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伊藤あかねと墓参り2


 一呼吸おいて、また話しかける。たった二年しか経ってないのに、どうしてこうも言いにくいことが増えてしまったんだろう。そう思いながらも、口を開いた.


「瑠璃は、がっつり進路を変えて、法学部の方に行ったんだけど、その、ちょっと心配になるぐらい勉強にのめり込んでるみたいで。多分、本当にのめり込んでるのは、あの怪盗のことについてなんだろうけど、みんな心配してるの。私と同じ都内の大学――あっちは日本で一番上だけどさ。そこに進学してから一回も実家に帰ってないみたい。その、朔はもしかしたら、そっちで会ったかもしれないから、知ってるかもしれないけど、翠も――何か事件に巻き込まれて亡くなってるの。」


 瑠璃が夏休み明けから一ヶ月近く休んだ理由、残りの学校生活でほとんど笑わなくなった理由は、翠が死んだからだった。

 私たちはそのことを瑠璃がようやく登校するようになった十月ごろに知ったのだった。詳細なことは伝えられなかった。事件に巻き込まれて亡くなった可能性が高いとだけ伝えられた。翠に関しては葬式があったのかどうかすら知らない。そのせいで、死体すら見つからなかったんじゃないかなんて噂すら立っていた。


 瑠璃と、多分石堂君はもう少し事情を知っているのかもしれないけど、とてもじゃないけど聞ける雰囲気じゃなかったせいで、何も分からないけど、あの二人がちょうどその時を境に、怪盗シスルを今まで以上に、学校の出席日数をすり減らして追うようになった。


 流石に私にも、翠が巻き込まれてしまった事件に怪盗シスルが関わっていることぐらいは察せた。


 ただ、翠が亡くなったことで、クラスの雰囲気は露骨に沈んだし、学校行事で他のみんなもどこかつまらなさそうな顔をしていた。私はそれをなんとなく感じて、翠と違って朔のことを気にする人があんまりいないことに、あいつの自業自得のはずなのに、とてつもなくショックを受けてしまった。ただ、それ以上にショックを受けたのはーー


「瑠璃と喧嘩しちゃったんだよね、私。去年、なんでそんなに平気そうなのって言われちゃって、思いっきり言い返しちゃって……。瑠璃とはそれきり。あんなに、毎日ずっと一緒にいたのにね。朔ともだけどこんなことで縁切れるなんて思ってなかった。」


 高校の間は瑠璃は私に思うところがあったのかもしれないけど、うまくやれていたのだと思う。卒業していつものメンバーの中で東京に進学したのは私と瑠璃だけ。


 高校まで毎日ってわけにはないけど、ほとんど毎週会っていた。気を抜くと瑠璃がぶっ倒れていそうで心配で、一緒によくご飯に行っていた。


 それが続いた、去年の冬。なんでそんな話になったのかは、よく覚えてない。ただただ、いつも通りの近況を話していて、きっと私は瑠璃にとって我慢ならないような無神経な一言を言ってしまったのだろう。


『あかねちゃんは平気そうだよね。なんでも昔より頑張れて。』


 そんな言葉だった気がする。


 それに対して、ものすごく血が昇った感覚がして、私も瑠璃にとって言ってはいけないことを言ってしまった。『引きずられてるだけでいい瑠璃は楽そうだね』って言い返した。

 お互いがお互いに、それぞれ幼馴染の死にちゃんと向き合えてないのはなんとなく分かっていた。それでも、向き合わずに逃げるように他のことに打ち込む私を、引きずり続けてそのことにしか向き合っていない瑠璃、お互い真逆な方法をとった者同士、相手のことが許せなかったのかもしれないし、自分にはできないことができているのが羨ましかったのかもしれない。

 売り言葉に買い言葉を続けて、周囲の人が眉を顰めるような罵り合いをして、お互いに絶好宣言をして、そこから瑠璃には会っていない。


「仲直りするべきなのかな……。瑠璃と喧嘩したの初めてだからどうすればいいか分かんないや。……嘘いった。だいぶ前に喧嘩した時は、翠と朔がなんとかしてくれたよね。……もう二人ともなんで死んじゃったわけ?」


 そんな八つ当たりをして、この話を切り上げた。


 瑠璃と喧嘩したことは言わなきゃいけないと思っていた。高校のいつメンにこんな話はできなかった。友達同士の喧嘩で板挟みになる辛さは私は良く知っている。だから、返事が返ってこない相手に愚痴を吐くような真似をしてしまった。


 ……こんな話をしに来たわけじゃないんだけどなあ。


 いつの間にかあんなに私のことを照らしていた太陽も、雲の群れに隠れてしまった。そのおかげで、生暖かい風は相変わらずだけど、少しだけ暑さがマシになったような気がする。あの入道雲の仕業だろうか。急がないと夕立が始まってしまうかもしれない。他にも言いたいことはいろいろあるから、次の話に進めなきゃ。


