彼の兄
彼は『門番』である。
魔物を害虫扱いした挙句、子供からお年寄りまで畑仕事の片手間で害虫駆除に勤しむような、ある意味常識はずれの故郷を持つ彼だが、田舎だけあって家族仲は良い。
そんな彼には兄がいる。
□ □ □
「やあ、門番」
「王子か」
暖かい日差しが降り注ぐ中、珍しくも昼寝をしていなかった彼は、いつものようにふらりとやって来た王子に顔を向ける。
「寝てないなんて珍しいじゃないか、何見てるんだ?」
「手紙」
「……手紙?」
簡潔に答えた彼の手元を見た王子は、若干頬を引きつらせる。
「辞書の間違いじゃなくてか?」
便箋数枚ではなく、辞書ほどの極圧の束になったそれを手紙と見ぬくものはまずいないだろう。
「数年分あるらしい」
彼の言葉に一瞬奇妙な顔をした王子だが、すぐに納得したように頷きを返す。
「超山奥のど田舎だっけ? 手紙は……届かないか」
彼の、存在さえ忘れ去られたような名もなき故郷には、何らかの奇跡が起きない限り他人はやってこない。よって手紙を出す手段などある筈もない。
「ん? その手紙はどうしたんだ?」
「ああ、さっき兄がきた」
「兄」
「兄だ」
「へぇ……ちなみにどんな人?」
若干の興味本位で尋ねた彼の返答は、簡潔だった。
「重度の人見知り」
「……一人で来たのか? ていうかよく来たな、兄」
「じゃんけんで負けたらしい、もちろん一人だ」
「じゃんけん」
ある意味公平な決め方ではあるが、運のなさに王子は泣けてきた。重度の人見知りを患っているのに、よりにもよって人のわんさかといる王都に来るなんて可哀相すぎる。
「よく辿りついたな、ここに」
「人里を避けて山と森と林と草原のみの移動で超頑張った」
「……魔物は、いやお前の兄だもんな」
彼から聞く故郷の話では、魔物は害虫と同レベルらしいので問題ないのだろうと王子は思った。問題ないのが問題であるのだがそこは考えない。
「それはそうとして、あれ何」
「あれ?」
「あれ」
王子の視線の先にあるのは、不自然なほど堂々と置かれた巨大な荷車。そして、それに積まれた大きすぎる風呂敷包み。ずっと視界に入ってはいたのだが、彼の手元の分厚い手紙と兄の話で聞きそびれていた。
「なんであんなに禍々しいというか、どす黒いオーラが見えちゃってるような気がするんだが、なにあれ」
「兄が置いてった」
「置いてった」
「来る途中で討伐したから売ってみようかと魔が差したらしいが、人の多さに断念した」
「重度の人見知りには厳しいよな」
なんで魔が差しちゃったんだろうと王子は思う。それと同時に何となくここに来る前に受けた報告を思い出していた。
「さっき、巨大な荷車と荷を積んだ男が王都に不法侵入したって話を聞いたな……」
「そうか」
「鬼気迫る表情で街の門を突っ切り、制止しようとする警備隊を振り切り、辺りを縦横無尽で走り回って、結果、見失ったらしい」
「そうか」
「ああ」
二人は無言で巨大な荷を見上げる。
答えはすでにある。
だが、特に何か行動する気はない。
そんな感じでぼんやりと眺めていると、あたりに強い風が吹いた。
「ん?」
「あ?」
適当に縛ったのか、風呂敷の結び目が綺麗に解けてそれは現れた。
「なあ、門番」
「なんだ、王子」
「ドラゴンて、知ってるか?」
「でっかいトカゲ」
「間違ってはいないな」
それは国家存亡の危機に陥るほどの災害級の魔物。
さぞかし禍々しいだろう。
どす黒いオーラだって出ちゃうだろう。
風呂敷包みから現れたそれは『ドラゴンの生首』。
慌てず騒がず王子は頷いた。
「こういう事も、あるよな」
この門番の兄だもんなと。
王子は妙な納得を持ってそれを受け入れた。
王子を探しに隊長が現れるまであと一時間弱。
そして、特に何をするでもなく、生首をスルーしてうとうとし始めた二人が仲良く説教されるまでも――あと一時間弱である。