第81話『医者とマージ』
それからはふたり黙ったままだった。サディアスの息は荒くなっていき、言葉を発するのも辛いのかもしれない。まだ追っ手が来ないようなら、先にお医者さんを連れてきてもらったほうがいい気がする。
地下室に出て様子でも見てこようかなと思ったら、地上から物音が聞こえてきた。もしかしたら、追っ手がそこまで来ているのだろうか。
神様にでもすがる気持ちで、サディアスの手を強く握りしめる。強くしめすぎて痛いかもしれないけど、彼から文句は言われなかった。物音が遠ざかっていくまで、力をこめた。
音はしばらくして聞こえなくなった。とりあえず、危険は行ってしまったようだ。
空を仰いでいると、今度は地下室の扉が開いたようで明かりが差してくる。新たにろうそくの明かりも迫ってきていた。
わたしは眩しい明かりの先をにらむように待ち構えた。
明かりの先にいたのはおかみさんだった。ホッと息を吐こうとしたら、その後ろに誰かを見つけた。顔中を髭に囲まれたいかついおじさんだ。
はじめて見た人に、わたしは警戒心を解くことができない。まさか、追っ手が来たの? 緊張と不安で黙っていると、やわらげるようにおかみさんが笑ってくれた。
「追っ手は帰っていったよ。この親父は一応、街医者さ」
「一応とは何だ、マージ」お医者さんは不服そうにおかみさんをにらむ。
「ふん、だってそうだろ。わたしの腰痛だってまともに治せないんだからさ」
「そいつは専門外だ」
「ほらね、ほとんど専門外なんだ」
「あの……」
ふたりは仲良くおしゃべり中だったが、サディアスのことが気になって話に割りこんでしまった。お医者さんのほうがサディアスに気づいたようで、ベッドに視線をやった。
「そうだ。治療が先だな。マージ、明かりをくれ」
お医者さんはおかみさんに指示を出して、サディアスの様子を見てくれた。この世界にも聴診器が存在するらしく、サディアスの胸や背中に当てていた。熱があること、腕の節々が痛むこと、頭痛があることなどから、結果は風邪に似た症状らしかった。
きちんとした食事と睡眠をとること、薬を飲むことを約束させられた。とりあえず、治る病と聞いて一安心した。
お医者さんは腰に手を当てながら立ち上がると、考えるように目線を上に移した。
「2、3日は誰かがそばにいてやらんとな」
「わたし、そばにいます」
「ほう、恋人の面倒はわたしが見るってか」
「はあ?」
何を言っちゃってるの、このおじさん? と失礼ながら思ってしまった。サディアスが恋人なわけがない。間違ってもありえない。
「絶対に違います!」
「冗談だ、冗談! ははは、若いなあ」
このおっさん。おかみさんが言うようにヤブ医者かもしれない。サディアスはこの医者に見せて良かったのか、かなり不安になった。




