八つ当たりの理由
沈黙が辛くて、早足になったこともあってカフェにはすぐに着いた。駅前のおしゃれで雰囲気の良さそうなカフェ、ビジュー。平日のお昼を少し過ぎた頃、かつそこそこの価格帯なので、同じ制服の人間もいなく、外から見る限り空いていそうだ。外で待っているのも暑いし、先に中に入っておこう。翠もどうせ遅れてくるんだろうし。
カフェに入る前に連絡をしておこうと携帯を開いたところ、翠から連絡が来ていた。すでに予約してあることと、15分ほど後に到着するという連絡と、先に色々頼んでていいとの連絡だった。あの後すぐに予約してくれたんだろうけど、弥ちゃんに気が利かないと言われたことがそんなにショックだったんだろうか。まあ、どうでもいいけど。
この炎天下の中、15分も外で待つのはしんどいし、翠の言葉に甘えて先に入っておくことにした。店員さんに案内された予約席は、やたらと席数が多かった。私と瑠璃と翠しか来ないはずなのに。翠は他にも人を誘ったのかな。でも、弥ちゃんは用事がある、優子と亜矢は部活の関係で昨日から学校に来ていない、そういうわけで瑠璃と仲のいい子は軒並み来られないと思うんだけど。一体誰を呼んだんだろう。
私が疑問に思っている間、瑠璃はずっとメニュー表を見ていて、いつの間にか注文まで済ませていた。とんでもない量のスイーツを頼んでいたけど、死ぬのは翠の財布だから気にしないことにした。一通り注文し終わった瑠璃から、メニュー表を手渡される。スイーツ目当てで来たけれど、普通のご飯も食べたかったので、とりあえずサンドイッチを頼んだ。喉も乾いていたので、ごくごく飲めそうなレモネードも頼んだ。
「悪い!財布探していたら遅くなった!」
私の頼んだレモネードと、瑠璃が頼んだスイーツが届き始めたところで翠がやってきた。想定外の人数で。なんと最近付き合いの悪い朔までいる。その他も翠とよくつるんでいるなっていうメンツだったし、それなりに私たちと付き合いのある人だった。
「もしかして、僕たちを財布用員で呼び出したのかな?翠くん。」
翠の一言に怪訝な表情をしたのは、石堂 晶君。何かと翠に突っかかっている二年生の初めに転校してきた男子だ。海外とのハーフなのもあって、日本人離れした顔と、女子に優しい紳士的なところもあって、よく黄色い歓声をあげられている。私たちにとっては何かと翠にちょっかいかけては、よく返り討ちにあってるイメージがあるからあまりかっこいいと思ったことはないけど。
「まあまあ、こう言うお店って女の子がいないと入りづらいしいい機会じゃないか。」
突っかかる石堂君を宥めたのは、ヒロ君こと神代 千嘉。朔と同じマンションに住んでいて、小中は違ったけど放課後によく一緒に遊んでいた。高校からは同じ学校になったというか、ヒロ君の通っていた小中高一貫校に私たちが高校から入った形だ。内部進学組だからと言うことを差し引いても、ものすごく頭が良くて、模試の結果などは校内どころか全国トップ。瑠璃以上に頭がいい。後、とんでもなく顔がいいので私たちの高校で一番モテる。浮ついた話もよく聞くけど。
「……もう注文していいか?」
そんな二人を気にも留めずメニュー表を開いているのは座ってもデカくていかつい顔をしたいっくんこと(こんな呼び方をするのは今はもう瑠璃ぐらいだけど)京極 樹。小学校は一緒で、中学で別れて、高校でまた一緒になった。むちゃくちゃバレーボールがうまい。U18の日本代表にもなっている。スポーツ系のコースなのと、普段は常にバレーボールのことしか考えていないような生活をしてるので、最近は朔と同じくあんまり関わっていなかった。正直、今日来たのに一番びっくりした人でもある。
見事に全員男子ばっかだった。翠が誘える相手に限られてたからこうなったのかもしれない。私たちが知ってる人という制約があったし、翠が呼び出せるメンツは限りなく少ない。もしくは、晶君の言っていた通り、本当に財布用員で男ばっかり呼び出したのかもしれない。弥ちゃんに言われっぱなしで口喧嘩に負けてたのが、もしかしたら気に食わなかったのかもしれない。そんなに気にすることかなあ。
