第83話『神子と侍女』
サディアスが眠りについたのでわたしは宿屋の裏手にある井戸へと向かう。この世界には水道というものがないため、井戸から水を汲み上げなくちゃならない。あとは、水路まで行って洗濯する方法があるけど、幸い、宿屋には井戸があったので、水路まで行かなくてすんだ。
今日も木製のバケツに布をつっこみ、ごしごし洗う。洗濯用のせっけんを使い、汚れを落としていく。
大方、落とせたら吊ったロープに布をかけて、しわを伸ばす。あとは自然に乾かすだけだ。
すべての洗濯物をロープにかけたところで、宿屋の裏手の扉が開いた。顔をひょっこりのぞかせたのはマージさんだ。
「お連れ様、フォル。ちょっと話でもどうだい?」
「はい、いいですよ」
マージさんの生活スペースに入ると、紅茶の香りに包まれた。テーブルクロスがかけられた上にティーカップが並ぶ。マージさんは侍女のようにたたずみ、「こちらへ」と他人のようにうながした。椅子を引いてわたしを座らせる。
「あの」戸惑うわたしにマージさんは微笑を浮かべる。
「なんて、侍女のときの癖はなかなか抜けないね」
「マージさん」
「わたしが侍女をやめてこの街で暮らしていられるのは、すべてレーコ様のおかげなんだ」
「やはり、レーコさんのことを知っているんですね」
マージさんは深くうなずいてから、紅茶を注いでくれる。立ち上る湯気は甘い香りを運んでくる。彼女は向かいの席に着き、口を開いた。
「1つ聞いておきたいんだけど、レーコ様の行方を知ってどうするつもりだい?」
「レーコさんに会って事件の真相を知りたいんです。それと、直接会って話したいことがあるんです。きっと、わたしとレーコさんだけにしか通じない話です」
似ている境遇に立たされたレーコさん。ルルさんとの約束もあるけど、彼女と会えば、わたしが進むべき道がわかる気がする。お城にとどまるのか、森の外で生きていくのか。その選択をいずれはしなければならないから。
マージさんはうつむきかげんになって黙っていたけど、しばらくして息を吐いてから顔を上げた。
「レーコ様は……王を殺害していない。王は自分の息子に殺されたんだ」
マージさんの言葉のなかにはジルベール様への尊敬は感じられない。でも、彼女の言葉はわたしの考えを強いものにした。やっぱり、国王を殺したのはレーコさんじゃない。だけど、ジルベール様が手を下したなんて話ははじめてで驚いた。
「証拠はないよ。すべてはレーコ様の言葉を信じるしかない。けどね、わたしはレーコ様を信じた。ふたりの間にお子様が生まれてから、夫婦の結びつきは強くなったんだ。そういった関係で王を殺すなんて考えられない」
マージさんはどれだけの間、レーコさんと過ごしたのだろう。ずいぶんと信頼しているみたいだ。わたしの知らないふたりは様々な日々を重ねてきたに違いない。だから、マージさんは断言できるのだ。レーコさんは無実だと。




