↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
69/73

伊藤あかねは後悔する


 その名前を見つけた瞬間、ただただ涙がポロポロと出てきた。


 ――なんとなく分かっていた。朔に電話をかけた回数はそう多くないけど、あんなに電話をかけて、でないなんて、ありえない。

 それに、私の家が少し離れているとはいえ、近所であんな火災が起きて、心配するようなメールの一つも入ってこないなんて、絶対ない。


 昨日、日本についてからの私の記憶がほとんどないのも、もうすでに朔が死んでることをどことなく分かっていたから。

 だけど、はっきり朔が死んだと言われるまでは、受け入れたくなかった。だからあんなに必死に電話をかけた。メールもした。


 それなのに、なのに、こんなニュースの片隅に小さくのった名前で、そのことを突きつけられて、悲しいのか、虚しいのか、よく分からなかった。

 ただただ、涙が溢れて止まらない。こんなに身近な、親しいだけの言葉じゃ表せない人が死ぬのは初めてだった。


 葬式に出たのだって、翠の両親が亡くなった時の一回きり。あの時は、悲しみよりも、周りの大人の声に釣られて翠への心配の方が強かった気がする。

 お葬式の会場で、見たこともないような、聞いたこともないような大声で泣く翠の姿はよく覚えている。それまで泣いた顔だって見たことなかったから。……それにただただ無言で寄り添っていた朔の姿も。


 それに比べたら、泣き崩れるわけでもなく、しゃくりあげるわけでもなく、ただただ涙を流しているだけの自分が、どこかで冷静に、やっぱりどうだろうなって、朔の死を受け入れてしまっているような自分が、ひどく冷たい人間みたいで嫌になる。


 私のことを心配する両親の声掛けを無視して、階段を駆け上がって、自分の部屋に閉じこもる。枕に顔を押し付ける。とにかく一人になりたかった。


 どれだけ泣いたのか分からない。泣き疲れてしまったのか、いつの間にか眠っていて、目が覚めた時には当たりは真っ暗になっていた。時間を確認しようと、床に置きっぱなしになっていた携帯を開くと時刻は十九時過ぎ。


 本当だったら、昨日の今頃朔にあっているはずだったのに。私は飛行機のせいで間に合わなくて、朔は昨日のこの時間に生きていたのかさえ分からない。


 携帯の画面では、昨日見ていた時よりも増えた大量の通知が嫌でも目に入る。あんな大火事があって、みんな心配してくれているのに、私は丸一日無視してしまった。何か連絡をするべきなんだろうけど、今は何もするつもりになれない。こんなに大量にメールや電話が来ていたら、あっという間にあるのか分からない上限に引っかかってしまいそうだ。


 そこまで考えたところで、飛び起きてしまった。


 だって、このままじゃ、この大量のメールのせいで、朔との数少ないやりとりまで無くなってしまう。慌てて、メールボックスを遡って朔からのメールを探す。


 今使っているメールアドレスは高校から使い始めたもので、朔からのメールは数えるほどしか残っていなかった。高校から朔は、なんだか人と距離を置くようになったから、自然とこういったやりとりも無くなっていったんだった。


 残っていたメールもほとんどが、一言二言しか書いてないようなメールばっかりだ。私が先生や友達に頼まれた伝言に対して、「分かった。」だの「了解」だの返事だけのメール。そんなのがほとんどだ。まともな文章があるのは、ダンスの大会の時の応援だけ。そんなところも朔らしくって、また涙が出てくる。


『決勝ならなんとか行ける。頑張れよ。』


 こんな言葉であんなにも心が躍って、気合が張って、動きが露骨に良くなった。この言葉がなければきっと決勝にすら行けなかっただろう。

 でも、そんな言葉ももうかけてもらえることはない。私にとっての魔法のような言葉をかけてくれる朔は死んでしまった。


 あの日――、みんなでご飯を食べた日が朔に会った最後の日になってしまった。もしも、あの時、勢い余って、ちゃんと好きだと伝えられたら、こんなに悲しい気持ちにはならなかったのかもしれない。でも、言ってしまったらもっと悲しい気持ちになっていたかもしれない。


 あの電話があった時、高く舞い上がった心を押さえつけないで、うっかり口を滑らせて仕舞えば、こんな気持ちにならなかったかもしれない。あの電話で聞こえたパチパチという音は、何かが燃えてる音だったのかもしれない。もしも、その言葉を聞いた朔が、絶対に生き残ろうなんて思ってくれればーー、流石に、それは私の願望が強すぎるかも。


 もしも、なんてことを考えてしまってもしょうがない。私は、朔に本当の気持ちを伝えられなかった。その事実だけは変わらない。


 今更、ちゃんと言葉にしたところで、朔には届かない。


 こんな別れ方をするだなんて思ってもいなかった。


 少なくとも、私たちの関係が壊れてしまう時は、「好き」と言ってしまった時だと思っていた。なのに、「死」なんていう、一番遠いところにあると思っていたことで、あっさり終わってしまった。


「あかね?大丈夫?お風呂はどうする?……明日のレッスンは、休む?」


 コンコンと部屋をノックされて、ドアの向こうからお母さんが私に声をかける。いつもなら気づくはずの階段を上がってくる音にも気づかなかった。


 泣いてるせいで、変に濁った声でほっといてと言ってしまった。せっかく心配して声をかけてくれたのに、こんな反抗期みたいな言葉しか今は出てこなかった。

 

