第60話『森の入り口』
サディアスとわたしは森の入り口に向けて、夜の街のなかを走った(引っ張られていた手は宿屋を出たときには離れていた)。街灯や兵士さんが持つ松明を避けて、路地を歩いていく。
しかし、森の入り口に行くには大通りに出るしかない。噴水から南下して進む大通りはかなり目立つ。兵士さんたちも警備に当たっていたし、遠くからようすを眺めてみても、突破するにはちょっと難しそうだなと感じた。
隣で腕を組みながら目をつむるサディアスには、何か考えがあるのだろうか。
「サディアス、どうするの?」
「しばらく待てば、時間が解決してくれる」
何を格好つけているんだか。しゃべらないで建物の壁に寄りかかっていると、寝ているようにしか見えない。
「それは、どういう意味?」
言葉の意味がつかめないでいたら、わたしたちがいる逆の方向の路地が騒がしくなった。「見つけたぞ!」と声が上がる。
「あの性悪女も役に立つ」
なるほど。ルルさんが助けてくれたというわけね。
兵士さんたちは声につられて、応援に向かってしまう。そのすきに手薄になった森の入り口に向かって、進むという作戦だったようだ。
速く進むかと思いきや、サディアスが唐突に話をはじめた。
「ここからは立ち止まらない」
「うん」
「森に入れば、頼れるものは誰もいない。俺がどんな姿になったとしても、決して触れようなどとは思うな。どんな姿でも、お前の嫌いな俺だ。わかったな」
「うん」とうなずいたけど、何を言っちゃっているんだろうと思った。
確かに、ベルホルンの人たちは森のなかに入ると獣の姿になってしまう。クラウスさんやニーナさんと同じように、サディアスも例外ではないはずだ。
だからって、このサディアスをだよ。獣になった姿をわたしが触りたいと思うはずがない。絶対にあるはずがない。
「わかったならいい。行くぞ」
サディアスは満足したようで、腰を落としながら、走り出した。わたしも低い姿勢を保ってやってみる。
ネットまでやってきたところで、サディアスは大通りに目を向けた。たぶんだけど、見張りをしているのだ。
「先に行け」
「でも……」
この蜘蛛の巣のように張りめぐされたネットは経験済みだ。わたしが触れると跳ね返してくる。どうにも苦手なネットだ。
「早くしろ。大丈夫だから」
クラウスさんの「大丈夫」とあんたの「大丈夫」は安心感が違う。そう説明してやりたかったけど、また怒られそうでやめた。やってみるか。触るだけでいいのだから。




