第82話『あれを言って』
医者に見せてから3日が経った。不安だったものの、ヤブ医者はヤブ医者ではなく、きちんとしたお医者さんだったらしい。
サディアスの体調は少しずつ良くなって来ている。眠っている時間よりも、起きている時間のほうが多くなってきた。だから、額の汗を拭ってあげるときも、視線を感じたりする。
「何よ?」
「別に何もない」
「そう」
何もないと言いながら、ずっと見つめてくるサディアスはおかしい。顔に布を投げつけたくなる衝動をこらえて、相手は病人なんだと思い直す。そうだ。どれだけ憎くても病人。いたわらなくてはならない。
サディアスはまだわたしを見ていた。本当にわけがわからなくて、わたしが首を傾げると、ようやく話す気になったらしい。
「ずっと、看病をしてくれたのか?」
「そうよ、あ、でも、わたしだけじゃないから、マージさんも手伝ってくれたし。あ、マージさんっていうのはおかみさんの名前で……」
何となく自分のしてきたことを話すのが気恥ずかしくなって、ペラペラと言葉を繋げてしまった。サディアスもつっこみを入れてくれたらいいのに、どういうわけか黙ったままだ。これ以上話すと、悲しくなりそうで自分から口を閉ざす。
サディアスの口からため息がこぼれた。
「この借りは必ず返す」
「別に、わたしがしたくてしたことだから、借りなんか返さなくていいよ。それより、早く病気を治して」
これは本心だった。貸し借りとかそんな気持ちで看病をしたわけじゃない。サディアスがどうして食事も睡眠も取らずに病になったのか。鈍いわたしでも気づいていた。
着替えをとろうと2階の部屋にふたたび行ったら、本や新聞がいたるところにあった。それって、サディアスが事件について調べていたってことでしょう。
諦めずにひとりでずっとがんばっていた。そんなことも知らないで、わたしは勝手にサディアスに腹を立てて、クラウスさんと遊んでいたんだ。
「あ、どうせなら借りを返すとかじゃなくて、“あれ”を言ってよ」
「“あれ”?」鈍いなあと思う。
「ルルさんに教わらなかったの? こういうときはありがとう、でしょ?」
わたしが笑って指摘したのが悪かったのか、顔を思い切りそむける。そちらは地下室の壁しかないんだけど。結局、しばらく待って聞こえてきたのは「うるさい、バカ」。それだけだった。




