第59話『生い立ち』
何の感情もなく言われるほど、頭に来るものはない。拳を握りかけたわたしに、「まあまあ」となだめるような声がかかる。
「ミャーコ、許してやって。本当にサディアスは子どもなのよ。わたしが拾ったときからあんまり変わってなくてね」
「えっ、拾ったって」さらりと言われたけど、そこだけが頭に引っかかってしまった。
「ベルホルンの城下町ではあんまり見られないけど、サディアスみたいに家族のいない子どももいるのよ。大体は森の外に出ちゃうけど。サディアスはその頃から生意気なの」
「おい、その話は関係ないだろ」
「はいはい、そうね」
ようやく“借り”の意味がわかった気がする。サディアスはルルさんに拾われたことを借りだと思っているのだ。いつもの冷たい態度からは想像がつかないような意外と義理がたいやつ。わたしが横目で見てやると、そいつは訝しげに眉根のしわを増やした。
「何だ?」
「べ、別に」
ごまかしたけど、それ以上、サディアスが聞いてこなくて助かった。わたしがほめても全然、嬉しくないだろうし、こっちが恥ずかしくなるに決まっている。
話が一段落したとき、ちょうど部屋の扉がノックされた。夜遅くに訪ねてくる人なんているわけがない。サディアスのような不躾な人間もそうそうはいないはずだ。
もしかして、お城からの追っ手? 嫌なほうに可能性を考えると、恐怖が足元からやってくる気がする。震える。
あのルルさんも緊張した面持ちだった。わたしやサディアスに視線を移してから、扉をにらんだ。ルルさんの行動を察したのか、サディアスがわたしの手首をつかむ。手を引かれて、壁に張りつくように逃げた。
ルルさんは扉をのぞけるくらいに小さく開いて、訪問者と向き合った。
「ジーモン、どうしたの?」
ジーモンさんだったとわかって、明らかに部屋のなかが安心感に包まれた。
「あいつらが街に向けて動き出した。夜が明ける頃には森の入り口が閉鎖されちまうぞ」
「早くここを出ないとまずいってことね。聞いたわね、サディアス」
「ああ」
サディアスはいまだにわたしの手首を握って離さない。無理やり手を引かれていると言うのに、骨ばった指のあたたかさが移りそうだ。ルルさんが開いた扉に向かって小走りに進む。
「それじゃあ、またね」
「はい。ルルさん、何から何までありがとうございます」
無愛想なサディアスの代わりにルルさんにお礼をしておく。ジーモンさんも通路を開けてくれた。部屋の扉から顔を出したルルさんがこちらに向けて手を振ってきた。
またきっと会える。そう信じながらわたしも手を振り返した。




