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伊藤あかねは八つ当たりされる

 弥ちゃんと瑠璃とは、あの後もほとんど毎日と言っていいくらいテスト期間は勉強会をした。流石に毎日家にお邪魔する訳にはいかないから、放課後の空き教室や、ファミレス、フードコートなどの多少騒いでも問題がなさそうなところを転々としていたけど。優子と亜矢も練習の合間を縫って参加してくれた。


 そのおかげで、私は無事全教科赤点回避、そして補習なしを勝ち取り、今年の夏はダンスだけに全力を注げることが確定した。全員にはお礼として、ちょっと高めのコンビニスイーツをあげた。あんな豪邸に住んでる弥ちゃんに渡すのには申し訳なかったけど、コンビニスイーツを食べるのは初めてだったようで感動していた。そういえばファミレスなんかも初めてだったって言っていたな。


 他のメンツももちろん、赤点は取っていなかった。化学が壊滅的な亜矢でさえそうだった。弥ちゃんと瑠璃は案の定トップ10争いで、優子も部活しながらかなりいい成績だったみたいだ。

 一つだけ納得いってないのが、遅刻とサボりの常習犯の朔が、トップ10入りしてたことだ。勉強してるとこを見たことないのに、なんでいつも成績いいんだろう。まあ、出席日数とか、課題を全然出してないせいで、朔は補習入りしてたけど。


 期末テストが終わると、一学期はほとんど終わったようなものだった。他の学校ではクラスマッチとか球技大会とか、クラス対抗のスポーツ系のイベントがあるけれど、この学校はスポーツに力を入れているせいで、そういったものはこの時期にやらないのだ。大会の日程が被ってしまっている部活もあるし、そもそもスポーツ系のクラスの優勝が決まってるようなイベントだ。その他のクラスにとっては負けることがほぼ決まっていて、面白くない。そんな不満もあって、何年か前に廃止されたらしい。


 学校ではなんのイベントごとも、騒動もなく、消化試合のように授業を受けるような日だけが続いていた。もちろん、放課後と土日はダンスの練習に全力で打ち込んでいたけど。そうして、いつの間にか終業式の日になっていた。


 いつも通りの時間に汗だくになりながら登校して、自分の席についた。弥ちゃんは、すでに学校についていたようで、汗ひとつなく、涼しげな顔で本を読んでいた。いつも通り挨拶をすると、本を閉じて挨拶してくれた。いつもはそのまま、本の続きを読んでいるのだけど、何か聞きたいことがあったらしく、珍しく挨拶の後も会話が続いた。


「あの、瑠璃さんに何かあったか、知らないかしら?」


「え?特に何も聞いてないけど」


 弥ちゃんの目線の先を追うと、普段のニコニコした顔からは考えられないほど、無表情の瑠璃が席に座っていた。周りの子も、いつもと雰囲気が違いすぎて若干引いてる…というか怯えているようだった。

 瑠璃が笑顔を見せないのは、とんでもなくキレている時か、とんでもなく機嫌が悪い時だけだ。小学校からの付き合いの私でも見たのは、三回ぐらいしかない。そんなに瑠璃の機嫌を損なうようなことをあまり見たことがないのだ。だから、正直なんでああなっているのかが全くわからない。


「えっと、多分何かとっても怒ってるか、機嫌悪くなってるかのどっちかだけど、そんなことになるようなのは知らないかな。」


「そうなのね。瑠璃さんがあんな表情するほど怒ることってあるのね。」


 弥ちゃんも驚いていた。確かに、私も初めて見た時はすごいびっくりした記憶がある。あの時は何が原因だったっけ?確か、瑠璃の幼馴染に対して、すごい悪口言ったやつがいて、瑠璃の笑顔がいきなり消えたんだっけな。その時はその幼馴染が、悪口言ったやつのしたことを五倍増しぐらいに盛った上で、嘘泣きしながら他の大人もいる中で先生に密告して、やり返してたっけな。その後、瑠璃に対して笑顔を取り戻させようと、その幼馴染が無茶苦茶頑張ってどうにかなった記憶がある。

 その人もこのクラスにいるんだけど、朔と同じく遅刻とサボりの常習犯だ。今日来れば、昔と同じく瑠璃が笑顔になるまで、色々手を尽くすんだろう。ただ朔と違って、小学生の頃からの遅刻常習犯だし、下手したら学校に来ない可能性も普通にある。その場合、瑠璃は一日中あのままの可能性が高い。思わず、ため息をついてしまう。お昼休みとか休み時間が大変だろうな。


「弥ちゃん、お昼休み頑張ろうね……。ああなった瑠璃は結構大変だから……。」


「……今日は午前で終わりよ、あかねさん。」


 ……そうだった。今日は終業式で午前授業なんだった。ということは、帰りはあの状態の瑠璃と二人きりかもしれない。どうか、午前中の間にあいつがきますように!無表情の瑠璃はいつもとの差が激しくて、本当に大変なんだから!とてもじゃないけど私の心が耐え切れない!