男子たちがメニューを見て注文している間にも瑠璃が大量に頼んだスイーツは継続的にやってきていた。翠の顔が若干引き攣って、一人で来なくてよかったという呟きが漏れていたけど、全員で聞こえなかったことにした。
「それでは改めまして、瑠璃ちゃん励まそう会&あかね全国大会出場おめでとう会を始めまーす!」
一通り頼んだものが揃ったところで、翠が開始の音頭をとった。と言っても、その前に頼んだものが来た人はどんどん食べ始めていたけれど。瑠璃なんか、最初に頼んだスイーツのほとんどを食べて、第二陣を頼もうとしてる。心なしか、テンションはさっきよりも高くなっているような気がする。あ、だから翠が今更開始の宣言をしたのか、瑠璃から話が聞き出せるとあたりをつけて。
ひとまず、私の全国大会出場について、それぞれが激励の言葉をかけていく流れになった。樹なんかは、全国どころか海外の大会も出てるから、心構え的なところまで教えてくれた。正直ガチガチに緊張してるからありがたかった。誰かと一緒に全国に行けたことは何回かあったけど、自分一人の力だけで行けたのは今回が初。絶対にいい成績を残したいっていう思いもあったし、いい感じに肩の力が抜けそうだ。
最後に残ったのは朔だったけど、なかなか言葉をかけてこなかった。ガン見してもよそ見してスルー。照れてることは付き合いがある分全員わかってたし、どうせそのうち言うだろうということですっ飛ばして、次の議題に移ることになった。……素直に言ってくれればいいのに。
次の話題、つまり、瑠璃の機嫌がどうして極限に悪いのか。誰がファーストペンギンになるのかの謎の空気の読み合いをぶった斬ったのは、正論マシーンの樹だった。
「瑠璃、お前はなんでそんなに態度が悪いんだ。周りに当たり散らすのはよくない。」
「樹君、流石にそれは……。」
あまりの直球どストレートに石堂君がフォローに入る。大丈夫だよ、石堂君。この人が本当に善意であの発言をしていることは瑠璃もわかっているはずだから。多分今の言葉の意味は、樹が思っていた通りに意訳すると、『悪いことがあってもそんな態度だと、周りの人に嫌われちゃうよ…』ぐらいの意味しか持たないはず。
樹は、優しい人であるんだけど、心の優しさや善意の出力がうまくいかない人というか、言葉のチョイスがものすごく悪くて、オブラートに包む行為がものすごく苦手。最初は腹立つけど、話してるとだんだんこの人善意でいってるなっていうのが分かるタイプの、長い付き合いがないと気づけない優しさを持つ人なのだ。
言葉選びが最悪でも、優しさがそのうち伝わるタイプなのは本当に心がいい人ではあるんだろうけど、もう少し対人スキルを身につけてほしい。優しさを知っている身からするとものすごくハラハラする。
樹の物言いに対して、瑠璃は反発するでもなく、無視するでもなく、口に詰め込んでたスイーツを飲み込んでただ静かに言葉を発した。
「だって、また、怪盗シスルが予告状を出したんだもん!」
「「怪盗シスル!?」」
私たちの驚きの声が重なる。だって、瑠璃の不機嫌の原因は怪盗のせいだなんて思いもしなかったから。怪盗なんて、話題になった昔のニュースを面白おかしく放送するテレビ番組や、真相に迫ると謳う都市伝説系の話題でしか見たことがない。昔は世界中にたくさんいて、テレビも新聞もありとあらゆるメディアが取り上げて、連日まるで毎週放送されているバラエティ番組のようにニュースを見ていた時代があったらしい。今は全く聞かないし、瑠璃から話を聞いて、まだ怪盗って存在するんだって思ったレベルだ。
「……怪盗って絶滅してなかったんだな。」
「し、失礼な!メディアが取り上げてないだけで割と活動している怪盗まだいるっつーの!」
全く同じことを考えていた朔が漏らした声に、翠がまあまあな勢いで噛みついた。テレビで見た怪盗って結構凝ったトリックや、まるで魔法のような手品と一緒に宝を掠め取っている印象があるから、マジシャンを目指してる翠は、もしかしたら追っかけている怪盗でもいたのかもしれない。瑠璃には、そんな翠の態度が不愉快だったらしい。片手に持ったスプーンを強く握りしめて、さっきよりも大きな声を発した。
