伊藤あかねは先延ばしにする
鼓動が変に跳ねる。
顔が熱いを通り越して焼けている。
頭が文字通り、沸騰したように何にも考えられない。
それだけの破壊力を持った言葉を言われてしまった。
ああきっと、文化祭の時の朔も私に、あんなこと言われてこんな気持ちだったんだろう。
文化祭の時の私が、本当にどれだけずるいことを言ったのかを、本当の意味で理解できた。
だって、これは、『好き』の二文字はないけれど、相手が自分に好意を持ってるかもしれないと確信するのには十分な言葉だ。
それに、こんなにまっすぐ見つめられたら、逃げられない。
あの時の私は、今の朔と全く同じことをした。
「なんてな。じゃあ、ダンス頑張れよ。」
さっきのは冗談だと言うように、真剣な表情を鼻で笑って、いつもの無表情に戻った朔が手をひらりと降って、自分の家の方角へ体の向きを変える。
思わずその手をがしりと掴む。
おかげで朔の動きが止まった。なんなんだと言いたげな表情をして朔が私の方を振り向く。
朔が言った言葉はきっと、余計な言葉だった。
だって、異常に高鳴った心臓が、脳を無視して、閉じ込めていた勇気をこじ開けて覚悟を決めさせてしまった。
私の熱に浮かれた頭が、通常ではあり得ない回転の仕方をして、一つの結論を考えついてしまった。
きっと、気づくのが遅かっただけで、最初に好きになってしまったのは私だ。
学校で朔がいないかどうか、授業のたびにチェックしていた。
いたらいたで真面目に授業けてるかどうかよく見ていた。
朔がサボるようになった高校からじゃない。中学の時や小学校の時だって、きっと無意識のうちに目で追ってしまった。
何をしてるんだろうって気になってしまっていた。
その証拠に、瑠璃や翠がどんなふうに授業受けてたなんて覚えてないのに、朔の姿だけはよく覚えてる。
難しい問題で詰まると鉛筆の先をコツコツしてしまうようなところまで!
逆になんでこんな気持ち悪いぐらい色々覚えているくせに、朔のことをただの幼馴染なんて私は言えたんだろう。
そう呼ぶことが不自然なぐらい、私の記憶に朔のことがいっぱいあった。
だからこそ、「好き」の二文字は、どうしても、どうやっても、絶対に私の口から言わないといけない。
これ以上、朔に優しくばっかりされたくない。
この心地いい関係を壊す一言は朔の口からだけは言わせない。そんな役を押し付けたくない。
私だって、大切だって、好きだって、ちゃんと行動で、言葉で証明してやるんだ!
それに、ダンスを頑張るのは当然だ。そんなこと言われなくてもわかってるはずだった。
朔を不安にさせてしまうぐらい、今日の私は恋煩いにふけっていた。
だからこそ、ダンスが一息つくまでは朔のことは一旦忘れる。
本当に忘れていいのはその間だけだ。だからこそ、決着をつけるべき日はもう決まっている。
「ねえ、八月十九日、空いてる?」
「……多分空いてる。」
「その日、アメリカから日本に戻って、夕方ぐらいまでにはこっちに帰ってくるの。だから、」
大きく深呼吸をする。まだ、言うわけじゃないけど、それでも、緊張する。
「その時、会ってもいい?言いたいことがあるの。」
もう顔から火が出そうだ。
待ち合わせの約束をするだけなのに、こんなにも恥ずかしい。
これじゃあ八月十九日の当日は、私の顔は蒸発してしまっているかもしれない。
「夜……十九時ぐらいでもいいか?」
「うん、いいよ。」
「場所は?」
「あ。」
場所なんて決めてなかった。
こう言う時ってどういう場所がいいんだろ。
二人の思い出の場所?――この辺だと知り合いにすれ違う可能性があるからなしだ。
ちょっとおしゃれなカフェとか?――なんかそう言うのは私たちには似合わない気がする。
「とりあえず駅でいいだろ。待ち合わせは。中間地点だし。」
「う、うん。」
「どこいくかなんてそん時決めればいいだろ。」
「そうだね。」
「じゃ、今度こそ、じゃあな。大会優勝してこいよ。」
「あ、待って!」
朔がさくさくと色々決めてしまった。
そしてそのまままた帰ろうとするのを引き留める。
今度は足を止めただけで、私の方を振り返ってはくれなかった。
「優勝したら、最初に朔に言うから!だから、最初に褒めてね!それと、私もう逃げないから!」
その言葉に、いつかみたいに聞いてるのか聞いていないような態度で朔は今度こそ歩き出してしまった。
その姿が見えなくなるまで、ずっと目で追い続けていた。
朔が見えなくなったところで、ヘニャヘニャと座り込んでしまった。
色々なことから解放された感覚があって、足に力が入らなくなったからだ。
「とりあえず、これでよかったんだよね。」
そんな独り言に返事をする人はもちろんいない。
自分にただただ言い聞かせる。
とうとう、この関係を壊してしまう日が決まってしまった。逃げないと宣言してしまった。
それに、さっきの朔の言葉。
あれはほとんど告白じゃない!
そんなつもりはなかったのかもしれないけど、いまだに沸騰している頭はそうとしか考えられなかった。
ともかく、決戦の日は決まった。それまでこのことは一切考えないようにしよう。
でも、少しだけ、あともう少しだけ、家に入るまでは、この沸騰してとっくのとうに吹きこぼれているような感情を、そのままにしておきたい。
そのままたっぷり時間を使って、なんとかギリギリお風呂のお湯ぐらいに頭を落ち着かせて、家に入った。
自分の部屋に戻ると、気合を入れるためにおいた小さいホワイトボードが目に入る。
『全国大会まであと十日!』
その文字で、なんとか無理やり頭を切り替える。
もう、朔のことは本当に一旦忘れる。
わざわざ地区予選の時だって、朔は応援に来てくれた。
今日だって、私に言いたいことは色々あるかもしれないのに、応援の言葉をかけてくれた。
だからこそ、ダンスに真剣に向き合わなきゃ。優勝して、海外の大会でも勝って、心置きなく私の気持ちを伝えるためにも。
そうと決まれば、前回のレッスンの動きとかもう一回振り返ろう。改善できることなんていくらでもあるし。
そうして、ダンスのことを考え始めると、自然と朔とのことは頭の中から消えていった。私は意外と、頭の切り替えがはやい方だったらしい。
それからは、夏休みの宿題も、受験勉強のことも忘れて、ひたすらダンスに打ち込んだ。
今日のことを先延ばしにしたことを一生後悔するとも知らずに。




