まだ言えない一言
文化祭のあの時以来の朔との二人きりだ。
何か話すべきなんだろうけど、当たり障りのない話題は、さっきご飯を食べているときに全部話してしまった。
おかげで、話題がない。
電車に乗っている時はまだ良かった。お互い携帯をいじっているだけでなんとかなったから。
けど電車を降りてから歩きながら携帯をいじるのもあまり良くないからカバンにしまってしまった。
そもそも朔がついてくるなんて思わなかったから、話題なんて何にも考えてなかった。
そうしてお互い沈黙を保ったまま歩くこと数分。駅から私の家までは十分ちょい。
このまま後、十分近く沈黙を続けていくべきか私は悩んでいた。
この状況が色んな意味で辛いのはあるけれど、逆にチャンスなんじゃないかとも思っていた。
朔のことが好きだと言ってしまうのに。
車の交通量は多いけれど、暑さのせいか人のほとんどいない歩道。
私たちと同じように制服を着ている人は駅からは見かけていないから、知り合いに見られることもほぼない。
それに、あの文化祭以来、初めての二人きり。
あの時、ずるい言い方をして逃げた私の、リベンジにはちょうどいい環境な気がしていた。
正直、翠たちに先を越されてしまったからという理由もある。
私が一旦逃げてしまった間に、あの二人はお互いの関係を次に進めた。
どちらからかはわからないけど、自分の気持ちに決着をつけにいった。
きっと朔は優しいから、私が言い出すまでは待ってくれるだろう。
でも、それはものすごくひどいことをしてしまったことに、今更気付いてしまった。
だって、この友達なだけとはっきりと言えない距離感を続けさせることになる。
今は、それでいいかもしれないけど、一年後、二年後、数年後、どれだけ時間が経っても朔は待ち続けるだろう。その間に、自分の好きな人ができたとしても。だって、優しくて律儀なやつだから。
不思議とその確信があった。
だから、逃げるために口にしてしまったあの一言を、何年も縛り付けるような重い約束にしてはいけない。
だからといって、なんて言えばいいんだろう。
『あなたのことがずっと好きでした。』
――確かにずっと好きだったのかもしれない。でも自覚したのは最近だ。
『好きです。付き合ってください。』
――なんか簡潔すぎる気がする。もっと上手く気持ちを伝えたい。
『これからもずっと朔の隣にいたい。』
ーー嘘じゃないけど、告白にしてはちょっと重い気がする。
いい言葉が思いつかない。私が朔のことを好きだって伝わるような言葉が。
そもそも、どうして朔のことが好きなのか、私ははっきりよくわかっていない。よくわかってないけど、好きなことだけは確かで、ちゃんと説明ができない。だから、何を言えばいいのかわからない。
朔の好きなところって一体なんだろう。
朔の言葉や態度はぶっきらぼうだけど、体育祭の時のあの二人の喧嘩とか、私が何かに巻き込まれてる時に助けてくれるところ?
去年のあの時も、遊園地の時も、|私が一生懸命にしている《ダンス》ことで、他の人に見えないところだけど毎回応援してくれるところ?
それとも、なかったことにしてほしいとか私の言ったことを律儀に守ってくれたり、今もしれっと車道側を歩いてくれているような優しいところ?
上手く整理しようとしたところで、説明がつかない。
ただただ今まであったことを羅列していったところで、私はただ、自分のことを助けてくれたり、応援してくれたりする優しい人が好きなだけで、朔じゃなくてもいいの?