「そんなことはどうでもいいの!また、お父さんたち帰ってこられなくなるじゃない!」
「ちょ、瑠璃声のボリューム落として!ここ店の中!」
「あかねも落ち着いて。あなたも結構大声だよ。」
瑠璃に注意することに気が向きすぎて、私まで大声を出してしまった。そのことをヒロ君に窘められる。それにしても、怪盗が出ると瑠璃たちの親が帰ってこられなくなるってどういうことなんだろうか。両親は別に警察とかじゃなくて会社員だった気がする。瑠璃の言葉を聞いて、何か考え込んでいた石堂君が口を開いた。
「もしかして、君のご両親って神楽坂グループのIT系かセキュリティ系の部門かい?」
「え!すごい!そうなの、お父さんたち二人ともどっちかの仕事してるの!どうして分かったの?」
瑠璃がさっきまでの不機嫌をどこかにやって、石堂君に食いついた。どうやら石堂君の予想は当たっていたらしい。瑠璃はどうやって当てたのかに興味津々になってしまった。そんな瑠璃の圧に負けてしまったのか、石堂君がどことなく気まずげな態度で答えた。
「えっと、実は実家の方針である探偵のもとでインターンのようなことをさせてもらっているのだけれど、怪盗系の案件が多くてね。」
「何照れてるんだよ。素直に探偵に憧れて親に頼み込んだって言えばいいじゃないかよ。」
「怪盗の追っかけしていることを言えない君には言われたくないね!」
今度は翠が石堂君に噛みついた。翠は本当に怪盗の追っかけをしていたらしい。そして、石堂君は探偵の関係者。探偵も、怪盗がたくさんいた時代は、小説みたいに怪盗の事件に関わることが多かった。当時の警察はあんまりよく思っていなかったらしいけど、テレビがいいネタになるとして探偵を取り上げて、それを見た予告状を出された人が依頼するみたいな流れができてたらしい。なんなら、怪盗専門の探偵もいたらしい。今はもっぱら、浮気調査とかの現実の探偵業務と言われて想像がつくような仕事がほとんどらしい。全部テレビと暇つぶしのネットニュースで見た情報だから、どこまで正確かは知らないけど。
「神楽坂グループが狙われてるだなんて情報聞いたことないが、話してよかったのか?」
「……トップが昔の怪盗VS探偵の話が好きでね。むしろ周りに自慢してほしいそうなんだ。」
樹のコンプライアンス的に大丈夫なのかという質問に、石堂君がなんとも言えないような顔をした。さらに小声になって、教えてくれたけど怪盗シスルの予告が出るたびに、わざわざ嗅ぎ付けてきては、社長自ら警備を引き受けると押し売りに行ってるらしい。無償で。依頼人たちが全力で拒否っているので、報道はされてないが本当は全てのメディアに対して広告を打ち出す算段もしているらしい。なんというか、経営は大丈夫なのか不安になる。
「お父さんたちそこそこ偉いみたいだから、全然帰れないのよ……なのになんか楽しそうだし。」
「あの親なら、喜びそうだな。また、普通のレベルじゃない馬鹿みたいに強固なシステム作りができるって。」
瑠璃の不満に対して、翠が呆れたように呟いた。瑠璃の親も変な人といえば変な人なんだよな。むちゃくちゃ頭がいいんだけど、どこかズレた人というか。きっと瑠璃が小学生とかならちゃんと家に帰ってきてたんだろうけど、高校生になったから、ついつい仕事にのめり込みすぎちゃってるのかな。流石に高校生なら家に一人でも問題ないって思ってそうだ。瑠璃は結構寂しがりやなのに。
「瑠璃が寂しいっていえば二人ともちゃんと帰ってきてくれるんじゃない?」
「それはそうなんだけど、なんか今まで見たことがない感じで生き生きしてるから言い出し辛くって。」
私の提案に対して、瑠璃の反応は微妙だった。瑠璃ってあんまり親にわがまま言うタイプじゃないのと、人が楽しんでいることを邪魔したくないって思いが強いみたいでこの方法はあんまり取りたくないようだ。何か他にいい提案はないか考えてみたけど、どうにもいい方法が思いつかない。




