作戦会議の片隅で
みんなどう助言をかけるべきか悩んでいたところで、黙って話を聞き、一人だけしれっと自分の分を食べ終わっていた朔が口を開いた。
「その怪盗、捕まえればいいだろ。そしたらもう予告状はこねえだろ。」
「あ!確かに!」
「いや、無理でしょう!」
朔の突拍子もない提案に、瑠璃がその手があったかとでも言わんばかりの返事をしたので、思わず突っ込んでしまった。警察も探偵も捕まえれてないのに、高校生の瑠璃が捕まえられるわけないじゃない!ちょっと考えれば分かることのはずなのに、本当に瑠璃どうしちゃったんだろう。
突拍子もない提案にあっけに取られていたのは意外なことに私と翠の二人だけだった。瑠璃は乗り気だし、石堂君とヒロ君は何かを考え込んでて、樹はいつもの無表情。提案者の朔はいいこと言ってやったと言わんばかりに満足げに座ってる。なんかムカつく。
「実は、結構いいところまで追い詰めたことはあるんだ。その時の方法を参考に考えてみようか。」
「賛成!教えて晶ちゃん!私もそこからもっといい手がないか考えるね!」
「無理無理!だいたいどうやって神楽坂グループに話を通すんだよ!探偵の助手なんかの話聞いてくれねーだろ!」
「翠君、僕は探偵のところでインターンをしてるとしか言っていないよ。どうして助手だと思ったんだい?」
「うるせー言葉の綾だっつーの!」
「知り合いが神楽坂グループの社長と交友関係があるのだけれど、聞いてみようか?私の知り合いも神楽坂グループの社長もこう言うことは喜んで受け入れるタイプだよ。」
「ヒロ!お前は余計なこと言うんじゃねー!」
「翠、一人だけうるさいぞ。」
「悪かったな、樹!」
嵐のように会話が流れてく。どうやらヒロ君のコネを使って、怪盗シスルを捕まえる方向性に定まったみたいだ。そこからは怒涛の作戦会議の時間になっていた。私、すっかり忘れてたけど、ここにいる人の半分以上が、校内どころか全国模試の類の成績上位常連かつ、何かしらの専門知識を持ってるタイプの人だった。
瑠璃は成績上位者なのに加えて、両親の影響でプログラミングがめちゃくちゃできる。なんかの大会とかコンテストでむちゃくちゃ優勝してた。石堂君も確か瑠璃と同じくらいの成績で、探偵の仕事で怪盗系の案件をよくしてるみたいだから捕獲作戦の立案には一番詳しいだろうし。
ヒロ君と翠は定期テストは一番上の評定が取れればいい程度に手を抜いてるけど、全国模試は常に一桁台。どっちが上かの競争を毎回してる。ヒロ君なんかは確か世界的な大企業の奨学生かなんかで、その関係で色々なことを学ばせてもらっているって言ってたな。翠は、本人はアマチュアだって言ってたけど、幼馴染の贔屓目なしで、正直プロと大差ないぐらいのマジックの腕前はあると思う。一番乗り気じゃなかったのに、石堂君に煽られて、いつの間にかトリックを仕掛ける側の意見を言わされてる。
みんなが作戦会議で盛り上がる中、話についていけない私たちは、さっきから黙々と箸を進めてる。
一応、県内偏差値トップの高校の一番上のクラスにぎりぎり居座ってるけど模試とかはそんなに良くない私。定期テストは割と成績いいけど、模試で毎回寝てるから実際どこまで頭がいいのかよくわからない朔。私よりは成績いいけど、バレーが第一で勉強にはあまり熱を入れてない樹。この三人で、どんどん盛り上がっていく議論を見ながら、残飯処理をしていた。だって、みんなご飯そっちのけで話だしてもったいなかったしね。どうせ会話のレベルが高すぎて話にはついていけないし。
そんな私たちが机の上にあった料理を全て食べても、議論は終わらなかった。瑠璃と石堂君は盛り上がりすぎて周りが見えてなかったし、ヒロ君は面白がって話を長引かせる方向に持っていってた。翠はさっさと切り上げたそうにしていたけど、瑠璃ががっちり掴んで逃がさないようにしていた。
ここに残っていても、高度すぎる議論にはついていけないし、かといって、朔と樹と話すようなこともない。正直もうそろそろ帰りたい。私たちいなくてもしばらく盛り上がりそうだし。
残りの二人も同じことを考えていそうな感じだ。朔はしれっと荷物をまとめ出してるし、樹は伝票を見て財布を開いている。私もこの二人と一緒にしれっと帰ってしまおう。
荷物をまとめ終わった朔が無言で立ち上がって、テーブルに雑にお金を置いた。流石に盛り上がっていた四人もそれに気づいて、置いていかれることを察した翠が非難の声を上げる。
「おい、朔!オレを見捨てんのか!」
「妹のお迎えがあるからな。」
朔は本当かどうか知らないけど、引き止めにくい答えを返した。翠は何か言いたそうにしたけど、シスコンの朔を引き留める言葉が出てこないようだ。朔はそのままズカズカとカフェの出口に進んで行ってしまった。それに便乗して、私と樹はそれぞれ練習があることを言い訳にして、立ち去ることにした。
