11/11 空っぽの手のひら×現代→古代
さざ……ん。ざざざ……ん。
潮の匂いに、乾いた風、耳に心地いい波の音に心ざわつく私。
「……なんで海……」
叫ぶ元気もなく、今日27の誕生日を迎えた私こと紀伊カオルは、海を目の前にただ立ち尽くすのであった……。
「って、放心してる場合違うか」
カオルは冷静になれと自分自身に言い聞かせ、周りを見渡した。
いきなり知らない島にいるということ以外、これといって変なことはないと思えた……が
「……」
海辺の砂丘に頭だけ埋まってる奇特な人間を見つけ、一瞬ツッコミ待ちかと本気で悩む。
と、埋まっている人間が両腕を動かして砂を掘り出し始めたので、趣味ではなかったのだと理解した。
「……」
その人間は運がないのか、周りが崩れ上半身砂に埋まっていった。
誰かが落とし穴でも作っていたのだろうか
「……よいしょ」
哀れに思ったカオルは引き抜いてあげた。
思った以上にあっさりと助けることができたその人はボサボサになってしまったショーヘアをそのままに大きな目でこちらを見ていた。
「だ、だれ……!?」
若干怯えられていることにカオルは心外だと思った。
「私は紀伊カオル。あなたは?」
「わ、私はユイって言います……。えっと、カオルさん? は、ここの人ですか?」
「いや? 私わりと海から離れた場所にいたんだけど……。気がついたら」
「そうですか、私も気がついたら砂に埋まってました!」
「いや、私は埋まってないから」
カオルが否定すると、真顔になって目を逸らすユイ。
小さい声で「なんで私だけこんなギャグ要素を……」とか言っている。
「うーん、トリューはともかく、子どもたち大丈夫かなー……」
(子ども?)
「あの、よかったら一緒に行動してもいいですか?」
「いいよ。ところで、子どもって?」
「あ、私の子と知り合いの子ども一緒に遊んでたから、もしかした一緒にこっち来てるのかなって」
「いや、そうじゃなくって……。既婚者? 若く見えるけど」
カオルから見たユイはよく見えて18歳に見える。
ユイは頬を染めながら「そんなまたまたあ~」と手をふって否定。
「一回死んでるからわからないけど、30はいってますよ!!」
「一回死んでる……?! 30だと!?」
カオルは真顔になってユイと距離を取る。
「私、実はトリップというものをしまして、その際いろいろファンタジーな世界でクレイジーな目にあって、結局そこで生きていくことにしたんです。夫もその世界の人で」
「あぁ、……」
なるほどわからん。カオルは相槌打ったものの続かなくなった言葉の先を探し、とりあえず歩き出した。
「えっと、とりあえず森でもみましょうか」
「あれ、なんで急に敬語に?」
「自分のが年下だったので」
「え!? ……。あー。えっと、もう敬語やめにしよ。それでいいじゃん!」
二人で島の中に入ったとたん、猿の群れに襲われた。
木の頑丈なツルにぶら下がり、つばを飛ばして挑発してきたり、腐った果実投げてきたり、縄張りから出て行けと言わんばかりである。
「うわ、うわ、うわあっ! ……もういいや」
投げつけられたものを全部難なく避けたカオルの後ろに居たユイは、ものの見事に全部直撃し最後には気にせず歩いていた。
猿の群れから離れて、しばらく歩いた後にそれに気づいたカオル。
「あ……っ。……とりあえず、洗うとこ探そか」
(あ(察し)かな……)
泣き出しそうになりながらユイは頷いた。
道なき道を行き、獣道を歩き、ときに木に登って周りを確認したりした。そうこうしているうちにお腹がすいてきた。
「お腹すいたね。どこか食べ物なってないかな……」
「猿いたし、なんかあるとは思うけど」
カオルは歩いている途中で手に入れた木の棒を歩く先々で振り回し、木々を掻き分けていく。
がささっ
「ん?」
カオルは音に反応し、止まり。
「どうしたの?」
泥やなんかで汚れたユイが近寄っていく。
「危ない!」
カオルはユイを突き飛ばした。
「わきゃあああ」
突き飛ばされたユイは坂道を転げ落ち、湧き出ていた水の中に飛び込んだ。
カオルは上から攻撃を仕掛けてきたモノたちを睨む。
