞ。持って来なかったら、分かってるな」


「勝手にしろ。俺は行かない」


 返事が返ってこない。どっかに行ってしまったのだろうか。あんな事を言って俺が来るとでも本気で思っているのか?馬鹿馬鹿しい。先に俺の人生を奪ったのはアイツの方だ。とやかく言われる筋合いは無い。


 だが、このままで良いのか?いつまでも過去の事を引きずっていて、あの時もそうだった。あの後、アイツとしっかりと話し合えば問題は無かったのではないか?元はと言えば、俺とアイツは友人だったんだ。和解できるのでは無いのか?仮に一人でノコノコ行ったとして俺がボコボコにされてもその時は警察に頼んで穏便にすませば良いんだ。


 『誰も人を殺したいと思うわけがないんだ』


 だから話し合えば良いんだ。最初からそうすれば良かったんだ。



 ##############


 

 それは突然の出来事だった。

 夜の9時、周りの明かりはどれも灯っていない。せいぜい街灯ぐらいだ。普段なら子供たちがここで野球なりして遊ぶのだろう。でも、今はここには俺と九坂の二人しか居ないはずだった。

 俺が金を用意していない事に、九坂は憤怒した。そんな彼に俺は今度こそしっかりとした対話をしようと、顔を、瞳を見ていた。そんな時、突然、一人の男が現れて九坂の背中を刺した。


「ああ、くっ」


「ッ!?」


 男は九坂を押し倒し、背中を何度も刺し始めた。男はフードを深く被っており、その顔は分からない。でも、それに篭っている感情は憎悪なのか快楽なのか、それすら分からない。とにかく得体の知れない恐怖がそこに居た。


「た、助けてくれぇぇ」


「・・・・・・・・」


 九坂は俺に助けを求めて手をこちらに伸ばしてくる。しかし、俺はこの恐怖のせいで足がすくみ動く事が出来ない。金縛りに抵抗できない様に俺はただそれを見ていた。

 やがて、九坂の瞳から生気が消えて、伸ばされた手は地面に堕ちた。工板九坂はたった今死んだのだ。


「フハハハハハハハハハハハッ」


 男は九坂が死んだ事を確認すると大きく高笑いした。

 狂ってやがる。それしか言葉が浮かばない。『普通』の人などは誰かを殺しても殺しても笑う事などできない。でも、彼も笑っていた。


 男はこちらを振り返りそのフードを取った。そして、その顔には見覚えがあった。あの時、九坂の狂言を制止した同僚だ。でも、あの時とは明らかに人相が違う。


 コイツは人じゃない、そう思わせる程のものを感じた。外見は人そのもの、だが内面はまさに『鬼畜』そのものだった。



 #############



 現在


 俺は自然とここに足を運んでいた。

 今頃報道では、連続殺人事件の犯人が逃亡中と緊急で報道している事だろう。どこかに身を隠す必要がある。でも、何故ここに来てしまったかは分からない。


 事故物件だ。取り壊されているか、誰も住んでいない廃墟になっていると思っていた。でも、意外にもそこには人の営みがあった。表札には『青木』という姓が書かれている。


 俺はこれからここに、この家に潜伏する事にした。



 

 書いてて思ったこと、これ前回よりもデッドレースしている。まっ、良いか。

 次回からもうしばらく一万文字になると思います。


 次回 『優秀』な家族。

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