私も自分の分を払おうとしたけど、なぜか樹に止められた。朔がしれっと私分までお金を置いていったようだ。流石に悪いから、朔に返しに行こうとしたけど、それも止められた。なんと朔は自分が私の分を奢るなら来るって言ったらしい。自分に損しかないのに、よく分からない行動をする人だ。それを口にしたら、なぜか男子全員から生暖かい目を向けられた。意味がわからない。
何はともあれ、私と樹もみんなにお別れを告げて、帰ることにした。大会への応援とまた二学期に会おうと言い合って、カフェを後にした。翠だけからは恨めしい目を向けられてしまった。
カフェの外で待っていた朔と合流して、駅に向かう。そのまま同じ電車に乗って、同じ駅で降りた。樹とは出口が違うので改札を通ったところで別れて、朔と二人きりになった。いつかと同じように、反対方向なのに朔はついて来た。まだ日も沈んでいないのに、危ないからとかゴニョゴニョ言っていたけど、一体どういうつもりなんだろうか。
今日の瑠璃の態度や、翠の無茶振りに対しての文句、その他の色々なことについての愚痴を半分独り言のように吐き出しながら一緒に歩いていた。朔は聞いてるのか、聞いていないのかよくわからない曖昧な相槌を打っていたけど、正直ただ吐き出したいだけだったから、肯定も否定も、アドバイスも共感も返ってこないのはありがたかった。こういう愚痴を吐き出すときには、朔の普段なら腹立つ態度も役に立つ。
一方的に私が一通り話したところで、家に着いた。今日は学校は半日だけしかなかったはずなのに、いつもより学校の人たちと話していた気がする。別れの挨拶をして、家の鍵を開けようとして朔に背を向けたところで、ガシリと腕を掴まれた。
「それやる。……全国大会頑張れよ。」
私にラッピングされた小さな袋を押し付けて、それだけ言って、走り去ってしまった。私がポカンとしている間に、朔の姿は見えなくなっていた。まだお礼も何も言ってないのに。
唐突なプレゼントと、みんなの前では聞けなかった応援の言葉に対する喜びが半分、押し付けるだけ、言うだけ言って逃げるように帰っていったことに対する呆れが半分。そんな気持ちで朔に押し付けられた袋を開ける。
中には、ハートに折られたメモ帳と、金属製のキーホルダーが入っていた。メモ帳の方は、子供っぽいデコレーションと『あかねお姉ちゃんへ』という宛名があるから、朔の妹のユーキちゃんが書いてくれたものだろう。
金属製のキーホルダーの方は、銀色でアンティークの鍵の形をしていて、赤色のストーンが一つ目立つように付けられていた。所々形が歪だから、もしかしたら朔の手作りかもしれない。朔のお母さんはアクセサリーを作る仕事をしているから、教えてもらいながら作ったのかもしれない。なんだかんだあいつ器用だし。
私が昔、鍵の形のキーホルダーを集めてはいろんなものにつけまくっていたことと、名前と一緒だから赤色が好きなことを朔は覚えていたのかもしれない。なんだかんだあいつ、私のことよく知っているし。このキーホルダーはいつも大会に持っていくシューズケースにつけていこう。きっと朔なりの応援と勝てますようにっていう祈りがこもったものだろうから。
夏の暑さも、今日の瑠璃からの八つ当たりも、翠の無茶振りも、思ったより量が多かった宿題も、大会への不安も、憂鬱なことを全部置き去りにして、口元が緩むのを抑えきれなかった。キーホルダーを握りしめながら家に入る。プレゼント一つで舞い上がってしまうなんて私は本当にちょろい。自分だってそう思う。でも、それだけ、本当に、嬉しかったんだ。だって十数年一緒にいる幼馴染が手作りものをくれたのなんて初めてだったから。
一学期の終わりは散々だったけど、夏休みの始まりは喜びと共にやってきた。そんな調子で浮かれながら始まった夏休みだけど、ほとんど毎日ダンスの練習だ。浮かれてるせいでなぜか調子もやたら良かった。先生によく褒められたし。
夏休みが始まってから一週間が経過した頃、瑠璃に呼び出されてまたあのカフェで、今度は二人で女子会をすることになった。そこで瑠璃から聞いたけど、怪盗シスルにはやっぱり逃げられたらしい。それでもだいぶ惜しいところまでは追い詰められたらしいから、瑠璃たちのことが正直怖くなった。瑠璃は悔しいから、石堂君に頼み込んで怪盗シスルの案件には呼んでもらうことにしたんだって。怪盗シスルが捕まらないからって、また、終業式の時みたいに機嫌悪くならないといいけどな。そんな不安を抱えながら、頼んだレモネードを飲み干した。
大会まであとちょっと。女子会が終わったら、またダンスの練習だ。目指すはもちろん優勝。瑠璃にも応援の言葉をもらって、カフェを出た。