 そんな私の祈りが通じたのかは分からないけど、遅刻とサボりの常習犯二人は、珍しく予鈴がなる前に教室に入ってきた。思わず、遅刻しないことあるんだって口に出してしまった。かなり小さい声で呟いたにも関わらず、聞こえていたようで朔には思いっきり睨まれてしまった。……遅刻ばっかりなのはただの事実じゃん。言われたくなければ遅刻しなければいいのに。

 朔と一緒に教室に入ってきたもう一人の常習犯は、遠藤翠(すい)。天然パーマなのか寝癖なのかよくわからない頭をしている。瑠璃と同じく、小学校からの付き合いだ。そして、瑠璃の家のお隣さんで、瑠璃とは幼稚園から一緒らしい。翠もずっと見てたことに気づいたのか、こちらに向けてウインクしてきた。

 ありがたくもなんともないので、払いのけるような仕草をしたら、わざとらしく傷ついたフリをしてきた。正直、かなり鬱陶しい。けど、瑠璃の機嫌を直すにはこの人の協力が必須なんだよね。目線を翠から瑠璃に移すような動作を何回かすると、向こうも瑠璃の機嫌の悪さに気づいたらしい。荷物を朔に押し付けて、瑠璃のところにすっ飛んでいった。あまりの速度に隣で見ていた弥ちゃんがギョッとしていた。


「やあ、お嬢さん、笑った顔を見せてくれないのかい?」


 瑠璃のところにすっ飛んでいった瞬間、どこからともなく花を出しながら、キザったらしいセリフを吐いた。この男に限ってはいつものことなので、クラスメイトのみんなは今更気にしない。


 翠は昔から、他人、特に瑠璃を笑顔にすることに全力を注いでいる人だ。両親がマジシャン同士で結婚したのもあって、自分もマジシャンになりたいと常日頃から言っている。小学校の頃から常に道具を持ち歩き、隙さえあればマジックをしていた。もちろん今もそう。先生たちも最初は注意してたけど、うまいこと毎回切り抜けて、いつの間にか注意されなくなっていった。小中とそんな感じだったので、翠はそういう人だって思ってたけど、改めて考えるとこいつなかなかやばい人だな……。


「今、花いらない。」


 いつもなら、ニコニコの笑顔で、『ちょうど前もらった花枯れそうだったの!』で受け取っている瑠璃がそっけない態度で答えていた。これにはクラスのみんなが驚いた。そして、その次翠は一体どうするのか、みんなが二人の様子を固唾を飲んで見守っていた。


「それでは、今度はカードの魔法をご覧あれ!」


 今度は、どこからかともなくトランプを取り出して、マジックを何個も披露した。教室からは歓声が上がっていたけれど、瑠璃の機嫌が直るような気配がない。そのことに気が動転したのか、滅多にマジックを失敗しない翠が派手にトランプをばら撒いてしまった。マジックに見惚れてた教室の雰囲気が、一気に凍りついた。居た堪れなくなって、瑠璃のところに行って、翠がばら撒いたトランプの回収を手伝う。翠まで落ち込んでしまって、教室の空気がなんだかさらに重くなった。


 そんななんとも言えない雰囲気で、予鈴が鳴って、朝のホームルームが始まった。本当なら夏休み直前の浮かれた雰囲気が漂っているはずだったのに、教室が葬式のようなムードになっていたせいで、先生もどこか調子が狂ったような感じだった。


 居心地の悪い感じでホームルームを受けていると、机の上に見覚えのないメモ用紙があった。誰からだろう。こんな女子小学生のような真似をする相手に心当たりがない。中身を開くと、無駄に綺麗な字で一言書かれていた。


『放課後、瑠璃ちゃんをワクワクさせる会開催!瑠璃誘うのヨロシク! by 今日も今日とてかっこいい翠くん』


 思わず勢いよく顔を上げると、にやけた顔の翠と目が合った。一体いつの間に置かれたのかは分からないけど、一番大変なことをさりげなくこっちに押し付けてきた。朝のことにはめげてないようだ。放課後に瑠璃の笑顔を取りもどすために何かするらしい。何がそこまで翠をそうさせるのかは明白だ。翠は、私が出会った時すでに瑠璃に好意を抱いていた。もちろん恋愛的な意味で。そのせいでこっちが若干巻き込み事故くらうこともあるから早くくっついてほしい。

 案の定今回も巻き込まれて、今日は午前中の間に終業式やら、学年集会だのが終わる前に、あの状態の瑠璃に話しかけて、どうにか約束を取り付けないといけない。移動の時しか話しかける余裕なくない?そもそも瑠璃がまともに答えてくれるかも分からない。


 突然押し付けられたミッションはクリアできる気がしない。しかも、割と厳しい時間制限付き。夏休みへのワクワクを消しとばしながら、午前中しかないはずなのに、私にとっては長い長い一学期最後の日が始まった。

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