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不機嫌なあの子



 結局瑠璃に話しかけられないまま、帰りのホームルームが始まる時間になってしまった。学年集会の後、先生と何人かの生徒が、配布物を取りに行っているから、五分ぐらいは話しかける時間があるはず。腹を括って、瑠璃に話しかけに行くことにした。弥ちゃんには、心配そうな顔で送り出されてしまった。それほど、今日の瑠璃の態度は悪い。

 瑠璃の机の前まで行って、一旦深呼吸を挟んでから、瑠璃に話しかけた。


「瑠璃、今日なんかあったの?」


「……別に。」


 やっぱりダメかもしれない。心が折れそう。瑠璃は俯いていて、目も合わせようとしてくれなかった。いつもの態度との落差が激しすぎて辛い。かといって、このまま約束を取り付けずに引き下がったら、めんどくさい人間に翠が追加されて二人に増えてしまう。

 そもそも、翠が発案者なんだから、自分で誘えばよくない?そう思うとなんだか腹が立ってきた。あの手紙の差出人の書き方も思い出したらムカついてきた。面倒なことを押し付けてきた翠への八つ当たりも込めて、瑠璃にある提案をすることにした。


「ほら、今日午前で学校終わりじゃん?帰りにさ、ここ行かない?翠の奢りで。」


 そう言って瑠璃にあるチラシを見せる。駅前で配られていたもので、ちょっとお高いカフェが夏のスイーツフェアの宣伝をしているものだ。定期テストのファミレスでの勉強会の帰りに、通りがかったカフェで、瑠璃が行きたそうにしていた。

 本当は夏休みに、ダンスの大会が終わってから瑠璃を誘ってみようと思っていた。けど、機嫌の悪い瑠璃が参加してくれそうな場所がここしか思いつかなかった。いつも帰り道に寄っているファミレスとかよりは、財布に優しくない。それで、ちょっとしたお祝いとかで瑠璃と行こうと思っていた。


 瑠璃は、チラシをじっと見ていた。これで瑠璃が食いついてこなかったら諦めよう。翠には無理だったって言って、自分でなんとかしてもらうしかない。きっと数秒にも満たない時間だったのだけれど、返答が返ってくるまでの時間が、今年に入って一番辛かった。


「………本当に翠の奢りなら行く。」


「わかった!翠に言っておくね!」


 よかった、瑠璃からは思ったより前向きな返事が返ってきた。配布物を取りに行っていて、この場にいない翠には悪いけど、今日は財布として頑張ってもらおう。言い出したのはあいつだし。


 ちょっと前とは違って、軽い足取りで戻ってきた私に、弥ちゃんがなんとも言えない顔を向けた。もしかしたら、瑠璃との会話を聞かれてて、勝手に他人に奢らせようとしていることに引かれたかもしれない。

 席に着いたら、翠への伝言用にメモを書いた。内容は、瑠璃を誘えたこと、行く場所、翠が奢ることの三つ。朝の仕返しがてら、翠の席に置いたところで、ちょうど先生たちが帰ってきた。


 自分の机に戻った翠が、置いてあったメモに気づいたらしい。メモを読んでいる姿を見て、どんな反応をするのか楽しみで、思わず口がにやけてしまう。メモの中身を読み終わった翠は引き攣った顔をして、こちらにやりやがったなお前とでも言いたそうな顔を向けてきた。

 なので、とびっきりいい笑顔を向けてあげた。口パクで、ご馳走様と言いながら。その結果、翠の顔がさらに引き攣った。私に対して言いたいことは色々とあるだろうけど、ホームルームが始まったせいで、視線をちらちらと向けてくることしかできないようだ。御愁傷様!


 帰りのホームルームが終わって、瑠璃がお手洗いに離席した瞬間、翠が一直線に私の机に向かってきた。きっと、あのメモの中身に対しての苦情だろう。


「おい!なんでオレが奢ることになってるんだ!しかもそこそこいい値段のするところの!」


 やっぱり、奢ることに対しての苦情だった。瑠璃を誘うことだけ頼んでいたのに、いつの間にかカフェ代を奢らされることになって、とっても焦っているようだ。それでもカフェの名前だけでどこの店かわかっていた辺り、いつか瑠璃を誘うつもりで目星をつけていたみたいだ。私が瑠璃について知っていることを翠が知らないわけないし。

 それにしても、こんなに焦っているなんてもしかして金欠だったりするのかな。それならちょっと悪いことをしたかもしれない。元々、自分の分はちゃんと払うつもりだったから、そのことを伝えた。翠はそれならまあいいかみたいな顔をしたけれど、それを許さない第三者がいた。


「あら、人に面倒なこと押し付けておいてお礼もしないなんて、随分と気が利かないのね。」


「あ、弥ちゃん!?」


「暁!お前には関係ないだろ!」


 まさかの話を聞いていただけの弥ちゃんが参戦してきた。翠の言う通り、本当に関係ないのになんで!?私が唐突な口出しに混乱している間も、弥ちゃんの攻撃は続いていた。翠も言い返してはいるが、押され気味だ。


「だいたいあなた、自分の好きな子を励ましたいために、他の女の子の手を借りるなんて情けないのよ!」


「だ、だ、誰が誰を好きって!?」


 とうとう、弥ちゃんにクリティカルな一言を言われて黙り込んでしまった。クラス中、というか学校中が知っていて、本人だけがバレてないと思い込んでいるだけなのだが、翠が瑠璃のことを好きなのは誰の目にも明らかだ。恋愛モンスターの優子と亜矢も、諦めるレベルで瑠璃が全く気づいていないので少しかわいそうな感じだけど。

 翠は真っ赤になって、何か言おうとしては言葉が出ないような口の動きをしていた。唐突に発生した勝負は完全に弥ちゃんの勝ち。そして。手洗いに行っていた瑠璃がちょうど戻ってきた。翠は財布を探してくるから先に行っておいてと捨て台詞を吐いて、逃げるようにどっかに行った。これって弥ちゃんにお礼を言うべきなんだろうか。


「私は用事があって行けないけれど、楽しんでね。それと報酬はちゃんと受け取っておくべきよ、あかねさん。それじゃあいい夏休みを。ダンスの大会頑張ってね。」


 弥ちゃんもそう言って颯爽と教室から出ていった。まるでドラマみたいな立ち去り方で、教室のみんなは呆気に取られていた。一部の人からは声なき悲鳴が漏れていたような気がする。私たちもそろそろ移動するべきだろう。どっかにいった翠もなんだかんだカフェには来るだろうし。

 瑠璃に話しかけて教室を出る。相変わらず素っ気ない態度だったけど、スイーツには勝てないようで、朝よりはテンション高めだった。カフェに行く間、会話もせずに黙々と歩いた。いつぞやの朔との沈黙が続いた時間よりもなんだか息苦しかった。

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