 お母さんは私が答えてからも、しばらくは部屋の前にいたみたいだけど、諦めて階段を降りていった。


 こんな態度しか取れない私って本当に最低だ。海外に行きたいなんてことも、近所で火災が起きて、きっと色々大変だっだのに、空港まで迎えに来てもくれたのに。

 そんなことより――親の優しさをそんなことって言ってしまうのも最悪だ。


 何より今は、朔と二度と会えないし、しゃべれないし、隣を歩くこともない現実で、いっぱいいっぱいだった。


 とてもじゃないが明日のダンスのレッスンだって行けそうにない。それどころかこの部屋から一歩も出れそうにもなかった。


 海外に行った後は一日休んだらすぐに練習するだなんて言った私は本当にバカだ。このまま先生の時間を無駄にして、高いレッスン料を無駄にして、色々な人に迷惑をかけるぐらいなら、一週間ぐらい休みたいとでも言えばよかった。


 一週間後に、いつも通り過ごせる自信は全くないけど。


 後数日で二学期だって始まるけど、学校に行けば、大事なお知らせがあるとかで、もう一回、朔が亡くなったことを突きつけられるかもしれない。

 そして、ついに座る人のいなくなった窓際の最後列のあの席を、いつもの癖で毎日確認して、どうしようもない現実に打ちのめされるんだろう。そう考えると学校にだって行きたくない。


『そのうち世界一にだってなれるだろ?』


 無理だよ。朔は本当に何にも分かってない!


 だって私は朔のあの言葉がなければ、世界どころか日本一を決める舞台にすら立てなかった。


 あの言葉がなかったら、変に色々考えて動きも硬くなるわ、緊張するわで、全然上手く踊れなかったんだよ!瑠璃たちの応援の声で持ち直すことはできたけど、明確に動きが良くなったのは朔のあのメールを見たからだ。それくらい、朔の言葉は私にとって、魔法みたいな言葉だったんだよ!


 でも、そんな魔法をかけてくれるような人はもういない。だから、自分一人でちゃんと気持ちを落ち着かせて、変に緊張しないで、いい動きをしないといけない。そんなこと、変に考え込む癖のある私にできるわけないって、朔だって知ってるでしょ?


『あんなに、いっつも綺麗なのに。』

『躍ってる時のお前、楽しそうでよかったよ。』


 こんなことになるんだったら、朔の口からそんな言葉を聞きたくなかった。


 きっと、人から私のダンスを褒められる度に、この言葉が頭をよぎるだろう。そんな予感がする。


 そしたら、私、きっと、踊るたびに朔のことを思い出して、踊れなくなる。朔が褒めてくれたような踊りはもうできないような気さえする。


『……本当にごめん。俺、お前のことがずっと好きだった。』


 なんであの時、朔が謝ったのか分かった。


 きっと私がこうなることを分かってたんだ。


 なのに、なのに、好きだったなんて言葉を吐いて、返事も聞かずに、勝手に死んじゃって、朔はなんて自分勝手なんだ。


 そんな酷いやつのために、こんなに泣く必要も、悲しむ必要もない。そう思えれば、自分の部屋から出れなくなることも、両親にも友達にも、心配かけるようなこともなく、明日のダンスのレッスンだっていけただろう。


 でも、朔と積み重ねてきた、思い出が、感情が、関係が多すぎて、どうしてもそんなことを考えることができなかった。


 どれだけ朔が学校をサボっても、朔が私と距離を置こうとしていても、私の日常に朔はずっといた。朔の存在は私にとって当たり前のことのように焼き付いていた。


 だからダンスや学校のことだけじゃなくて、日常の些細なことでも、朔がいないことを突きつけられるんだろう。そう思うととてもじゃないけど、この部屋から出て、普通に生活する気になれなかった。


 それどころかこのまま枕に濡れた顔を押し付けたままで、顔さえあげたくなくなってきた。


 枕をさらにびしょびしょにして、もうそのことに対する不快感すらどうでも良くなった頃に、携帯の通知が鳴った。


 どうせ、友達の誰かからの心配するようなメールだろう。どうせ、今答えるつもりはないし、通知がガンガン飛んでくるのも鬱陶しい。携帯の電源はもう切ってしまおう。


 あんなにあげたくなかった顔を開けて、若干ピントの合わない目で携帯を開く。


 予想していた通りメールの通知だった。


 ただ、頻繁にきていた優子たちからのメールじゃない。差出人も件名も、文字化けしていて、きっと迷惑メールだろう。


 こんな時にも迷惑メールはきてしまうんだ。私はこんなに、悲しいのにどこかの誰かにとってはどうでもいいことなんだろう。そんな見当違いの怒りさえ湧いてくる。


 そのまま削除しようとして、ふと、あることを思い出した。


 削除のダイアログを消して、メールを開く。迷惑メールは開いてはいけない。そんなことは分かっているけど、それよりも開いて確認しないといけないことがある。


 最悪、ウイルスとかに感染してしまってもいい。だって、あの昨日か一昨日か分からない、空港で朔と電話をした時だって、こんな風に履歴がおかしくなっていた。このメールは、そんなことないかもしれないけど、ありえないかもしれないけど、朔のメールかもしれない。


 私は泣きすぎておかしくなってしまったのかもしれない。こんなよく分からないメールにも縋ってしまうほど弱っていたのかもしれない。そうして普段なら絶対にしない、送信元が知らない人どころか分からないメールを開いてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。