「だれ、お前ら」
全身みのむしみたいな格好をしたそいつらは、これまた原始的な武器を片手に威嚇してきた。
「縄張りに入ったってんなら謝るけど、急に襲って来るのはどうよ」
ユイが先ほどいた場所には矢が刺さっている。
弓を構えたミノ人間がカオルに向かって矢を放った。
「っ」
カオルは矢を構えられた瞬間横に走り出し、木々の後ろに隠れた。
「ユイさん! 大丈夫!!?」
「うん! やばい!! ここ思った以上に深い上に、壁が泥でよじ登れない!! でも、なんとかしてみる!」
自分で頑張るというユイにカオルは叫んだ。
「何もせず浮いてて!!」
「はーい……」
直感的に、あの手のタイプはやればやるほど自分の首を絞めると判断した。
カオルは木をよじ登り、下を見るとカオルの居る場所を囲むミノたちの姿が見えた。あいつらが一体何者か知らないが、武器を持ち話し合いができない以上
「戦うのは止むなし、か」
27歳独身女子。好戦的な思考回路のカオルだった。
一方、水に沈みそうになっているユイ。
「……」
助けを待っていたが、遠くで聞こえる怒号やら喧騒を聞くと、いてもたってもいられなかった。
「自分の身ぐらい、どうにかしなきゃ!」
周りを見るが、井戸ぐらいな大きさと深さを持つこの場所からでれそうな場所や道具など、一切見当たらなかった。
「……あ、そういえば、こういうのってよく潜ってみたら出口が別にあったりするんだよね!」
ユイは深呼吸を2、3回繰り返し、勢いよく潜り込んだ。
狭いところを思いっきり頭を下げたものだから、頭をぶつけた。なんとか逆さになったものの、元に戻ることも、まともに泳ぐこともできず、一人勝手に溺れ出すユイ。
「がぼがぼがぼ!?」
混乱と恐怖に頭が真っ白になっていき。気がつけば水をたくさん飲み、意識を手放していく……。
一方カオルは木の上から敵の上に落ち、気絶した相手の武器を奪い、弓を持つやつを先に倒し、あとは地道に追いかけっこを繰り返し全員倒したのであった。
腰をとんとん、と叩きながらため息つく。
「ふう、結局こいつらなんだったわけ?」
ユイの転げ落ちた方へ行けば、井戸のような大きさの穴があいていた。
「なんて器用な……。ユイさん? 大丈夫?」
木に紐を縛り付け、それを安全綱として穴に入っていくと……変わり果てたユイの姿が見えた。
「なんで逆さに!?」
安否より先に突っ込むカオル。
急いでユイを引き上げ、人工呼吸を施した。
しばらくすると、息を吹き返したのでカオルはユイの横で座り込んで起きるのを待つ。
(どうしてこの手のタイプって、人の話聞かないというか……。自滅するんだろう)
某女神さまとかいい例である。
がさ、と草むらが揺れたと思ったら神官がもってそうな杖を持った豊満なボディの女性が現れた。
「!?」
「あら、ユイ!!」
女性はユイに近寄ると、頬を思いっきり叩いた。ばーん、といい音が響き渡り、その音が聞こえなくなる前にユイは悲鳴を上げて起き上がった。
「いたいよ!!」
「あんたのことだから、自滅して死にかけたんでしょ」
「なぜバレた。……あ! カオルさん助けてくれてありがとう」
死にかけたのに懲りてないような笑みでお礼を言われ、カオルは苦笑いを浮かべた。
「この人は凄腕の巫女エイル。こっちはカオルさん」
お互いよろしく、と挨拶を済ませ、再び歩き出す。
「へー、じゃあカオルもユイと一緒で異世界から来たのねえ」
「まあ、そうなりますね」
世間話をしていると、うっわーんという大きな鳴き声が聞こえてきた。
「この声、ゆーき? ヴェルザもクロもクナも!! みんな」
走り出すユイの背を追えば、広い草原まで来た。そこには大きな一つ目ゴブリンが二体居た。
カオル二度目の真顔。
「あぁ! 紀伊さん! 紀伊さーん!! 助けてー!!」
「げ、七菜」
その二体いるうちの一体に掴まれている四人の子どもたちと七菜
心底めんどくさいものを見るような目でカオルは七菜を見た。
「ユーキ! みんな」
「おかーさん!」
「ゆいー! ……には期待してないから、大丈夫!!」
「クナ酷い!!」
エイルが杖を構える。