違う、好きなのは本当なはず。色々考えすぎて、私は本当に朔のことが好きなのか自信が持てなくなっていった。
そんなことを考えているうちに、私の家が見えてきた。
どうしよう、どう伝えればいいんだろう。
不審に思われたくはないから足は止めない。頭ももちろん止めない。止めてないけど、何も思いつかない。
そして駅から沈黙を保ったまま、何も言えずに私の家についてしまった。
家の前についたまま、家の鍵すら取り出さないで、私はその場で固まってしまった。ここまで来てしまったら、何も言わないまま家に帰るか、最後にここで言ってしまうか、どちらか決めなければいけないのに、これ以上逃げることも情けなくて、でもこの場で決着をつけるのには覚悟が足りなくて、私は決断を下すことすらできなかった。
家のまえに立ち尽くしたままの私の真ん前に、突如キラキラ光る何かが視界に入った。
「……やる。俺の手作りだから海外でなくすなよ。」
「あ、ありがとう。」
太陽の光を反射してキラキラ光るのは、去年と遊園地の時にもくれた銀色のキーホルダー。とうとう三個目になった。
今回は、錠前の形をしていた。そして、とうとう朔の手作りなこともとうとう白状されてしまった。遊園地の時は聞かれることを避けていたのに。
……朔も逃げることをやめたんだろうか。だとしたら、本当に今、私は言わないといけない。
「あのさ、朔……、わた、私は……。」
そこまで言って言葉が詰まる。目も合わせることができなくて、たださっきもらったキーホルダーを見つめている。
この錠前みたいに閉じ込められている私の勇気が、鍵でガチャリと開けられたらいいのに。
なんだか涙が出てきそうだ。もう出てるのかもしれない。
その証拠に視界だって滲んでる。結局、ここまできたのに、私は最後の一歩が踏み出せない。
ちゃんと自分の言葉が出てこないことよりも、「好き」の二文字を言うだけで、言わなくても伝わってしまうだけで、今の関係が、幼馴染なだけと言い切れない距離感がなくなってしまうことの方が結局怖かった。
文化祭のあの時、決意を固めたはずなのに、その考えがよぎってしまっただけで、また私は何も言えなくなってしまった。もうこれ以上逃げたくないのに。翠たちだって、こんなことは乗り越えて先に進んだのに。
「だから!急に泣くなって!俺が泣かせたみたいに見えるだろ!」
そんな言葉と共に、涙で滲んでいたはずの視界が急に暗くなる。
そして目の辺りが妙に冷たくなった。どうやら朔の手で顔を隠されたらしい。私の汗と涙でベタベタなはずなのに、わざわざ私の顔を隠すのに自分の手を使ってくれたらしい。
こう言う時に咄嗟に手が出る辺りが、なんだか朔らしい。
「だって、朔の前でしか涙出てこないんだもん。」
言い訳みたいに出たのはそんな言葉だった。
手のひら越しに朔が動揺したのが伝わった。どうしよう、またずるい言い方をしてしまった。
こんなつもりじゃなかったのに。
もっとちゃんと、はっきり、ストレートに好きだって言わなきゃいけないのに。でも言葉だけがどうしても出てこない。流れに任せてもう言ってしまうしないのに。
「だいたい、お前な!何焦ってるのか知らないけど、今考えるべきことがあるだろうが!」
「え。」
朔が投げやりのように言った言葉に涙がすっこんだ。
何かとは言われなかったけど、私が焦っていることは見抜かれてた。
それに、他に考えるべきことってなんのこと?今、この状況よりも考えるべきこと?
「ダンスで全国どころか、海外も行くんだろ!そっちの方が色々重要だろうが!あんだけ色々頑張ったのに。」
「それは………。」
「ただでさえ、お前余計なこと考えてると動きおかしくなるんだろ?」
「ゔっ……。」
まさか、ダンスの先生に口酸っぱく言われてることが朔にも言われるとは思っていなくて変な声が出る。
「俺のせいで、最後の大会とかでお前がお前らしく踊れないのは嫌なんだよ。あんなに、いっつも綺麗なのに。」
朔がどんな顔して、そんなことを言ったのかは分からなかった。ただ、顔に当てられた手が一気に熱くなったような気がした。
「……悪い。変なこと言った。ともかく、とりあえず今はダンスのこと考えてろよ。応援してるの俺だけじゃねえし。」
そう言って、顔から手が離れる。
「前に言ってたこと、夏休み中までは待つ。二学期入ったら、待たないから。」
それってどういう意味?私が聞き返すよりも早く、真剣な顔して、私の目をまっすぐ見つめたまま朔は言葉を続けた。
「俺から言うから。」
私にとって、私たちにとって、とんでもない言葉を言われてしまった。