 大きく息を吸って、少しだけ心の整理をする。それからほんのちょっとだけ間をおいて、言葉を続けることにした。


「あのね、あの日――朔が死んだ日のことも、ようやく、最近調べたの。」


 逃げ続けたあの日のことをしっかりと向き合うために私がまず初めに選んだのはそんなことだった。

 あの日――今では化札市大火災と呼ばれてるあの火災は、私が正月にバイトをしたあの神社、隠道神社周辺が火元だったらしい。

 あくまで、らしいなのは出火の原因が分かっていなくって、ひどく燃えたところが火元であろうっていう推測に過ぎない。


 そして、その神社の周囲には、朔のお母さんの仕事場が近くにあった。あの周辺はほとんど家とかもない、町から少し外れたところで、あの火事で亡くなったのは、神社と朔のお母さんの職場で働いている人たちがほとんどだった。逃げる間もなく、焼け死んでしまったのではないかという推測がほとんど。

 これも、死んだ人たちのほとんどが遺体すらひどく焼けてしまって、死因を特定できないらしいから推測に過ぎないらしい。


 ただ、それでも、私の頭の中には一つだけ疑問があった。遺体すらひどく焼けていたのに、どうしてすぐに、犠牲者一覧の名前が発表されたのか。

 死因も特定できないほど焼けていたのに、その遺体がどこの誰かなのかすぐ分かるものなのか?

 それとも、死んだことが確定した後であんな火災が起きたのかーーあるいは起こしたのか。


 あのことを調べていくうちにそんな疑問がいっぱい出てくる。それ以上に気になったことは――


「……悠月ちゃんから聞いたけど、朔は遺体すらなかったんだよね。……本当はどこかで生きてたりする?」


 当然返事はない。そんなことは分かっている。朔が死んだことなんて分かっている。


 でも、ちゃんと調べる――とは言ってもいろいろな記事を漁ってみただけだけど、あの火災はいろいろとおかしい。


 私は確かにあの空港で、見知った街が――朔の家の周辺が燃えているのをみたはずだった。なのに、実際の火事の範囲はあの時見た時よりは狭かった。

 実際に燃えたのは、あの神社とその周辺だけで、朔の家のあたりは一切焼けた跡がなかった。急な火災でいろいろ誤報が飛び交った、なんて報道もあったけど、あの日のニュースの映像がどこにも残っていないのも異常だ。どれだけ探してもネットの海には乗っていなかった。


 それに、人的被害がやたらと少なかった理由もおかしい。


 あの日、駅の反対側――朔の家の付近に住んでいる人たちは亡くなった人たち以外出払っていた。火災が発生したのは未明だと言われている。いくら夏休みだからといって、あの地域に住んでいる人たちがみんな旅行に行っているなんてありえない。

 昼頃から電車が止まって帰れなくなったみたいな話もあるみたいだけど、だとしてもあの辺りに住んでいる人がみんな出かけてるなんておかしな話だ。


「本当は、あの火災、朔が隠してたことに関係してた?」


 もちろん、返事はない。けれど、急にあたりの空気が冷えこんだ。風で木が揺れる音が私に対する警告みたいに聞こえる。それを、涼しくなってよかったなぁみたいな呑気なことを考えて私は気にしないことにした。


「……なんてね。いろいろと腑に落ちないところとかもあるけど、もう調べないよ。今更、朔が結局最後まで言わなかったことを追究するつもりはないし。」


 言いたいことを言い切って、深くため息をつく。


 ちゃんとあの日のことに向き合おうとするといろいろと疑問が浮かんできた。


 なんでほとんどの人があの日あの場所にいなかったのに、悠月ちゃんすらあの場にいなかったのに、どうして朔は、亡くなった人たちはあの場にいたのか。

 まるでこのことに触れるなと言わんばかりにあの日のニュース映像がほとんど残っていないのか。すべてがきちんとした証拠もない、推測ばかりの原因究明で片付けられてしまったのか。

 

 だけど、それでも私はその疑問をとことん追究してやろうって気にはなれなかった。


 朔が、最期の最期までわたしに隠し切ったことを暴いてやろうなんてことをして、朔なりの優しさを無下にしたくなかった。でも、


「でも、もしも、私が死んだ後、朔に会えたらぜんぶ教えてくれる?」


 返答はない。けれどざわめいていた木々の音が止んだ。


 きっと朔からの肯定の合図だろうって勝手に思い込むことにした。


 私が朔のことをちゃんと全部知ることができるのは、数十年後かもしれないし、数年後かもしれないし、数日後、あるいはほんの数秒先かもしれない。いつ死ぬかなんて分かるわけないけど、それでも、いつかはちゃんと教えてもらえるような気がしてなんとなく、胸につっかえていた何かが無くなったような気分だ。まあ、全部私の思い込みなんだけど。

次回最終話になります。

午前7〜8時ごろの投稿になります。

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