決意を新たにした直後の予想外の事態
夏園君といつも遊んでいる公園に向かう道中、支援者の家の壁にポスターが貼ってあるのをほぼ毎日目にするから、その顔は知っていた。
いや、目に焼き付けていたといった方がいいか。ある意味、本妻よりも厄介な敵になり得る彼の姿を。
ゲーム内において本妻の感情や行動はある程度記されていたから、正確な日付などは分からないまでも、彼女がこれから何をするのかは分かっている。
だけど、本妻と違って赤羽代議士自身は回想も含めて登場シーンがあまりなかったために、何を考えているのかさっぱり分からないのだ。
唯一覚えているのは彼が己の地位に執着していたということで、だからこそ私は例の作戦を思いついたといえる。
ただ、自分で考えたこととはいえ、いざ実行するとなると緊張からか手が震えてきた。
もしここで私が失敗すれば、夏園くんは一気に苦境に追い込まれる。
そんなのは駄目だ。それだけは避けなくちゃいけない。絶対に、失敗は許されない。
私は夏園くんの笑顔を思い出して、ふぅとゆっくり息をはいた。
大丈夫。夏園くんは、必ず私が守る。
今だ震え続ける手を抑えるためぎゅっと拳を握りしめ、私は赤羽代議士のいる方向へと足を進めた。
隣から伸びてきた手が、固く握りしめたその拳をそっと包み込んだのは、数歩歩いてからのことだった。
突然の温もりにびっくりして歩みを止め、隣に視線をやる。
そこには、今まで見たことがない位きりっとした表情を私に向ける杏がいた。
「!? あ、あんず?」
「大丈夫だよ、私も協力する。薫は一人じゃないよ」
そう言って、この世界で初めて会ったあの時のように杏は優しい笑みを浮かべた。
その瞳があまりにも柔らかくて、ぐっと胸が詰まり言葉が出てこない。
何もかも分かって支えてくれる味方がいることが、こんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
ああ、そうだ。私は大丈夫。私の隣にはいつだって杏がいてくれる。
さっきは半ば自分に言い聞かせた「大丈夫」が、今度はすとんと胸に落ちてくる。
気が付けば、手の震えも治まっていた。
「うん、ありがとう。頼りにしてる」
熱くなった目頭を空いている手でぬぐいながら、もう片方の握りしめていた拳を開いて杏の手と繋ぐ。
呟いた声は少し震えてしまったけど、杏はそれには触れず、任せろとばかりに強く頷きを返した。
杏とともに赤羽代議士のもとに着くと、運が良いことに彼らは一通り話が終わったのか、赤羽代議士とその隣にいる一人を残して違う場所へとばらけていくところだった。
できれば、隣の人にもどこかに行ってほしかったけど、さすがにそれは期待しすぎというものだろう。
赤羽代議士にだけ話したいことがあると言えば、彼は席を外してくれるだろうか。
まあ駄目でもともと頼んでみるかと声をかけようとした私を遮って、隣から可愛らしい声が上がった。
勿論、私の隣から聞こえたものなので、その声の持ち主は一人しかいない。
だけど、私とおしゃべりする時よりもかなり高めのトーンのそれにぎょっとする。
まさに誰だお前状態である。
朔くんと話している時もちょっと高めに聞こえるけど、今はそれ以上だ。
一体どうしたのと思わずまじまじと見つめる私を意に介さず、杏はもう一度同じ言葉を発した。
「たつみおにいちゃん!」
先程は声のトーンに驚いて杏の言葉が頭の中に入ってこなかったけど、少し落ち着いた今はそれはしっかりと意味を成して入ってきた。
おにいちゃん……成程、お兄ちゃんかぁ。
んん?ちょっと待って。え、お兄ちゃん?
杏は確か一人っ子のはずなんだけど、どういうことなのこれ。
さっきからの一連の流れにすっかり混乱してしまった私は、隣に向けていた視線を杏が見ている方向へと移した。
そこには、赤羽代議士ともう一人の人物がいる。
確かポスターに書かれていた名前はたつみではなかったと記憶しているから、杏が呼びかけたのはもう一人の人物の方ということになるけど、一体全体この人どなた?
今まで赤羽代議士にしか注目していなかった私は、そこで初めて隣の人物に関心を持った。
赤羽代議士よりも頭一つ分程大きいその人は、マッシュベースのゆるめパーマがよく似合う甘めの顔立ちの男性だ。
その柔らかな雰囲気を引き立てている薄茶色の瞳と髪の色は、杏のものとほぼ同じ自然な色合いをしている。
年は20代後半だろうか。
杏の両親はどう見たって40歳を過ぎているとは思えないので、年齢的に考えても彼が杏の兄ということはなさそうだ。
と、そこまで考えて、私は気付いた。
たつみと呼ばれたその人は、杏が言っていた、赤羽代議士の友達という叔父さんではないかと。
「おー、今日は一段と可愛いな、杏。……うん、やっぱり、杏には赤色が映えるよ。俺が選んだ着物もよく似合ってる。玲一、お前もそう思うだろう?」
「ああ、そうだな。実際に会うのは初めてだが、写真よりも可愛らしいんじゃないか。お前が猫かわいがりするのも分かるよ」
「だろ~。杏は俺の自慢の姪っ子だからな」
おや。
すぐ近くで交わされる会話から、予想通り、その人が杏の叔父さんであると分かったのはいいものの、それ以上に私は赤羽代議士の反応が引っかかった。
友達が可愛がってる姪のことを褒めるのはおかしいことではないし、その発言自体は別に気にかかってはいない。
気になったのは、赤羽代議士の表情というか、その雰囲気だった。
こんなに気安い様子の彼を私は知らないし、また、そのイメージも全然なかった。
この人は本当にあの赤羽代議士なのだろうか。
思わずそう疑ってしまう程、私が覚えている彼と目の前の人物の雰囲気はかけ離れていた。




