第61話『赤い獣』
恐る恐るネットに指先を近づけて、ついに触れた。飛ばされないように足を踏んばったけど、大丈夫だ。無事にネットは解けて消えていく。
「何で?」
「この扉(わたしがネットと言っているもの)はベルホルンの選ばれた者しか解けないようにできている。呪術はあの性悪女の得意分野だ」
「へえ、そうなんだ」
ネットがなくなった先を眺めてみる。光の玉が茂みより高く浮かんでいた。光の玉をよく見ると、丸い中心には虫がいる。ホタルみたいだけど、結構大きいの。虫は奥へと連なって明かりを放っていた。
光の先には下り坂が見える。1年前、この坂を通って、ベルホルンの国へとやってきた。クラウスさんが白馬から姿を変えて、すっごく驚いたのを覚えている。彫りの深い顔立ちと、堂々とたたずむ姿に見惚れてしまったんだ。
それから、ずっと、わたしはお城や神殿のなかで暮らした。元の世界に戻れないと知ってから、神子としてどうしたらいいかそればかり考えていた。結婚を突きつけられるまで、わたしは神子でいることに疑問を持たないようになっていたんだ。
だけど、今は違う。広い世界を見てみたい。神殿の窓からは到底見られない景色を目の前にしたい。あとは忘れてはいけない、レーコさんを探すという目標がある。
ここから先に進んだら、何か変わる気がする。姿を変えるだけじゃなくて、もっと心のなかが一変してしまいそうな何かを感じる。わくわくした気持ちとか、ちょっと不安なところとかを抱えながら1歩踏み出した。
やっぱり、姿は変わらない。特徴のない倉持都のままだ。だけど、メインはサディアスの変化だ。
サディアスが足を進めたとき、強い風が辺りを吹きつけた。見上げなくてはならないくらいの身長が、わたしの足元くらいまで縮んでしまう。
そして、夕焼け色の毛並みが風に揺れた。丸くて小さいその物体はわたしを見上げた。なんてつぶらな瞳なんだろう。見つめられると可愛すぎてもだえそう。毛を触ってみたい。
ごめん、サディアス。触らないという約束は守れそうにない。わたしは震える手をさらさらの毛先に伸ばす。
伸ばしてはみたけど、サディアス(わんこ)は牙をむき出しにして、わたしを威嚇してくる。確かに、約束を守らなかったのは悪かったかなって思う。でも、ちょっとくらいいいじゃない。減るもんじゃないし。