「カオル。ユイ。魔力のないあんた達は下がってなさい」
魔法陣が杖に込められたと思ったら、走り出し、杖を思いっきりゴブリンに叩きつけるエイル。
「これが魔法(物理)!?」
七菜が突っ込んだ。
「七菜が突っ込んだ!!」
カオルが別のところに驚いていると、ゴブリンの足が迫って来た。
「!」
「危ないっ」
七菜に気を取られていたカオルの背を、ユイが押した。
ゴブリンの足のしたに、消えるユイの姿。
「ユイさん!!!」
「カオル!!」
ゴブリンに向かって走り出すと、誰かに抱き上げられた。
「たく、おめーは危ない方向にしか突っ走れないのかよ!!」
「ロスタム!」
ゴブリンが足を上げると、そこには何もなかった。
「トリュー!!」
ユイの声が聞こえたと思い、顔を上げると、いつの間にか上空に飛び跳ねているロン毛の男が、ユイを抱き抱えていた。
「お前な! いつも言ってんだろ! 俺から離れるなって!!」
「うん、うん。ごめんね」
イチャコラしているように見えるのはなぜだろう。
向こうはお姫様だっこ、こっちは俵持ち。
「ま、いいけどね」
「な、なんだよ」
いまだに乙女心のわからないロスタムが困惑する。
「ねえ、ねえ」
ロスタムが何かの衝撃を受け、倒れ込んだ。一緒に倒れるカオルが見ると、物騒なものを手にしたアリーが立っていた。
「カオルちゃん、これなに?」
「いたの? アリー。ん? 爆弾?」
「リアクションが酷いよね。カオルちゃん」
カオルはアリーの持っていたものを奪いとり、走り出した。
「あ、こら! カオル」
追いかけてくるロスタムにカオルは叫んだ。
「お座り!!」
唐突に言われたからか、驚いたロスタムは転げて地面に倒れた。
後ろからアリーに「いぬかよ」って笑われ、にらみ合う二人。
「エイルさん! 炎だせます!?」
「出せるけど」
「お願いします!!」
カオルは手にしたものを、思いっきりゴブリンの口に向かって投げ飛ばした。
エイルはそれに向かって炎を発生させると、大きな爆発を起こした。
その風に吹き飛ばされるカオル。その手をひっぱり立ち直らせたのは……ユイだった。
「大丈夫?」
ゴブリン一体消滅。
残るは人質を持つやつだけ。
「ユーキ!!」
ユイは笑顔で言った。
「そんなやつ、一撃やっちゃえ!」
「うん!!」
七菜は何するんだろうと首を伸ばすと、その横で腕を掴まれた手の中から抜け出し、思いっきり、ひとつしかないゴブリンの目を殴り飛ばした。
「!!!」
大きな悲鳴を上げ、ゴブリンは人質を手放し、己の目を覆う。
「えぐい……」
「ユーキ!」
落ちる子どもたちをトリューが回収する。が、七菜だけ受け取られず
「えーん! いったいー!! 紀伊さん受け止めてよお」
「嫌だよ」
大きな雄叫び衰えることなく、ゴブリンはこちらに向かって走ってきた。
「やばいやばい!」
ユイとカオル立ち上がるものの、逃げようとした方向にお互い動き出したものだからぶつかって尻餅ついてしまった。
「ユイ! カオル!」
エイルの声が遠い。
と
なにかが切り裂く音と、切り裂かれる音が響いた。
目の前には、剣を持ったトリューと、ロスタム、アリーが立っている。
三人に切り捨てられたゴブリンは血を流し、倒れ込んだ。
「うわ、なにこれ」
降り注ぐ血が手にあたると、それは暖かいチョコレートだった。
「え?」
瞬きを数回して周りを見ると、いつのまにかお菓子な世界に変わっていた。
理解に苦しんでいると、七菜が手を打つ。
「そっか、今日は紀伊さんの誕生日だから、神様に特別な日になりますように! ってお願いしてたんだった。わーい、お菓子の世界だー」
カオルは小さく微笑んで、ユイのほうにいって「私の連れが原因でしたすみません」と謝って
「小野田七菜ぁあああああああああああ!!」
気合を入れて飛び蹴りを放った。
避けることもなく直撃した少女はしばらく起き上がらなかったという。
元に戻るまで、カオルはユイたちとこの世界を満喫したのでした
めでたしめでだし
誕生日短編ネタ
ユイは 空っぽの手のひらのヒロイン。
不幸の代名詞
二人揃うと最強に不運。
そこに七菜が揃うと最凶